極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2020年1月〜

2020年の始まりは、『特捜部Q』『ミレニアム』シリーズの新作もあったものの、
新年早々とんでもない傑作に出会ってしまった。
リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』
リチャード・パワーズの作品にがっかりさせられたことはないが、これは想像以上期待以上だった。
『オーバーストーリー』は、2019年ピューリツァー賞(フィクション部門)受賞。

息子の誕生から父親の死までの日々をつづった
『あの素晴らしき七年』エトガル・ケレットのユーモアと優しさはやっぱり好きです。


▪️特捜部Q 自撮りする女たち/ユッシ・エーズラ・オールスン
吉田奈保子訳
早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
SELFIES/Jussi Adler-Olsen/2016

見下し合う女たち、祖母、母、娘。時を隔てて起きた二つの殺人事件の関連性、妻に先立たれ落胆する元殺人捜査課課長、恋人に捨てられマーク家に舞い戻ったモーデン等、シリーズ7作目のトピックは数々あれど、何と言っても心配なのは精神崩壊の危機に直面したローセだ。
特捜部Qの重要な頭脳である彼女が戦力として計算出来ないことはもちろんだが、その死の後も父親の精神的虐待に耐えてきたローセの過去が重過ぎる。
そして、事件の背景にナチスドイツの影…。
双方ともに自分勝手な理屈で自らを省みることをしない女たちのバトル(というか、殺し合い)の一方で、
20年間近くも憎しみと罪悪感で不安定な精神状態のままなんとか日常をやり過ごしてきたローセを思うとやりきれない。
これまで、その突拍子もない行動に笑わされた読者もいただろうが、過去のシリーズを今読み返したら、とても笑えなくなってしまう。
特捜部Qにとって、彼女がいかに重要メンバーか改めて示した今作だが、次作でのローセ完全復活を祈る。
今作、アサドの過去やアマー島事件の真相は1ミリも明らかにならなかったが、知るのが少し怖いです。


▪️オーバーストーリー/リチャード・パワーズ
木原善彦
新潮社
The Overstory/Richard Powers/2018

ブラジルのアマゾンで、或いはオーストラリアで、
樹木、森が失われつつある今、
最も読まれるべき壮大な物語である。
物語の起承転結を「根」「幹」「樹冠」「種子」と樹木になぞらえた構成も見事だ。
そもそも樹木が土や大気に対して行なっていることのどれだけを私たちは知っているんだろう?
それを知ってか知らずか大量に伐採し、山火事によって失っている今、地球は壊れていっても仕方がないのかもしれない。
地球、自然、樹木に対して人類は余りにもちっぽけな存在だ。ここで考え方を大きく変えなければ人類が滅んだところで、それは当然の帰結なんだろう。
ひとりひとりが出来ることには限りがある。
それでも何が出来るのか?
まずは森に出かけ、巨木に背を預け、樹木や森の声に耳を傾けることから始めることは出来るかもしれない。
樹木と共に成長したり、樹木に運命を変えられたりするそれぞれの登場人物のストーリーはまさに“アメリカ”だが、読み終わってみるともっと大きなストーリーが立ち上がってくる。
今まで読んだパワーズの小説の中では一番読みやすかったが、一番“大きな”物語だった。

オーバーストーリー

オーバーストーリー

オーバーストーリー

オーバーストーリー


▪️セロトニン/ミシェル・ウェルベック
関口涼子
河出書房新社
SÉROTONINE/Michel Houelbecq/2019

軽い語り口なのでするする読めてしまうが、
書かれている内容は何とも沈鬱だ。
それなりの社会的地位も収入も得て、恋人と同棲中だが満たされないフロラン。
仕事での徒労感、鬱病治療の為の投薬による性的不能
昔の恋人や親友を訪ねるものの、彼らもまた自分以上の苦境にある。
フロランにとってカミーユは最後の希望だったはずだが、彼は彼女に声をかけない。
薬はある時点では助けになるだろう。
しかし、全てを諦めないためには薬でも幸せな記憶でも十分ではない。
何が必要なのか?
それが何なのか私にも分からない。
牛乳価格の値下げに怒った酪農家たちが絞った牛乳を道路にぶちまけるニュース映像は記憶に残っているが、アルゼンチンの牛肉はともかく、まさか牛乳がアイルランドから来るようになっていたとは!
フランスの食文化の豊かさは農業大国であることが基盤だと思っていた。
しかし、そこが脅かされているとは!
食糧の自給自足はどんな国にとっても安全保障の基礎じゃないかと思う。

セロトニン

セロトニン

セロトニン

セロトニン


▪️向田邦子の本棚/向田邦子
河出書房新社

向田邦子は、没後40年近く経っても、今だに関連本が毎年のように出版される極めて稀有な存在である。
あらためて年譜を見ると、直木賞受賞の翌年に飛行機事故で亡くなっている。
勿論、脚本家としての実績は十分だったが、
小説家としてはまだまだこれからの存在だった。
久世光彦氏が「私立向田図書館」と称したように彼女の博識の元になっているのは間違いなくこの蔵書群である。
今の時代、知識を得るのは必ずしも書籍からだけではないが、“紙の本”から得られるものは他とは違うように感じるのは、私ももう古い人間だからなのかもしれない。

向田邦子の本棚

向田邦子の本棚

👇向田邦子のエッセイと言えばこちら『父の詫び状』
新装版 父の詫び状 (文春文庫)

新装版 父の詫び状 (文春文庫)

👇向田邦子の小説と言えばこちら『あ、うん』

新装版 あ・うん (文春文庫)

新装版 あ・うん (文春文庫)

あ・うん (文春文庫 (277‐2))

あ・うん (文春文庫 (277‐2))


▪️カササギ殺人事件/アンソニーホロヴィッツ
山田蘭訳
東京創元社創元推理文庫
MAGPIE MURDERS/Anthony Horowitz/2017

アガサ・クリスティーは古びない。
自身の作品も読み継がれているが、オマージュを捧げた作品が後をたたないのもよく分かる。
しかしだからといって、如何にも“クリスティー風”なだけでは芸がない。
『イヴリン嬢は七回殺される』もそうだったように、
そこには一捻りが必要だ。
冒頭で『カササギ殺人事件』は、語り手であるスーザンが編集を手掛けるアティカス・ピュントシリーズの最新作だ。
これは小説内小説であり、これが今作の仕掛けであることは最初から示されているが、そんなことは忘れて『カササギ殺人事件』のクリスティー的世界にどっぷりはまってしまう。
いよいよ真相が明らかになる!というところで失われてしまった「カササギ殺人事件」の最終章。
そして、アラン・コンウェイの死。
読者は「カササギ殺人事件」を最後まで読めるのか?という不安を抱えつつ最終章の行方とコンウェイの死の真相をスーザンと共に追う。
最終章が失われた、この仕掛けでひとつの作品の中に二つのストーリーを同居させる構成が巧い。
クリスティー風な「カササギ殺人事件」も現代の出版界を舞台にしたストーリーもこのクオリティなら文句なし。
当たってしまったがゆえに、続けなきゃならない人気シリーズは実際にもあるんだろうなあと思う。

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)


▪️ミレニアム6 死すべき女/ダヴィド・ラーゲルクランツ
ヘレンハルメ美穂、久山葉子訳
早川書房
HOM SOM MÅS TE DÖ/David Lagercrantz/2019

『ミレニアム』シリーズ映画版の最新作『蜘蛛の巣を払う女』では、リスベットとカミラ姉妹の決着はすでについてしまっているので、あれっ?まだ決着ついてなかったっけ?と混乱しながら読み始める。
リスベット個人のストーリーとミカエルとリスベットが共に追う事件との両輪から成る構成はラーソン版から変わらないが、フルネームで言及される登場人物が多すぎでは?
アメリカの不動産王と東欧出身のモデル妻ってアノ人がモデル?)
公園で発見された遺体の身元が明らかになる過程にはワクワクしたけれども。
エベレストであったこととその背景は、MI6のコヴァルスキーによって明かされるという、以前安易だと感じた2時間ドラマの崖っぷちシーンのごとき謎解きシーンがまた復活してしまっていたし、やはり登場人物はもっと整理した方が良かったと思う。
とは言え、ラーソン版の一作目から続く伏線はカミラの死とガリノフの逮捕で回収完了。
今後、このシリーズが続くかどうかは未定だというが、続くとすれば新たな作者は一から自由に始められそうだ。
「リスベット・サランデルは、死なせるにはあまりに惜しいキャラクター」
彼女には再会したい。

