極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書〜2019年9月〜

今更ながらですが、2019年の9月は大、大豊作!
エイモア・トールズ『モスクワの伯爵』マーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する簡潔な記録』中島京子『夢見る帝国図書館』タナハシ・コーツ『僕と世界のあいだに』年間ベスト級の面白さでした。


▪️モスクワの伯爵/エイモア・トールズ
宇佐川晶子訳
早川書房
A GENTLEMAN IN MOSCOW/Amor Towles/2016

ロシア革命、帝政時代の終焉、
そして共産党一党独裁時代へ。
大粛清の嵐が吹き荒れた血生臭い時代が舞台になっているが、あとがきにもあるようにとても「チャーミング」な小説だ。
それはひとえにホテルに軟禁された元貴族ロストフ伯爵のお人柄によるところが大きい。
「自らの境遇の主人とならなければ、その人間は一生境遇の奴隷となる」
名付け親の言葉を胸に軟禁状態にも腐らずに毎日を充実させようする伯爵の生きる姿勢は周囲の人々だけでなく、読者も魅了する。
“娘”となるソフィアをはじめ彼を取り巻く人々のキャラクターも魅力的だ。
たまたま、スターリンの死後のドタバタを描いた『スターリンの葬送狂騒曲』を観たばかりだったので、終盤の伯爵の行動の意味を理解するのに役立ちました。
事前に映画『カサブランカ』鑑賞推奨!

モスクワの伯爵

モスクワの伯爵

モスクワの伯爵

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▪️七つの殺人に関する簡潔な記録/マーロン・ジェイムズ
亘敬介訳
早川書房
A BRIEF HISTORY OF SEVEN KILLINGS/Marlon James/2014

今ではジャマイカといえば、陸上大国、国際的なスターといえばウサイン・ボルトだろうが、それ以前は、スターといえば、やっぱりボブ・マーリーだ。
1976年に起きたボブ・マーリーの暗殺未遂事件の政治的、社会的背景が、事件の実行部隊となる地元ギャング、コンサートの取材に訪れた記者、事件の目撃者などの目を通して語られる。
夫々の登場人物が乗り移ったたかのような語り口に一気にその時代、世界に引き込まれる。
二段組700頁超の大部だが、これでも語り尽くされているとは言えない圧倒的な濃密さは詳細なリサーチの賜物だろう。
ボブ・マーリーの暗殺未遂事件については、そういうことがあったということだけはうっすら知っていたくらいの知識なので、
彼が対立する政党、ギャングの仲立ちをするような政治的存在だったことは知らなかった。
事件は未だ未解決だが、組織的な勢力によるものだということは間違いないのだろう。

七つの殺人に関する簡潔な記録

七つの殺人に関する簡潔な記録

七つの殺人に関する簡潔な記録

七つの殺人に関する簡潔な記録


▪️夢見る帝国図書館中島京子
文藝春秋

明治維新と共に夜明けを迎えた帝国図書館の歴史とこの帝国図書館と縁浅からぬ一人の女性、喜和子さんの物語がこの小説の両輪だ。
帝国図書館の歴史は日本の近代史そのもので、日清、日露、日中、そして大平洋戦争と戦争の時代。
図書館整備の予算は後回しにされ、常に図書館は「金欠」だ。
名だたる文豪が通い詰めた図書館の歴史だけでもかなり興味深いが、喜和子さんがとても魅力的だ。
彼女の人生は女性が自由に生きるということがどういうことなのかを考えさせる。
図書館の歴史と喜和子さんの過去を描いてはいるが、
きちんと今に通じる物語になっている。
樋口一葉をはじめ、数多の文豪が通った帝国図書館
この図書館がなかったら、日本の文学史は違うものになっていただろうし、日本国憲法だって違ったものになっていたかもしれない。
芥川、谷崎、森鴎外、etc…。
恥ずかしながら読んでいるようで実はあまり読んでいない近代文学。少しずつこちらも読んでいきたい。

夢見る帝国図書館

夢見る帝国図書館

夢見る帝国図書館 (文春e-book)

夢見る帝国図書館 (文春e-book)


▪️世界と僕のあいだに/タナハシ・コーツ
池田年穂訳
慶應義塾大学出版会
BETWEEN THE WORLD AND ME/TA-NEHISI COATES/2015

