極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

ホドロフスキーのDUNE


幻のSF大作の遺産

What is to give light must endure burning.
世界を照らす者は、己の身を焼かねばならない。
ーヴィクトール・E・フランクル

人生の目的(ゴール)とは何なのか?
自分を魂として昇華させること。
私にとって映画は芸術だ。
ビジネスである前にね。
絵画や小説や詩と同じように
人間の魂を深く探究する。
それが映画だ。
私が作りたかった映画。
それはあの頃LSDをやっていた人々が
ドラッグと同じ感覚をトリップせずに見られる。
人々はLSDをやらなくてもあの高揚感を味わえる。
人間の心の在り方を変える映画だ。
デューン」に対する私の情熱は果てしなく
預言書を作ろうと考えた。
私は預言書を作って
世界中の人々の意識を根本から変えたい。
私にとって「デューン」とは神の降臨だ。
芸術と映画の神の降臨だ。
ただ映画を作るだけでなく
はるかに深遠なものだ。
私が作りたかったのはとても神聖で自由で
新しい視点から精神を解放させるものだ。
自分は閉じ込められている。
そう感じていたからだ。
自我と知性を解き放ちたかった。
デューン」を作る闘いが始まった。


『エル・トポ』(1970)、『ホーリー・マウンテン』(1973)が世界中でカルト的人気を集めたアレハンドロ・ホドロフスキーは、1974年、プロデューサーのミシェル・セドゥーと共にフランク・ハーバートのSF小説『デューン 砂の惑星』の製作に取り掛かった。
脚本を完成させたホドロフスキーは、映画に携わるチームのメンバー「戦士」探しを開始した。
才能を集める天才ホドロフスキーが最初に白羽の矢を立てたのは、バンド・デシネ作家のジャン・ジローメビウスだった。
ホドロフスキーは彼を“私のカメラ”と呼び、
絵コンテが任せられた。

この「戦士」集めの過程では、
不思議な力が働いていた。
メビウスを探していると
偶然エージェントのオフィスに本人がいたり、
当時ハリウッドで特殊効果の第一人者ダグラス・トランブル(※1)に「君とは仕事できない!」と啖呵をきった後で偶然入った小さな映画館(※2)でダン・オバノンを見出したり、
招待されたパーティーで役をオファーしたいと考えていたミック・ジャガーが向こうから歩いてきたり、
まるで『七人の侍』か『ロード・オブ・ザ・リング』みたいでワクワクしてくる。
(※1『2001年宇宙の旅』の特殊効果で有名。ホドロフスキーとの面会中に40回も電話を受けた!)
(※2上映していたのは監督ジョン・カーペンターダーク・スター』1974年)

「戦士になる準備をしろ」
と父に言われ、当時12歳のホドロフスキーの息子ブロンティスは、レト侯爵の息子ポールを演じるために2年間毎日6時間の訓練で、空手、日本の柔術、素手、ナイフ、剣、あらゆる戦い方を学んだ。
幼いブロンティスにとっては辛い訓練だっただろうが、世界を変えるような映画を作るためには、
自らの腕を切ることさえ厭わない、
そういう覚悟がホドロフスキーにはあったのだ。

ホテルのホドロフスキーを訪ねてきて、
部屋に置いてあったビタミンEをその場で全部飲んでしまったレト侯爵のデヴィッド・キャラダイン
タロット本の“吊られた男”のページに書かれた「一緒に映画を作りたい」の言葉で口説かれ、
ハリウッドで一番高いギャラを要求した銀河王国皇帝サルバドール・ダリ
お気に入りのレストランのシェフを雇うことを条件に映画に出ることを承諾したオーソン・ウェルズなど、
出来過ぎと思うようなエピソードが次々に明かされる。

そして、ダリから見せられたのが、
のちに『エイリアン』のデザイナーとしてその名を知られることになるH・R・ギーガーの作品集だった。

監督のホドロフスキーをはじめ、メビウス、クリス・フォス、ダン・オバノン、H・R・ギーガー、ピンク・フロイドデヴィッド・キャラダインサルバドール・ダリミック・ジャガーオーソン・ウェルズウド・キア、そして「戦士」となるべく2年間の訓練を積んだホドロフスキーの息子ブロンティス、錚々たるメンバーが集められ、後世に残る傑作が誕生するはずだった。
しかし、映画はワンカットも撮影されることなく製作中止となった。