ミレニアム 6 下: 死すべき女

ミレニアム 6 下: 死すべき女

ミレニアム 6 上: 死すべき女

ミレニアム 6 上: 死すべき女

ミレニアム 6 死すべき女 下

ミレニアム 6 死すべき女 下

ミレニアム 6 死すべき女 上

ミレニアム 6 死すべき女 上

👇『ミレニアム』シリーズ映画版の最新作『蜘蛛の巣を払う女』はこちら


▪️あの素晴らしき七年/エトガル・ケレット
秋元孝文訳
新潮社
THE SEVEN GOOD YEARS/ETGAR KERET/2006-2015

あまりにも大きな喪失を経験した民族が安住の地を求めて建国した国での暮らしが常に死と隣り合わせというのは何という皮肉だろう。
いつ何処にミサイルが撃ち込まれるのか分からない生活を想像するのは難しいけれど、そこに暮らす人々は私たちとなんら変わらない。
恋に落ち、結婚し、生まれた子供はやがて保育園に行き、そして兵役問題に直面する。
この問題についてはケレットと妻の間でも意見が分かれるように、イスラエル国民だって考え方は人それぞれだ。国や民族で十把一絡げで考えがちだが、どこの国だって色々な人がいて色々な考え方があるってことは忘れないでいたいと思う。
両親の馴れ初めや妻と付き合うことになった聞き違い、
兵役中に初めて書いた小説を兄に見せに行ったエピソードはドキュメンタリー(『物語のウソとホント〜エトガル・ケレット超短編小説』)で知っていたが、空襲警報鳴り響く中固まって直立する息子に「パストラミ・サンドごっこ」を提案するエピソードが素敵。
こんな状況でもとっさにこういうユーモアを忘れないエトガル・ケレット、信頼できます。

(収録作品)
〈一年目 Year One 〉
⚫︎突然いつものことが
Suddenly the Same Thing
⚫︎大きな赤ちゃん Big Baby
⚫︎コール・アンド・レスポンス
Call and Response
⚫︎戦時下のぼくら The Way We War
〈二年目 Year Two〉
⚫︎親愛を込めて(でもなく)Yours,Insincerely
⚫︎空中瞑想 Flight Meditation
⚫︎見知らぬ同衾者 Strange Bedfellows
⚫︎ユダヤ民族の保護者 Defender of the People
⚫︎とある夢へのレクイエム
Requiem for a Dream
⚫︎長い目で眺める Long View
〈三年目 Year Three〉
⚫︎公園の遊び場での対決
Throw-down at the Playground
⚫︎スウィート・ドリームス Swede Dreams
⚫︎マッチ棒戦争 Matchstick War
⚫︎英雄崇拝 Idol Worship
〈四年目 Year Four〉
⚫︎爆弾投下 Bombs Away
⚫︎おじさんはなんて言う?
What Does the Man Say?
⚫︎亡き姉 My Lamented Sister
⚫︎鳥の目で見る Bird's Eye
〈五年目 Year Five 〉
⚫︎想像の中の故国 Imaginary Homeland
⚫︎お偉いさん(ファット・キャット) Fat Cat
⚫︎ポーズをとる人 Poser
⚫︎ありふれた罪人 Just Another Sinner
⚫︎ぼくの初めての小説 My First Story
⚫︎最後まで残った男 Last Man Standing
⚫︎憂園地 Bemusement Park
〈六年目 Year Six〉
⚫︎打ちのめされても Ground Up
⚫︎お泊まり Sleepover
⚫︎男の子は泣いちゃだめBoys Don't Cry
⚫︎事故 Accident
⚫︎息子のためのヒゲ A Mustache for My Son
⚫︎はじまりはウィスキー Love at First Whiskey
〈七年目 Year Seven〉
⚫︎シヴァ Shiva
⚫︎父の足あと In my Father's Footsteps
⚫︎ジャム Jam
⚫︎善良さの料金 Fare and Good
⚫︎パストラミ pastrami

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)


▪️バートラムホテルにて/アガサ・クリスティー
乾信一郎
早川書房クリスティー文庫
AT BERTRAM'S HOTEL/Agatha Christie/1965

列車強盗や国際的な犯罪組織が暗躍するストーリーはマープルものとしては少々派手な道具立て。
マープル自身も事件を解決するというより、
洞察力を持った重要な目撃証人といった印象だ。
しかし、事件の舞台となる古き良き時代の遺物といったバートラムホテルと若さゆえにその情熱を暴走させるエルヴァイラの対照が見事。
クリスティーへのオマージュが感じられる小説や映像作品が目立つ昨今、これも映像向きの作品だと思う。
うっかり屋さん(?)のペニファザー牧師が無事でなによりでした。

バートラム・ホテルにて

バートラム・ホテルにて


▪️そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ
文藝春秋

高校時代は記憶の彼方というような私みたいな人間にとっては、誰が誰を好きとか、誰々に告白されたとかは正直どうでもよくて、
一番興味があるのは梨花さんはなぜそこまでして母親であることにこだわったのか?
森宮さんはなぜ父親になることをあっさり受け入れたのか?
以上二点である。
私も血の繋がらない親子や家族を否定はしないし、
大事なことは子供が安全安心であることである。
でも、高校生の娘の親になることと金魚を育てることは全く別物だ。
終始優子の一人称で語られるので、彼女の人生において重要なこの二人のキャラクターにリアリティが感じられなかった。
実父や祖父母だって簡単に娘や孫を諦めたりしないと思うよ。

【2019年本屋大賞 大賞】そして、バトンは渡された

【2019年本屋大賞 大賞】そして、バトンは渡された

そして、バトンは渡された (文春e-book)

そして、バトンは渡された (文春e-book)

今月の読書〜2019年11月,12月〜

特に何かやらなければならないことがあるわけでもなくても忙しないのが師走。
というわけで、年末はあまり読めなかった。
高村薫の〈合田雄一郎シリーズ〉の新作や、
バルガス=リョサの新作もあったが、
一冊選ぶとすれば、今月も韓国文学のチョン・セラン『アンダー、サンダー、テンダー』
映像化希望!


▪️我らが少女A/高村薫
毎日新聞出版

追っていた筈の〈合田雄一郎シリーズ〉だが、どうも何作が飛ばしていたらしく、今作では合田も50代、警察大学校の教授になっている。
同棲相手に殺された若い女性が殺される。
この女性がある古い絵の具を持っていたことから、
この事件と12年前合田が捜査を担当した未解決の殺人事件の関連性が浮上する。
いわゆるコールドケースものかと思いきや、主眼は12年前の事件の真相ではなく、事件によって起きた波紋だ。
被害者、加害者の家族、周辺の人々。事件の記憶は消えることはない。
聞き流してしまうニュースの陰の残酷さを突きつけられる。

我らが少女A

我らが少女A


▪️アンダー、サンダー、テンダー/チョン・セラン
吉川凪訳
クオン(新しい韓国の文学)
under,thunder,tender/Serang Chung/2014

郊外の町で同じバスで通学した高校生六人組の過去と現在を描く。韓国映画やドラマがこれだけポピュラーになっているんだからその逆もまた然りというか当然だが、細田守とかいう名前が普通に出てくると、日本文化が当たり前に浸透してるんだなあと妙に感心してしまった。
現在と過去を交互に描く構成など、『サニー永遠の仲間たち』『建築学概論』辺りの映画も思い出すけど、チョン・セラン、絶対、岡崎京子の漫画読んでると思う。
ある場面が『ジオラマボーイ パノラマガール』だった!
これも映画化してくれるといいなあ。

アンダー、サンダー、テンダー (新しい韓国の文学)

アンダー、サンダー、テンダー (新しい韓国の文学)

  • 作者:チョン セラン
  • 出版社/メーカー: クオン
  • 発売日: 2015/07/09
  • メディア: 単行本

👇岡崎京子ジオラマボーイ パノラマガール』はこちら

ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

  • 作者:岡崎京子
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2016/07/29
  • メディア: Kindle
ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

ジオラマボーイ☆パノラマガール 新装版

  • 作者:岡崎 京子
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2010/08/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
ジオラマボーイ パノラマガール (Mag comics)

ジオラマボーイ パノラマガール (Mag comics)

  • 作者:岡崎 京子
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 1989/04
  • メディア: コミック


▪️名探偵の密室/クリス・マクジョージ
不二淑子訳
早川書房(A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK )

少年時代、ある事件を解決したことで“名探偵”ともてはやされ、今ではTV番組「テレビ探偵」の人気司会者モーガン
ある日彼が目覚めると、ホテルの部屋に監禁されていた。
同じ部屋には他に5人の人間。
そして浴室内には死体が。
3時間以内に犯人を見つけなければホテルを爆破する。
モーガンは何者かに犯人探しを強いられる。
密室ものというよりも『オールドボーイ』のアレンジという印象。
これが作家デビュー作だそうだが、頭だけで書いたというか、復讐譚にしてはエモさが圧倒的に足りないし、ラストにもモヤモヤが残った。

