極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2018年8月〜

今月の読書8月分をお届けします。
オススメは、デニス・ルヘイン『あなたを愛してから』ドン・ウィンズロウ『犬の力』のエンタメ小説2冊。


■収容所のプルースト/ジョゼフ・チャプスキ
岩津航訳
株式会社共和国
Proust contre la déchéance,Conférences au camp de Griazowietz/Joseph CZAPSKI/1896-1993

独のポーランド侵攻後、ポーランド将校だった画家ジョゼフ・チャプスキはソ連軍の捕虜となる。
突然行われる移送に怯える中で彼が行なったプルーストに関する講義の内容が本書である。
失われた時を求めて』はタイトルくらい(マドレーヌのくだりくらいは知っている)しか知らない私は勿論心の中で積読本に加えたが、
講義を受けた収容者も勿論そうだったに違いない。
(既読の収容者もいただろうが)しかしその多くは生き延びて読むことが出来なかった。
それでも、この講義がその瞬間生きていた彼らの大きな支えであったことは確かだ。
アンジェイ・ワイダカティンの森』で多くの収容者が辿った運命を見ていただけに(まるで流れ作業のように淡々と収容者が処刑されていく様子に震撼した)講義を受ける彼らの心情を考えるのが辛かった。

収容所のプルースト (境界の文学)

収容所のプルースト (境界の文学)

ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督『カティンの森』はこちら👇

カティンの森 [DVD]

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■憂鬱な10か月/イアン・マキューアン
村松潔訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Nutshell/Ian McEwan/2016

これまで各作品で様々な仕掛けで読者を楽しませてくれたイアン・マキューアンだが、本作の語り手は、なんとまだ母親と臍の緒で繋がっている胎児だ。
彼はいまだ母親の姿形も知らないが、様々な音声情報から情報を得、急速に知識を蓄えていく。
母は父とは別居中、そして別の男と父の殺害を企てている。その“別の男”とは父の実弟
そう、これは時代設定こそ現代だが、『ハムレット』を下敷きにしているのだ。
自らの色と欲だけが行動原理の母と叔父に対し、自分の将来だけでなく、この世界の行く末をも憂いている彼の姿はマキューアンの皮肉。

憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)

憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)


■あなたを愛してから/デニス・ルヘイン
加賀山卓朗訳
早川書房(ハヤカワポケットミステリ)
SINCE WE FEEL/DENNIS LEHANE/2017

父の顔どころか名前さえ知らずに育ったレイチェル。
娘に父親について何も語らないまま突然亡くなった母との確執、その後の父親探し。
これがストーリーの発端だが、この作品は中盤以降、劇的にギアチェンジし、思いもよらない着地点を迎える。
そもそも女性視点のデニス・ルヘイン作品が珍しいが(少なくとも私は初めて)、ここまで予測不能のストーリー展開も珍しい。
レイチェルがようやく辿り着いた真実を受け止め、前に進んでいく姿はある意味(?)清々しい。多くのルヘイン作品が映像化されているが、これも間違いなく映像化されそうだ。


■犬の力/ドン・ウィンズロウ
東江一紀
角川書店(角川文庫)
THE POWER OF THE DOG/Don Winslow/2005

ソダーバーグ『トラフィック』+ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』といったところか。
ジェームズ・エルロイの一連のシリーズの読者の私としてはこのヘヴィな展開も許容範囲。
ただドン・ウィンズロウ作品は『ストリート・キッズ』しか読んでないので、この作風には少々驚かされた。
DEA捜査官、メキシコの麻薬カルテル、NYマフィア、そして、美貌の高級娼婦がどう繋がってくるのか?
人物配置の妙が本領を発揮していくのはこれからだろう。
しかし、上巻のラスト、この上ない鬱展開。
フィクションやノンフィクションから知るカルテルの残虐な行為には「これが人間の仕業なのか」と呆然とする。
よく“麻薬戦争”と言われるが、これは比喩なんかじゃなく文字通りの“戦争”なんだと思う。
“戦争”という状況に放り込まれれば、平時はよき父もよき息子も狂気にかられた悪鬼となる。
冷戦下の世界で大国はあらゆる大陸で“戦争”状況を作り出してきた。そこで犠牲になるのはいつも市民だ。
カルテルのトップに上り詰めたアダン、殺し屋となったショーン、彼らだって運命に翻弄された犠牲者かもしれない。


■オリジン/ダン・ブラウン
越前敏弥訳
角川書店
ORIGIN/Dan Brown/2017

ラングドンの教え子であるコンピューター科学者で未来学者エドモンド・カーシュがスペイン、グッゲンハイム美術館で行うプレゼンテーションは「われわれはどこから来たのか?われわれはどこへ行くのか?」という人類最大の謎を解くものになるはずだった。
しかし、登場したカーシュは何者かに暗殺されてしまう。グッゲンハイム美術館館長で次期国王の婚約者アンブラ・ビダルと共にカーシュのメッセージを伝えようと奔走するラングドン
逃走しながらの謎解きはこのシリーズの定番だが、舞台は行きたい国NO1スペインなので、個人的には楽しい。
ラングドンとアンブラをサポートするエドモンドがプログラミングした人工知能ウィンストン。
現実世界でも人工知能は生活の中に普通に存在するものになりつつある今、多くのフィクションに人工知能が登場する。
しかし、フィクションの中の人工知能はしばしば暴走する。彼らは指示に忠実過ぎるくらい忠実だし目的のためなら手段を選ばない。
人工知能、進化論の再定義、パルマール教会、今作も薀蓄満載で好奇心を刺激された。
特に物理学者ジェレミーイングランドの説は興味深く理系音痴の私でもワクワク!
この説が証明されても宗教は残ると私は思う。

「端的に言うと、エネルギーをよりよく分散させるために、物質がみずから秩序を作り出すわけです。自然はー無秩序を促すためにー秩序の小さなポケットを作ります。そうしたポケットはシステムの混沌を高める構造を具え、それによってエントロピーを増大させるのです」

オリジン 上

オリジン 上

オリジン 下

オリジン 下

オリジン 上 (角川文庫)

オリジン 上 (角川文庫)

オリジン 中 (角川文庫)

オリジン 中 (角川文庫)

オリジン 下 (角川文庫)

オリジン 下 (角川文庫)


ムッシュー・パン/ロベルト・ボラーニョ
松本健二訳
白水社(ボラーニョ・コレクション)
MONSIEUR PAIN/Roberto Bolaño/1999

舞台は1938年のパリ。
危篤状態のペルー人ムッシュー・バジェホの治療を知人のマダム・レノーから頼まれたムッシュー・パンはその時から正体不明のスペイン人に尾行されるようになる。
時代はスペイン内戦、ナチスの台頭という不穏な時代。
霧雨が冷たく服を濡らすパリの夜はいつまでも明けることがないかのようで、一体何に巻き込まれているのかわからないムッシュー・パンの不安を読者も共に味わう。
ボラーニョはムッシュー・パンにも読者にも答えを与えてはくれないが、かわりにエピローグを書いた。
これがとても効果的だと思った。
謎めいた登場人物の中でも特に印象的なのは、夜のパリを彷徨うムッシュー・パンが出会った水槽災害ジオラマ作者のルデュック兄弟。

ムッシュー・パン (ボラーニョ・コレクション)

ムッシュー・パン (ボラーニョ・コレクション)

今月の読書 〜2018年6月、7月〜

今月の読書2018年6月分7月分をお届けします。
ベストは、イザベル・アジェンデ『日本人の恋びと』グレアム・スウィフト『マザリング・サンデー』多和田葉子『地球にちりばめられて』ファン・ジョンウン『誰でもない』


■穢れの町 アイアマンガー三部作2/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳
東京創元社
THE IREMONGER TRILOGY BOOK 2:
FOULSHAM/Edward Carey/2014

アイアマンガー家の圧政に苦しむ穢れの町の人々の運命が過酷過ぎる。
前作まではファンタジーだと思っていたが、質草として手に入れた子供たちを使って製造する兵隊(ゴミを寄せ集め、子供たちの息を吹き込んで命を与えた)に至っては、最早スチーム・パンクですよ!
屑山が崩れてロンドンに向かったアイアマンガー一族に取り込まれてしまったかのようなクロッド、ルーシーは穢れの町でどうなったのか?
まさかあの人がアイアマンガーだったとは!
前作に引き続き、なんでこんなところでTo be continued?

