極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜10月、11月〜

今月の読書10月分11月分をお届けします。
オススメは、高田郁『みをつくし料理帖シリーズ。
今までなぜ、このシリーズと出会っていなかったのか?


オリエント急行殺人事件アガサ・クリスティー
講談社講談社文庫)
久万嘉寿恵訳
Murder on the Orient Express/Agatha Christie/1934

この原作はもう何度読んだかわからないけれど、ケネス・ブラナー版の映画を観たので再読。
今までアルバート・フィニーポアロを演じる1974年版(監督シドニー・ルメット)、デヴィッド・スーシェのTVドラマ版と観てきて(両方ともオチを知った上で)、これが一番面白くなかった。
なんだろなぁ、ケネス・ブラナーの「俺が、俺が」的な前にガンガン出てくる感じがイヤ。
ポアロはシリーズの主役ではあるけれども、特にこの作品の主役はポアロじゃないと思う。

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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ケネス・ブラナー主演・監督の映画化作品はこちら👇

アルバート・フィニーポアロを演じたシドニー・ルメット監督作品はこちら👇

オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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みをつくし料理帖 八朔の雪/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

鬼平犯科帳』の食べ物描写が大好きなワタクシが今までこのシリーズを読んでいなかったとは何たる不覚!
幼くして水害で両親を亡くし、奉公先も火事で失い江戸に出てきた澪は縁あって蕎麦屋つる屋で働き始める。
澪がこしらえる料理の数々はもちろんだが、つる家の主人種市をはじめ、澪を取り巻く人々の温かさが沁みる。
大工の伊佐三さんがつる家の今で言うシンクの高さを調整してくれるけど、これホント大事。高い方が絶対にラク
いやあ、たまにはこんぶとかつお節でちゃんと出汁をとって料理したいなあとしみじみ。

〈収録作品〉
⚫︎狐のご祝儀/ぴりから鰹田麩
⚫︎八朔の雪/ひんやり心太
⚫︎初星/とろとろ茶碗蒸し
⚫︎夜半の梅/ほっこり酒粕

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)


みをつくし料理帖 花散らしの雨/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

人気店になるとメニューを真似されたり、営業妨害されたりいろいろ大変ですよ!
「忍び瓜」作ってみました。
美味しかったけど、やっぱり胡瓜の旬はもう終わりだから今ひとつだったかも。
やっぱり暑い最中に、水分タップリの旬の胡瓜で作るから美味しいんですよね。
今はほとんどの食材は一年中手に入るけれど、このシリーズを読んでいると、「旬」って大事だなあとしみじみ感じるし、和食の豊かさにもあらためて気付かされます。
ふきちゃんが心置き無くつる家で働けるようになって良かった。

〈収録作品〉
⚫︎俎橋から/ほろにが蕗ご飯
⚫︎花散らしの雨/こぼれ梅
⚫︎一粒符/なめらか葛饅頭
⚫︎銀菊/忍び瓜

花散らしの雨 みをつくし料理帖

花散らしの雨 みをつくし料理帖


■新生の街/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
MANDARIN PLAID/S.J.Rozan/1996

シリーズ三作目はリディアがメイン。
舞台はNYの中国系アメリカ人社会。
今回の依頼人はリディアの兄の友人デザイナーということで、リディアの母もかつて働いていた縫製工場の裏事情など、いろいろ興味深い。
リディアは母や三人の兄の干渉を嫌っているけれど、それぞれが社会的に成功している三人の兄が常に気遣ってくれる、こんなに心強いことはないんじゃなくって?
まだ若いリディアにはわからないのか、わかっていても認めたくないのか。

新生の街 (創元推理文庫)

新生の街 (創元推理文庫)


■罪の声/塩田武士
講談社

昭和の未解決事件「グリコ森永事件」をモデルにした犯罪小説。
日々いろんな事件のニュースに接していると昔の事件を思い出すこともないのだが、読みながらいろいろ記憶が蘇った。
そう、確かに脅迫電話は子供の声で録音したものだった。
この事件をモデルにした小説には高村薫の傑作『レディ・ジョーカー』があるが、あの声を録音した子供は今どうしているのか?という着眼は興味深い。これは、事件から30年以上の月日が流れた今だからこそのものだろう。
事件の真相は闇の中、でも、あの子供達はきっと今も何処かで生きているはずだ。

罪の声 (講談社文庫)

罪の声 (講談社文庫)

高村薫の傑作『レディ・ジョーカー』はこちら👇

レディ・ジョーカー 上 (新潮文庫)

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レディ・ジョーカー 下 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 下 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 中 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 中 (新潮文庫)


■盤上の向日葵/柚月裕子
中央公論新社

飢餓海峡』(監督内田吐夢)を観て『砂の器』『人間の証明』といったこの系譜の作品を思い起こしたばかりだったので、読み始めてすぐにラストが予想出来てしまったのはちょっとタイミングが悪かった。
相変わらず、将棋の世界には不案内で駒の進め方もわからないので、その辺りを十分楽しめなかったのは残念だが、“鬼殺しのジュウケイ”こと歴代最強の「真剣師」東明重慶のキャラクター造形は秀逸だと思う。
映像化されるとしたら、このキャスティングは重要な鍵になるだろう。
ちなみに、大宮北署は実在しません。

盤上の向日葵

盤上の向日葵

内田吐夢監督(主演:三國連太郎)の『飢餓海峡』はこちら👇

飢餓海峡 [DVD]

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水上勉による原作小説はこちら👇
飢餓海峡(上) (新潮文庫)

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飢餓海峡(下) (新潮文庫)

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松本清張原作、何度も映像化されているが、やはりオススメは野村芳太郎監督のこちら👇

<あの頃映画> 砂の器 デジタルリマスター版 [DVD]

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原作小説はこちら👇
砂の器(上) (新潮文庫)

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砂の器(下) (新潮文庫)

砂の器(下) (新潮文庫)

岡田茉莉子主演の映像化作品はこちら👇

森村誠一の原作小説はこちら👇
人間の証明 (角川文庫)

人間の証明 (角川文庫)


■ギケイキ:千年の流転/町田康
中央公論新社

『ギケイキ2』への復習のための再読。
『湖畔の愛』はちょっと物足りなかったので、やっぱりこのグルーヴ感と飛躍!
これでなくっちゃねと思ったけれど、前回読んだ時に感じた義経の生意気さや弁慶の傲慢さはあまり感じなくて、二人の寄る辺なさや孤独が迫ってきた。


■ギケイキ2:奈落への飛翔/町田康
中央公論新社

本来ならば、大いに語りたいであろう壇ノ浦も何もかも、義経大活躍の下りはあっさりカットで、戦で名を挙げた義経は兄頼朝の目の上のたんこぶ的存在になっている。
義経は兄頼朝と共に源氏の再興を願っているのに!
ああ、義経の捨てられた子犬感が辛い。。。『ギケイキ2』は静御前との別れまで。
義経にとってはいよいよ辛い展開になる続編が待ちきれません。

ギケイキ2: 奈落への飛翔

ギケイキ2: 奈落への飛翔


■贋作/ドミニク・スミス
茂木健訳
東京創元社
THE LAST PAINTING OF SARA DE VOS/Dominic Smith/2016

美術史と絵画修復を学ぶエリーは資産家弁護士マーティが所有する17世紀の女流画家サラ・デ・フォスの現存する唯一の作品「森のはずれにて」の贋作を製作する。
数十年後、故郷オーストラリアの大学で教えているサラは自分が描いた贋作と再会することになる。
過去に犯した罪の清算を迫られる展開だが、
因果応報とはならない意外性がいいし、17世紀を生きたサラの人生も同時に語られ、ストーリーに奥行きを与えている。
愛娘の死と蒸発した夫が残した借金。
苦労の多かった彼女の後半生が穏やかなものだったことに救われた。

贋作

贋作


■ノアの羅針盤アン・タイラー
中野恵津子訳
河出書房新社
NOAH'S COMPASS/Anne Tyler/2009

60歳にしてリストラされた教師リーアムは断捨離し小さなアパートに引っ越す。
しかし、引っ越し当日に強盗に頭を殴られ負傷、事件当日の記憶を失ってしまう。
人生後半に至って岐路に立たされた男の人生再生の物語。
取り立ててドラマティックな展開をみせるわけでもないのに読ませるのは、リーアムの元妻バーバラ、遣り手の弁護士姉ジュリア、個性豊かな三人の娘など主人公の周囲の女性陣のキャラクターが魅力的だからだろう。
引っ越しを手伝ってくれる末娘のBFダミアンのつかみ所のなさもお気に入り。
リーアムの新たな出発を素直に祝福したい!

