極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書〜2019年11月,12月〜

特に何かやらなければならないことがあるわけでもなくても忙しないのが師走。
というわけで、年末はあまり読めなかった。
高村薫の〈合田雄一郎シリーズ〉の新作や、
バルガス=リョサの新作もあったが、
一冊選ぶとすれば、今月も韓国文学のチョン・セラン『アンダー、サンダー、テンダー』
映像化希望!


▪️我らが少女A/高村薫
毎日新聞出版

追っていた筈の〈合田雄一郎シリーズ〉だが、どうも何作が飛ばしていたらしく、今作では合田も50代、警察大学校の教授になっている。
同棲相手に殺された若い女性が殺される。
この女性がある古い絵の具を持っていたことから、
この事件と12年前合田が捜査を担当した未解決の殺人事件の関連性が浮上する。
いわゆるコールドケースものかと思いきや、主眼は12年前の事件の真相ではなく、事件によって起きた波紋だ。
被害者、加害者の家族、周辺の人々。事件の記憶は消えることはない。
聞き流してしまうニュースの陰の残酷さを突きつけられる。

我らが少女A

我らが少女A


▪️アンダー、サンダー、テンダー/チョン・セラン
吉川凪訳
クオン(新しい韓国の文学)
under,thunder,tender/Serang Chung/2014

郊外の町で同じバスで通学した高校生六人組の過去と現在を描く。韓国映画やドラマがこれだけポピュラーになっているんだからその逆もまた然りというか当然だが、細田守とかいう名前が普通に出てくると、日本文化が当たり前に浸透してるんだなあと妙に感心してしまった。
現在と過去を交互に描く構成など、『サニー永遠の仲間たち』『建築学概論』辺りの映画も思い出すけど、チョン・セラン、絶対、岡崎京子の漫画読んでると思う。
ある場面が『ジオラマボーイ パノラマガール』だった!
これも映画化してくれるといいなあ。

アンダー、サンダー、テンダー (新しい韓国の文学)

アンダー、サンダー、テンダー (新しい韓国の文学)

  • 作者:チョン セラン
  • 出版社/メーカー: クオン
  • 発売日: 2015/07/09
  • メディア: 単行本

👇岡崎京子ジオラマボーイ パノラマガール』はこちら

ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

  • 作者:岡崎京子
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2016/07/29
  • メディア: Kindle
ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

  • 作者:岡崎 京子
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2010/08/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
ジオラマボーイ パノラマガール (Mag comics)

ジオラマボーイ パノラマガール (Mag comics)

  • 作者:岡崎 京子
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 1989/04
  • メディア: コミック


▪️名探偵の密室/クリス・マクジョージ
不二淑子訳
早川書房(A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK )

少年時代、ある事件を解決したことで“名探偵”ともてはやされ、今ではTV番組「テレビ探偵」の人気司会者モーガン
ある日彼が目覚めると、ホテルの部屋に監禁されていた。
同じ部屋には他に5人の人間。
そして浴室内には死体が。
3時間以内に犯人を見つけなければホテルを爆破する。
モーガンは何者かに犯人探しを強いられる。
密室ものというよりも『オールドボーイ』のアレンジという印象。
これが作家デビュー作だそうだが、頭だけで書いたというか、復讐譚にしてはエモさが圧倒的に足りないし、ラストにもモヤモヤが残った。

名探偵の密室 (ハヤカワ・ミステリ)

名探偵の密室 (ハヤカワ・ミステリ)


▪️シンコ・エスキーナス街の罠/マリオ・バルガス=リョサ
田村さと子訳
河出書房新社
CINCO ESQUINAS/Mario VARGAS LLOSA/2016

裕福な鉱山主エンリケは、乱行パーティの写真をネタに、週刊誌『デスタベス(暴露)』編集長ロランドに出資を求められる。
(大統領選に出馬したバルガス=リョサが敗北を喫した)フジモリ政権下で起きた政権のフィクサータブロイド紙の黒い繋がり。
ロランドに心酔していた部下のフリエタが正義に目覚め、事件の真相を世に問おうと立ち上がるのに対し、乱行パーティーでピンチに陥ったエンリケは新たな快楽に目覚める。
経済的な格差はもとより、このギャップに憤るべきなのか笑うべきなのか。
超絶技巧の第20章「つむじ風」が圧巻でした。