穢れの町 (アイアマンガー三部作2) (アイアマンガー三部作 2)

穢れの町 (アイアマンガー三部作2) (アイアマンガー三部作 2)

シリーズ一作目『堆塵館』はこちら👇

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)


■ギデオン・マック牧師の数奇な生涯/ジェームズ・ロバートソン
田内志文訳
東京創元社
THE TESTAMENT OF GIDEON MACK/James Robertson/2006

滝壺に滑落し三日間行方不明になっていたギデオン・マック牧師が、本当に“悪魔”と遭遇したかどうかは最後までわからない。
でも、もしも彼が“悪魔”ではなく、“神”(あるいは天使)と出会って助けられたと告白していたら、果たしてどうなっただろう?
称賛されこそすれ、狂人扱いされることはなかったんじゃないか?
どうもこの辺りは、都合の悪いものは見ないふり、見たいものだけを見るという宗教の一面的な部分を見る思いがした。
ギデオン・マック牧師は基本的に善意の人だったと思うけれど、神を信じてもいないのに牧師になり、愛のない結婚生活を続けた彼の人生はどんな形にせよ、どこかで行き詰まることになったんじゃないかと思う。

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)


■失われた手稿譜 ヴィヴァルディをめぐる物語/フェデリコ・マリア・サルデッリ
関口英子・栗原俊秀訳
東京創元社
L'AFFARE VIVALDI/Federico Maria Sardelli/2015

晩年は不遇で生活苦から借金を重ねウィーンで亡くなった作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ
彼が遺した膨大な手稿譜が辿る数奇な運命を史実に基づき小説仕立てで描くエンターテイメント。
これが滅法面白い!
小説仕立てにしたことで臨場感が増し、まるでその場に居合わせたかのようで、この企ては見事に成功している。
ヴィヴァルディ研究の第一人者であり、古楽オーケストラを率いる音楽家、そして風刺画家でもあるという著者の多才ぶりにも驚くが、手稿譜の収集に尽力した音楽学者アルベルト・ジェンティーリの辿る運命の皮肉に胸が苦しくなった。
これから先ヴィヴァルディを聴く時には、手稿譜の収集に尽力した真の英雄、ルイージ・トッリとアルベルト・ジェンティーリ、幼くして亡くなったマウロとレンツォ、二人の想い出に手稿譜を購入しトリノ国立図書館に寄贈した二人の父親にも思いをはせたい。

失われた手稿譜 (ヴィヴァルディをめぐる物語)

失われた手稿譜 (ヴィヴァルディをめぐる物語)


■日本人の恋びと/イザベル・アジェンデ
木村裕美訳
河出書房新社
EL AMANTE JAPONÉS/Isabel Allende/2015

ホロコーストに日系アメリカ人の強制収容所収容にエイズ禍に人身売買に児童ポルノ
登場人物たちには20世紀初頭から現在に至るまでに人類が被ってきたありとあらゆる災厄が襲う。
何とかそれを乗り越えてきた彼らが善意の人との出会いによって癒されていくのは、こうあって欲しいというアジェンデの願いなのかもしれない。
人生で唯一の愛、その愛をもってしても越えられなかった壁。
愛を手に入れた者は同時にそれを失う苦しみや痛みを引き受けなければならず、愛することにも愛されることにも勇気が必要。それにしても、愛+官能=最強。

日本人の恋びと

日本人の恋びと


■マザリング・サンデー/グレアム・スウィフト
真野泰訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Mothering Sunday/Graham Swift/2016

1924年3月30日、メイドに許された年に一度の里帰りの日、マザリング・サンデー。
6月を思わせるお天気のその日、帰る家のないジェーンは秘密の恋人に会うため、自転車を走らせる。
ジェーンにとって生涯忘れられないその日が行きつ戻りつ描かれるのは、(100歳近くまで生きた)彼女がその後の人生でこの日を何度も何度も反芻したからだろう。

「突然で意外な自由の感覚が体にみなぎった。わたしの人生は始まったところだ」

ジェーンの中の作家としての“種”は、この日、芽を出したのだろう、同時に喪失をともなって。
ジェーンは知ることのなかったアプリィ邸のメイドやエマ・ホブデイの行動や思いを様々想像しているが、ポール・シェリンガムは、ベッドに横たわるジェーンの姿を見て何を思い、どんな思いで身支度を整え、車を走らせたのだろう?

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)


■肺都 アイアマンガー三部作3/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳
東京創元社
THE IREMONGER TRILOGY BOOK3:
LUNGDON/Edward Carey/2015

アイアマンガー三部作の完結編。500p超というページ数に怯むも、怒涛の展開に一気読み。映画化権が既に売れているというのも納得の映像映えしそうなダイナミックな展開。
具体的な話はまだこれからのようだが、映画はやはり三部作になるのだろうか?
“アイアマンガー一族”という強大な同調圧力の中で押しつぶされそうになりながら、自らの考えでやるべき事をやろうとするクロッドの姿にはを今を生きる少年少女の心に訴えかけるものがあるだろう。
ああ、でも私はやっぱり『望楼館追想』が好きなので次作のマダム・タッソーの伝記が楽しみです。

肺都(アイアマンガー三部作3) (アイアマンガー三部作 3)

肺都(アイアマンガー三部作3) (アイアマンガー三部作 3)

私の好きなエドワード・ケアリー作品はこちら👇

望楼館追想

望楼館追想

望楼館追想 (文春文庫)

望楼館追想 (文春文庫)


■少女 犯罪心理捜査官セバスチャン/M・ヨート&H・ローセンフェルト
ヘレンハルメ美穂訳
東京創元社創元推理文庫
DEN STUMMAFLICKAN/MichealHjorth & Hans Rosenfeldt/2014

地方都市トシュビーで一家が猟銃で惨殺されるという事件が起きる。
トルケル率いる殺人捜査特別班は協力依頼を受けるが、鑑識官ウルスラは前作のラストでセバスチャンのストーカーに撃たれ負傷し療養中、ヴァニヤは両親の嘘に傷つき今だ情緒不安定、結婚を控え幸せなはずのビリーも現実逃避気味、リーダーのトルケルも何故ウルスラがセバスチャンの家にいたのか?聞けずにいる。
そんな中で起きた事件にチームは上手く対処出来るのか?
惨殺事件には一家には少女の生存者がいたことがわかり、いよいよ犯罪心理捜査官セバスチャンの本領発揮か?
鉱山開発の問題が出て来た時点で市長が怪しいと思っていたら案の定。
中央政界進出を狙う彼女の権力欲をチラチラの見せていたのはストーリーの伏線になっていたんだね。
セバスチャンがニコルに娘の姿を重ねていたのは事実だろうが、ニコルを思う気持ちに嘘はなかったと思うので、なんだか哀れ。
ビリーの暗黒面にいち早く気付いたセバスチャンが、次作以降、ビリーにどう対処するのか?
セバスチャンの犯罪心理捜査官としての真価が問われるのだろう。
まずはヴァニヤに真実を語るのか?

犯罪心理捜査官セバスチャン 少女 上 (創元推理文庫)

犯罪心理捜査官セバスチャン 少女 上 (創元推理文庫)

少女〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

少女〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)


■地球にちりばめられて/多和田葉子
講談社

帰る国を失い北欧諸国を難民として転々とし「パンスカ」という独自の言語を獲得したHiruko。
彼女のTV出演に端を発して奇妙な縁で繋がる人々。
それぞれがそれぞれの事情で生まれ育った場所とは別の場所で生きる彼らはデンマークからドイツへ、そしてノルウェー、遂にはフランス、アルルへと辿り着く。
彼らはまさに「地球にちりばめられて」いる。
こんな国にはもう住みたくないと思ったとしても多くの人にとって海外移住は高いハードルだ。
でも、あなたも私も地球人、地球にちりばめられた一人だと思うと、少しだけ心が軽くなった。

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて


■誰でもない/ファン・ジョンウン
斎藤真理子訳
晶文社
Nobody is/Jung-eun Hwang/2016

孤独、貧困、喪失。
今にも雨が降り出しそうな暗雲の下から何処へ移動しても逃れられない、あるいは出口のない迷路を延々と巡っているような閉塞感。
ここに描かれたすべての物語に感じられるのはそんな行き場のなさだ。
日本語でも「誰でもない」ネガティブなニュアンスもあれば、「訳者あとがき」にあるように「ほかの誰でもない」「代わりのいない」という意味にも取れる。
でも、「ほかの誰でもない」「代わりのいない」という意味を与えてくれるのは多くの場合は他者であり、他者との関わりの中でこの言葉の意味も転換していくのだと思う。
〈収録作品〉
⚫︎上京
⚫︎ヤンの未来
⚫︎上流には猛禽類
⚫︎ミョンシル
⚫︎誰が
⚫︎誰も行ったことがない
⚫︎笑う男
⚫︎わらわい