ノアの羅針盤

ノアの羅針盤


みをつくし料理帖 想い雲/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

今巻より新キャラクター版元坂村堂さん登場、つる家の常連となる。
天満一兆庵」江戸店の元料理人富三により佐兵衛失踪時の事情が明らかになるも、偽つる家がやらかした食中毒騒ぎで風評被害、ふきちゃんの弟健坊の家出騒動と騒々しいつる家の周辺。
伊勢屋の“弁天さま”美緒の一途な想いと澪の秘めた想い。
どちらの想いも先行きが明るいとは言えないのが切ない。
でも、澪さん、源斎先生の想いには気ずかず。柿って焼いて食べたことないけど、来年はやってみましょうかね。
来年はたくさんなるといいなあ。

〈収録作品〉
⚫︎豊年星/「う」尽くし
⚫︎想い雲/ふっくら鱧の葛叩き
⚫︎花一輪/ふわり菊花雪
⚫︎初雁/こんがり焼き柿

想い雲―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)

想い雲―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)


みをつくし料理帖 今朝の春/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

澪の幼馴染野枝ちゃんがあさひ太夫となった経緯が明らかに。このシリーズは、澪の料理人としての成長、「天満一兆庵」の再建、佐兵衛の行方、といろいろ気になるところだが、中でも気になるのがあさひ太夫の行く末。会うことすら難しい伝説の太夫、どうすれば野枝ちゃんを救い出せるのか?小松原の母の思いがけない来店、あらためて突きつけられる厳しい現実。おりょう伊佐三夫婦は元鞘におさまりひと安心。澪の怪我が気になります。

〈収録作品〉
⚫︎花嫁御寮/ははきぎ飯
⚫︎友待つ雪/里の白雪
⚫︎寒紅/ひょっとこ温寿司
⚫︎今朝の春/寒鰆の昆布締め

今朝の春―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-4 時代小説文庫)

今朝の春―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-4 時代小説文庫)


リンカーンとさまよえる霊魂たち/ジョージ・サンダース
上岡伸雄訳
河出書房新社
Lincoln in the Bardo/George Saunders/2017

南北戦争真っ只中、幼い息子ウィリーを亡くしたリンカーン大統領はしばし納骨堂の息子の柩に寄り添い時を過ごしたという。
ソーンダーズはこの史実に着想を得たそうだが、何とも奇想天外。
納骨堂を訪れる大統領の姿に物見高い“さまよえる霊魂たち”が集まってくる。
ウィリーを何とか天国へ送り出そうと。
様々な文献からの引用、架空の人物が語る自らの人生、おびただしい声、声、声。
大きな歴史の分岐点。
しかし、歴史は英雄だけのものではない。
名もなき人々の物語の集積が歴史を作っていくということをあらためて考えさせる一冊だった。

リンカーンとさまよえる霊魂たち

リンカーンとさまよえる霊魂たち


■大家さんと僕/矢部太郎
新潮社

人付き合いって結局のところ、適度な距離感の探り合いじゃないのかなと常々思っている。このお二人の場合は、(最初は戸惑いもあったようだし)大家さんのペースに矢部さんが巻き込まれた感が強いけれども、最終的にはお互いに得るものの大きい関係が作れたんじゃないかしら。一見チャラい矢部さんの後輩芸人が大家さんと矢部さんの関係に自然に馴染んでいて良かったなあ。

大家さんと僕

大家さんと僕

今月の読書 〜2018年9月〜

今月の読書9月分をお届けします。
オススメは、ドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル山尾悠子『飛ぶ孔雀』R・J・パラシオ『もうひとつのワンダー』


■戦時の音楽/レベッカマカーイ
藤井光訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
MUSIC FOR WARTIME/Rebecca Makkari/2015

現代のNYを舞台にピアノの中からバッハを甦らせたり(「赤を背景とした恋人たち」)、
アーティストが出演するリアリティ番組の裏側をえがいたり(「十一月のストーリー」)、
一枚の写真を起点にその前後の家族のエピソードを語る(「一時停止 一九八四年四月二十日」)など、設定にとてもオリジナリティを感じる。
しかし、バラエティに富んでいるがゆえに、
どういう作家なのかはぼんやりしてしまっかも。
それでもやっぱり著者自らのルーツ(ハンガリー)につながる物語(「惜しまれつつ世を去った人々の博物館」)が印象に残った。
〈収録作品〉
⚫︎歌う女たち
The Singing Woman
⚫︎これ以上ひどい思い
The Worst You Ever Feel
⚫︎十一月のストーリー
The November Story
⚫︎リトルフォーク奇跡の数年間
The Miracle Years of Little Fork
⚫︎別のたぐいの毒(第一の言い伝え)
Other Brands of Poison(First Legend)
⚫︎ブリーフケース
The Brief Case
⚫︎砕け散るピーター・トレリ
Peter Torrelli,Falling Apart
⚫︎赤を背景とした恋人たち
Couple of Lovers on a Red Background
⚫︎侍者(第二の言い伝え)
Acolyte (Second Legey)
⚫︎爆破犯について私たちの知るすべて
Everything We Know About the Bomber
⚫︎絵の海、絵の船
Painted Ocean,Painted Ship
⚫︎家に迷い込んだ鳥(第三の言い伝え)
A Bird in the House(Third Legend)
⚫︎陳述
Exposition
⚫︎十字架
Cross
⚫︎聖アントニウスよお出ましを
Good Saint Anthony Come Around
⚫︎一時停止 一九八四年四月二十日
Suspension:April20,1984
⚫︎惜しまれつつ世を去った人々の博物館
The Museum of this Dearly Departed

戦時の音楽 (新潮クレスト・ブックス)

戦時の音楽 (新潮クレスト・ブックス)


■ザ・カルテルドン・ウィンズロウ
峯村利哉訳
角川書店(角川文庫)

『犬の力』でDEA捜査官アート・ケラーによって刑務所に送られたカルテルのボス、アダン・バレーラの脱獄から幕を開ける続編は、調停、和平、裏切り、と正に麻薬戦争版“戦国時代”といった様相を呈す。
主な登場人物は勿論フィクションだろうが、実名で登場する人物から推察するにかなりリアリティのあるストーリーになっているに違いない。

「なぜ、こんなことに?北米人がハイになるためだ。国境のすぐ向こうには巨大なマーケットが存在している。そして、飽くことを知らぬ隣国の消費マシーンが、巡り巡ってこの国の暴力をエスカレートさせる」

前作『犬の力』に続きケラーとアダン・バレーラの因縁がストーリーの核ではあるが、アダンが服役したこともあって、正にメキシコはカルテルの群雄割拠の戦国時代に突入。疑心暗鬼、和平、裏切りと目まぐるしく情勢が変化していく。
前作で印象的だった脇キャラ、ショーンとノーラは登場しないが、本作で活躍を見せるのは、アダンの愛人から麻薬商にのし上がる元ミスコン女王マグダと育った環境ゆえに幼くして戦争に巻き込まれるチュイだ。
もしも、アメリカと国境を接していなかったら、
メキシコはどんな国だっただろう?


日本文学盛衰史高橋源一郎
講談社

石川啄木が伝言ダイヤルで女子高生と援交してブルセラショップの店長してたり、田山花袋がAV監督を引き受けたり、下ネタが過ぎる!
と思わなくもなかったけれど、読み終わってみれば、新しい時代の新しい文学を求めて七転八倒苦闘した文学者たちの真摯な情熱に胸打たれてしまう。
今じゃ当たり前の「言文一致」の文学を獲得するまでにこれだけ苦労があったとは通り一遍の文学史からじゃ分からない。
もしも現代に彼らがよみがえって書店を訪れたら、
何を思うんだろう?
今、書店に並んでいる“文学”の一体どれが何十年後も残っているだろう?

日本文学盛衰史 (講談社文庫)

日本文学盛衰史 (講談社文庫)


■飛ぶ孔雀/山尾悠子
文藝春秋

「シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった」

火が燃え難くなった世界を共有する『飛ぶ孔雀』と『不燃性について』。
前者の主な舞台となるのは川中島Q庭園での大寄せ茶会、後者は山頂ラボの新人歓迎会、そして飛ぶ孔雀と地下に蠢く大蛇。この場面とこの場面、
あの人とあの人、繋がりを辿ろうとすれば出来なくもないようでいて、かえって混乱するような。ああ、この感覚、なんだろう?と思ったら、『ツイン・ピークス The Return 』ですよ!みなさん!
深追いすればするほど、迷宮に落ちていく。

飛ぶ孔雀

飛ぶ孔雀


■オールドレンズの神のもとで/堀江敏幸
文藝春秋

様々な媒体で発表された(悪く言えば寄せ集め的な)短編集ではありますが、ロクでもないニュースばかりで心がカサカサボロボロになる昨今、堀江さんの静かな文章にそんな心も次第に凪いでいくようでした。
オクラとレタスを連れて散歩に出掛けたくなる『果樹園』、剣豪オタクの先生の思い溢れる『柳生但馬守宗矩』、寒くなったら具沢山の糟汁を作ろうと思った『あの辺り』辺りがお気に入り。黒電話の呼び鈴がどんな音だったかちょっと思い出せない(『黒電話』)。
〈収録作品〉
I
⚫︎窓
⚫︎樫の木の向こう側
⚫︎杏村から
⚫︎果樹園
II
⚫︎リカーショップの夢
⚫︎コルソ・プターチド
⚫︎平たい船のある風景
⚫︎黒百合のある光景
⚫︎柳生但馬守宗矩
⚫︎天女の降りる城
⚫︎めぐらし屋
⚫︎徳さんのこと

⚫︎黒電話
⚫︎月の裏側
⚫︎ハントヘン
⚫︎あの辺り
⚫︎十一月の肖像
⚫︎オールドレンズの神のもとで

オールドレンズの神のもとで

オールドレンズの神のもとで


■ボタニカル・ライフ植物生活/いとうせいこう
新潮社(新潮文庫

『植物男子ベランダー』の原作本ということは前から知っていたのだが、今回読んでみようと思ったのは、春は花粉がひどいから、夏は酷暑だったからと庭仕事(多肉植物のお世話)を見て見ぬ振りをして後回しにしていた自分への叱咤激励のつもり。
水が足りないのか、日光が足りないのか、それとも風通しが悪いのか?どうして欲しいのか言ってくれ!
でも、植物は決して語ってはくれない。植物を相手にしていると自然と謙虚な気持ちになりますね、ホントに。
秋に読んだ本の感想を冬に書いている私、まだ植え替え作業が出来ていない。きっと、春には!