多くの人がこの本を手に取ったきっかけになったようだが、映画『イコライザー2』でデンゼル・ワシントン演じる元CIA局員ロバートが道を踏み外しそうになっている近所の少年に渡すのがこの本。多くの小説や映画で黒人に対する根深い差別感情の存在は知ったような気になっていたが、アメリカで黒人男性として生きていくことに、これ程の覚悟がいるということに正直愕然とした。
何故、差別が存在するのか?
アメリカという国でどう生きていけばいいのか?
著者タナハシ・コーツが息子に求めるのは、まず学ぶこと、広い世界を知ること、そして闘い続けることだ。
罪のない黒人男性が警官に撃たれ亡くなっても罪に問われない。
残念ながら、こういうニュースは後を絶たない。
不起訴のニュースを聞き、部屋に閉じこもって泣いていたというタナハシ・コーツの息子さん。
自分たちのために正義は果たされない、次は自分が犠牲者になるかもしれない、この絶望に胸をつかれる。

世界と僕のあいだに

世界と僕のあいだに

👇デンゼル・ワシントン主演の映画『イコライザー2』はこちら


▪️横道世之介吉田修一
毎日新聞社

映画版(沖田修一監督、高良健吾吉高由里子出演)を観ていたけれども、続編が出たということで、まずは未読だった原作本を読む。
映画版もかなり好きだったけれど、原作を読んであらためてすごく良くできた映画化作品だったと再確認する。
どこにでもいそうな地方出身の大学生、横道世之介
特に、頭が切れる訳でもなく、容姿端麗というわけでもないが、彼を思い出す時、誰もが笑顔になれるような、心が温かくなるようなそんな存在。
そういう存在が多ければ多いほど、その人の人生は豊かになる、そんな存在、それが横道世之介という人なのだ。

横道世之介 (文春文庫)

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横道世之介

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横道世之介

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横道世之介

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👇映画『横道世之介』(沖田修一監督)はこちら

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▪️マンハッタン・ビーチ/ジェニファー・イーガン
中谷友紀子訳
早川書房
MANHATTAN BEACH/Jennifer Egan

大恐慌禁酒法の廃止、第二次大戦参戦へと向かうアメリカ、ブルックリンを舞台に、恐慌で財産を失いギャングの使い走りに堕ちたエディ、海軍工廠で働きながら潜水士を目指すエディの娘アナ、ギャングの世界でのし上がり更に合法的に権力を得ようとするデクスター、三人の姿を描く。
第二次大戦時のアメリカ本土が描かれた作品はあまり見聞きしたことがないので、戦時下のアメリカ人の暮らしが垣間見えてとても興味深かった。
前作『ならずものがやってくる』に比べると随分と正統的な小説といった印象だが、徹底した調査を元にした労作だと思う。

マンハッタン・ビーチ

マンハッタン・ビーチ

マンハッタン・ビーチ

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👇ジェニファー・イーガンの前作『ならずものがやってくる』はこちら

ならずものがやってくる

ならずものがやってくる


▪️父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない/橋本治
朝日新聞社朝日新書

振り返れば、この社会で起きていることに理解が及ばない時、私は橋本治の本を読んできた。
色々な意味で国が加速度的に衰退していっている今、何故こんなことになってしまったのか?何故、こんなことが起きるのか?そんなことを考えさせるニュースが毎日のように入ってくる今、今こそ、橋本治が必要なのに、その人は逝ってしまった。とうに崩壊している父権制の幻想に、いまだしがみついている人間が牛耳っているこの国は、この先、一体どうなってしまうんだろう?
本当に瀬戸際まで来ている。

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)

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▪️ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ/アンジー・トーマス
服部理佳訳
岩波書店
THE HATE U GIVE/Angela Thomas/2017

“10代”というただでさえ面倒臭い時期にあって親友二人が銃によって命を奪われるという経験は誰にとっても理不尽だけど、何より心を寄せるべきは警官に撃たれたカリルの無念。
スターはゲットーに住まいとはいえ、両親は愛情深く、社会的に成功している伯父伯母もいる。
私立校に通い、豪邸に住む白人のBFまでいる。
語り手がアフリカ系の少女だから別人種の登場人物が欲しいのはわかるが、必要なのは無知ゆえに差別的発言をしてしまったヘイリーの視点では?
彼女と同じような間違いをしてしまう人間は同世代に限らず少なくないはずだ。

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