誰でもない (韓国文学のオクリモノ)

誰でもない (韓国文学のオクリモノ)

今月の読書 〜2018年4月、5月〜

今月の読書4月分5月分をお届けします。
ベストは、マイケル・オンダーチェビリー・ザ・キッド全仕事』、コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』アストリッド・リンドグレーンリンドグレーンの戦争日記1939-1945』ファン・ジョンウン『野蛮なアリスさん』


■屍人荘の殺人/今村昌弘
東京創元社

国内ミステリーは久しぶり。
「デビュー作にして、このミス、本ミス、文春三冠!」という華々しい惹句は読後に知ったが、
正直え〜、これが?って感じ。
夏のリゾート地の若者たち、クローズドサークル、ゾンビ、という枠組みだけがあって、キャラクターの魅力が皆無。
「男勝りの性格」のキャラクターが男言葉で話すって、あまりにも安易だし、登場人物紹介で性格を説明してるのも初めて見たし、語り手が震災を経験してるというのも取って付けたようで、なんとも…。

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人


ビリー・ザ・キッド全仕事/マイケル・オンだーチェ
福間健二
白水社(白水Uブックス)
The Collected Works of Billy the Kid:Left-Handed Poems/Micheal Ondaatje/1970

実在したアメリカ西部開拓時代のアウトロービリー・ザ・キッドの架空の人物伝。
太く短く生きたビリー・ザ・キッドをモデルにした多くの映像化作品が存在するが、マイケル・オンダーチェは詩、挿話、インタビューなど様々な形式でその姿を浮かび上がらせる。
その存在自体が詩情をかきたてるのか、詩のパートが特に印象深いが、その人物像と共に、馬の嘶きやひずめの音、吹き付ける土埃、乾いた血のにおいまで漂ってくるような読書体験だった。
オンダーチェの詩集も読んでみたい。
私はこの本を読む前にサム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』を観ていたが、「リンカーン郡戦争」については知っておいた方が理解しやすいと思います。

実際のビリーはかなり小柄な人だったらしいが、決して小柄とはいえないクリス・クリストファーソンがビリーを演じるサム・ペキンパー監督による映画化作品はこちら👇

ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 特別版 [DVD]

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■地下鉄道/コルソン・ホワイトヘッド
谷崎由依
早川書房
THE UNDERGROUND RAILROAD/Colson Whitehead/2016
ピューリツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク

南北戦争以前に黒人を南部から北部へと逃す組織があったことは何かで読んで知ってはいたが、その組織は“地下鉄道”と呼ばれていた。
作者は文字通り“地下鉄道”を走らせて15歳の少女コーラの逃亡劇を描く。
当時の南部の奴隷農場の過酷さは頁を捲るのを躊躇わせるほどだが、州境を越えれば全く違った環境があるという状況にも驚かされる。
危機を脱したかと思うとまた危機、ストーリーの起伏を作るのもうまいが、脇役の名前が冠された章が印象深い。
その運命を知った後の“シーザー”の章、その運命を知らされる“メイベル”の章。
内面に矛盾を抱えた“リッジウェイ”、“スティーブンス”、“エセル”の章は、当時を生きた人々の姿を重層的に浮かび上がらせる。

「何年も経って、おれはこのごろではアメリカン・スピリットの方がいいと思うようになった。俺たちを旧世界から新世界へと呼び出し、征服し、建設し、文明化せよと呼びかける精神だ。破壊すべきものは破壊せよと。劣等民族の向上に努めよ。向上できなければ従えよ。従えられなければ撲滅せよ。それが神に定められたおれたちの天命ーアメリカの至上命令だ」

リッジウェイはこう語るが、100年以上経った今でもこの“アメリカン・スピリット”を信奉しているアメリカ人は少なくないのかもしれない。

「盗まれた身体が、盗まれた土地で働いている。それは永久機関のような動力だった。空っぽになったボイラーは人間の血で満たす」

こちらは、コーラの目から見たアメリカの姿。

地下鉄道

地下鉄道


■誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?/マイクル・ビショップ
小野田和子訳
国書刊行会
WHO MADE STEVIE CRYE?/Micheal Bishop/1984

この作品には作家としてまだその地位を確立したとは言えない著者自身の不安が反映されているようだが、スティーヴィ・クライにはそれに加えて、夫を失ったという喪失感と早々に病との闘いを諦めてしまった彼に裏切られたという思いがある。
身近な人を亡くすと、表面的には日常を取り戻したように見えても、実は身も心もバランスを失っている。
ティーヴィが置かれているのはそういう状況だ。
そんな時、タイプライターが勝手に文章を綴りだすなんていう超常現象に遭遇すれば、彼女が追い詰められるのは必至。恐ろしい!

誰がスティーヴィ・クライを造ったのか? (DALKEY ARCHIVE)

誰がスティーヴィ・クライを造ったのか? (DALKEY ARCHIVE)


■忘れられた花園/ケイト・モートン
青木純子訳
東京創元社
THE FORGOTTEN GARDEN/Kate Morton/2008

一口で言うと、出生の秘密を巡るファミリーヒストリー
“出生の秘密”というと、昼メロ的というか、まあ、かなりありがちな設定だが、祖母のルーツを孫娘が辿るという時代の違い、オーストラリアとイギリスという物理的距離(気候の違い)が奥行きを生んでいて、安っぽい話になっていないところがいい。
2005年、1975年、20世紀初頭とそれぞれの時代のストーリーが錯綜するが、ある章(時代)で提示された謎が次の章(時代)で明かされるという配置になっているのが巧妙で、さほど混乱はない。
ネルの母親は誰か?という謎については思った通りだったが、幼いネルが置き去りにされるまでの経緯には様々な人々の思惑や思いが入り乱れていて、下巻に入ってからは、頁を捲る手を止められなかった。
突き詰めれば、一族の悲劇は、マウントラチェット家の子育て(ライナスの子供時代)に行き着くのかもしれないが、夫に愛されなかったアデリーン、子どもを産むことに執着し夫との間に距離を作ってしまったローズ、愛されたいと願うあまりの脱線が哀しい。
イライザもまたローズとの絆を永遠のものにしたいと秘密の庭を作った。

忘れられた花園 上

忘れられた花園 上

忘れられた花園 下

忘れられた花園 下

忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)

忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)

忘れられた花園〈下〉 (創元推理文庫)

忘れられた花園〈下〉 (創元推理文庫)


■湖畔荘/ケイト・モートン
青木純子訳
東京創元社
THE LAKE HOUSE/Kate Morton/2015

1933年、ミッドサマー・イブのパーティーが行われている湖畔荘で起きたエダヴェイン家の末っ子セオの行方不明事件。
70年後、休暇中(謹慎中)の刑事セイディ・スパロウはランニング中に偶然打ち捨てられた湖畔荘の庭に迷い込む。
70年前の幼児行方不明事件、セイディが担当していた(幼児を置き去りにした)若い母親の失踪事件、そしてセイディの過去がリンクしながらストーリーが紡がれる。
前作同様、時代も語りの視点もめまぐるしく変化しながら混乱させない構成力には感心。
誰がセオを連れ出したのか?若い母親は幼い娘を捨てたのか?
“コインシデンス”という言葉が何度も登場するが、さすがにこのオチは“偶然の一致”が過ぎないか?
ちょっと、出来過ぎの感あり。
偶然出会ったアンソニーとエリナは恋に落ちて幸せな結婚をし子供にも恵まれるが、「二人は末永く幸せに暮らしました」で終わるのはお伽話。
現実にはこの時代に生きた人々は二つの大きな戦争によってその人生を大きく変えられた。
多分この一家に起きたようなこと、“家族の秘密”は世界中どこの家族のものであっても不思議はない。
二つの戦争にまたがる時代設定が絶妙でした。