名探偵の密室 (ハヤカワ・ミステリ)

名探偵の密室 (ハヤカワ・ミステリ)


▪️シンコ・エスキーナス街の罠/マリオ・バルガス=リョサ
田村さと子訳
河出書房新社
CINCO ESQUINAS/Mario VARGAS LLOSA/2016

裕福な鉱山主エンリケは、乱行パーティの写真をネタに、週刊誌『デスタベス(暴露)』編集長ロランドに出資を求められる。
(大統領選に出馬したバルガス=リョサが敗北を喫した)フジモリ政権下で起きた政権のフィクサータブロイド紙の黒い繋がり。
ロランドに心酔していた部下のフリエタが正義に目覚め、事件の真相を世に問おうと立ち上がるのに対し、乱行パーティーでピンチに陥ったエンリケは新たな快楽に目覚める。
経済的な格差はもとより、このギャップに憤るべきなのか笑うべきなのか。
超絶技巧の第20章「つむじ風」が圧巻でした。

シンコ・エスキーナス街の罠

シンコ・エスキーナス街の罠


▪️厳寒の町/アーナルデュル・インドリダソン
柳沢由美子訳
東京創元社
VETRARBORGIN/Arnaldur Indridason/2005

凍てついた夜に遺体が発見されたのはアイスランド人の父とタイ人の母を持つ少年だった。
事件の背後には人種差別問題が疑われるが…。
移民問題を扱ったタイムリーなシリーズ五作目と言えそうだが、実は2005年の作品。
ヨーロッパの小国にとって移民問題は古くて新しい問題なんだろう。
15年経った今、状況はどう変わっているのか、いないのか?
事件の真相は更になんともやりきれないものだったが、社会の軋みが子供達の心に与える影響は決して小さくはないのだと思う。

厳寒の町

厳寒の町


▪️赤い髪の女/オルハン・パムク
宮下遼訳
早川書房
KIRMIZI SAÇLI KADIN/Orhan Pamuk/2016

繰り返し言及される父殺し、子殺しの物語がこの小説の通奏低音
父と息子のストーリーであることは確かだが、彼らの人生を大きく変えることになるのはタイトルにもなっている“赤い髪の女”だ。
“赤い髪”が生来のものではなく染めたものだというのも象徴的だが、彼女がかつての恋人の息子を(それと知った上で)誘惑せず、成長した息子に真実を伝えていれば悲劇は避けられただろう。
避けられない宿命の物語を操っていたのは、“赤い髪の女”なのだ。“井戸掘り”という仕事というか作業も、何やら多くを象徴しているように思える。

赤い髪の女

赤い髪の女

赤い髪の女

赤い髪の女


▪️ジーヴスの世界/森村たまき
国書刊行会

ジーヴスシリーズの翻訳者であり筋金入りのファンである著者によるジーヴスシリーズの作品世界のガイドブック。
読めば全シリーズを再読したくなること必至だが、
ゆかりの地を巡る章では地図が欲しかったし、ファンであるが故に、同じ話が繰り返される辺りは編集者の手がどう入っているのか疑問に感じる点も。
退位にあたってのインタビューで上皇后陛下美智子様が言及されたことで在庫が一気にはけたというジーヴス本。
米元大統領オバマさんのように毎年お気に入り本のリストを発表してくださると出版業界も少しは活性化されるのではと思ったり。

ジーヴスの世界

ジーヴスの世界


▪️イヴリン嬢は七回殺される/スチュアート・タートン
三角和代訳
文藝春秋
THE SEVEN DEATHS OF EVELYN HARDCASTLE/STUART TURTON/2018

目が覚めると自分が何者か何故そこにいるのかも記憶がない。
こういう状況はフィクションでは珍しくないが、この主人公は自分が何者かわからないまま、次々と8人の宿主の中の人となり(人格転移しながら)、更に1日をタイムループしながらイヴリン殺しの犯人探しをする。
これぞ、ムリゲーってやつでは?
大枠の設定はSF仕立てだが、ブラックヒース館で繰り広げられるストーリーは、クリスティを彷彿させる正統派のミステリーだ。
デビュー作にしてこれ程複雑な構成を持った作品を書き上げたスチュアート・タートン、次作はどう来るのか?

イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

イヴリン嬢は七回殺される (文春e-book)

イヴリン嬢は七回殺される

イヴリン嬢は七回殺される


▪️熱帯/森見登美彦
文藝春秋

「汝かかわりなきことを語るなかれ しからずんば汝は好まざることを聞くならん」
こう始まる『熱帯』という幻の作品。
この小説が幻である所以は誰も最後まで読むことが出来ないことにある。
『熱帯』の作者佐山尚一が影響を受けた『千一夜物語』は残酷な王シャハリヤールにシャハラザードが夜な夜な物語を語り聞かせ、その登場人物が更に語り出すという入れ子構造になっている。
『熱帯』を巡るこの物語も非常に複層的な構造を持ち、読む側が物語を創造する側になり、次第に小説を書くということと読むということの境界が曖昧になって来る。

熱帯

熱帯

熱帯 (文春e-book)

熱帯 (文春e-book)

今月の読書〜2019年10月〜

10月は、『IQ』や『横道世之介』の続編などもあったのだが、一冊選ぶとすれば、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』
昨今充実の韓国文学の中でも評価の高かった今作。
高い評価も納得の面白さでした。


▪️IQ/ジョー・イデ
熊谷千寿訳
早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
IQ/Joe Ide/2016
※再読

『IQ2』のための再読。
確かに問題解決の方法が極端に単純だったり享楽的だったりで、ドットソンが非難されるべき場面が少なくないのは認める。
でも、兄マーカス亡き後、心を閉じてほとんど人を信じないアイゼイアにとって彼は友人と言わないまでも、
得難い「相棒」じゃないか?
二人を繋ぐのが過去に犯した罪であったとしても。
ともかく、ドットソンが作るガンボやBLTサンドが恐ろしく美味しそうなので、彼には飲食業界へ進んで欲しい。まずはフードトラックからでも。
しっかし、
地道で着実なのが苦手なのがドットソンなんだよなあ。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)


▪️続横道世之介吉田修一
中央公論新社

うっかり留年してしまった横道世之介はバブルの波に乗り遅れあえなく就職浪人。
半ばパチプロのように暮らしている。
側から見れば、人生どん底
ところが、大して悲壮感もないところが流石世之介。
自分は人生の踊り場状態なのに、無事就職したコモロン、寿司職人を目指す浜ちゃん、シングルマザーの桜子さんと息子の亮太君、桜子さんのお兄さん隼人さん、
それぞれの人生の転機に図らずも居合わせ、
そっと寄り添う。
ただ一緒にいてくれるだけでいい、
そんな時そこに居てくれる、
それが世之介という人なのだ。
そして、彼はもういない。

続 横道世之介

続 横道世之介

続 横道世之介

続 横道世之介


▪️ニックス/ネイサン・ヒル
佐々田雅子訳
早川書房
THE NIX/Nathan Hill/2016

幼い頃、父と自分を捨てた母との再会の機会は皮肉な形でやって来た。
何十年も音信不通だった母は、大統領候補である元州知事に砂利を投げつけ逮捕されたのだ。
書けない作家サミュエルは母の半生を書こうと母の元へと向かう。
サミュエルの心の中には家族を捨てた母への恨みもあったが、彼が見つけたのは母の意外な過去だった。
ノルウェーから新天地を目指した祖父、
理想を打ち砕かれた母、ベトナム戦争、9.11、イラク戦争、ファミリーストーリーであると同時にアメリカ近代史。初長編で見事な構成力。
J・アーヴィング絶賛も納得。

ニックス

ニックス

ニックス

ニックス


▪️フィフティ・ピープル/チョン・セラン
斎藤真理子訳
亜紀書房

病院は連続ドラマの舞台の定番だが、
それは、患者達、医師、看護師、それぞれの暮らし、人生がそこに凝縮されるからだろう。
ソウル郊外の病院を舞台に、周辺に生きる人々の群像劇を小説でやってのけたのが、この『フィフティ・ピープル』だ。
一篇が短編として成立しているが、彼のストーリーに彼女が、彼女のストーリーに彼が、という具合に、時には主人公、時には脇役として登場するので、次は誰がどんな形で登場するのか楽しみながら読める。
ラストの収束のさせ方はさながら映画の群像劇のようだった。
各話の主人公の顔のイラストがつくアイディアもナイス!

フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり1)

フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり1)

フィフティ・ピープル となりの国のものがたり

フィフティ・ピープル となりの国のものがたり


▪️モンスーン/ピョン・ヘヨン
姜信子訳
白水社

最近、お隣の国の小説が沢山読めるようになって嬉しい限りだが、考えれば当たり前なんだかバラエティ豊かな作品が揃っている。
ウサギ好きの人には申し訳ないけど、
個人的にはウサギを見るとちょっとギョッとしてしまう私にとって「ウサギの墓」は薄気味悪かった。
日常的な風景に潜む“魔”みたいなものを書くのが、この人は抜群に上手い。
ハンを押したように変わらない日々の中で少しずつ失われていくもの、ジリジリヒリヒリする思い、うっかり紙で指先を切ってしまった時のような嫌な痛みを感じる。
(収録作品)
⚫︎モンスーン
⚫︎観光バスに乗られますか?
⚫︎ウサギの墓
⚫︎散策
⚫︎同一の昼食
⚫︎クリーム色のソファの部屋
⚫︎カンヅメ工場
⚫︎夜の求愛
⚫︎少年易老

モンスーン (エクス・リブリス)

モンスーン (エクス・リブリス)


▪️レス/アンドリュー・ショーン・グリア
上岡伸雄訳
早川書房
LESS/Andrew Sean Greer/2017

50歳の誕生日を控えた売れない作家でゲイのアーサー。
彼の元に届いたのは15歳年下の元恋人フレディからの結婚式の招待状。
未だ心の傷癒えぬアーサーは式に出席せずに済むようありとあらゆる依頼を受け、海外逃亡を図る。
かつて年上の詩人と長年同棲していた彼なら、フレディが彼に言って欲しかったことが分かってもよさそうなもんだが、アーサーはそこに気付かない。
語り手は誰なのか察しがついたところで、結末は分かってしまうのだが、この先どう年をとっていけばいいのかを考え始める世代にとってアーサーのジタバタは他人事ではない。

レス

レス


▪️IQ2/ジョー・イデ
熊谷千寿訳
早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
RIGHTEOUS/Joe Ide/2017

ドッドソンは先ずはフードトラックからでも飲食業に進出すべし!
と前作を再読した際に感想に書いたら、
本当にフードトラックで商売始めてたよ!
著者も考えることは一緒だったようだが、
やっぱり地道な商売には飽き足らないようで、
アイゼイアからの誘いに乗って探偵業に逆戻り。
ドッドソンはどうしてもアイゼイアに自分を認めさせたいのだ。
ところが、今作のアイゼイアは依頼人が兄の恋人で密かに想いを寄せていたサリダだからなのか、
明晰な筈の推理のキレもない。
それにしても、アイゼイア以上に兄の轢逃げ事件の真相に私が納得いかないわ!

IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

今月の読書〜2019年9月〜

今更ながらですが、2019年の9月は大、大豊作!
エイモア・トールズ『モスクワの伯爵』マーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する簡潔な記録』中島京子『夢見る帝国図書館』タナハシ・コーツ『僕と世界のあいだに』年間ベスト級の面白さでした。


▪️モスクワの伯爵/エイモア・トールズ
宇佐川晶子訳
早川書房
A GENTLEMAN IN MOSCOW/Amor Towles/2016

ロシア革命、帝政時代の終焉、
そして共産党一党独裁時代へ。
大粛清の嵐が吹き荒れた血生臭い時代が舞台になっているが、あとがきにもあるようにとても「チャーミング」な小説だ。
それはひとえにホテルに軟禁された元貴族ロストフ伯爵のお人柄によるところが大きい。
「自らの境遇の主人とならなければ、その人間は一生境遇の奴隷となる」
名付け親の言葉を胸に軟禁状態にも腐らずに毎日を充実させようする伯爵の生きる姿勢は周囲の人々だけでなく、読者も魅了する。
“娘”となるソフィアをはじめ彼を取り巻く人々のキャラクターも魅力的だ。
たまたま、スターリンの死後のドタバタを描いた『スターリンの葬送狂騒曲』を観たばかりだったので、終盤の伯爵の行動の意味を理解するのに役立ちました。
事前に映画『カサブランカ』鑑賞推奨!

モスクワの伯爵

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👇映画『スターリンの葬送狂騒曲』はこちら

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▪️七つの殺人に関する簡潔な記録/マーロン・ジェイムズ
亘敬介訳
早川書房
A BRIEF HISTORY OF SEVEN KILLINGS/Marlon James/2014

今ではジャマイカといえば、陸上大国、国際的なスターといえばウサイン・ボルトだろうが、それ以前は、スターといえば、やっぱりボブ・マーリーだ。
1976年に起きたボブ・マーリーの暗殺未遂事件の政治的、社会的背景が、事件の実行部隊となる地元ギャング、コンサートの取材に訪れた記者、事件の目撃者などの目を通して語られる。
夫々の登場人物が乗り移ったたかのような語り口に一気にその時代、世界に引き込まれる。
二段組700頁超の大部だが、これでも語り尽くされているとは言えない圧倒的な濃密さは詳細なリサーチの賜物だろう。
ボブ・マーリーの暗殺未遂事件については、そういうことがあったということだけはうっすら知っていたくらいの知識なので、
彼が対立する政党、ギャングの仲立ちをするような政治的存在だったことは知らなかった。
事件は未だ未解決だが、組織的な勢力によるものだということは間違いないのだろう。

七つの殺人に関する簡潔な記録

七つの殺人に関する簡潔な記録

七つの殺人に関する簡潔な記録

七つの殺人に関する簡潔な記録


▪️夢見る帝国図書館中島京子
文藝春秋

明治維新と共に夜明けを迎えた帝国図書館の歴史とこの帝国図書館と縁浅からぬ一人の女性、喜和子さんの物語がこの小説の両輪だ。
帝国図書館の歴史は日本の近代史そのもので、日清、日露、日中、そして大平洋戦争と戦争の時代。
図書館整備の予算は後回しにされ、常に図書館は「金欠」だ。
名だたる文豪が通い詰めた図書館の歴史だけでもかなり興味深いが、喜和子さんがとても魅力的だ。
彼女の人生は女性が自由に生きるということがどういうことなのかを考えさせる。
図書館の歴史と喜和子さんの過去を描いてはいるが、
きちんと今に通じる物語になっている。
樋口一葉をはじめ、数多の文豪が通った帝国図書館
この図書館がなかったら、日本の文学史は違うものになっていただろうし、日本国憲法だって違ったものになっていたかもしれない。
芥川、谷崎、森鴎外、etc…。
恥ずかしながら読んでいるようで実はあまり読んでいない近代文学。少しずつこちらも読んでいきたい。

夢見る帝国図書館

夢見る帝国図書館

夢見る帝国図書館 (文春e-book)

夢見る帝国図書館 (文春e-book)


▪️世界と僕のあいだに/タナハシ・コーツ
池田年穂訳
慶應義塾大学出版会
BETWEEN THE WORLD AND ME/TA-NEHISI COATES/2015

多くの人がこの本を手に取ったきっかけになったようだが、映画『イコライザー2』でデンゼル・ワシントン演じる元CIA局員ロバートが道を踏み外しそうになっている近所の少年に渡すのがこの本。多くの小説や映画で黒人に対する根深い差別感情の存在は知ったような気になっていたが、アメリカで黒人男性として生きていくことに、これ程の覚悟がいるということに正直愕然とした。
何故、差別が存在するのか?
アメリカという国でどう生きていけばいいのか?
著者タナハシ・コーツが息子に求めるのは、まず学ぶこと、広い世界を知ること、そして闘い続けることだ。
罪のない黒人男性が警官に撃たれ亡くなっても罪に問われない。
残念ながら、こういうニュースは後を絶たない。
不起訴のニュースを聞き、部屋に閉じこもって泣いていたというタナハシ・コーツの息子さん。
自分たちのために正義は果たされない、次は自分が犠牲者になるかもしれない、この絶望に胸をつかれる。

世界と僕のあいだに

世界と僕のあいだに

👇デンゼル・ワシントン主演の映画『イコライザー2』はこちら


▪️横道世之介吉田修一
毎日新聞社

映画版(沖田修一監督、高良健吾吉高由里子出演)を観ていたけれども、続編が出たということで、まずは未読だった原作本を読む。
映画版もかなり好きだったけれど、原作を読んであらためてすごく良くできた映画化作品だったと再確認する。
どこにでもいそうな地方出身の大学生、横道世之介
特に、頭が切れる訳でもなく、容姿端麗というわけでもないが、彼を思い出す時、誰もが笑顔になれるような、心が温かくなるようなそんな存在。
そういう存在が多ければ多いほど、その人の人生は豊かになる、そんな存在、それが横道世之介という人なのだ。

