極私的映画案内

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マイケル・ムーアの世界侵略のススメ《後編》


「わたし」ではなく「わたしたち」


マイケル・ムーアの次なる侵略のターゲットは、
アメリカに奴隷制を持ち込んだ国、ポルトガル


ポルトガルの麻薬対策

ポルトガルは他国同様、
ドラッグ戦争に負け続けてきた国。
そこで国は新戦略を導入した。
ポルトガルでは、
ドラッグの使用で逮捕されない

マイケル・ムーアは話を聞くため薬物対策機関へ。

ポルトガル厚生省、ヌーノ・カパーズ博士。
その道の権威には見えないカジュアルな博士に対し、
マイケル・ムーア
「麻薬患者に見える」などと失礼な発言。
しかし、実際よく言われるそうだ。

ポルトガルでは、
この15年間、ドラッグ使用での逮捕者はゼロ。
ドラッグは違法ではないのだ。
しかし、ドラッグを非犯罪化し、
逮捕者を減らしたところ、ドラッグの使用率が下がった。

90%の人は薬物を使っていても
トラブルを起こさない
彼らが傷付けるとしたら、それは自分自身。
家族に迷惑をかけるかもしれないが、
それはSNSも同じこと

一方アメリカでは、50年代60年代に次のようなことが起こった。

公民権運動の高まり➡︎麻薬犯罪の厳罰化➡︎黒人指導者の暗殺➡︎黒人大量検挙➡︎選挙権剥奪

35の州では釈放後も選挙権が戻されておらず、
フロリダ、バージニアでは黒人の3分の1が投票出来ない。
多くの企業(AT&T、ボーイング、エディ・バウアー、JCペニー、マイクロソフト、DELL、トイザらス、IBM、ヴィクトリアズ・シークレット)の製品やサービスが受刑者の労働力によって提供されている。
白人アメリカ社会は意図せずして奴隷制を復活させた。
受刑者は21世紀の奴隷である。

麻薬の非犯罪化のアイディアを持ち帰りたいというマイケル・ムーアに対しカパーズ博士はそれだけを持ち帰っても上手くいかないと言う。
ポルトガルでは、
ドラッグの非犯罪化と無料の治療をセットにしたから上手くいったのだ。

ポルトガルの警官は語る。

尊厳を守るのが社会の柱です
全法律はその原則に従ってこそ役に立つ

基本原理とは尊厳への敬意なのです

死刑制度が存在する限り、
人の尊厳が守られることはないんです

尊厳は何より大切なもの
死刑は尊厳を冒します


ポルトガルからは、
ドラッグの非犯罪化無料の治療
そして人の尊厳を何より大切にするという考えをゲット!


ノルウェーの刑務所

ノルウェー、バストイ刑務所
殺人犯、強姦魔、強盗、麻薬中毒者を収容している。
まるで避暑地のコテージのようなノルウェーの刑務所。
ノルウェーの刑務所は、復讐ではなく、
あくまでも社会復帰のための場所。
部屋は施錠すらされてない。

115人の受刑者に対し看守は4人。
それも週末だけ。
刑務所の主旨は、自由を制限すること。
それが唯一の罰。
受刑者はお互いを支え合う。

アメリカでは、受刑者の80%が5年以内に再逮捕される。
一方、ノルウェー再犯率は世界最少の20%にとどまっている。

一方、ハルデン厳重警備刑務所では、
ゲートから厳重に警備されている。
しかし、個室と呼びたくなるような独房にはシャワー、TVが完備。
鍵は受刑者自身が管理。
刑務所内で暴力を受ける心配もない。
美術教室、哲学教室など各種プログラム、図書室も充実している。
受刑者も投票でき、候補者は刑務所でディベートを行う。
更にレコードレーベル(CRIMINAL RECORD)と録音スタジオまである。
看守たちは銃を持たない。話をするだけ。

※ハルデン厳重警備刑務所の看守たちによるミュージカル調のオリエンテーションビデオはこちら👉Halden Prison Inmate Induction Process - YouTube


2011年ネオナチの人種差別主義者による大量殺人事件(54人の少年少女が殺された)で17歳の息子を失った父親はこう語る。

復讐は望まない
息子の仇だとしても、
犯人と同じレベル下りてこう言えと?
“おまえを殺す権利がある”
そんな権利ないさ
たとえ相手が最低のクズでも私に殺す権利はない

ノルウェーを大事にしよう
お互いを大事にしてきたように
力を合わせ心を開き
開かれた社会で民主主義と言論の自由を高める
収監しても物事はよくならない
憎しみを増すだけ

これがノルウェー国民全体見解である。

この事件の犯人も少なくとも10年、
最大21年の実刑判決を受けた。
これはノルウェー最長刑である。

ノルウェー殺人事件の発生率は世界一低い


ノルウェーからは刑務所システムをゲット!