湖畔荘〈上〉

湖畔荘〈上〉

湖畔荘〈下〉

湖畔荘〈下〉


■コドモノセカイ
岸本佐和子編訳
河出書房新社

「コドモノセカイ」が天真爛漫、純粋無垢とは限らない。
ここに収められている物語の中でも子供たちは時に無慈悲で残酷だ。
赤ん坊が理解不能な怪物として描かれる『子供』(アリ・スミス)、欲しくてたまらなかった物が手に入れた瞬間別物になってしまった落胆を思い出させる『靴』(エトガル・ケレット)、十代の肥大した自意識が痛々しい『追跡』(ジョイス・キャロル・オーツ)が印象に残ったが、やっぱりラストの『七人の司書の館』(エレン・クレイジャス)が好き。図書館で本に囲まれて暮らすなんて本好きの夢だよね。
『七人の司書の館』って元ネタは『白雪姫と七人の小人』かしら?ディンジーは七人の司書に育てられた図書館の“白雪姫”。
〈収録作品〉
⚫︎まじない/リッキー・デュコーネイ
ABRACADABRA/Rikki Ducornet/1994
⚫︎王様ねずみ/カレン・ジョイ・ファウラー
KING RAT/Karen Joy Fowler/2010
⚫︎子供/アリ・スミス
THE CHILD/Ali Smith/2008
⚫︎ブタを割る/エトガル・ケレット
BREAKING THE PIG/Etgar Keret/1994
⚫︎ボノたち/ピーター・マインキー
THE PONES/Peter Meinke/1986
⚫︎弟/ステイシー・レヴィーン
THE TWIN/Stacey Levine/1993
⚫︎最終果実/レイ・ヴクサヴィッチ
FINALLY FRUIT/Ray Vukucevich/1997
⚫︎トンネル/ベン・ルーリー
THE TUNNEL/Ben Loory/2011
⚫︎追跡/ジョイス・キャロル・オーツ
STALKING/Joyce Carol Oates/1974
⚫︎靴/エトガル・ケレット
SHOES/Etgar Keret/1994
⚫︎薬の用法/ジョー・メノ
THE USE OF THE MEDICINE/Joe Meno/2005
⚫︎七人の司書の館/エレン・クレイジャズ
IN THE HOUSE OF SEVEN LIBRARIANS/Ellen Klages/2006

コドモノセカイ

コドモノセカイ


リンドグレーンの戦争日記1939-1945/アストリッド・リンドグレー
石井登志子訳
岩波書店
KRIGSDAGBOCKER 1939-1945/Astrid Lindgren/2015

子供の頃にピッピやカッレ君、ロッタちゃんといったリンドグレーンのキャラクターに親しんだ本好きは少なくないだろうが、1939年第二次大戦開戦時、彼女はまだ作家デビュー前、二人の子供の母親で弁護士事務所の事務員だった。
これはドイツがポーランドに侵攻した日から終戦までの彼女の日記。
幸いスウェーデンは戦場にならず、彼女は手紙検閲局で仕事をすることで戦争当事国の国民より情報にアクセスしやすい立場にあった。
ドイツに占領された北欧諸国についての記述が多いが、ヨーロッパの戦局がどう推移していったのかとてもわかりやすい。
ノルマンディ上陸やダンケルク撤退、スターリングラードの攻防など映画や小説 などで局地的なエピソードに触れる機会は多いが、前後にどんな出来事があったのか時系列で繋げられないことがままあったので、個人的にとても有り難い本だった。
隣国が戦火に覆われ人々が苦しんでいるのに、自分たちはほぼ変わらない生活を続けられている、苦しんでいる人々に何も出来ないという罪悪感、不甲斐なさが日記の執筆動機になっているのだろうが、スウェーデンもいつ戦争に巻き込まれてもおかしくなかった。
スウェーデンはよく踏み止まり中立を保ったなと思うが、スウェーデン以外の北欧諸国は軒並みナチスドイツに占領された。
中でも、フィンランドソ連に無理難題を押し付けられやむなくドイツと手を組むしかなかった。
リンドグレーンナチスドイツの暴虐に対する怒りの一方で、ソ連を同じくらい恐れていたのが印象的。



■ミレニアム5復讐の炎を吐く女/ダヴィド・ラーゲルクランツ
ヘレンハルメ美穂、久山葉子訳
早川書房
MANNEN SOM SÖKTE SIN SKUGGA/David Lagercrantz/2017

スティーグ・ラーソンからダヴィド・ラーゲルクランツへバトンタッチ後、二作目となる「ミレニアム」シリーズ。
前作の事件後、服役することになってしまったリスベット。
今作は服役中のリスベットの元に元後見人パルムグレンが不自由な身体をおして面会にくる場面から始まる。
リスベットの過去に隠された謎がストーリーのメインになりそうだが、邪悪な双子の妹の影、家族に抑圧されるバングラデシュ系の若い女性、高いI.Qと聴覚過敏という証券会社の若き幹部が絡んでくる。
ここまでは、ラーゲルクランツ版「ミレニアム」としてこなれてきた印象。
同じ“双子”でも、メインはレオとダンの“双子”。双子の兄弟がいるとは知らずに育った二人が偶然再会し、二人はなぜ引き裂かれたのかを探るというストーリーが核となっている。
それ自体はなかなか面白いストーリーになっているが、前半は服役していたということもありリスベットの活躍には物足りなさも感じる。
ラーソンの三部作と比べてしまう人が少なくないのは仕方ないが、二時間サスペンス的な告白に頼る謎解きも少なくなっているし、ラーゲルクランツは大分フィクションに慣れてきたと思う。リスベットの活躍は次作に期待します。

ミレニアム 5 上: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-3)

ミレニアム 5 上: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-3)

ミレニアム5 下: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-4)

ミレニアム5 下: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-4)


ピアノソナタ/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
CONCOURSE/S.J.Rozan/1995

中国系アメリカ人リディア・チンと半分アイルランド人ビル・スミスが活躍する探偵ものの第二弾はビルの一人称のストーリー。
リディアがメインだった前作では触れられなかったビルの過去が少しづつ明かされる。
元海軍の中年男ビルがピアノを弾く!それもバリバリのクラシック!もうそれだけで個人的にはウットリだが、今作に登場するビル、リディア以外のキャラクター造形も素晴らしい!
ビルの恩人で依頼人のボビー、ギャングを抜けたカーター、元ピアノ教師のアイダと相棒ショーン。
そして、リンフォースとスネークのラストシーン、泣けました。

ピアノ・ソナタ (創元推理文庫)

ピアノ・ソナタ (創元推理文庫)


■野蛮なアリスさん/ファン・ジョンウン
斎藤真理子訳
河出書房新社
SAVAGE ALICE/Hwang Jung-enn/2013

都市近郊の架空の街コモリ。
地名の由来は“墓”。
今、多くの人が行き交う四つ角に立つ女装のホームレス、アリシアが生まれ育った街だ。
アリシアが暮らしていた頃、その街は再開発計画に揺れ、人々の欲望と思惑が渦巻いていた。
朝鮮戦争で家族を失い貧困から這い上がった年老いた父親、父親を嫌い家に寄り付かない異母兄姉、満足な教育を受けさせてもらえなかった恨みつらみを子供たちにぶつける母親。
終わりのない穴を落ち続ける少年アリスアリシアとその弟。
「兄ちゃん」とお話をせがむ弟の声が耳から離れない。
間違いなく年間ベスト級の一冊。

「 まだ落ちてて、今も落ちてるんだ。すごく暗くて長い穴の中を落ちながら、アリス少年が思うんだ、僕ずいぶん前に兎一匹追いかけて穴に落ちたんだけど……どんなに落ちても底につかないな……ぼく、ただ落ちている……落ちて、落ちて、落ちて……ずっと、ずっと……もう兎も見えないのにずっと……って考えながら落ちていくんだ。いつか底に着くだろう、そろそろ終わるだろうって思うんだけど終わらなくて、終わんないなーって、一生けんめい考えながら落ちていったんだよ。」

野蛮なアリスさん

野蛮なアリスさん


■湖畔の愛/町田康
新潮社

湖畔の老舗ホテル九界湖ホテルを舞台にした連作。
経営不振に陥るホテルに救世主現る『湖畔』、その幸福感が災害レベルの雨をもたらす難儀な美女にまつわるホラー風味の『雨女』、「卒業したことが逆に重い十字架」レベルの六流大学演劇研究会のイケメンサラブレッドとさえない天才との「才能に対する極度の偏愛」を持つ超絶美女を巡る闘いを描く『湖畔の愛』。
一行先はどこへ行くのか予測不能な作風が町田康の真骨頂だが、その意味で本領発揮と言えるのは、やはり『湖畔の愛』か。
舞台がホテルに限定されるので、三幕ものの舞台劇風味もあり。
〈収録作品〉
⚫︎湖畔
⚫︎雨女
⚫︎湖畔の愛