横道世之介 (文春文庫)

横道世之介 (文春文庫)

横道世之介

横道世之介

横道世之介 (文春文庫)

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横道世之介

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  • 発売日: 2019/12/13
  • メディア: Audible版
横道世之介

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👇映画『横道世之介』(沖田修一監督)はこちら

横道世之介 [Blu-ray]

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横道世之介 [DVD]

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▪️マンハッタン・ビーチ/ジェニファー・イーガン
中谷友紀子訳
早川書房
MANHATTAN BEACH/Jennifer Egan

大恐慌禁酒法の廃止、第二次大戦参戦へと向かうアメリカ、ブルックリンを舞台に、恐慌で財産を失いギャングの使い走りに堕ちたエディ、海軍工廠で働きながら潜水士を目指すエディの娘アナ、ギャングの世界でのし上がり更に合法的に権力を得ようとするデクスター、三人の姿を描く。
第二次大戦時のアメリカ本土が描かれた作品はあまり見聞きしたことがないので、戦時下のアメリカ人の暮らしが垣間見えてとても興味深かった。
前作『ならずものがやってくる』に比べると随分と正統的な小説といった印象だが、徹底した調査を元にした労作だと思う。

マンハッタン・ビーチ

マンハッタン・ビーチ

マンハッタン・ビーチ

マンハッタン・ビーチ

👇ジェニファー・イーガンの前作『ならずものがやってくる』はこちら

ならずものがやってくる

ならずものがやってくる


▪️父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない/橋本治
朝日新聞社朝日新書

振り返れば、この社会で起きていることに理解が及ばない時、私は橋本治の本を読んできた。
色々な意味で国が加速度的に衰退していっている今、何故こんなことになってしまったのか?何故、こんなことが起きるのか?そんなことを考えさせるニュースが毎日のように入ってくる今、今こそ、橋本治が必要なのに、その人は逝ってしまった。とうに崩壊している父権制の幻想に、いまだしがみついている人間が牛耳っているこの国は、この先、一体どうなってしまうんだろう?
本当に瀬戸際まで来ている。

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)

父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない (朝日新書)


▪️ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ/アンジー・トーマス
服部理佳訳
岩波書店
THE HATE U GIVE/Angela Thomas/2017

“10代”というただでさえ面倒臭い時期にあって親友二人が銃によって命を奪われるという経験は誰にとっても理不尽だけど、何より心を寄せるべきは警官に撃たれたカリルの無念。
スターはゲットーに住まいとはいえ、両親は愛情深く、社会的に成功している伯父伯母もいる。
私立校に通い、豪邸に住む白人のBFまでいる。
語り手がアフリカ系の少女だから別人種の登場人物が欲しいのはわかるが、必要なのは無知ゆえに差別的発言をしてしまったヘイリーの視点では?
彼女と同じような間違いをしてしまう人間は同世代に限らず少なくないはずだ。

👇映画化作品はこちら

今月の読書 〜2019年7月、8月〜

毎年一度や二度は、読書がまったくはかどらない低迷期がやって来るのですが、それがどうやら今年は7月。
あまり読めていないのですが、この夏最大の(いや今年最大かも)収穫は何と言っても、
ルシア・ベルリンです!
『掃除婦のための手引書』は、
一言で言うなら、カッコいいのです!!
岸本佐和子さんの翻訳も素晴らしいです。



◾️無実はさいなむ/アガサ・クリスティー
小笠原豊樹
早川書房クリスティー文庫
ORDEAL BY INNOCENCE/Agatha Christie/1958

マープルもの(原作はノンジャンル)として映像化されたドラマも見たが、BSプレミアムBBC版が放送されたので原作にあたる。前のドラマの詳細も例のごとく記憶の彼方だが、BBC版は明らかにラストが違う!先にキャスティングありきなのかそれとも脚本に合わせてキャスティングしたのか分からないが、やっぱり、どういう役者が演じるかによってキャラクターのイメージも大分違うなあ。原作はシンプルだが、ドラマはそれぞれの登場人物の背景が原作よりも詳細に語られている。それにしても、BBC版のラストのブラックなこと!
映像作品での改変が可能なのは、
「誰が犯人でもおかしくない」
「誰もが動機を持っている」
という設定ならでは。
クリスティーがそこまで考えていたとは思わないけれど。

無実はさいなむ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

無実はさいなむ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


◾️掃除婦のための手引書 ルシア・ベルリン作品集/ルシア・ベルリン
岸本佐和子訳
講談社
A MANUAL FOR CLEANING WOMEN/Selected Stories by Lucia Berlin

鉱山町を転々とした幼少期、戦時中祖父母と暮らした暗黒期、チリでのお嬢さま暮らし、3度の結婚と離婚、シングルマザーとして四人の息子の子育て、様々な職業、アルコール依存、死にゆく妹の看取り。ルシア・ベルリンの小説は波瀾万丈過ぎる自身の人生がモチーフになっているが、そこに自己憐憫や自虐は一切ない。

「わたしはどんな悲惨なことでも、笑い話にしてしまえるのなら平気で話す。」(『沈黙』)

こう書いているように一定の距離感が保たれていて、とても心地がいいのだ。それでいて、とても心に沁みる。暫定今年のベスト本。
冒頭の書き出しとラストの切れ味がどれも素晴らしいが、あえてお気に入りを挙げるとすれば、『ドクターH.A.モイニハン』『ソー・ロング』『沈黙』『さあ土曜日だ』あたり。スノーデンさんとメイミーの掛け合いが愉快な『エルパソの電気自動車』も大好き。
あと54篇あるというルシア・ベルリン。すべて邦訳が出ますように!
〈収録作品〉
⚫︎エンジェル・コインランドリー店
⚫︎ドクターH.A.モイニハン
⚫︎星と聖人
⚫︎掃除婦のための手引書
⚫︎わたしの騎手(ジョッキー)
⚫︎最初のデトックス
⚫︎ファントム・ペイン
⚫︎今を楽しめ(カルペ・ディエム)
⚫︎いいと悪い
⚫︎どうにもならない
⚫︎エルパソの電気自動車
⚫︎セックス・アピール
⚫︎ティーン・エイジ・パンク
⚫︎バラ色の人生(ラ・ヴィ・アン・ローズ)
⚫︎ステップ
⚫︎マカダム
⚫︎喪の仕事
⚫︎哀しみ(ドロレス)の殿堂
⚫︎ソー・ロング
⚫︎ママ
⚫︎沈黙
⚫︎さあ土曜日だ
⚫︎あとちょっとだけ
⚫︎巣に帰る
※物語(ストーリー)こそがすべて/リディア・デイヴィス

掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集

掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集

表紙の写真は、ルシア・ベルリン自身。
装丁はクラフト・エヴィング商會です。


◾️悪の五輪/月村了衞
講談社

偶然の出会いからヤクザ者となった戦災孤児、人見稀郎。映画好きの変人ヤクザが東京五輪の記録映画監督選定に暗躍する顛末。人見周辺のごく一部を除いては実在の人物が多数登場するので“あったかもしれない”ストーリーとして臨場感たっぷりだ。中でも、人見に協力することになる花形敬は余りにもフィクショナルなキャラクターなので、てっきり架空の人物かと思ったら実在の人物だった(花形敬刺殺事件も史実)ので吃驚。一年後に再び東京五輪を控えタイムリーな作品だが、50年以上経ってもこの国は何も変わっていないような気がしてきた。

悪の五輪

悪の五輪


◾️生成不純文学/木下古栗
集英社

格調高い文章と内容のギャップがクセになる木下古栗文学。ロシア人宇宙飛行士の夢がOLの便秘解消につながって行くなんてすごい発想の飛躍。出口が異界へ続く迷路のよう。まさか、「虹色ノート」の虹色がう◯◯だったとはね!ひとりで昼休みを過ごしたい、ペットボトルのゴミが捨てられないとかありがちなあるある話がとんでもない着地点に帰結する展開は唯一無二。「生成不純文学」はモーツァルトの「きらきら星変奏曲」みたい。アハハ、じゃなくてグフフという笑いが漏れてしまうことを正直に告白しておく。
ストロガノフ飛行士のその後は如何に?
〈収録作品〉
⚫︎虹色ノート
⚫︎人間性の宝石 茂林健二郎
⚫︎泡沫の遺伝子
⚫︎生成不純文学