ボタニカル・ライフ?植物生活 (新潮文庫)

ボタニカル・ライフ?植物生活 (新潮文庫)


■ワンダー/R・J・パラシオ
中井はるの訳
ほるぷ出版
WONDER/R.J.Palacio/2012

続編を読む前に復習として再読。オーガストの学校生活のしんどさは他とは比べられないけれど、十代のうちは、自分ではどうにもならない両親の離婚とか、友達付き合いとか、世界が狭いが故のしんどさってあるよね。
過ぎてしまえば、いい時代だったなあと振り返ることも出来るけど、もう一度繰り返したいとは思わない。

ワンダー Wonder

ワンダー Wonder

オスカー女優ジュリア・ロバーツと天才子役ジェイコブ・トレンブレイ君共演映画化された『ワンダー 君は太陽』はこちら👇

ワンダー 君は太陽 [Blu-ray]

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■もうひとつのワンダー/R・J・パラシオ
中井はるの訳
ほるぷ出版
AUGGIE & ME THREE WONDER STORIES/R.J.Palacio/2014

前作では語り手となることのなかった優等生シャーロット、オーガストの幼馴染クリストファー、イジメの首謀者ジュリアンのスピンオフ。
善意の人シャーロットも女の子同士の友達付き合いに悩んでいたり、今はオーガストと離れて暮らすクリストファーも両親の別居に悩んでいる。
中でもジュリアンは結局退学することになって、前作で唯一救われない存在だったので気になっていたが、こんな形で救われるとは!
イジメっ子皆にジュリアンのおばあちゃんのような強烈な体験を持つ肉親がいる訳じゃないけれど、イジメをなくすにはイジメっ子を救わないとね。

もうひとつのワンダー

もうひとつのワンダー

今月の読書 〜2018年8月〜

今月の読書8月分をお届けします。
オススメは、デニス・ルヘイン『あなたを愛してから』ドン・ウィンズロウ『犬の力』のエンタメ小説2冊。


■収容所のプルースト/ジョゼフ・チャプスキ
岩津航訳
株式会社共和国
Proust contre la déchéance,Conférences au camp de Griazowietz/Joseph CZAPSKI/1896-1993

独のポーランド侵攻後、ポーランド将校だった画家ジョゼフ・チャプスキはソ連軍の捕虜となる。
突然行われる移送に怯える中で彼が行なったプルーストに関する講義の内容が本書である。
失われた時を求めて』はタイトルくらい(マドレーヌのくだりくらいは知っている)しか知らない私は勿論心の中で積読本に加えたが、
講義を受けた収容者も勿論そうだったに違いない。
(既読の収容者もいただろうが)しかしその多くは生き延びて読むことが出来なかった。
それでも、この講義がその瞬間生きていた彼らの大きな支えであったことは確かだ。
アンジェイ・ワイダカティンの森』で多くの収容者が辿った運命を見ていただけに(まるで流れ作業のように淡々と収容者が処刑されていく様子に震撼した)講義を受ける彼らの心情を考えるのが辛かった。

収容所のプルースト (境界の文学)

収容所のプルースト (境界の文学)

ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督『カティンの森』はこちら👇

カティンの森 [DVD]

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■憂鬱な10か月/イアン・マキューアン
村松潔訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Nutshell/Ian McEwan/2016

これまで各作品で様々な仕掛けで読者を楽しませてくれたイアン・マキューアンだが、本作の語り手は、なんとまだ母親と臍の緒で繋がっている胎児だ。
彼はいまだ母親の姿形も知らないが、様々な音声情報から情報を得、急速に知識を蓄えていく。
母は父とは別居中、そして別の男と父の殺害を企てている。その“別の男”とは父の実弟
そう、これは時代設定こそ現代だが、『ハムレット』を下敷きにしているのだ。
自らの色と欲だけが行動原理の母と叔父に対し、自分の将来だけでなく、この世界の行く末をも憂いている彼の姿はマキューアンの皮肉。

憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)

憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)


■あなたを愛してから/デニス・ルヘイン
加賀山卓朗訳
早川書房(ハヤカワポケットミステリ)
SINCE WE FEEL/DENNIS LEHANE/2017

父の顔どころか名前さえ知らずに育ったレイチェル。
娘に父親について何も語らないまま突然亡くなった母との確執、その後の父親探し。
これがストーリーの発端だが、この作品は中盤以降、劇的にギアチェンジし、思いもよらない着地点を迎える。
そもそも女性視点のデニス・ルヘイン作品が珍しいが(少なくとも私は初めて)、ここまで予測不能のストーリー展開も珍しい。
レイチェルがようやく辿り着いた真実を受け止め、前に進んでいく姿はある意味(?)清々しい。多くのルヘイン作品が映像化されているが、これも間違いなく映像化されそうだ。


■犬の力/ドン・ウィンズロウ
東江一紀
角川書店(角川文庫)
THE POWER OF THE DOG/Don Winslow/2005

ソダーバーグ『トラフィック』+ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』といったところか。
ジェームズ・エルロイの一連のシリーズの読者の私としてはこのヘヴィな展開も許容範囲。
ただドン・ウィンズロウ作品は『ストリート・キッズ』しか読んでないので、この作風には少々驚かされた。
DEA捜査官、メキシコの麻薬カルテル、NYマフィア、そして、美貌の高級娼婦がどう繋がってくるのか?
人物配置の妙が本領を発揮していくのはこれからだろう。
しかし、上巻のラスト、この上ない鬱展開。
フィクションやノンフィクションから知るカルテルの残虐な行為には「これが人間の仕業なのか」と呆然とする。
よく“麻薬戦争”と言われるが、これは比喩なんかじゃなく文字通りの“戦争”なんだと思う。
“戦争”という状況に放り込まれれば、平時はよき父もよき息子も狂気にかられた悪鬼となる。
冷戦下の世界で大国はあらゆる大陸で“戦争”状況を作り出してきた。そこで犠牲になるのはいつも市民だ。
カルテルのトップに上り詰めたアダン、殺し屋となったショーン、彼らだって運命に翻弄された犠牲者かもしれない。


■オリジン/ダン・ブラウン
越前敏弥訳
角川書店
ORIGIN/Dan Brown/2017

ラングドンの教え子であるコンピューター科学者で未来学者エドモンド・カーシュがスペイン、グッゲンハイム美術館で行うプレゼンテーションは「われわれはどこから来たのか?われわれはどこへ行くのか?」という人類最大の謎を解くものになるはずだった。
しかし、登場したカーシュは何者かに暗殺されてしまう。グッゲンハイム美術館館長で次期国王の婚約者アンブラ・ビダルと共にカーシュのメッセージを伝えようと奔走するラングドン
逃走しながらの謎解きはこのシリーズの定番だが、舞台は行きたい国NO1スペインなので、個人的には楽しい。
ラングドンとアンブラをサポートするエドモンドがプログラミングした人工知能ウィンストン。
現実世界でも人工知能は生活の中に普通に存在するものになりつつある今、多くのフィクションに人工知能が登場する。
しかし、フィクションの中の人工知能はしばしば暴走する。彼らは指示に忠実過ぎるくらい忠実だし目的のためなら手段を選ばない。
人工知能、進化論の再定義、パルマール教会、今作も薀蓄満載で好奇心を刺激された。
特に物理学者ジェレミーイングランドの説は興味深く理系音痴の私でもワクワク!
この説が証明されても宗教は残ると私は思う。

「端的に言うと、エネルギーをよりよく分散させるために、物質がみずから秩序を作り出すわけです。自然はー無秩序を促すためにー秩序の小さなポケットを作ります。そうしたポケットはシステムの混沌を高める構造を具え、それによってエントロピーを増大させるのです」

オリジン 上

オリジン 上

オリジン 下

オリジン 下

オリジン 上 (角川文庫)

オリジン 上 (角川文庫)

オリジン 中 (角川文庫)

オリジン 中 (角川文庫)

オリジン 下 (角川文庫)

オリジン 下 (角川文庫)


ムッシュー・パン/ロベルト・ボラーニョ
松本健二訳
白水社(ボラーニョ・コレクション)
MONSIEUR PAIN/Roberto Bolaño/1999

舞台は1938年のパリ。
危篤状態のペルー人ムッシュー・バジェホの治療を知人のマダム・レノーから頼まれたムッシュー・パンはその時から正体不明のスペイン人に尾行されるようになる。
時代はスペイン内戦、ナチスの台頭という不穏な時代。
霧雨が冷たく服を濡らすパリの夜はいつまでも明けることがないかのようで、一体何に巻き込まれているのかわからないムッシュー・パンの不安を読者も共に味わう。
ボラーニョはムッシュー・パンにも読者にも答えを与えてはくれないが、かわりにエピローグを書いた。
これがとても効果的だと思った。
謎めいた登場人物の中でも特に印象的なのは、夜のパリを彷徨うムッシュー・パンが出会った水槽災害ジオラマ作者のルデュック兄弟。

ムッシュー・パン (ボラーニョ・コレクション)

ムッシュー・パン (ボラーニョ・コレクション)

今月の読書 〜2018年6月、7月〜

今月の読書2018年6月分7月分をお届けします。
ベストは、イザベル・アジェンデ『日本人の恋びと』グレアム・スウィフト『マザリング・サンデー』多和田葉子『地球にちりばめられて』ファン・ジョンウン『誰でもない』


■穢れの町 アイアマンガー三部作2/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳
東京創元社
THE IREMONGER TRILOGY BOOK 2:
FOULSHAM/Edward Carey/2014

アイアマンガー家の圧政に苦しむ穢れの町の人々の運命が過酷過ぎる。
前作まではファンタジーだと思っていたが、質草として手に入れた子供たちを使って製造する兵隊(ゴミを寄せ集め、子供たちの息を吹き込んで命を与えた)に至っては、最早スチーム・パンクですよ!
屑山が崩れてロンドンに向かったアイアマンガー一族に取り込まれてしまったかのようなクロッド、ルーシーは穢れの町でどうなったのか?
まさかあの人がアイアマンガーだったとは!
前作に引き続き、なんでこんなところでTo be continued?