湖畔の愛

湖畔の愛


■白骨〈犯罪心理捜査官セバスチャン〉/M・ヨート&H・ローセンフェルト
ヘレンハルメ美穂訳
東京創元社創元推理文庫

トレッキング中の観光客に偶然発見された六体の白骨遺体。
彼らが殺されたのは2003年、二つの偽名を使った女が関わっているらしいと判明するが、それ以上のことは上巻では明らかにならず。
殺人特別捜査班それぞれが抱えるプライベートの問題にページ数の多くがさかれている。
現実には警察関係者にだってプライベートはある訳だが、みんなもっと事件に集中しようよ!と心の中で叫ながら上巻読了。セバスチャンの自己中ぶりは相変わらずで、今回も実の娘ヴァニヤと距離を縮めようと腐心するが、それにもう一人の娘をダシに使うのはどうなのよ?
セバスチャンが悪いのは悪いんだけど、「セバスチャンが自分を追い出すなんてありえない」→「セバスチャンが自分を追い出すなんて許せない」→「セバスチャンは自分を追い出していない」こういう曲解を駆使して自分に都合が悪いことは一切認めないっていうエリノールみたいな人って本当に厄介だと思う。
『犯罪心理捜査官セバスチャン』シリーズだよね?と確認したくなる程3作目となる今作のセバスチャンは、ほぼヴァニヤのアメリカ行きの阻止工作しかしていない。
一方、ヴァニヤも養父の逮捕や病気、アメリカ行きの頓挫など、事件以外の個人的事情に振り回され、捜査にはほとんど加わっていないという展開。
肝心の事件は、9.11から2年後というの一種異常な状況下で起きている。
多分、この時期のヨーロッパではどこも多かれ少なかれ「テロリストを探せ!」という号令の下非常に神経質になっていたんだろう。
そして、またしてもクリフハンガー

白骨〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

白骨〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

白骨〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

白骨〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

今月の読書 〜2018年2月、3月〜

今月の読書2018年2月分3月分をお届けします。
ベストは、若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』
レアード・ハント『ネバーホーム』


■夜の試写会/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
DOUBLE-CROSSING DELANCEY AND OTHER STORIES/S.J.Rozan

医師や弁護士が活躍するドラマにおいて重要なのは、実は患者や依頼人のストーリーであるのと同じように、この短編もリディアとビルの活躍を描きながらもニューヨーク近郊に住む様々な人々の人間模様、社会の側面を描いているのが面白かった。
長編がメインのシリーズだが、この辺りは短編ならではの味わいかもしれない。
お気に入りは、リディアものでは「人でなし」、ビルものでは「ただ一度のチャンス」辺り。
長編は未読だが、解説によると「どこから読んでも愉しめる」らしいが、やはり一作目の『チャイナタウン』から読むべきかな。
〈収録作品〉
⚫︎夜の試写会 Film at Eleven
⚫︎熱き想い Hot Numbers
⚫︎ペテン師ディランシー Double-Crossing Delancey
⚫︎ただ一度のチャンス Hoops
⚫︎天の与えしもの Birds of Paradise
⚫︎人でなし Subway
⚫︎虎の尾を踏む者 A Tale About a Tiger

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)


■シンパサイザー/ヴィエト・タン・ウェン
上岡伸雄訳
早川書房
THE SYMPATHIZER/Viet Thanh Nguyen/2015

「訳者あとがき」でも触れられているように、今まで見聞きしてきたベトナム戦争というのは、そのほとんどがアメリカ側の視点に立ったものだったと痛感。
ベトナム出身の著者がその視点に違和感を持つのも当然だろう。
思えば、冷戦時代とは、米ソ(中国)が直接戦わずとも様々な形で加担、支援し、アジアで、南米で、世界中で代理戦争をやってきた時代であり、冷戦構造が崩れた現在もその図式は変わっていない。
サイゴン陥落でベトナム戦争終結したと理解されがちだが、ベトナム人にとって内戦は終わっていなかったし、国民は二分されたままだった。
ほぼ一人称の独白の体裁をとっているので、いわゆるスパイ小説を期待すると肩透かしかもしれないが、新たな視点を与えてくれる作品であることは確か。
デビュー作だが、文章はすごく巧い。

シンパサイザー

シンパサイザー

シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


■チリ夜想曲/ロベルト・ボラーニョ
野谷文昭
白水社(ボラーニョ・コレクション)
NOCTURNO DE CHILE/Roberto Bolaño/2000

死を目の前にしたセバスティアン・ウルティア=ラクロア神父を責め苛む「老いた若者」。
神父は自らの行動、そして沈黙について明らかにしようと人生を振り返る。
アジェンデ政権の成立と崩壊、ピノチェト軍事政権下で行われていた不当逮捕や拷問。
文芸評論家で詩人でもあった神父が何に加担し、何に沈黙したのか?
暗い時代を虐げられた側からではなく、その時代を甘んじて受け入れた側の告白によって描く。
「老いた若者」はボラーニョ自身だろうが、その矛先は自身にも向けられていたのかもしれない。

チリ夜想曲 (ボラーニョ・コレクション)

チリ夜想曲 (ボラーニョ・コレクション)


■あたらしい名前/ノヴァイオレット・ブラワヨ
谷崎由依
早川書房
WE NEED BEW NAMES/Noviolet Bulawayo/2013

十代の少女のあっけらかんとした語り口だが彼らが生きるジンバブエの状況は相当過酷だ。
家は突然破壊され、南アに出稼ぎに出た父親は音信不通、学校の先生たちも皆国を出た。
皆常にお腹を空かせ、親友はわずか11才で妊娠している。
アメリカに渡ったダーリン。確かに学校にも通える、食べ物も十分ある、
それでも、ジンバブエが恋しくてたまらない。アメリカは自分の国じゃない。
そんなダーリンに投げつけられる親友の辛辣な言葉。国を見捨てた、裏切り者の烙印。国に残った者との間に出来てしまった深い溝。新しい名前はそれを埋められるのか?

あたらしい名前

あたらしい名前


■荊の城/サラ・ウォーターズ
中村有希
東京創元社創元推理文庫
FINGERSMITH/Sarah Waters/2002

パク・チャヌクによる映画化作品『お嬢さん』を観たので、再読中。
映画はヴィクトリア朝のイギリスから1930年代日本統治下の韓国に舞台を移している。
原作ではモードとスーザンは同い年だが、映画ではスッキよりも“お嬢さん”の方が年上の設定か。
その他は上巻の内容ほぼそのまま映像化されているが、スーザンがモードのとがった歯を指ぬきで削るシーンが映像ではより印象的でエロティック。
計画の首謀者“紳士”は、ハ・ジョンウ演じる“伯爵”よりも原作の方が狡猾で抜け目ない。
再読なのに、下巻に入ってからの展開をすっかり忘れていて我ながらびっくりだったが、パク・チャヌク版とも大分違っている。
映画では、スウの育ての親サクスビー夫人の役割がごく小さなものになっている(同時に彼女の秘密に関わる展開もない)。
しかし、原作通りに映像化していたら2時間程度の尺には到底収まらないので、この変更は致し方なしといったところだろう。
ラストはほぼ原作通りだが、罪深き男達をどう扱うかというところが、いかにもパク・チャヌク流。

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

パク・チャヌク監督による映画化作品はこちら👇


騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア
村上春樹
新潮社
全然読む気はなかったのに、なんとなく図書館で予約してしまって忘れた頃に順番が回ってきた。
村上作品はすごく久し振りだが、そもそも久しぶりに読んでみるかと予約したことを思い出す。
上巻を読んだ時点で一番気になるのは、主人公が小田原のアトリエを引き継ぐことになった日本画家、雨田具彦のウィーン留学時代と具彦が屋根裏部屋に封印した自作「騎士団長殺し」の関係。
しかし、相変わらず主人公は30代半ばで淡白な性格の男だし、他の登場人物にもまったく共感できず。むしろ、それが作者の狙いなのかとさえ思う。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)


騎士団長殺し:第2部 遷ろうメタファー編
村上春樹
新潮社

つまるところ、“騎士団長殺し”も穴に下りてくぐり抜ける行為も、肖像画家としてのキャリアにも妻との結婚生活にも行き詰まっていた男が、新たな一歩を踏み出すための通過儀礼ということか?
雨田具彦がウィーン時代に関わったナチス高官暗殺未遂事件もその弟が経験した南京攻略(南京大虐殺)も、こういう重い歴史的事実が物語の道具立てとして使われることにも少し違和感。
長いストーリーを読ませることは確かだが、心は動かなかった。なぜ村上作品から遠ざかっていたのか、思い出しました。