このドキュメンタリーを観ていて驚くのは、
まったくネガティブな印象がないことだ。
デューン』について語るホドロフスキーは実に精力的だし楽しそうで、まるでこれから取り掛かる新作について語っているかのようだ。
彼は今もまだ『デューン』に対する情熱は失っていないのだ。
一度だけ彼の表情が曇るのは、
デューン』の実現を許さなかったハリウッド式の製作システムについて語った時だ。
彼が言うように、映画製作には
心、精神、無限の力、大きな志が必要だ。
しかし、一方で予算を回収できなければ、
映画会社は映画を作り続けることができない。
その間でどうバランスをとるのか?
今も昔もその狭間で映画製作者は苦闘しているのだろう。

その後、ダン・オバノンはH・R・ギーガーと共に『エイリアン』(原案・脚本ダン・オバノン)を作り、ホドロフスキーとそのチームが創造した世界観やヴィジュアルイメージは多くの作品(※3)に受け継がれた。
幻の大作『デューン』は、“遺産”という形で生かされたのだ。
(※3『スター・ウォーズ』『ターミネーター』『フラッシュ・ゴードン』『レイダース失われた聖櫃アーク』『マスターズ 超空の覇者』『コンタクト』『プロメテウス』など)

それでも、
やっぱり、
ホドロフスキーの『デューン』が観たかった!

多分、これがこのドキュメンタリーを観た人の共通した思いではないだろうか?

実のところ、私はこれまでに新作『リアリティのダンス』(※4)を観ただけで、(ホドロフスキーの名前や作品のタイトルは知ってはいたが)他のホドロフスキー作品は観たことがなかった。
フランク・ハーバートの原作も読んだことがない。
しかし、
メビウスの絵コンテやフォスやギーガーによるビジュアルイメージ、絵コンテを使ったアニメーション、
そして何よりホドロフスキーの情熱的な語りによって大いに想像力をかきたてられた。
(※4『デューン』が頓挫した後映画から離れていたホドロフスキーは、本作をきっかけにミシェル・セドゥーと再会。『リアリティのダンス』を製作した。ちなみにミシェル・セドゥーは女優レア・セドゥーの大叔父にあたる。)

実に皮肉な話ではあるが、
「幻の傑作」が「幻」になるまでの顛末、
これが滅法面白く、感動的なのだ。




ニコラス・ウィンディング・レフンホドロフスキーのパリの自宅で見せられた「デューン」の本。絵コンテやキャラクター、宇宙船、衣装のデザインなどが収められている。


クリス・フォスによる「海賊の宇宙船」
海の底で擬態する魚のイメージ。



H・R・ギーガーがデザインしたハルコンネン城


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⚫︎ホドロフスキーのDUNE
監督:フランク・パヴィッチ
出演:アレハンドロ・ホドロフスキー,ミシェル・セドゥー,H・R・ギーガー,クリス・フォス,ブロンティス・ホドロフスキー,リチャード・スタンリー,デヴァン・ファラシ,ドリュー・マクウィーニー,ゲイリー・カーツニコラス・ウィンディング・レフンダン・オバノン,クリスチャン・ヴァンデ,ジャン=ピエール・ヴィグナウ


ホドロフスキーと飼猫のフロール。
才能を集める天才ホドロフスキー
“ひとたらし”だと思う。

後にデヴィッド・リンチによって実現した『デューン砂の惑星』。
リンチの才能を信じていたホドロフスキーは観る気はなかったが、息子ブロンティスに「本物の戦士なら観に行くべきだ」諭され、いやいや観に行った。
その時のエピソードがとても正直で人間くさくチャーミングだった。



公式サイトはこちら👉映画『ホドロフスキーのDUNE』公式サイト


予告編はこちら👉映画『ホドロフスキーのDUNE』予告編 - YouTube


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👇本編中、書斎の本棚に日本語版がチラッと映るアレハンドロ・ホドロフスキーの自伝『リアリティのダンス』はこちら