穢れの町 (アイアマンガー三部作2) (アイアマンガー三部作 2)

穢れの町 (アイアマンガー三部作2) (アイアマンガー三部作 2)

シリーズ一作目『堆塵館』はこちら👇

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)


■ギデオン・マック牧師の数奇な生涯/ジェームズ・ロバートソン
田内志文訳
東京創元社
THE TESTAMENT OF GIDEON MACK/James Robertson/2006

滝壺に滑落し三日間行方不明になっていたギデオン・マック牧師が、本当に“悪魔”と遭遇したかどうかは最後までわからない。
でも、もしも彼が“悪魔”ではなく、“神”(あるいは天使)と出会って助けられたと告白していたら、果たしてどうなっただろう?
称賛されこそすれ、狂人扱いされることはなかったんじゃないか?
どうもこの辺りは、都合の悪いものは見ないふり、見たいものだけを見るという宗教の一面的な部分を見る思いがした。
ギデオン・マック牧師は基本的に善意の人だったと思うけれど、神を信じてもいないのに牧師になり、愛のない結婚生活を続けた彼の人生はどんな形にせよ、どこかで行き詰まることになったんじゃないかと思う。

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)


■失われた手稿譜 ヴィヴァルディをめぐる物語/フェデリコ・マリア・サルデッリ
関口英子・栗原俊秀訳
東京創元社
L'AFFARE VIVALDI/Federico Maria Sardelli/2015

晩年は不遇で生活苦から借金を重ねウィーンで亡くなった作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ
彼が遺した膨大な手稿譜が辿る数奇な運命を史実に基づき小説仕立てで描くエンターテイメント。
これが滅法面白い!
小説仕立てにしたことで臨場感が増し、まるでその場に居合わせたかのようで、この企ては見事に成功している。
ヴィヴァルディ研究の第一人者であり、古楽オーケストラを率いる音楽家、そして風刺画家でもあるという著者の多才ぶりにも驚くが、手稿譜の収集に尽力した音楽学者アルベルト・ジェンティーリの辿る運命の皮肉に胸が苦しくなった。
これから先ヴィヴァルディを聴く時には、手稿譜の収集に尽力した真の英雄、ルイージ・トッリとアルベルト・ジェンティーリ、幼くして亡くなったマウロとレンツォ、二人の想い出に手稿譜を購入しトリノ国立図書館に寄贈した二人の父親にも思いをはせたい。

失われた手稿譜 (ヴィヴァルディをめぐる物語)

失われた手稿譜 (ヴィヴァルディをめぐる物語)


■日本人の恋びと/イザベル・アジェンデ
木村裕美訳
河出書房新社
EL AMANTE JAPONÉS/Isabel Allende/2015

ホロコーストに日系アメリカ人の強制収容所収容にエイズ禍に人身売買に児童ポルノ
登場人物たちには20世紀初頭から現在に至るまでに人類が被ってきたありとあらゆる災厄が襲う。
何とかそれを乗り越えてきた彼らが善意の人との出会いによって癒されていくのは、こうあって欲しいというアジェンデの願いなのかもしれない。
人生で唯一の愛、その愛をもってしても越えられなかった壁。
愛を手に入れた者は同時にそれを失う苦しみや痛みを引き受けなければならず、愛することにも愛されることにも勇気が必要。それにしても、愛+官能=最強。

日本人の恋びと

日本人の恋びと


■マザリング・サンデー/グレアム・スウィフト
真野泰訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Mothering Sunday/Graham Swift/2016

1924年3月30日、メイドに許された年に一度の里帰りの日、マザリング・サンデー。
6月を思わせるお天気のその日、帰る家のないジェーンは秘密の恋人に会うため、自転車を走らせる。
ジェーンにとって生涯忘れられないその日が行きつ戻りつ描かれるのは、(100歳近くまで生きた)彼女がその後の人生でこの日を何度も何度も反芻したからだろう。

「突然で意外な自由の感覚が体にみなぎった。わたしの人生は始まったところだ」

ジェーンの中の作家としての“種”は、この日、芽を出したのだろう、同時に喪失をともなって。
ジェーンは知ることのなかったアプリィ邸のメイドやエマ・ホブデイの行動や思いを様々想像しているが、ポール・シェリンガムは、ベッドに横たわるジェーンの姿を見て何を思い、どんな思いで身支度を整え、車を走らせたのだろう?

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)


■肺都 アイアマンガー三部作3/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳
東京創元社
THE IREMONGER TRILOGY BOOK3:
LUNGDON/Edward Carey/2015

アイアマンガー三部作の完結編。500p超というページ数に怯むも、怒涛の展開に一気読み。映画化権が既に売れているというのも納得の映像映えしそうなダイナミックな展開。
具体的な話はまだこれからのようだが、映画はやはり三部作になるのだろうか?
“アイアマンガー一族”という強大な同調圧力の中で押しつぶされそうになりながら、自らの考えでやるべき事をやろうとするクロッドの姿にはを今を生きる少年少女の心に訴えかけるものがあるだろう。
ああ、でも私はやっぱり『望楼館追想』が好きなので次作のマダム・タッソーの伝記が楽しみです。

肺都(アイアマンガー三部作3) (アイアマンガー三部作 3)

肺都(アイアマンガー三部作3) (アイアマンガー三部作 3)

私の好きなエドワード・ケアリー作品はこちら👇

望楼館追想

望楼館追想

望楼館追想 (文春文庫)

望楼館追想 (文春文庫)


■少女 犯罪心理捜査官セバスチャン/M・ヨート&H・ローセンフェルト
ヘレンハルメ美穂訳
東京創元社創元推理文庫
DEN STUMMAFLICKAN/MichealHjorth & Hans Rosenfeldt/2014

地方都市トシュビーで一家が猟銃で惨殺されるという事件が起きる。
トルケル率いる殺人捜査特別班は協力依頼を受けるが、鑑識官ウルスラは前作のラストでセバスチャンのストーカーに撃たれ負傷し療養中、ヴァニヤは両親の嘘に傷つき今だ情緒不安定、結婚を控え幸せなはずのビリーも現実逃避気味、リーダーのトルケルも何故ウルスラがセバスチャンの家にいたのか?聞けずにいる。
そんな中で起きた事件にチームは上手く対処出来るのか?
惨殺事件には一家には少女の生存者がいたことがわかり、いよいよ犯罪心理捜査官セバスチャンの本領発揮か?
鉱山開発の問題が出て来た時点で市長が怪しいと思っていたら案の定。
中央政界進出を狙う彼女の権力欲をチラチラの見せていたのはストーリーの伏線になっていたんだね。
セバスチャンがニコルに娘の姿を重ねていたのは事実だろうが、ニコルを思う気持ちに嘘はなかったと思うので、なんだか哀れ。
ビリーの暗黒面にいち早く気付いたセバスチャンが、次作以降、ビリーにどう対処するのか?
セバスチャンの犯罪心理捜査官としての真価が問われるのだろう。
まずはヴァニヤに真実を語るのか?

犯罪心理捜査官セバスチャン 少女 上 (創元推理文庫)

犯罪心理捜査官セバスチャン 少女 上 (創元推理文庫)

少女〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

少女〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)


■地球にちりばめられて/多和田葉子
講談社

帰る国を失い北欧諸国を難民として転々とし「パンスカ」という独自の言語を獲得したHiruko。
彼女のTV出演に端を発して奇妙な縁で繋がる人々。
それぞれがそれぞれの事情で生まれ育った場所とは別の場所で生きる彼らはデンマークからドイツへ、そしてノルウェー、遂にはフランス、アルルへと辿り着く。
彼らはまさに「地球にちりばめられて」いる。
こんな国にはもう住みたくないと思ったとしても多くの人にとって海外移住は高いハードルだ。
でも、あなたも私も地球人、地球にちりばめられた一人だと思うと、少しだけ心が軽くなった。

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて


■誰でもない/ファン・ジョンウン
斎藤真理子訳
晶文社
Nobody is/Jung-eun Hwang/2016

孤独、貧困、喪失。
今にも雨が降り出しそうな暗雲の下から何処へ移動しても逃れられない、あるいは出口のない迷路を延々と巡っているような閉塞感。
ここに描かれたすべての物語に感じられるのはそんな行き場のなさだ。
日本語でも「誰でもない」ネガティブなニュアンスもあれば、「訳者あとがき」にあるように「ほかの誰でもない」「代わりのいない」という意味にも取れる。
でも、「ほかの誰でもない」「代わりのいない」という意味を与えてくれるのは多くの場合は他者であり、他者との関わりの中でこの言葉の意味も転換していくのだと思う。
〈収録作品〉
⚫︎上京
⚫︎ヤンの未来
⚫︎上流には猛禽類
⚫︎ミョンシル
⚫︎誰が
⚫︎誰も行ったことがない
⚫︎笑う男
⚫︎わらわい