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編


■おらおらでひとりいぐも/若竹千佐子
河出書房新社

二人の子供達はすでに家を出ており疎遠、最愛の夫にも先立たれ、もっぱら内なる自分と語らう桃子さん。
夫との思い出は桃子さんの宝物。
それでも残る、“人のために生きてきた”という思い。
ミア・ハンセン=ラブ監督の『未来よ、こんにちは』の中でイザベル・ユペール演じる高校の哲学教師ナタリーは夫に捨てられ認知症の母親を看おくり独りになる。
そして、つぶやく。
「初めての完全なる自由!」
自由と孤独は表裏一体。
この境地を経て、再び他者との関係を築いていく。
内なる自分との対話を通じて桃子さんが到達した境地も同じだったと思う。

「東北弁とは最古層のおらそのものである。もしくは最古層のおらを汲み上げる ストローのごときものである」

「ちょうど、わたしが、と呼びかければ体裁のいい、着飾った上っ面のおらが出てくるように。それどいうのも、主語は述語を規定するのでがす。主語を選べばその層の主語なり、思いなりが立ち現れるのす。んだから東北弁がある限り、ある意味恐ろしいごどだども、おらが顕わになるのだす、そでねべが。」

標準語しか持たないわたし。
最古層のわたしはどんなに言葉で語るのか?

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

イザベル・ユペール主演のミア・ハンセン・ラブ監督作品はこちら👇


■チャイナタウン/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
CHINA TRADE/S.J.Rozan/1994

チャイナタウンの美術館から寄贈された磁器のコレクションが盗まれ、美術館の評判を気にした館長は旧知の私立探偵リディアに調査を依頼する。
ある意味治外法権なチャイナタウンでいかに犯人を見つけるのか?
リディア(中国系アメリカ人)と相棒ビル(白人男性)の微妙な関係がシリーズを通しての読みどこだろうが、今作に登場するリディアの初めてのボーイフレンドの存在も気になる。
リディアのベースがチャイナタウンであることはこれから先も変わらないだろうし、彼の再登場を期待してしまうな。
元恋人がギャングになってたら、そりゃ複雑だよね。
子どもの頃からテコンドーをやってるリディアがギャングにボコられるシーンでストレス溜まったので、『チョコレート・ファイター』を観てしまった。

チャイナタウン (創元推理文庫)

チャイナタウン (創元推理文庫)


■ネバーホーム/レアード・ハント
柴田元幸
朝日新聞出版
NEVERHOME/Laird Hunt/2014

南北戦争時のアメリカ。
「わたしはつよくてあのひとはつよくなかったから、わたしが国をまもりに戦争に行った」
そう言って、戦地に向かったアッシュことコンスタンス。
一家で一人、兵を出さなければならなかったというよりも「もっと広い世界を見てみたい」という強い思い。
夫との出会いに感謝し幸せに暮らしていた彼女の心の中にある抗えない思い、むしろこれ彼女を戦場に向かわせたのではないか?
しかし、戦地での体験は彼女を“兵士”に変えてしまった。その“兵士”の本能が何よりも大事だったはずのものを奪ってしまうという皮肉。
通常漢字であるべき言葉もひらがなで表記されているので、最初は少し読みずらかったが、途中からは一気読み。さすがの柴田元幸訳。
レアード・ハントは三作目だが、やっぱり『インディアナインディアナ』が好き。

ネバーホーム

ネバーホーム

私の好きなレアード・ハント作品はこちら👇

インディアナ、インディアナ

インディアナ、インディアナ


■ファインダーズ・キーパーズ/スティーン・キング
白石朗
文藝春秋
FINDERS KEEPERS/STEPHEN KING/2015

1978年、アメリカを代表とする作家ジョン・ロススティーンの自宅に押し入り作家を射殺、現金と未発表原稿(ノート)を奪った狂信的読者モリス・ベラミー。
彼は共犯者二人も殺害し、別件のレイプ事件で終身刑を受ける。
32年後、モリスが隠した現金とノートを発見したのは父親がメルセデス事件で被害者となり経済的苦境に陥ったソウバーズ家の長男ピート。
『ミスター・メルセデス』の続編だが、上巻の主役はモリスとベラミーだ。長らく隠遁生活を送っていたロススティーンのモデルはJ・D・サリンジャーだろう。
前作『ミスター・メルセデス』の犯人にも言えることだが、事実を直視せずに、起きたこと全てを他人のせいにするモリスの自分勝手な論理は犯罪者特有のものなのか?
最近、よく見聞きするような。
いずれにせよ、もの凄く不快。
ピートと妹ティナ、それぞれの進学を控え再び経済的問題がソウバーズ家の懸案事項となり、モリスが仮出所したことで事態は大きく動き出す。
モリスの目的は最早金ではない。幻のジミー・ゴールドものの続編がどうしても読みたいという一心だ。
小説はフィクション。
しかし、その一線を越えてしまうファナティックな読者。きっと、キングはそういう読者を嫌というほど知っているのだろう。
三部作の二作目は、ホッジズ、ホリー、ジェロームの三人組はは脇に回った印象だが、メルセデス事件の犯人の不穏な動き。次作ではいよいよ最終対決となるのか?

シリーズの一作目『ミスター・メルセデス』はこちら👇

今月の読書 〜2018年1月〜

本当にもう今さらですが、記録として
今月の読書2018年1月分をお届けします。
ベストは、パク・ミンギュ『ピンポン』ロベルト・ボラーニョ『はるかな星』アンヌ・ヴィアゼムスキー『彼女のひたむきな12カ月』


■運命と復讐/ローレン・グロフ
光野多恵子訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
FATE AND FURIES/Lauren Geoff/2015

一目で恋に落ち、若くして結婚した美男美女カップルのロットとマチルド。夫の視点で描かれる幸せな結婚生活と妻の視点で描かれる結婚生活の陰にひそむ秘密。
個人的には、親子だから、夫婦だからといってお互いに何もかも知っている必要はないと思う。
しかし、嘘はなかったかもしれないが、マチルドがロットに話さなかったことは余りにも大き過ぎた。夫はとうとう妻がどういう人間だったのか知らずに亡くなってしまった。
夫亡き後のマチルドの苦悩の元はこの辺りにあったのだと思う。
そして、マチルドを認めなかった義母の秘密のなんと罪深いことか!
これを読んですぐに思い出されたのはギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』だが、こちらの方がよりリアルかもしれない。

運命と復讐 (新潮クレスト・ブックス)

運命と復讐 (新潮クレスト・ブックス)


■ピンポン/パク・ミンギュ
斎藤真理子訳
白水社(EXLIBRIS)
Ping-pong/Patk Mingyu/2006

中学生の釘とモアイがチスをリーダーとするグループから受けるイジメは最早イジメというより暴行傷害だし恐喝のレベル。
もちろん、釘もモアイもそんな毎日から抜け出したいと思っているが、そこから抜け出せたとしても、何のために生きるのか?
幸せって何なのか?
彼らにそれを問われても答えられる自信が私にはない。
きっと「ハレー彗星を待ち望む会」の入会希望者には大人も沢山いるに違いないのだ。
自分の意見を持つことを忘れてしまった大人こそ、自分のラケットを持って原っぱの卓球台でインストールかアンインストールか選ばなくっちゃね。
転がってきたピンポン球からこんな奇想天外なストーリーを紡ぎ出すパク・ミンギュ、面白い作家だなあ。
アメリカで死んだモアイの従兄がファンだったという作家のジョン・メーソンって、カート・ヴォネガットの小説に登場するキルゴア・トラウトが元ネタなんじゃないかな?