生成不純文学

生成不純文学


◾️刑罰/フェルディナント・フォン・シーラッハ
酒寄進一訳
東京創元社
STRAFE/Ferdinand von Schirach/2018

いつものように極力無駄を廃した淡々とした文章で紡がれる物語は、人が犯す罪と罰の間に横たわる大いなる矛盾。法律や裁判制度は万能ではなくて、それを巧く利用する者、こぼれ落ちる者、隙を突く者があって、犯した罪に対して常に正当な罰が下るとは限らない。むしろ、犯した罪と与えられた罰の間の不均衡、矛盾にやり切れなさを感じることも少なくないのが現実なのかもしれない。だからこそ、一話一話が、胸にズシンと重く響く。
彼女と一緒に私も、バルコニーで夫が片足を乗せた椅子を蹴っていた(「青く晴れた日」)。
〈収録作品〉
⚫︎参審員 Die Schöffin
⚫︎逆さ Die falsche Seite
⚫︎青く晴れた日 Ein hellblauer Tag
⚫︎リュディア Lydia
⚫︎隣人 Nachbarn
⚫︎小男 Der Kleine Mann
⚫︎ダイバー Der Taucher
⚫︎臭い魚 Stinkefisch
⚫︎湖畔邸 Das Seehaus
⚫︎奉仕活動(スボートニク) Subotnik
⚫︎テニス Tennis
⚫︎友人 Der Freund

刑罰

刑罰


◾️三体/劉慈欣
大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳
早川書房
THE THREE-BODY PROBLEM/Cixin Liu/2006

中国人作家の翻訳小説で、しかもSF。
本が売れないご時世に売れる要素はあるとは思えない小説が、売れている。
人類に絶望し、いっそこの地球は滅びる(あるいは地球外生命体によって侵略される)方がいいというモチーフはSFでは珍しくはない。
でも、今この作品が売れているというのは、内戦、テロ、貧困、環境破壊、あらゆる不寛容など、現在この世界を取り巻く問題に絶望感を覚えることも少なくないことと無関係だとも思えない。
文系脳としては、「三体問題」とか「ロシュの限界」なんて聞くだけで何だかウットリしてしまう。
三部作の第一部。
今後、どんな大きなスケールの物語世界が待ち受けているのか楽しみだが、第二部を読む前に第一部から読み直すこと、必至。

三体

三体


◾️三人の逞しい女/マリー・ンディアイ
小野正嗣
早川書房
TROIS FEMMES PUISSANTES/Marie Ndiaye/2009

タイトルからして、『三つ編み』を思い出すが、こちらはだいぶ変化球。
第一話のシングルマザーで弁護士ノラは経済力のない恋人とその娘の生活をも抱え、更に父親の罪を背負い刑務所に入った弟を助けようとするが本人にも何やら記憶の欠落がある。
第二話の語り手は結婚によって仕事を奪われたファンタではなく何をやってもうまくいかないフランス人夫ルディだ。第三話のカディ・デンバの運命の過酷さを思うと一体彼女たちの何処が「逞しい」のか?
彼女たちが逞しいとすれば、どんな状況でもその場その場で立ち続けようとする「逞しさ」だろうか?

三人の逞しい女

三人の逞しい女


◾️突然、ノックの音が/エトガル・ケレット
母袋夏生訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Suddenly,a Knock on the Door/Etgar Keret/2010

現実問題として、ノックしたのが誰か分からずにドアを開けることは少ないと思うけれど、ケレットの紡ぎ出すお話を読んでいると、ドアを開けるというなんてことのない日常的な行為がとてつもないことのように思えてくる。これぞ人生、とばかりに、ドアの向こうで何が待ち構えているのか予想出来ない。ニューヨークとテルアビブの街中で同じような行列があるとしても、テルアビブの行列の半分以上の人は目の前で人が死ぬのを見たことがあるんだそう。一瞬先は予測不能なケレットの作風はそんなお国柄と無関係ではないんだろう。
〈収録作品〉
⚫︎突然、ノックの音が Suddenly, a Knock on the Door
⚫︎嘘の国 Lieland
⚫︎チーザス・クライスト Cheesus Christ
⚫︎セミョン Simyon
⚫︎目をつむって Shut
⚫︎健康的な朝 Healthy Start
⚫︎チームを組み Teamwork
⚫︎プリン Pudding
⚫︎最近、並みじゃなくたつ Actually,I've Had Some Phenomenal Hard-Ons Lately
⚫︎チクッ Unzipping
⚫︎お行儀のいい子 The Polite Little Boy
⚫︎ミスティック Mystique
⚫︎創作 Creative Writing
⚫︎鼻水 Snot
⚫︎カッコーの尻尾をつかむ Grab the Cuckoo by the Tail
⚫︎色を選ぶ Pick a Colour
⚫︎青あざ Black and Blue
⚫︎ポケットになにがある? What Do We Have in Our Pockets?
⚫︎バッド・カルマ Bad Karma
⚫︎アリ Ali
⚫︎プードル Bitch
⚫︎勝利の物語 The Story,Victorious
⚫︎一発 A Good One
⚫︎カプセルトイ Capsule Toy
⚫︎金魚 What,of this Goldfish,Would You Wish?
⚫︎ひとりぼっちじゃない Not Completely Alone
⚫︎終わりのさき One Step Beyond
⚫︎あおい、おおきなバス Big Blue Bus
⚫︎痔 Haemorrhoid
⚫︎一年中、いつも九月 September All Year Long
⚫︎ジョゼフ Joseph
⚫︎喪の食事 Mourners' Meal
⚫︎もっと人生を More Life
⚫︎パラレルワールド Parallel Universe
⚫︎アップグレード Upgrade
⚫︎グアバ Guava
⚫︎サプライズ・パーティ Suprise Party
⚫︎どんな動物? What Animal Are You?

突然ノックの音が (新潮クレスト・ブックス)

突然ノックの音が (新潮クレスト・ブックス)

バトル・オブ・ザ・セクシーズ


彼女は何と闘ったのか?


1972年、全米選手権、決勝。
ロージー・カザルスを6-4、7-6で勝ち、全米チャンピオンとなったビリー・ジーン・キングは、
女子選手で初めて獲得賞金10万ドルを突破した。
しかし、ビリー・ジーンの闘いはまだ終わっていなかった。
ビリー・ジーンら女子選手と元選手グラディス・ヘルドマンは女子選手全員の報酬アップを要求していた。
ところが、発表された次の大会の賞金は
男子12,000ドルに対し、
女子は1,500ドル

と約8倍もの格差があったのだ。
ビリー・ジーンとグラディスは全米テニス協会のドン、ジャック・クレーマーに直談判する。

決勝のチケット販売数は男女共同じ。
賞金も男女同額にすべき。
なのに、何故?
しかし、この要求は拒絶される。

  • 男には養うべき家族がある
  • 男の試合は見ていて面白い
  • スピードがあり、力強い
  • 男女には生物学的な差がある
  • 競争も激しい

これに対し、ビリー・ジーンはボイコットを宣言する。
ビリー・ジーンはじめ選手たちは独自にトーナメントを立ち上げ、女子テニス協会(WTA)を設立、
たった1ドルで契約書にサインした。
この結果、選手たちは全米テニス協会から追放されたが、選手自らコートに人工芝を敷き、チケットを売り、宣伝し、合間に練習した。
大きな目的のために、選手たちは団結したのだ。

※この時、スポンサーになったのが、フィリップモリス社。選手が全米でフィリップモリス社のタバコを吸うことが条件だったというから時代を感じる。

そして、ビリー・ジーンには新たな出会いが訪れていた。
美容師のマリリン・バーネット。
ビリー・ジーンには、彼女の活動を献身的に支える夫ラリーがいたが、女性であるマリリンに惹かれる気持ちは偽ることができなかった。

一方、元テニス選手で全米王者でもあるボビー・リッグスは不満を募らせていた。
プリシラの父親の会社に籍を置いていたものの仕事などないに等しいお飾り的存在。
ギャンブル好きのボビーは金持ちの友人をカモに賭けテニスで憂さを晴らしていた。
そんなある日、賭けで勝ちとったロールスロイスが自宅に届き、やめると約束していたギャンブルを続けていたことがプリシラにバレてしまう。
ボビーはギャンブルをやめられなかった。
依存症の会に出席した彼はメンバーの前でこう言い放つ。

「賭け事は悪くない。賭けがヘタだから問題なんだ
大好きなことをやめるべきか?
やめなくていい。賭けに強くなれ!」

家を追い出されたボビーは一計を案じる。
それは、女子テニスのトップ、ビリー・ジーンとのエキシビションマッチだった。
しかし、彼女は見世物になるのを嫌い、
これを拒否する。
そこでボビーが話を持ちかけたのはビリー・ジーンのライバルで幼い息子を帯同しツアーに参戦していたマーガレット・コートだった。
折しも、マリリンとの新たな関係に戸惑うビリー・ジーンは調子を落としており、トーナメント決勝でマーガレットに負けてしまう。
マーガレットはボビーの挑戦を受けるが、
試合は2-6、1-6でボビーが圧勝してしまう。

「くだらない、ただの試合よ」

マーガレットはこう言ったが、これはただの試合ではなかった。

「女性はテニスができても重圧に耐えられない
これで、男性と同額の賞金を求める動きもやむでしょう
ご覧の通り、男女のレベルは違う
ビジネスでも政治でもスポーツだろうと頂点は男性です」

これで、ビリー・ジーンはボビーとの対戦を避ける訳にはいかなくなった。
かくして、ABC放送でプライムタイムの生放送、
賞金10万ドルをかけた世紀の対戦が決まった。

この対戦は本当に、
男性至上主義のブタVS.モジャ脚のフェミニストだったのだろうか?
ボビー・リッグスは本当に男性至上主義者だったのか?
ビリー・ジーンは何と闘ったのか?