チュニジアの女性の権利

北アフリカイスラム世界
チュニジアにはアメリカにないものがある。
それは、政府出資の無料女性クリニックだ。
チュニジアでは1973年から中絶は合法である。

こうしたサービスにより女性が男性と対等になれます
女性に教育と仕事があれば生活の質が上がり
寿命も長くなります
家族計画は大きな役割を担っています

チュニジアは“アラブの春”の発信地。
発端は26歳の大卒男性。
仕事が見つからなかった彼は街頭で果物を売り始めた。
役人に嫌がらせを受けた彼は抗議の焼身自殺。
自由にものが言える社会を求めて人々は武器ではなく果物を持って支配者の屋敷へ突撃。
革命の始まりだった。

革命に重要な役割を果たした女性は多かったが、
発足した新政権は女性の権利を排除した。
しかし、大多数の国民が反発した女性たちに味方した。

2014年 憲法第46条 女性の権利

・女性の既存の権利を擁護し、
その権利を強化発展させる
・あらゆる分野のすべての責任において
男女の機会の平等を保障する
・選出議会における男女割合の平等を保障する
・女性への暴力撲滅のため、
あらゆる必要な措置を講じる

保守政権は民意に従うことに同意し、
自主的に政権から下りた。
チュニジア憲法で男女平等の権利を認めた。

保守系党首R・ガンヌーシはこう語る。

権力はすべてではなく祈りの方が大切だから
対立や流血を避けることもね

イスラムの解釈は人それぞれに異なる
皆違うのだから
家で何をしようと個人の自由だ
国は関係ない
たとえ宗教指導者が何と言おうと
政府は公務にだけに意識を集中すべきなのだ

暴動の最中、妊娠中だったラジオ局記者の女性は最後にこう語った。

アメリカ人は恵まれているわ
世界一パワフルな国に属している
でも、世界一の驕りが好奇心を阻んでいるのかもしれない

今と同じように自分たちが最高で何でも知っていると思ってたら何も変わらない

チュニジアからは女性の権利をゲット!


アイスランドの女性の力

1975年10月24日、女性たちのストライキ
90%の女性が仕事を放棄した。
女性なしでは何も回らず、
結果として女性の価値を認めさせ、
男女は対等になった。

5年後の1980年、世界初の民選女性大統領、
ヴィグディス・フィンボガドゥティル大統領が誕生した。
彼女は7歳の娘を持つシングル・マザーだった。
その後、世界中で女性指導者が誕生した。

父親はみんな娘が賢いことを知ってる
兄弟も皆姉妹が賢いことを知ってる
アイスランドが最初の例で光栄よ
そのことで国中の女性と少女にいい影響を与えた


ヴィグディス大統領に続く世代の女性たち
3人は全員、CEO(全員最高経営責任者)である。

フィンランドでは、役員会には40%は女性が占める、あるいは男性が占めるという決まりがある。

役員会に“女性が3人いたら文化が変わる”という調査がある。
1人や2人ではダメで、1人はお飾り、2人は少数派、
3人いればグループの力学が変わる。
女性たちは道徳倫理の羅針盤になることが出来る。

世界的な金融危機で、アイスランドでは3大銀行が破綻した。
唯一の黒字銀行オイルズ・キャピタルの経営者は女性だった。
オイルズ・キャピタルの2人の女性創設者が買うのは
分かるものだけ

証券取引の損害は男性ホルモンが原因だという新事実。
男性ホルモン値の上昇➡︎自信過剰➡︎大損

女性は全体の利益を
男性はより自分の利益を考える

もしリーマン・シスターズだったら?

みんな実体のないものを追いすぎてた
成長してたとはいえ、成功する戦略だったのか疑問
大利益を目指していたのか
巨根コンテストだったのか

20〜30人の人々が国の経済を台無しにした。


人気コメディアン、ヨン・ナール
彼はジョークで首都の市長に立候補したが、
市民は銀行家と国を潰した人々への最適なメッセージだと彼に投票、大差で当選した。

国を潰した銀行家たちは刑事裁判所へ送られ、
社会から隔絶された刑務所へ収監された。
アイスランドでは70人近い銀行家が起訴され有罪になった。
アメリカでは2008年の暴落以後、イスラム系以外の銀行家で刑事裁判にかけられた者はいない。

銀行家を訴追するために任命された特別検察官
O・ソー・ホークソン。
彼にアドバイスしていたのは、
アメリカの元検察官ビル・ブラックだった。

アイスランドは銀行を救済せず、銀行家を起訴、
金融上の決断を女性に委ね、
経済を完全に回復させた。


なぜアメリカはこうなんだろう?