ピンポン (エクス・リブリス)

ピンポン (エクス・リブリス)


■スティール・キス/ジェフリー・ディーヴァー
池田真紀子訳
文藝春秋
THE STEEL KISS/JEFFERY DEAVER/2016

リンカーン・ライムシリーズ第12弾。
今回犯人に狙われるのは、IoT、モノのインターネット。
現在、インターネットに繋がる様々な家電や車が登場しているが、ハッキングされた家電や車が凶器と化す。
現代社会を反映した着眼点だが、今作ではリンカーンの犯罪捜査からの引退、アメリアの元恋人の再登場がサブプロットになっている。
どんでん返しはディーヴァー作品のお約束。こちらも相当身構えているので、今作のそれは想定内といったところから。
サブプロットのオチにも驚きなし。高評価だという次作に期待します。

スティール・キス

スティール・キス


■真夜中の閃光/W・ブルース・キャメロン
真崎義博訳

早川書房(ハヤカワ文庫)
THE MIDNIGHT PLAN OF THE REPO MAN/W Boyce Cameron/2014

大学時代はNFLでの活躍も期待されたが今はしがないレポマン(車の回収屋)、ラディ。
そんな彼はある日二人の男に襲われ殺されるという妙にリアルな夢を見る。
その直後から、彼の頭の中で声が聞こえるようになる。アランと名乗る彼は殺されたと言う。
アランは実在するのか?実在するとすれば、誰が彼を殺したのか?ラディは何故フットボール選手の道を断たれたのか?
この二つの謎が両輪となってストーリーを牽引する変化球のバディものであり、幽霊譚でもある。
ラディとアランの迷コンビぶりが最大の魅力なのでラストは切ない。
W・ブルース・キャメロンの2010年の作品『野良犬トビーの愛すべき転生』は『僕のワンダフル・ライフ』として映画化されているので、これも映像化されるんじゃないかな。
すごく映像化向きだと思います。


■はるかな星/ロベルト・ボラーニョ
斎藤文子訳
白水社(ボラーニョ・コレクション)
ESTRELLA DISTANTE/Roberto Bolaño/1996

「一応人名事典(風)の体裁をとってはいるが、各章がそのまま発展して一冊の小説になってもおかしくない」
アメリカ大陸のナチ文学』の感想でこう書いたが、当然、ボラーニョ自身、そう考えたらしい。
これは、唯一ボラーニョ自身らしき人物が語り手の「カルロス・ラミレス・ホフマン」を発展させたもの。
空飛ぶ詩人で連続殺人鬼カルロス・ビーダーの足跡を辿る物語だ。
多くの人々がある日突然姿を消す、それが半ば日常だった不穏な時代。
絶えず後ろを振り返りたくなるような緊張感がラスト近くで頂点に達する。私の心拍数は明らかに上がっていた。

はるかな星 (ボラーニョ・コレクション)

はるかな星 (ボラーニョ・コレクション)


■怒り/ジグムント・ミウォシェフスキ
田口俊樹訳
小学館小学館文庫)
RAGE/Zygmunt Mitoszewski/2014

常に「着氷性の霧雨が降っている」ポーランドの地方都市オルシュティン。
この街の検察官テオドル・シャツキが主人公。
バツイチだがウェディングプランナーの恋人と同棲中、一人娘も同居と、よくある家庭崩壊の主人公とは一味違う。
ポーランドのミステリーは初めてだが、天気からして、いかにも陰鬱。
白骨化した遺体の発見が事件の発端だが、シャツキ以外の視点で挿入される抑圧されるDV被害者の姿が事件の背景を想像させる。
セクハラやDVの加害者には、同じことをされてみればいいとも思うし、お菓子食べながら『必殺!』シリーズを観るという子供時代を送ってきたので、虐げられた人々の恨みつらみを果たしてくれる仕事人の活躍に胸がすく思い!っていうのは理解出来ても、実際問題、やっぱりこれはやっちゃ駄目だと思うし、たとえフィクションでもモヤモヤが残る。それに、これ、三部作の最終作ですって!このラストを知っていて、過去作読む気になります?

怒り 上 (小学館文庫)

怒り 上 (小学館文庫)

怒り 下 (小学館文庫)

怒り 下 (小学館文庫)


■彼女のひたむきな12カ月/アンヌ・ヴィアゼムスキー
原正人訳
DU BOOKS
UNE ANNÉE STUDIEUSE/Anne WIAZEMSKY/2012

ロベール・ブレッソンバルタザールどこへ行く』出演後のアンヌは気鋭の映画監督ジャン=リュック・ゴダールと恋に落ちる。
祖父はノーベル賞作家、父はロシア貴族という上流家庭で育ったアンヌ。17歳の年上のバツイチ男と娘の関係を家族が歓迎するはずもなく、アンヌは直情的なゴダールと家族の間で板挟み。
とにかくアンヌを側に置いておきたいゴダールの行動は大人気ないが、ゴダール人脈に次々と引き合わされ、これはアンヌにとってすごい財産になったんじゃなかろうか?
続編があるそうで、関係崩壊が描かれるのか、そちらの方が興味あるかも。

彼女のひたむきな12カ月

彼女のひたむきな12カ月

2017年のオススメ本《後編》

2017年のオススメ本、《後編》の10冊です。
ここ何年か、脳内積読本になっているロベルト・ボラーニョの未完の大長編『2666』
今年に持ち越しとなってしまいましたが、
(その代わりに読んだ?)ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』が圧巻でした。
今年もこつこつ、ラテンアメリカ文学を読んでいきたいと思ってます。


▪️私の名前はルーシー・バートン/エリザベス・ストラウト
小川義高訳/早川書房
MY NAME IS LUCY BARTON/Elizabeth Strout/2016

手術を終えればじきに退院出来る筈の盲腸炎で入院が長引くルーシー。
幼い二人の娘にも会えず、仕事に家事に忙しい夫は見舞いもままならず、不安な日々を送る彼女の元を訪れたのは疎遠になっていた母だった。
母と過ごす5日間は、主に故郷の人々の噂話に終始するが、その時ルーシーが一番側にいて欲しかったのはきっと母親だったろうし、その後の人生において、そして作家としても重要な5日間となる。
離婚、再婚、様々な出会い。ルーシーという人間、
作家を作り上げた要素はいろいろあれど、
家族との関係、特に母との関係は特別だったのだろう。
どんなに疎遠になっていても愛がない訳じゃない。
そんなに簡単に家族の縁がきれる訳じゃない。人それぞれに愛情の示し方があって、ルーシーの母にとってそれは、ベッドの足元に座り噂話をすることだった。

「私の母が愛してるという言葉を口に出せない人だったことを、読者にはわかってもらえないかもしれない。それでもよかったということをわかってもらえないかもしれない」

人のことなんかわかりゃしない。
自分のことだってわかってもらえないかもしれない。
それでもルーシーは書く。
そして、エリザベス・ストラウトも書き続ける。

私の名前はルーシー・バートン

私の名前はルーシー・バートン

👇エリザベス・ストラウトのピューリッツァー賞受賞作『オリーブ・キタリッジの生活』はこちら
オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)


▪️異国の出来事/ウィリアム・トレヴァー
栩木伸明訳/国書刊行会
A SELECTION OF STORIES/William Trever/1972,1975,1981,1986,1989,1992,2000,2007

旅先という非日常。
見知らぬ人とのつかの間の出会いと別れもあれば、
知っている筈の人の意外な面に驚かされることもある。
“非日常”というだけでも、旅の記憶に残りやすいが、
そこで起きたことはその後の人生において決定的な影響を及ぼしてしまうこともある。
長い人生においては短い時間でも、より劇的。
旅は短編小説そのもの。
傑作揃いだが、一瞬の恋が永遠だった「版画家」、
離婚で自分の人生を歩み始めた女性が苦い現実に直面する「家出」、父と娘がすれ違う「ザッテレ河岸で」、
親友だった少女を引き裂いた秘密を描く「娘ふたり」がお気に入り。
(収録作品)
⚫︎エスファハーンにて
⚫︎サン・ピエトロの煙の木
⚫︎版画家
⚫︎家出
⚫︎お客さん
⚫︎ふたりの秘密
⚫︎三つどもえ
⚫︎ミセス・ヴァンシッタートの好色なまなざし
⚫︎ザッテレ河岸で
⚫︎帰省
⚫︎ドネイのカフェでカクテルを
⚫︎娘ふたり

異国の出来事 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)

異国の出来事 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)


■アメリカーナ/チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
くぼたのぞみ 訳/河出書房新社
AMERICANAH/Chimamanda Ngozi ADICHIE/2013