誰でもない (韓国文学のオクリモノ)

誰でもない (韓国文学のオクリモノ)

今月の読書 〜2018年4月、5月〜

今月の読書4月分5月分をお届けします。
ベストは、マイケル・オンダーチェビリー・ザ・キッド全仕事』、コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』アストリッド・リンドグレーンリンドグレーンの戦争日記1939-1945』ファン・ジョンウン『野蛮なアリスさん』


■屍人荘の殺人/今村昌弘
東京創元社

国内ミステリーは久しぶり。
「デビュー作にして、このミス、本ミス、文春三冠!」という華々しい惹句は読後に知ったが、
正直え〜、これが?って感じ。
夏のリゾート地の若者たち、クローズドサークル、ゾンビ、という枠組みだけがあって、キャラクターの魅力が皆無。
「男勝りの性格」のキャラクターが男言葉で話すって、あまりにも安易だし、登場人物紹介で性格を説明してるのも初めて見たし、語り手が震災を経験してるというのも取って付けたようで、なんとも…。

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人


ビリー・ザ・キッド全仕事/マイケル・オンだーチェ
福間健二
白水社(白水Uブックス)
The Collected Works of Billy the Kid:Left-Handed Poems/Micheal Ondaatje/1970

実在したアメリカ西部開拓時代のアウトロービリー・ザ・キッドの架空の人物伝。
太く短く生きたビリー・ザ・キッドをモデルにした多くの映像化作品が存在するが、マイケル・オンダーチェは詩、挿話、インタビューなど様々な形式でその姿を浮かび上がらせる。
その存在自体が詩情をかきたてるのか、詩のパートが特に印象深いが、その人物像と共に、馬の嘶きやひずめの音、吹き付ける土埃、乾いた血のにおいまで漂ってくるような読書体験だった。
オンダーチェの詩集も読んでみたい。
私はこの本を読む前にサム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』を観ていたが、「リンカーン郡戦争」については知っておいた方が理解しやすいと思います。

実際のビリーはかなり小柄な人だったらしいが、決して小柄とはいえないクリス・クリストファーソンがビリーを演じるサム・ペキンパー監督による映画化作品はこちら👇

ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 特別版 [DVD]

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■地下鉄道/コルソン・ホワイトヘッド
谷崎由依
早川書房
THE UNDERGROUND RAILROAD/Colson Whitehead/2016
ピューリツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク

南北戦争以前に黒人を南部から北部へと逃す組織があったことは何かで読んで知ってはいたが、その組織は“地下鉄道”と呼ばれていた。
作者は文字通り“地下鉄道”を走らせて15歳の少女コーラの逃亡劇を描く。
当時の南部の奴隷農場の過酷さは頁を捲るのを躊躇わせるほどだが、州境を越えれば全く違った環境があるという状況にも驚かされる。
危機を脱したかと思うとまた危機、ストーリーの起伏を作るのもうまいが、脇役の名前が冠された章が印象深い。
その運命を知った後の“シーザー”の章、その運命を知らされる“メイベル”の章。
内面に矛盾を抱えた“リッジウェイ”、“スティーブンス”、“エセル”の章は、当時を生きた人々の姿を重層的に浮かび上がらせる。

「何年も経って、おれはこのごろではアメリカン・スピリットの方がいいと思うようになった。俺たちを旧世界から新世界へと呼び出し、征服し、建設し、文明化せよと呼びかける精神だ。破壊すべきものは破壊せよと。劣等民族の向上に努めよ。向上できなければ従えよ。従えられなければ撲滅せよ。それが神に定められたおれたちの天命ーアメリカの至上命令だ」

リッジウェイはこう語るが、100年以上経った今でもこの“アメリカン・スピリット”を信奉しているアメリカ人は少なくないのかもしれない。

「盗まれた身体が、盗まれた土地で働いている。それは永久機関のような動力だった。空っぽになったボイラーは人間の血で満たす」

こちらは、コーラの目から見たアメリカの姿。

地下鉄道

地下鉄道


■誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?/マイクル・ビショップ
小野田和子訳
国書刊行会
WHO MADE STEVIE CRYE?/Micheal Bishop/1984

この作品には作家としてまだその地位を確立したとは言えない著者自身の不安が反映されているようだが、スティーヴィ・クライにはそれに加えて、夫を失ったという喪失感と早々に病との闘いを諦めてしまった彼に裏切られたという思いがある。
身近な人を亡くすと、表面的には日常を取り戻したように見えても、実は身も心もバランスを失っている。
ティーヴィが置かれているのはそういう状況だ。
そんな時、タイプライターが勝手に文章を綴りだすなんていう超常現象に遭遇すれば、彼女が追い詰められるのは必至。恐ろしい!

誰がスティーヴィ・クライを造ったのか? (DALKEY ARCHIVE)

誰がスティーヴィ・クライを造ったのか? (DALKEY ARCHIVE)


■忘れられた花園/ケイト・モートン
青木純子訳
東京創元社
THE FORGOTTEN GARDEN/Kate Morton/2008

一口で言うと、出生の秘密を巡るファミリーヒストリー
“出生の秘密”というと、昼メロ的というか、まあ、かなりありがちな設定だが、祖母のルーツを孫娘が辿るという時代の違い、オーストラリアとイギリスという物理的距離(気候の違い)が奥行きを生んでいて、安っぽい話になっていないところがいい。
2005年、1975年、20世紀初頭とそれぞれの時代のストーリーが錯綜するが、ある章(時代)で提示された謎が次の章(時代)で明かされるという配置になっているのが巧妙で、さほど混乱はない。
ネルの母親は誰か?という謎については思った通りだったが、幼いネルが置き去りにされるまでの経緯には様々な人々の思惑や思いが入り乱れていて、下巻に入ってからは、頁を捲る手を止められなかった。
突き詰めれば、一族の悲劇は、マウントラチェット家の子育て(ライナスの子供時代)に行き着くのかもしれないが、夫に愛されなかったアデリーン、子どもを産むことに執着し夫との間に距離を作ってしまったローズ、愛されたいと願うあまりの脱線が哀しい。
イライザもまたローズとの絆を永遠のものにしたいと秘密の庭を作った。

忘れられた花園 上

忘れられた花園 上

忘れられた花園 下

忘れられた花園 下

忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)

忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)

忘れられた花園〈下〉 (創元推理文庫)

忘れられた花園〈下〉 (創元推理文庫)


■湖畔荘/ケイト・モートン
青木純子訳
東京創元社
THE LAKE HOUSE/Kate Morton/2015

1933年、ミッドサマー・イブのパーティーが行われている湖畔荘で起きたエダヴェイン家の末っ子セオの行方不明事件。
70年後、休暇中(謹慎中)の刑事セイディ・スパロウはランニング中に偶然打ち捨てられた湖畔荘の庭に迷い込む。
70年前の幼児行方不明事件、セイディが担当していた(幼児を置き去りにした)若い母親の失踪事件、そしてセイディの過去がリンクしながらストーリーが紡がれる。
前作同様、時代も語りの視点もめまぐるしく変化しながら混乱させない構成力には感心。
誰がセオを連れ出したのか?若い母親は幼い娘を捨てたのか?
“コインシデンス”という言葉が何度も登場するが、さすがにこのオチは“偶然の一致”が過ぎないか?
ちょっと、出来過ぎの感あり。
偶然出会ったアンソニーとエリナは恋に落ちて幸せな結婚をし子供にも恵まれるが、「二人は末永く幸せに暮らしました」で終わるのはお伽話。
現実にはこの時代に生きた人々は二つの大きな戦争によってその人生を大きく変えられた。
多分この一家に起きたようなこと、“家族の秘密”は世界中どこの家族のものであっても不思議はない。
二つの戦争にまたがる時代設定が絶妙でした。

湖畔荘〈上〉

湖畔荘〈上〉

湖畔荘〈下〉

湖畔荘〈下〉


■コドモノセカイ
岸本佐和子編訳
河出書房新社

「コドモノセカイ」が天真爛漫、純粋無垢とは限らない。
ここに収められている物語の中でも子供たちは時に無慈悲で残酷だ。
赤ん坊が理解不能な怪物として描かれる『子供』(アリ・スミス)、欲しくてたまらなかった物が手に入れた瞬間別物になってしまった落胆を思い出させる『靴』(エトガル・ケレット)、十代の肥大した自意識が痛々しい『追跡』(ジョイス・キャロル・オーツ)が印象に残ったが、やっぱりラストの『七人の司書の館』(エレン・クレイジャス)が好き。図書館で本に囲まれて暮らすなんて本好きの夢だよね。
『七人の司書の館』って元ネタは『白雪姫と七人の小人』かしら?ディンジーは七人の司書に育てられた図書館の“白雪姫”。
〈収録作品〉
⚫︎まじない/リッキー・デュコーネイ
ABRACADABRA/Rikki Ducornet/1994
⚫︎王様ねずみ/カレン・ジョイ・ファウラー
KING RAT/Karen Joy Fowler/2010
⚫︎子供/アリ・スミス
THE CHILD/Ali Smith/2008
⚫︎ブタを割る/エトガル・ケレット
BREAKING THE PIG/Etgar Keret/1994
⚫︎ボノたち/ピーター・マインキー
THE PONES/Peter Meinke/1986
⚫︎弟/ステイシー・レヴィーン
THE TWIN/Stacey Levine/1993
⚫︎最終果実/レイ・ヴクサヴィッチ
FINALLY FRUIT/Ray Vukucevich/1997
⚫︎トンネル/ベン・ルーリー
THE TUNNEL/Ben Loory/2011
⚫︎追跡/ジョイス・キャロル・オーツ
STALKING/Joyce Carol Oates/1974
⚫︎靴/エトガル・ケレット
SHOES/Etgar Keret/1994
⚫︎薬の用法/ジョー・メノ
THE USE OF THE MEDICINE/Joe Meno/2005
⚫︎七人の司書の館/エレン・クレイジャズ
IN THE HOUSE OF SEVEN LIBRARIANS/Ellen Klages/2006