ボビーは試合前、妻プリシラに言う。

「私は相当恐ろしい道を進んでいる」

この発言からは、彼は世間に男性至上主義者であるとみなされることをリスクと考えていたことが分かる。
ボビーの過激な言動は、多少なりとも世間の注目を集めるためのポーズだったんじゃないかと私は思う。
彼がこの対戦に取り戻したかったのは、
家族、そして痺れるような勝負の世界への復帰だ。

ビリー・ジーンは、解説者としての招聘されたジャック・クレーマーの出演を拒否する。

「ボビー?彼はただの道化よ
パフォーマンスでやってるだけ
でもね、あなたは違う、本物よ
女を敬えない、台所と寝室にいる女は好き
紳士なのは認める
だけど女が権利を主張すると
わずかな権利でもあなたは許せない」

「女が上だと言ってない
敬意を払ってほしいだけ」

試合は、ショーではなく、真剣勝負として素晴らしい対戦となる。
勝負に徹し、全力でプレーするボビーの姿を見て、
プリシラは夫の元へと戻る。
ストレートで試合に勝ったビリー・ジーンと女子選手たちは男子選手と同額の賞金を勝ち取った。

試合後、トーナメント専属デザイナーのテッド・ティンリングはビリー・ジーンに語りかける。

「時代は変わる、今、君が変えたように
いつか僕らはありのままでいられる
自由に人を愛せる
だけど、今は皆と勝利を祝おう」

その後、ビリー・ジーンは長年彼女を支えてきた夫ラリーと離婚。イラナ・クロスという新たなパートナーを得る。
二人はラリーが再婚して得た子供たちのGod Parents になっている。
時代は確実に変化している。

ビリー・ジーン・キングや選手たちの尽力によって、
現在のテニス界では、トーナメントの賞金は男女同額だ。
しかし、同じスポーツ界でもまだまだ男女格差が存在する。
今年FIFA女子ワールドカップで2大会連続4回目の優勝を果たした女子アメリカチームのキャプテンであり、大会得点王&MVPのミーガン・ラピーノー選手らはイコールペイを訴えている。
女子サッカーアメリカでは人気スポーツ。
アメリカ映画やドラマでは、女の子がプレイするスポーツと言えばサッカーだ。
女子代表選手は男子代表選手よりも多く勝ち、多額の収益を生み出しているのに、十分な賃金を得られていないのが現状だ。
彼女たちの闘いは今もまだ続いているのだ。

ミーガン・ラピーノー選手の優勝パレードでのスピーチについて詳しくはこちら👉
ミーガン・ラピノー「私たちのチームにはいろんな人間がいる」 W杯優勝パレードで披露した女子サッカーキャプテンのスピーチが超アツい | ハフポスト


ボビー・リッグスのスポンサーだった(2万ドル💰)シュガーダディーについて詳しくはこちら👉町山智浩 映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を語る

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バトル・オブ・ザ・セクシーズ/Battle of the Sexes (2017 アメリカ/イギリス)
監督ジョナサン・デイトンヴァレリー・ファリス
脚本:サイモン・ボーファイ
撮影リヌス・サンドグレン
音楽:ニコラス・ブリテル
編集:パメラ・マーティン
出演エマ・ストーン,スティーブ・カレル,アンドレア・ライズブローサラ・シルヴァーマンビル・プルマンアラン・カミングエリザベス・シュー,オースティン・ストウェル,ナタリー・モラレス,ジェシカ・マクナミー,エリック・クリスチャン・オルセン,ルイス・プルマン,マーサ・マックアイザック・ウォレス・ランガム,フレッド・アーミセン


公式HPはこちら👉映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』オフィシャルサイト| 20世紀フォックス ホーム エンターテイメント

予告編はこちら👉『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』予告編 (2018年) - YouTube



監督はジョナサン・デイトンヴァレリー・ファリスの夫婦コンビ。
このコンビの代表作といえば、リトル・ミス・サンシャイン(スティーブ・カレル、ウォレス・ランガム出演)。
ルビー・スパークスに出演したポール・ダノ(『リトル・ミス・サンシャイン』にも出演)、ゾーイ・カザンも実生活でもパートナーで、ポール・ダノの監督デビュー作では、ゾーイ・カザンが脚本を書いている(『ルビー・スパークス』の脚本も担当)。
因みに、ゾーイ・カザンの祖父は映画監督のエリア・カザン(『エデンの東』)です。

ルビー・スパークスについて詳しくはこちら👉ルビー・スパークス - 極私的映画案内

脚本のサイモン・ボーファイ出世作は、さびれた鉄鋼街でストリップショーでひと旗あげようと奮闘する男たちを描いたフルモンティ
そして、ダニー・ボイル監督スラムドッグ・ミリオネアではアカデミー賞脚色賞を受賞した。
ダニー・ボイルは当初今作も監督する予定だったが、結局プロデューサーとして参加している。


ボビー・リッグスにそっくりのスティーヴ・カレル
『40歳の童貞男』などコメディ俳優としての活躍が目立つが、最近ではフォックスキャッチャーのシリアスな演技が高く評価されている。
コメディ俳優は、ほぼもれなくシリアスな演技も上手いが、彼の出演作で個人的にオススメしたいのはラブ・アゲイン
こちらでは、エマ・ストーンが娘役を演じている。


ラ・ラ・ランドでオスカー女優の仲間入りを果たしたエマ・ストーン
キラキラ✨した前作とうってかわって、つぎの作品に選んだのが今作。
オスカーを獲るとその後のキャリアが低迷、あるいは迷走する俳優も少なくないが、我らがエマ・ストーンは守りに入ることなく積極果敢に
新たな領域に踏み込んでいる。
キング夫人とは似ていないが、見ているうちに似ているように見えてくるから不思議。
次の作品女王陛下のお気に入り(ヨルゴン・ランティモス監督)も賞レースを賑わせた作品で、オリヴィア・コールマンレイチェル・ワイズとの演技合戦の見応えは素晴らしかった。


ビリー・ジーンが心惹かれる美容師のマリリンを演じたのはアンドレア・ライズブロー
この人は、まさにカメレオン俳優。
出演作ごとにまったくイメージが違うので、
彼女の出演作品をたくさん観ていても、気付かないんじゃないかと思う。
この後、マリリンとビリー・ジーンは破局
裁判沙汰に発展し、裁判に敗れたマリリンは自殺を図り、半身不随となってしまう。
この事実を踏まえて本編を観ると、アンドレア・ライズブローがマリリンの病的な部分(なんか、ヤバそうな感じ)も表現しているように思う。

ボビーの挑戦を支える息子ラリーを演じているのは、ジャック・クレイマー役ビル・プルマンの息子ルイス・プルマン

実話ベースでテニス界を描いた作品として思い出すのは、ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男
1980年ウィンブルドン、5連覇のかかるボルグと初優勝を狙うマッケンローの伝説の一戦を描いた作品。
北欧三国スウェーデンデンマークフィンランド)出資の作品なので、ストーリーの比重はボルグに偏るが、破天荒な振る舞いの陰で有名弁護士である父親に認められたいと闘いに挑むマッケンローを演じたシャイア・ラブーフが印象に残る。
シャイア・ラブーフ、賞レースに絡むような作品に恵まれて欲しい!