マイケル・ムーアは3人の女性CEOに意見を求めた。

“アメリカン・ドリーム”の言葉の通り、
チャンスの国よね
誰でも望みを実現できるって
でも現実にはそうじゃない
すべての子に平等に教育と医療の機会を与えて
共産主義ではなく、いい社会として

個人プレーヤーよね
“自分と家族は大事だけど他は知らない”
世界も家族のようなもの
お互い支え合わなくては

ヴィグディス元大統領は語る。

確信してるの
女性の力を心から信じてる
女性の器や知性をね
世界を救えるのは女性しかいない
武力じゃなく言葉を使って
平和を願って社会を動かす
人間性を守り、子供を守りたい
世界中の男性が女性の視点に開眼し男性の視点を合わせたらよりよい世界に


アメリカ人に対して2分間好きに話せるとしたら何と言う?

マイケル・ムーアの問いかけに対する女性CEOの答えは辛辣だった。

たとえお金をもらってもアメリカには住まない
社会のあり方や国民の扱い方、
隣人への接し方を見ると住みたいとは思わない
ご免だわ
同胞であるはずのアメリカ人を大切にしてない
よく平気でいられると不思議でならないの
たくさんの人たちが食事もなく病院にも行けず
教育も受けられずにいる
なのになぜ平気なのか
理解不能よ

マイケル・ムーアが小さな声でつぶやく。

平気じゃない

ならよかった
平気でいいはずないわ


アイスランドからは女性の力をゲット!


■ベルリンへ

1989年ベルリンの壁をノミで叩いていた
ミシガンの友、ロッドとの再会。
ベルリンで壁が崩れている頃、
南アフリカではマンデラが釈放され大統領に就任した。
不可能だと思われていたことも現実になった。

世の中何でもあり

ロッドが言う。

解決は難しいと言うけれど
答えはシンプルだ
ハンマーでブチ壊せばいい


アメリカ以外ばかりにアメリカン・ドリームを見てきた侵略の旅。
しかし、戦利品の多くは元々はアメリカ発祥のものだった。

侵略などせずとも、
すべては既にアメリカにあったのだ。

そうとなれば、かかとを三度鳴らして、
いざ故郷へ!

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ポルトガルの麻薬対策、ノルウェーの刑務所システムなど、アメリカ(だけでなく多くの国)のそれと比べるとあまりに違いすぎというかほとんど真逆で、
にわかに導入するのは難しそうなものもある。
しかし、ポルトガルではドラッグの使用率が下がり、
ノルウェー再犯率は世界最低の20%である。
実際に対策は効果を上げている。
これはどの国にとっても研究の価値ありだ。
しかし、やはり印象的だったのは、
チュニジアアイスランドだ。
今年ヒーロー(ヒロイン)映画として『ワンダーウーマン』が大ヒットしているが、ヒットの要因は女性客の動員らしい。
これは、ヒーローに救い出されるヒロインより自ら戦う強く美しいヒロインが見たいという女性の願望の表れなんじゃないかと思う。
とは言え、ワンダーウーマンはフィクションの中の人物。
現実世界でワンダーウーマンなるのは難しい。
しかし、チュニジアの女性たちは自ら声をあげ権利を勝ち取った。
そして、アイスランドには女性初の大統領、ヴィグディス大統領という女性にとって素晴らしいロールモデルが存在した。
子供の頃から彼女の姿を見て成長した少女たちにとって組織や企業のトップに就くのは自然なことだったのだ。

女性CEOのひとりが語ったように
「わたし」ではなく「わたしたち」
「わたしたち」を主語にして社会を考えていくことで解決することはたくさんあるんじゃないだろうか?

アメリカの作家、カート・ヴォネガットはこう書いている。

Love may fail, courtesy will prevail.
愛は敗れても、親切は勝つ

すべての人が他人に対する親切を忘れなければ、
たとえそれがささいなことであっても
世界は変わるはずだ。

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⚫︎マイケル・ムーアの世界侵略のススメ
/WHERE TO INVATE NEXT
(2015年 アメリカ)
監督・脚本・出演:マイケル・ムーア

マイケル・ムーアのドキュメンタリーを観るといつも思うことだが、深刻な内容をテンポの良い編集で見せるのが上手い。
マイケル・ムーアの主張に共感するかどうかはともかく、どんな社会を作り、どんな社会で生きていきたいのか考える上でとても示唆に富んだ内容になっているので、これから選挙権を得る10代の人たちにも観てもらいたいと思います。

【追記】
2015年に公開された本作。
当然、撮影されたのはそれ以前のことであり、マイケル・ムーアは各国で手に入れたアイディアを持って意気揚々と故郷アメリカへ戻ったはずだった。
しかし、2016年、ご存知のようにアメリカではドナルド・トランプが大統領選で勝利
マイケル・ムーアは持ち帰ったアイディアが実行されるべく動くどころか、先ずトランプ政権を打倒するところから始めなくてはならなくなった。


予告編はこちら👉映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』予告編 - YouTube


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