コドモノセカイ

コドモノセカイ


リンドグレーンの戦争日記1939-1945/アストリッド・リンドグレー
石井登志子訳
岩波書店
KRIGSDAGBOCKER 1939-1945/Astrid Lindgren/2015

子供の頃にピッピやカッレ君、ロッタちゃんといったリンドグレーンのキャラクターに親しんだ本好きは少なくないだろうが、1939年第二次大戦開戦時、彼女はまだ作家デビュー前、二人の子供の母親で弁護士事務所の事務員だった。
これはドイツがポーランドに侵攻した日から終戦までの彼女の日記。
幸いスウェーデンは戦場にならず、彼女は手紙検閲局で仕事をすることで戦争当事国の国民より情報にアクセスしやすい立場にあった。
ドイツに占領された北欧諸国についての記述が多いが、ヨーロッパの戦局がどう推移していったのかとてもわかりやすい。
ノルマンディ上陸やダンケルク撤退、スターリングラードの攻防など映画や小説 などで局地的なエピソードに触れる機会は多いが、前後にどんな出来事があったのか時系列で繋げられないことがままあったので、個人的にとても有り難い本だった。
隣国が戦火に覆われ人々が苦しんでいるのに、自分たちはほぼ変わらない生活を続けられている、苦しんでいる人々に何も出来ないという罪悪感、不甲斐なさが日記の執筆動機になっているのだろうが、スウェーデンもいつ戦争に巻き込まれてもおかしくなかった。
スウェーデンはよく踏み止まり中立を保ったなと思うが、スウェーデン以外の北欧諸国は軒並みナチスドイツに占領された。
中でも、フィンランドソ連に無理難題を押し付けられやむなくドイツと手を組むしかなかった。
リンドグレーンナチスドイツの暴虐に対する怒りの一方で、ソ連を同じくらい恐れていたのが印象的。



■ミレニアム5復讐の炎を吐く女/ダヴィド・ラーゲルクランツ
ヘレンハルメ美穂、久山葉子訳
早川書房
MANNEN SOM SÖKTE SIN SKUGGA/David Lagercrantz/2017

スティーグ・ラーソンからダヴィド・ラーゲルクランツへバトンタッチ後、二作目となる「ミレニアム」シリーズ。
前作の事件後、服役することになってしまったリスベット。
今作は服役中のリスベットの元に元後見人パルムグレンが不自由な身体をおして面会にくる場面から始まる。
リスベットの過去に隠された謎がストーリーのメインになりそうだが、邪悪な双子の妹の影、家族に抑圧されるバングラデシュ系の若い女性、高いI.Qと聴覚過敏という証券会社の若き幹部が絡んでくる。
ここまでは、ラーゲルクランツ版「ミレニアム」としてこなれてきた印象。
同じ“双子”でも、メインはレオとダンの“双子”。双子の兄弟がいるとは知らずに育った二人が偶然再会し、二人はなぜ引き裂かれたのかを探るというストーリーが核となっている。
それ自体はなかなか面白いストーリーになっているが、前半は服役していたということもありリスベットの活躍には物足りなさも感じる。
ラーソンの三部作と比べてしまう人が少なくないのは仕方ないが、二時間サスペンス的な告白に頼る謎解きも少なくなっているし、ラーゲルクランツは大分フィクションに慣れてきたと思う。リスベットの活躍は次作に期待します。

ミレニアム 5 上: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-3)

ミレニアム 5 上: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-3)

ミレニアム5 下: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-4)

ミレニアム5 下: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-4)


ピアノソナタ/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
CONCOURSE/S.J.Rozan/1995

中国系アメリカ人リディア・チンと半分アイルランド人ビル・スミスが活躍する探偵ものの第二弾はビルの一人称のストーリー。
リディアがメインだった前作では触れられなかったビルの過去が少しづつ明かされる。
元海軍の中年男ビルがピアノを弾く!それもバリバリのクラシック!もうそれだけで個人的にはウットリだが、今作に登場するビル、リディア以外のキャラクター造形も素晴らしい!
ビルの恩人で依頼人のボビー、ギャングを抜けたカーター、元ピアノ教師のアイダと相棒ショーン。
そして、リンフォースとスネークのラストシーン、泣けました。

ピアノ・ソナタ (創元推理文庫)

ピアノ・ソナタ (創元推理文庫)


■野蛮なアリスさん/ファン・ジョンウン
斎藤真理子訳
河出書房新社
SAVAGE ALICE/Hwang Jung-enn/2013

都市近郊の架空の街コモリ。
地名の由来は“墓”。
今、多くの人が行き交う四つ角に立つ女装のホームレス、アリシアが生まれ育った街だ。
アリシアが暮らしていた頃、その街は再開発計画に揺れ、人々の欲望と思惑が渦巻いていた。
朝鮮戦争で家族を失い貧困から這い上がった年老いた父親、父親を嫌い家に寄り付かない異母兄姉、満足な教育を受けさせてもらえなかった恨みつらみを子供たちにぶつける母親。
終わりのない穴を落ち続ける少年アリスアリシアとその弟。
「兄ちゃん」とお話をせがむ弟の声が耳から離れない。
間違いなく年間ベスト級の一冊。

「 まだ落ちてて、今も落ちてるんだ。すごく暗くて長い穴の中を落ちながら、アリス少年が思うんだ、僕ずいぶん前に兎一匹追いかけて穴に落ちたんだけど……どんなに落ちても底につかないな……ぼく、ただ落ちている……落ちて、落ちて、落ちて……ずっと、ずっと……もう兎も見えないのにずっと……って考えながら落ちていくんだ。いつか底に着くだろう、そろそろ終わるだろうって思うんだけど終わらなくて、終わんないなーって、一生けんめい考えながら落ちていったんだよ。」

野蛮なアリスさん

野蛮なアリスさん


■湖畔の愛/町田康
新潮社

湖畔の老舗ホテル九界湖ホテルを舞台にした連作。
経営不振に陥るホテルに救世主現る『湖畔』、その幸福感が災害レベルの雨をもたらす難儀な美女にまつわるホラー風味の『雨女』、「卒業したことが逆に重い十字架」レベルの六流大学演劇研究会のイケメンサラブレッドとさえない天才との「才能に対する極度の偏愛」を持つ超絶美女を巡る闘いを描く『湖畔の愛』。
一行先はどこへ行くのか予測不能な作風が町田康の真骨頂だが、その意味で本領発揮と言えるのは、やはり『湖畔の愛』か。
舞台がホテルに限定されるので、三幕ものの舞台劇風味もあり。
〈収録作品〉
⚫︎湖畔
⚫︎雨女
⚫︎湖畔の愛

湖畔の愛

湖畔の愛


■白骨〈犯罪心理捜査官セバスチャン〉/M・ヨート&H・ローセンフェルト
ヘレンハルメ美穂訳
東京創元社創元推理文庫

トレッキング中の観光客に偶然発見された六体の白骨遺体。
彼らが殺されたのは2003年、二つの偽名を使った女が関わっているらしいと判明するが、それ以上のことは上巻では明らかにならず。
殺人特別捜査班それぞれが抱えるプライベートの問題にページ数の多くがさかれている。
現実には警察関係者にだってプライベートはある訳だが、みんなもっと事件に集中しようよ!と心の中で叫ながら上巻読了。セバスチャンの自己中ぶりは相変わらずで、今回も実の娘ヴァニヤと距離を縮めようと腐心するが、それにもう一人の娘をダシに使うのはどうなのよ?
セバスチャンが悪いのは悪いんだけど、「セバスチャンが自分を追い出すなんてありえない」→「セバスチャンが自分を追い出すなんて許せない」→「セバスチャンは自分を追い出していない」こういう曲解を駆使して自分に都合が悪いことは一切認めないっていうエリノールみたいな人って本当に厄介だと思う。
『犯罪心理捜査官セバスチャン』シリーズだよね?と確認したくなる程3作目となる今作のセバスチャンは、ほぼヴァニヤのアメリカ行きの阻止工作しかしていない。
一方、ヴァニヤも養父の逮捕や病気、アメリカ行きの頓挫など、事件以外の個人的事情に振り回され、捜査にはほとんど加わっていないという展開。
肝心の事件は、9.11から2年後というの一種異常な状況下で起きている。
多分、この時期のヨーロッパではどこも多かれ少なかれ「テロリストを探せ!」という号令の下非常に神経質になっていたんだろう。
そして、またしてもクリフハンガー

白骨〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

白骨〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

白骨〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

白骨〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

今月の読書 〜2018年2月、3月〜

今月の読書2018年2月分3月分をお届けします。
ベストは、若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』
レアード・ハント『ネバーホーム』


■夜の試写会/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
DOUBLE-CROSSING DELANCEY AND OTHER STORIES/S.J.Rozan