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今月の読書 〜2019年6月〜

今月の読書2019年6月分をまとめました。
今月はあまり読めなかったのですが、
なんといっても、
ジョナサン・フランゼン『ピュリティ』
800ページ超のボリュームですが、
一気に読ませる圧倒的な筆力に脱帽です。


■ロイスと歌うパン種/ロビン・スローン
島村浩子訳
東京創元社
SOURDOUGH/Robin Sloan/2017

テック企業に高年収で転職したロイス。
ところが、多忙とストレスで心身共にボロボロ。
食事はもっぱら栄養補給ゼリーのお世話になる始末。
そんな悲惨な彼女の食生活を救ったのは、
謎めいた兄弟がデリバリーする
スパイシー・スープとサワードゥ!
アメリカを離れることになった兄弟はサワードゥのスターターを彼女に託して帰国する。
数多くの微生物が同居するクレメント・ストリート・スターターが素晴らしいサワードゥを作るように、
歌う天然酵母とロボットアーム、真逆に思えるもの否定せずに共存させているのがいい。
どちらも大事にしてこそ未来が拓けるのだ。
ファーマーズ・マーケットの出店システムとか、
ロイス・クラブとかビールの醸造所とかアグリッパのチーズとか〈カフェ・カンディード〉、サンフランシスコ、素敵な街だなあ。
〈カフェ・カンディード〉のオーナー、
シャーロット・クリングストンのモデルってオーガニック料理の母」と言われてるアリス・ウォータースさんかな?

ロイスと歌うパン種

ロイスと歌うパン種


■ダ・フォース/ドン・ウィンズロウ
田口俊樹訳
ハーパーコリンズ・ジャパン(ハーパーBOOKS )
THE FORCE/DON WINSLOW/2017

NY市警特捜部、麻薬取引捜査を担当する“ダ・フォース”でチームを率いるデニス・マローン。
脅し、賄賂、暴力、何でもあり。
売人、ギャング相手に綺麗事を言ってたら命がいくらあっても足りない。
「マンハッタン・ノースの王」
そう自負するマローンだったが、
その驕りが彼を窮地に陥れる。
街中では縄張りを争う売人同士が互いの脳みそをふっ飛ばし合い、まだほんの子供が腕に注射針を突き立てたまま死ぬ。
仕事が終われば、隣人とお喋りをし、良き父親として子供たちの相手をする。
その落差にマローンは耐えられない。
彼は刑事というより、過酷な戦場で戦う兵士なのだ。
デニー・マローンは、何故ディエゴ・ペーナを殺したのか?
この本当の理由が明かされなかった前半はマローンや仲間たちに感情移入するのは難しい。
金、血、そして白い粉にまみれ、ドツボにハマったマローンは自業自得に思える。
ところが、ペーナ殺害の理由が明らかになると、根本のところでマローンを突き動かしていたものは、悪に対する義憤だと分かる。
希望と誇りと信念に満ち、
人生最良の日だった警察学校卒業の日。
その日からマローンはどこで間違え、道を踏み外していったのか?
これは間違いなくマローン個人だけの問題ではなく、社会全体の問題だ。
前半は言い訳がましい感じで今ひとつ乗れなかったが、後半は少し格好つけ過ぎじゃないかと思うくらいすごくエモーショナルな展開だった。
現在、監督ジェームズ・マンゴールドで映画化構想中とのこと。
カルテル』はリドリー・スコットで撮影中らしいが、
20世紀フォックスがディズニー傘下に入ってどういう内容になるのかちょっと心配です。

ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)

ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)

ダ・フォース 下 (ハーパーBOOKS)

ダ・フォース 下 (ハーパーBOOKS)


■予告殺人/アガサ・クリスティー
田村隆一
早川書房クリスティー文庫
A MURDER IS ANNOUNCED/Agatha Christie/1950

地元紙に掲載された殺人予告、突然の暗転、怒号、銃声、巨額の遺産相続人、行方不明の双子。
まさにアガサ・クリスティーといったお膳立てが揃った王道ミステリー。
ミス・マープルにせよポアロにせよ金田一耕助にせよ、
探偵が最後に関係者を集めて謎解きをしてくれるミステリーが私は好きなのかもしれない。
これもドラマ版を観ていたはずだったのだが、やっぱり真相はうっすらとしか覚えていなかった。
まあ、忘れるからこそ何度でも楽しめるということで、我が記憶力の劣化を慰めることにしよう。


■ピュリティ/ジョナサン・フランゼン
岩瀬徳子訳
早川書房
PURITY/Jonathan Franzen/2015

これまで現代アメリカを生きるありふれた人々の姿を圧倒的な筆力で描いてきたフランゼンだが、
新作は、代替エネルギー会社で働き奨学金返済を抱える23歳のピップの経済的苦境から物語が始まる。
父親の名前を決して明かそうとしないピップの情緒不安定な母親をはじめ登場人物も大分エキセントリックだ。
しかし、つまるところ、親子、夫婦、その間で起きるあれやこれやである。
タイトルは『ピュリティ』だが、人は誰もが純粋なままでは生きられない。
正しくあろうとしても、皆何らかの罪悪感を抱えて生きざるを得ないのだ。
ああ、これぞ、人生。
どんな人でも、その人生は時代に左右される。
インターネットと既存のジャーナリズム、
冷戦終結ベルリンの壁崩壊、フェミニズム、巨大複合産業。
ここ何十年かの世界の潮流も背景としてしっかり描かれていてお見事。
読んでいて一番しんどかったのは、トムとアナベルの関係だった。
こういう関係にハマったら地獄です。

ピュリティ

ピュリティ

ジョナサン・フランゼンの他の作品もオススメです。

コレクションズ

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コレクションズ (上) (ハヤカワepi文庫)

コレクションズ (上) (ハヤカワepi文庫)

コレクションズ (下) (ハヤカワepi文庫)

コレクションズ (下) (ハヤカワepi文庫)

フリーダム

フリーダム


■声の物語/クリスティーナ・ダルチャー
市田泉訳
早川書房(新★ハヤカワ・SF・シリーズ)
VOX/CHRISTINA DALCHER/2018

全ての女性から話すことも読むことも書くことも奪われたディストピア世界。
同性愛者は収容所送りで過酷な強制労働を課せられる。
大統領を操り、この政策を推し進めるのは、
キリスト教右派のテレビ伝道師コービン牧師。
現実にもアメリカ大統領の強力な支持基盤はキリスト教右派だし、ここまで極端でなくとも確実にこの世界を望んでいる一派は存在して、
そこにリアリティがある。
主人公の学生時代の友人が言う。

「自由でいるためには、
何をしなくちゃいけないか考えてみなよ」

これはこの世界に生きる全ての人に問いかけられている。
学校教育によって洗脳され母親すら見下すようになるスティーヴンが愚かしくも痛々しい。
これは、フィクションだとか他の国のことだからとか言っていられない、今そこにある危機。すごくムカつくし、心底恐ろしい。

声の物語 (新ハヤカワ・SF・シリーズ)

声の物語 (新ハヤカワ・SF・シリーズ)

こちらは男女逆転のディストピア世界を描いた
ナオミ・オルダーマンの『パワー』
読み比べてみるのも一興。

パワー

パワー


■路地裏の子供たち/スチュアート・ダイベック
柴田元幸
白水社
CHILDHOOD AND NEIGHBORHOODS/Stuart Dybek/1971,1973,1974,1975,1976,1978,1979,1980

ここに描かれているシカゴの下町は、ただ単純に懐かしいというよりも、多分そこに住んでいる時にはいつか出て行くと思い定めているような場所。
忘れたいのに忘れられない、
気づけば心が舞い戻ってしまう場所。
大人になった彼らが幾分苦さと共に思い出す場所。
ダイベック二十歳の頃の作品だという「長い思い」冒頭を飾る「パラツキーマン」(レイに何が起きたのか?)「慈善」「見習い」辺りがお気に入り。
ほとんどが1970年代に書かれたものだが、
映像的には、ドラマシリーズ『シェイムレス 俺たちに恥はない』で脳内補完。
舞台は同じシカゴ南部の荒れた地域。
現代ではスノッブな小金持ちに侵食されつつある。
まあ、『シェイムレス』に登場するギャラガー家の子どもたちは逞しく生きているけれど、そこに暮らす人の痛みは今も変わっていないような気がする。
ダイベックも『シェイムレス』観てるかな?
〈収録作品〉
⚫︎パラツキーマン The Palatski Man
⚫︎猫女 The Cat Woman
⚫︎血のスープ Blood Soup
⚫︎近所の酔っ払い Neighborhood Drunk
⚫︎バドハーディンの見たもの
Visions of Budhardin
⚫︎長い思い The Long Thoughts
⚫︎通夜 The Wake
⚫︎ザワークラウトスープ Sauerkraut Soup
⚫︎慈善 Charity
⚫︎ホラームービー Horror Movie
⚫︎見習い The Apprentice

こちらもシカゴを舞台にしたスチュアート・ダイベックの短編集

僕はマゼランと旅した

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シカゴ育ち

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