シンコ・エスキーナス街の罠

シンコ・エスキーナス街の罠


▪️厳寒の町/アーナルデュル・インドリダソン
柳沢由美子訳
東京創元社
VETRARBORGIN/Arnaldur Indridason/2005

凍てついた夜に遺体が発見されたのはアイスランド人の父とタイ人の母を持つ少年だった。
事件の背後には人種差別問題が疑われるが…。
移民問題を扱ったタイムリーなシリーズ五作目と言えそうだが、実は2005年の作品。
ヨーロッパの小国にとって移民問題は古くて新しい問題なんだろう。
15年経った今、状況はどう変わっているのか、いないのか?
事件の真相は更になんともやりきれないものだったが、社会の軋みが子供達の心に与える影響は決して小さくはないのだと思う。

厳寒の町

厳寒の町


▪️赤い髪の女/オルハン・パムク
宮下遼訳
早川書房
KIRMIZI SAÇLI KADIN/Orhan Pamuk/2016

繰り返し言及される父殺し、子殺しの物語がこの小説の通奏低音
父と息子のストーリーであることは確かだが、彼らの人生を大きく変えることになるのはタイトルにもなっている“赤い髪の女”だ。
“赤い髪”が生来のものではなく染めたものだというのも象徴的だが、彼女がかつての恋人の息子を(それと知った上で)誘惑せず、成長した息子に真実を伝えていれば悲劇は避けられただろう。
避けられない宿命の物語を操っていたのは、“赤い髪の女”なのだ。“井戸掘り”という仕事というか作業も、何やら多くを象徴しているように思える。

赤い髪の女

赤い髪の女

赤い髪の女

赤い髪の女


▪️ジーヴスの世界/森村たまき
国書刊行会

ジーヴスシリーズの翻訳者であり筋金入りのファンである著者によるジーヴスシリーズの作品世界のガイドブック。
読めば全シリーズを再読したくなること必至だが、
ゆかりの地を巡る章では地図が欲しかったし、ファンであるが故に、同じ話が繰り返される辺りは編集者の手がどう入っているのか疑問に感じる点も。
退位にあたってのインタビューで上皇后陛下美智子様が言及されたことで在庫が一気にはけたというジーヴス本。
米元大統領オバマさんのように毎年お気に入り本のリストを発表してくださると出版業界も少しは活性化されるのではと思ったり。

ジーヴスの世界

ジーヴスの世界


▪️イヴリン嬢は七回殺される/スチュアート・タートン
三角和代訳
文藝春秋
THE SEVEN DEATHS OF EVELYN HARDCASTLE/STUART TURTON/2018

目が覚めると自分が何者か何故そこにいるのかも記憶がない。
こういう状況はフィクションでは珍しくないが、この主人公は自分が何者かわからないまま、次々と8人の宿主の中の人となり(人格転移しながら)、更に1日をタイムループしながらイヴリン殺しの犯人探しをする。
これぞ、ムリゲーってやつでは?
大枠の設定はSF仕立てだが、ブラックヒース館で繰り広げられるストーリーは、クリスティを彷彿させる正統派のミステリーだ。
デビュー作にしてこれ程複雑な構成を持った作品を書き上げたスチュアート・タートン、次作はどう来るのか?

イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

イヴリン嬢は七回殺される

イヴリン嬢は七回殺される


▪️熱帯/森見登美彦
文藝春秋

「汝かかわりなきことを語るなかれ しからずんば汝は好まざることを聞くならん」
こう始まる『熱帯』という幻の作品。
この小説が幻である所以は誰も最後まで読むことが出来ないことにある。
『熱帯』の作者佐山尚一が影響を受けた『千一夜物語』は残酷な王シャハリヤールにシャハラザードが夜な夜な物語を語り聞かせ、その登場人物が更に語り出すという入れ子構造になっている。
『熱帯』を巡るこの物語も非常に複層的な構造を持ち、読む側が物語を創造する側になり、次第に小説を書くということと読むということの境界が曖昧になって来る。

熱帯

熱帯

熱帯 (文春e-book)

熱帯 (文春e-book)