医師や弁護士が活躍するドラマにおいて重要なのは、実は患者や依頼人のストーリーであるのと同じように、この短編もリディアとビルの活躍を描きながらもニューヨーク近郊に住む様々な人々の人間模様、社会の側面を描いているのが面白かった。
長編がメインのシリーズだが、この辺りは短編ならではの味わいかもしれない。
お気に入りは、リディアものでは「人でなし」、ビルものでは「ただ一度のチャンス」辺り。
長編は未読だが、解説によると「どこから読んでも愉しめる」らしいが、やはり一作目の『チャイナタウン』から読むべきかな。
〈収録作品〉
⚫︎夜の試写会 Film at Eleven
⚫︎熱き想い Hot Numbers
⚫︎ペテン師ディランシー Double-Crossing Delancey
⚫︎ただ一度のチャンス Hoops
⚫︎天の与えしもの Birds of Paradise
⚫︎人でなし Subway
⚫︎虎の尾を踏む者 A Tale About a Tiger

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)


■シンパサイザー/ヴィエト・タン・ウェン
上岡伸雄訳
早川書房
THE SYMPATHIZER/Viet Thanh Nguyen/2015

「訳者あとがき」でも触れられているように、今まで見聞きしてきたベトナム戦争というのは、そのほとんどがアメリカ側の視点に立ったものだったと痛感。
ベトナム出身の著者がその視点に違和感を持つのも当然だろう。
思えば、冷戦時代とは、米ソ(中国)が直接戦わずとも様々な形で加担、支援し、アジアで、南米で、世界中で代理戦争をやってきた時代であり、冷戦構造が崩れた現在もその図式は変わっていない。
サイゴン陥落でベトナム戦争終結したと理解されがちだが、ベトナム人にとって内戦は終わっていなかったし、国民は二分されたままだった。
ほぼ一人称の独白の体裁をとっているので、いわゆるスパイ小説を期待すると肩透かしかもしれないが、新たな視点を与えてくれる作品であることは確か。
デビュー作だが、文章はすごく巧い。

シンパサイザー

シンパサイザー

シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


■チリ夜想曲/ロベルト・ボラーニョ
野谷文昭
白水社(ボラーニョ・コレクション)
NOCTURNO DE CHILE/Roberto Bolaño/2000

死を目の前にしたセバスティアン・ウルティア=ラクロア神父を責め苛む「老いた若者」。
神父は自らの行動、そして沈黙について明らかにしようと人生を振り返る。
アジェンデ政権の成立と崩壊、ピノチェト軍事政権下で行われていた不当逮捕や拷問。
文芸評論家で詩人でもあった神父が何に加担し、何に沈黙したのか?
暗い時代を虐げられた側からではなく、その時代を甘んじて受け入れた側の告白によって描く。
「老いた若者」はボラーニョ自身だろうが、その矛先は自身にも向けられていたのかもしれない。

チリ夜想曲 (ボラーニョ・コレクション)

チリ夜想曲 (ボラーニョ・コレクション)


■あたらしい名前/ノヴァイオレット・ブラワヨ
谷崎由依
早川書房
WE NEED BEW NAMES/Noviolet Bulawayo/2013

十代の少女のあっけらかんとした語り口だが彼らが生きるジンバブエの状況は相当過酷だ。
家は突然破壊され、南アに出稼ぎに出た父親は音信不通、学校の先生たちも皆国を出た。
皆常にお腹を空かせ、親友はわずか11才で妊娠している。
アメリカに渡ったダーリン。確かに学校にも通える、食べ物も十分ある、
それでも、ジンバブエが恋しくてたまらない。アメリカは自分の国じゃない。
そんなダーリンに投げつけられる親友の辛辣な言葉。国を見捨てた、裏切り者の烙印。国に残った者との間に出来てしまった深い溝。新しい名前はそれを埋められるのか?

あたらしい名前

あたらしい名前


■荊の城/サラ・ウォーターズ
中村有希
東京創元社創元推理文庫
FINGERSMITH/Sarah Waters/2002

パク・チャヌクによる映画化作品『お嬢さん』を観たので、再読中。
映画はヴィクトリア朝のイギリスから1930年代日本統治下の韓国に舞台を移している。
原作ではモードとスーザンは同い年だが、映画ではスッキよりも“お嬢さん”の方が年上の設定か。
その他は上巻の内容ほぼそのまま映像化されているが、スーザンがモードのとがった歯を指ぬきで削るシーンが映像ではより印象的でエロティック。
計画の首謀者“紳士”は、ハ・ジョンウ演じる“伯爵”よりも原作の方が狡猾で抜け目ない。
再読なのに、下巻に入ってからの展開をすっかり忘れていて我ながらびっくりだったが、パク・チャヌク版とも大分違っている。
映画では、スウの育ての親サクスビー夫人の役割がごく小さなものになっている(同時に彼女の秘密に関わる展開もない)。
しかし、原作通りに映像化していたら2時間程度の尺には到底収まらないので、この変更は致し方なしといったところだろう。
ラストはほぼ原作通りだが、罪深き男達をどう扱うかというところが、いかにもパク・チャヌク流。

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

パク・チャヌク監督による映画化作品はこちら👇


騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア
村上春樹
新潮社
全然読む気はなかったのに、なんとなく図書館で予約してしまって忘れた頃に順番が回ってきた。
村上作品はすごく久し振りだが、そもそも久しぶりに読んでみるかと予約したことを思い出す。
上巻を読んだ時点で一番気になるのは、主人公が小田原のアトリエを引き継ぐことになった日本画家、雨田具彦のウィーン留学時代と具彦が屋根裏部屋に封印した自作「騎士団長殺し」の関係。
しかし、相変わらず主人公は30代半ばで淡白な性格の男だし、他の登場人物にもまったく共感できず。むしろ、それが作者の狙いなのかとさえ思う。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)


騎士団長殺し:第2部 遷ろうメタファー編
村上春樹
新潮社

つまるところ、“騎士団長殺し”も穴に下りてくぐり抜ける行為も、肖像画家としてのキャリアにも妻との結婚生活にも行き詰まっていた男が、新たな一歩を踏み出すための通過儀礼ということか?
雨田具彦がウィーン時代に関わったナチス高官暗殺未遂事件もその弟が経験した南京攻略(南京大虐殺)も、こういう重い歴史的事実が物語の道具立てとして使われることにも少し違和感。
長いストーリーを読ませることは確かだが、心は動かなかった。なぜ村上作品から遠ざかっていたのか、思い出しました。

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編


■おらおらでひとりいぐも/若竹千佐子
河出書房新社

二人の子供達はすでに家を出ており疎遠、最愛の夫にも先立たれ、もっぱら内なる自分と語らう桃子さん。
夫との思い出は桃子さんの宝物。
それでも残る、“人のために生きてきた”という思い。
ミア・ハンセン=ラブ監督の『未来よ、こんにちは』の中でイザベル・ユペール演じる高校の哲学教師ナタリーは夫に捨てられ認知症の母親を看おくり独りになる。
そして、つぶやく。
「初めての完全なる自由!」
自由と孤独は表裏一体。
この境地を経て、再び他者との関係を築いていく。
内なる自分との対話を通じて桃子さんが到達した境地も同じだったと思う。

「東北弁とは最古層のおらそのものである。もしくは最古層のおらを汲み上げる ストローのごときものである」

「ちょうど、わたしが、と呼びかければ体裁のいい、着飾った上っ面のおらが出てくるように。それどいうのも、主語は述語を規定するのでがす。主語を選べばその層の主語なり、思いなりが立ち現れるのす。んだから東北弁がある限り、ある意味恐ろしいごどだども、おらが顕わになるのだす、そでねべが。」

標準語しか持たないわたし。
最古層のわたしはどんなに言葉で語るのか?

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

イザベル・ユペール主演のミア・ハンセン・ラブ監督作品はこちら👇


■チャイナタウン/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
CHINA TRADE/S.J.Rozan/1994

チャイナタウンの美術館から寄贈された磁器のコレクションが盗まれ、美術館の評判を気にした館長は旧知の私立探偵リディアに調査を依頼する。
ある意味治外法権なチャイナタウンでいかに犯人を見つけるのか?
リディア(中国系アメリカ人)と相棒ビル(白人男性)の微妙な関係がシリーズを通しての読みどこだろうが、今作に登場するリディアの初めてのボーイフレンドの存在も気になる。
リディアのベースがチャイナタウンであることはこれから先も変わらないだろうし、彼の再登場を期待してしまうな。
元恋人がギャングになってたら、そりゃ複雑だよね。
子どもの頃からテコンドーをやってるリディアがギャングにボコられるシーンでストレス溜まったので、『チョコレート・ファイター』を観てしまった。

チャイナタウン (創元推理文庫)

チャイナタウン (創元推理文庫)


■ネバーホーム/レアード・ハント
柴田元幸
朝日新聞出版
NEVERHOME/Laird Hunt/2014

南北戦争時のアメリカ。
「わたしはつよくてあのひとはつよくなかったから、わたしが国をまもりに戦争に行った」
そう言って、戦地に向かったアッシュことコンスタンス。
一家で一人、兵を出さなければならなかったというよりも「もっと広い世界を見てみたい」という強い思い。
夫との出会いに感謝し幸せに暮らしていた彼女の心の中にある抗えない思い、むしろこれ彼女を戦場に向かわせたのではないか?
しかし、戦地での体験は彼女を“兵士”に変えてしまった。その“兵士”の本能が何よりも大事だったはずのものを奪ってしまうという皮肉。
通常漢字であるべき言葉もひらがなで表記されているので、最初は少し読みずらかったが、途中からは一気読み。さすがの柴田元幸訳。
レアード・ハントは三作目だが、やっぱり『インディアナインディアナ』が好き。

ネバーホーム

ネバーホーム

私の好きなレアード・ハント作品はこちら👇

インディアナ、インディアナ

インディアナ、インディアナ


■ファインダーズ・キーパーズ/スティーン・キング
白石朗
文藝春秋
FINDERS KEEPERS/STEPHEN KING/2015

1978年、アメリカを代表とする作家ジョン・ロススティーンの自宅に押し入り作家を射殺、現金と未発表原稿(ノート)を奪った狂信的読者モリス・ベラミー。
彼は共犯者二人も殺害し、別件のレイプ事件で終身刑を受ける。
32年後、モリスが隠した現金とノートを発見したのは父親がメルセデス事件で被害者となり経済的苦境に陥ったソウバーズ家の長男ピート。
『ミスター・メルセデス』の続編だが、上巻の主役はモリスとベラミーだ。長らく隠遁生活を送っていたロススティーンのモデルはJ・D・サリンジャーだろう。
前作『ミスター・メルセデス』の犯人にも言えることだが、事実を直視せずに、起きたこと全てを他人のせいにするモリスの自分勝手な論理は犯罪者特有のものなのか?
最近、よく見聞きするような。
いずれにせよ、もの凄く不快。
ピートと妹ティナ、それぞれの進学を控え再び経済的問題がソウバーズ家の懸案事項となり、モリスが仮出所したことで事態は大きく動き出す。
モリスの目的は最早金ではない。幻のジミー・ゴールドものの続編がどうしても読みたいという一心だ。
小説はフィクション。
しかし、その一線を越えてしまうファナティックな読者。きっと、キングはそういう読者を嫌というほど知っているのだろう。
三部作の二作目は、ホッジズ、ホリー、ジェロームの三人組はは脇に回った印象だが、メルセデス事件の犯人の不穏な動き。次作ではいよいよ最終対決となるのか?

シリーズの一作目『ミスター・メルセデス』はこちら👇

今月の読書 〜2018年1月〜

本当にもう今さらですが、記録として
今月の読書2018年1月分をお届けします。
ベストは、パク・ミンギュ『ピンポン』ロベルト・ボラーニョ『はるかな星』アンヌ・ヴィアゼムスキー『彼女のひたむきな12カ月』


■運命と復讐/ローレン・グロフ
光野多恵子訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
FATE AND FURIES/Lauren Geoff/2015

一目で恋に落ち、若くして結婚した美男美女カップルのロットとマチルド。夫の視点で描かれる幸せな結婚生活と妻の視点で描かれる結婚生活の陰にひそむ秘密。
個人的には、親子だから、夫婦だからといってお互いに何もかも知っている必要はないと思う。
しかし、嘘はなかったかもしれないが、マチルドがロットに話さなかったことは余りにも大き過ぎた。夫はとうとう妻がどういう人間だったのか知らずに亡くなってしまった。
夫亡き後のマチルドの苦悩の元はこの辺りにあったのだと思う。
そして、マチルドを認めなかった義母の秘密のなんと罪深いことか!
これを読んですぐに思い出されたのはギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』だが、こちらの方がよりリアルかもしれない。

運命と復讐 (新潮クレスト・ブックス)

運命と復讐 (新潮クレスト・ブックス)


■ピンポン/パク・ミンギュ
斎藤真理子訳
白水社(EXLIBRIS)
Ping-pong/Patk Mingyu/2006

中学生の釘とモアイがチスをリーダーとするグループから受けるイジメは最早イジメというより暴行傷害だし恐喝のレベル。
もちろん、釘もモアイもそんな毎日から抜け出したいと思っているが、そこから抜け出せたとしても、何のために生きるのか?
幸せって何なのか?
彼らにそれを問われても答えられる自信が私にはない。
きっと「ハレー彗星を待ち望む会」の入会希望者には大人も沢山いるに違いないのだ。
自分の意見を持つことを忘れてしまった大人こそ、自分のラケットを持って原っぱの卓球台でインストールかアンインストールか選ばなくっちゃね。
転がってきたピンポン球からこんな奇想天外なストーリーを紡ぎ出すパク・ミンギュ、面白い作家だなあ。
アメリカで死んだモアイの従兄がファンだったという作家のジョン・メーソンって、カート・ヴォネガットの小説に登場するキルゴア・トラウトが元ネタなんじゃないかな?

ピンポン (エクス・リブリス)

ピンポン (エクス・リブリス)


■スティール・キス/ジェフリー・ディーヴァー
池田真紀子訳
文藝春秋
THE STEEL KISS/JEFFERY DEAVER/2016

リンカーン・ライムシリーズ第12弾。
今回犯人に狙われるのは、IoT、モノのインターネット。
現在、インターネットに繋がる様々な家電や車が登場しているが、ハッキングされた家電や車が凶器と化す。
現代社会を反映した着眼点だが、今作ではリンカーンの犯罪捜査からの引退、アメリアの元恋人の再登場がサブプロットになっている。
どんでん返しはディーヴァー作品のお約束。こちらも相当身構えているので、今作のそれは想定内といったところから。
サブプロットのオチにも驚きなし。高評価だという次作に期待します。

スティール・キス

スティール・キス


■真夜中の閃光/W・ブルース・キャメロン
真崎義博訳

早川書房(ハヤカワ文庫)
THE MIDNIGHT PLAN OF THE REPO MAN/W Boyce Cameron/2014

大学時代はNFLでの活躍も期待されたが今はしがないレポマン(車の回収屋)、ラディ。
そんな彼はある日二人の男に襲われ殺されるという妙にリアルな夢を見る。
その直後から、彼の頭の中で声が聞こえるようになる。アランと名乗る彼は殺されたと言う。
アランは実在するのか?実在するとすれば、誰が彼を殺したのか?ラディは何故フットボール選手の道を断たれたのか?
この二つの謎が両輪となってストーリーを牽引する変化球のバディものであり、幽霊譚でもある。
ラディとアランの迷コンビぶりが最大の魅力なのでラストは切ない。
W・ブルース・キャメロンの2010年の作品『野良犬トビーの愛すべき転生』は『僕のワンダフル・ライフ』として映画化されているので、これも映像化されるんじゃないかな。
すごく映像化向きだと思います。


■はるかな星/ロベルト・ボラーニョ
斎藤文子訳
白水社(ボラーニョ・コレクション)
ESTRELLA DISTANTE/Roberto Bolaño/1996

「一応人名事典(風)の体裁をとってはいるが、各章がそのまま発展して一冊の小説になってもおかしくない」
アメリカ大陸のナチ文学』の感想でこう書いたが、当然、ボラーニョ自身、そう考えたらしい。
これは、唯一ボラーニョ自身らしき人物が語り手の「カルロス・ラミレス・ホフマン」を発展させたもの。
空飛ぶ詩人で連続殺人鬼カルロス・ビーダーの足跡を辿る物語だ。
多くの人々がある日突然姿を消す、それが半ば日常だった不穏な時代。
絶えず後ろを振り返りたくなるような緊張感がラスト近くで頂点に達する。私の心拍数は明らかに上がっていた。

はるかな星 (ボラーニョ・コレクション)

はるかな星 (ボラーニョ・コレクション)


■怒り/ジグムント・ミウォシェフスキ
田口俊樹訳
小学館小学館文庫)
RAGE/Zygmunt Mitoszewski/2014

常に「着氷性の霧雨が降っている」ポーランドの地方都市オルシュティン。
この街の検察官テオドル・シャツキが主人公。
バツイチだがウェディングプランナーの恋人と同棲中、一人娘も同居と、よくある家庭崩壊の主人公とは一味違う。
ポーランドのミステリーは初めてだが、天気からして、いかにも陰鬱。
白骨化した遺体の発見が事件の発端だが、シャツキ以外の視点で挿入される抑圧されるDV被害者の姿が事件の背景を想像させる。
セクハラやDVの加害者には、同じことをされてみればいいとも思うし、お菓子食べながら『必殺!』シリーズを観るという子供時代を送ってきたので、虐げられた人々の恨みつらみを果たしてくれる仕事人の活躍に胸がすく思い!っていうのは理解出来ても、実際問題、やっぱりこれはやっちゃ駄目だと思うし、たとえフィクションでもモヤモヤが残る。それに、これ、三部作の最終作ですって!このラストを知っていて、過去作読む気になります?

怒り 上 (小学館文庫)

怒り 上 (小学館文庫)

怒り 下 (小学館文庫)

怒り 下 (小学館文庫)


■彼女のひたむきな12カ月/アンヌ・ヴィアゼムスキー
原正人訳
DU BOOKS
UNE ANNÉE STUDIEUSE/Anne WIAZEMSKY/2012

ロベール・ブレッソンバルタザールどこへ行く』出演後のアンヌは気鋭の映画監督ジャン=リュック・ゴダールと恋に落ちる。
祖父はノーベル賞作家、父はロシア貴族という上流家庭で育ったアンヌ。17歳の年上のバツイチ男と娘の関係を家族が歓迎するはずもなく、アンヌは直情的なゴダールと家族の間で板挟み。
とにかくアンヌを側に置いておきたいゴダールの行動は大人気ないが、ゴダール人脈に次々と引き合わされ、これはアンヌにとってすごい財産になったんじゃなかろうか?
続編があるそうで、関係崩壊が描かれるのか、そちらの方が興味あるかも。

彼女のひたむきな12カ月

彼女のひたむきな12カ月