ジュンパ・ラヒリ、イーユン・リー、ジェフリー・ユージェニデスなどこれまでにも米国に移り住んだ人々の物語は読んできたが、ナイジェリア人女性の視点で語る本作はとても新鮮だった。
「オールド・ファッションなラブストーリーを書きたかった」そうだが、やっぱり興味深いのはイフェメルが米国へ行って初めて直面した“人種問題”だ。
アメリカ黒人と非アメリカ黒人の間に存在する意識の違い、外国で学び帰国したナイジェリア人と故国との間の生じるズレ。
イフェメルはアメリカで傍目からみればかなり上等な二人の恋人(白人リベラル、アフリカ系アメリカ人)と付き合うが、二人の人種問題に対する態度に違和感を感じる。
結局それが故郷の恋人オビンゼの元に戻る動機のひとつにもなっていくのだが、一筋縄にはいかない人種問題の複雑さについて考えさせられた。
ナイジェリアにいる間は自分が黒人だと意識したことのなかったイフェメルの姿と日本に生まれて暮らしている日本人が重なる。
日本人だって海外に出れば、間違いなくマイノリティであり、差別される側の存在だ。
“ラブストーリー”の効用は、イフェメルの運命の人であるオビンゼの視点を獲得出来たことだろう。
彼の視点があることでストーリーが重層的になっているし、彼がイギリスで経験した挫折は海外に出たナイジェリア人のもうひとつの物語だ。
イフェメルの物語は、自分が自分らしくいられる場所(あるいは自分が自分らしくいられる誰か)を探す旅でもある。
恋愛というのは、自分がどういう人間なのかを知ることなんだとあらためて思う。

アメリカーナ

アメリカーナ


■百年の散歩/多和田葉子
新潮社

フィクションともエッセイとも言い難い不思議な味わい。実在するベルリンの通りや広場の名を冠した章で構成されている。あの人を待ちながら歩く通りや広場、目に映る景色や店や人々の姿、刺激された想像力が解き放たれる。

渡し船には乗らず、横断歩道のシマウマの背中に乗って渡った」
「驚きはミミタブの裏側をカタツムリのようにゆっくりと這い上がった」

(『レネー・シンテニス広場』)

逆立ちしても出て来ないようなハッとする表現にため息。他言語で暮らしているからより洗練された日本語で表現できるのだろうか?全編、素晴らしかった。
「レネーシンテニス広場」のレネーシンテニスはベルリン国際映画祭のトロフィーのクマを制作した彫刻家。通りや広場の名前になったその人への興味もわくし、その場所の歴史にも思いを馳せたくなる。

「蜘蛛を嫌う人、汚職を嫌う人、にんじんを嫌う人、
ナイロンを嫌う人、いろんな人がいていい。
でもユダヤ人を嫌うということはありえない。
トルコ人を嫌うということはありえない。
中国人を嫌うということはありえない。
自分の傷が腐食しかけているのに治療する勇気を出せない憶病者が、無関係な他人に当たり散らしているだけだ。」

(『トゥホルスキー通り』)

「子供は背後に無限に広がる空間に一歩づつ踏み込んでいく。未知の空間での冒険がこんなに日常的な時間に含まれていることを知っているのは子供たちだけだ」
(『コルヴィッツ通り』)

「あの人は言った。若葉がきれいなのは数日間だけだ、と。すぐに色がくすんでしまう恋愛に似ている。必ずくすんで、それから先の時間はずっと失った色のことが気になっている。無理だとわかっていても取り戻そうとする。取り戻せないので再現しようとする。演じようとする。もしも喪失も恋愛のうちならば、ハカナイということにはならない。むしろいつまでも終わらないことが苦しいくらい。恋の時間は長い。」
(『トゥホルスキー通り』)
(収録作品)
⚫︎カント通り
⚫︎カール・マルクス通り
⚫︎マルティン・ルター通り
⚫︎レネー・シンテニス広場
⚫︎ローザ・ルクセンブルク通り
⚫︎プーシキン並木通り
⚫︎リヒャルト・ワグナー通り
⚫︎コルヴィッツ通り
⚫︎トゥホルスキー通り
⚫︎マヤコフスキーリング

百年の散歩

百年の散歩


■母の記憶に/ケン・リュウ
古川嘉通 他訳/早川書房(新・ハヤカワ・SF・シリーズ)
MEMORIES OF MY MOTHER AND OTHER STORIES /KEN LIU/2017

かつての私がそうだったようにSFに苦手意識のあるひとにこそオススメしたいのが、ケン・リュウの短編集。
前作の『紙の動物園』もそうだったように、
ケン・リュウの紡ぐストーリーはSF要素はほんの一部であって、まず、その世界観を理解しなければストーリーに入り込めないというものではない。
今作にはごく短いものから中編と言ってもいいようなものもあるが、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』を思わせるごく短い表題作『母の記憶に』、身体機能を拡張強化した女探偵が娼婦殺しの犯人を追う中編『レギュラー』辺りがお気に入り。
中国で生まれアメリカで教育を受けた著者の出自が活かされたゴールドラッシュのサンフランシスコが舞台の『万味調和ー軍神関羽のアメリカでの物語』、中国の史実に材をとった『草を結びて環を銜えん』も良かったです。
(収録作品)
⚫︎烏蘇里羆(ウスリーひぐま)The Ussuri Bear
⚫︎草を結びて環を銜えん
Knotting Grass,Holding Ring
⚫︎重荷は常に汝とともに
You'll Always Have the Burden with You
⚫︎母の記憶に Memories of My Mother
⚫︎シミュラクラ Simulacrum
⚫︎レギュラー The Regular
⚫︎ループの中で In the Loop
⚫︎状態変化 State Change
⚫︎パーフェクト・マッチ The Perfect Match
⚫︎カサンドラ Cassandra
⚫︎残されし者 Staying Behind
⚫︎上級読者のための比較認知科学絵本
An Advanced Reader's Picture Book of Comparative Cognition
⚫︎訴訟師と猿の王
The Litigation Master and the Monkey King
⚫︎万味調和ー軍神関羽のアメリカでの物語
All the Flavors
⚫︎『輸送年鑑』より「長距離貨物輸送飛行船」(〈パシフィック・マンスリー〉誌二〇〇九年五月号掲載)
The Long Haul:From the ANNAL OF TRANSPORTATION,The Pacific Monthly,May 2009

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

👇ケン・リュウの前作『紙の動物園』もオススメ


■都会と犬ども/マリオ・バルガス=リョサ
杉山晃 訳/新潮社
La ciudad y los perros /Mario Vargas Llosa/1962

どんな時代のどんな学校にもある程度は存在するであろうスクール・カースト
しかし、あらゆる階級の少年達が集まるレオンシオ・プラド士官学校で、その階級を決定付けるのは腕力と狡賢さ。
アルベルトは道化を演じ、ジャガーはその腕力でクラスを支配し、繊細で心優しいリカルドは“奴隷”となる。
バルガス=リョサ二十代半ばの作品だが、
第二部でガンボア中佐の存在感が増し、
テレサに思いを寄せる謎の少年の正体が明らかになる見事な構成は既に見てとれるし、落ち着き払った最近の作品にはあまり見られない“熱”が感じられる。傑作です。

都会と犬ども

都会と犬ども


オープン・シティ/テジュ・コール
小磯洋光 訳/新潮社(新潮クレスト・ブックス)
OPEN CITY/Teju Cole/2011

混血として生まれ幼少期を過ごした土地を離れ何処にもコミットしていないという寄る辺なさと孤独を抱えるジュリアス。
ニューヨークを歩きブリュッセルを彷徨い、
身体はそこにあっても心は距離も時間も超え、
自らの過去、その土地の歴史に思いを馳せる。
冬のNYの痛いくらいの空気の冷たささえ感じられる描写力は素晴らしいし、知的だが、
何処かスノッブで鼻持ちならない。
祖母を思いブリュッセルに向かうも然程必死に探すでもなく、母との間の距離についても多くを語らない。
ジュリアスに対するこうした違和感の正体は、
終盤、同級生の姉であるモジによって暴露される。
国やその土地に眠る暴力の歴史について語りながら、
自分が加害者となった暴力については無自覚なジュリアス。
テジュ・コールはジュリアスについてモジに「精神科医の知ったかぶり屋」と言わせている。
テジュ・コールは読者がジュリアスに抱く違和感など織り込み済みなのだ。人は歴史の傍観者としてならいくらでも善の側に立てるが、
当事者となるとそうはいかない。

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)


■フロスト始末/R・D・ウィングフィールド
芹澤恵 訳/創元推理文庫東京創元社
A Killing Frost/2008

冒頭、車輌維持経費の書類とにらめっこしてるジャック・フロスト警部の描写だけで、もうニヤニヤが止まらない!相も変わらず慢性人手不足のデントン署管内では、ティーンエイジャーの行方不明事件、死体遺棄事件にスーパー脅迫事件と事件続発。更にデントン署からフロストを追い出そうと画策するマレット署長の刺客スキナー警部登場!ウェールズ出身お芋クンことモーガンはちったあ使えるようになった様子。マレット署長の車はジャガーからポルシェって、署長ってそんなに高給取り?口は悪いが、フロスト警部は紳士です。
下巻突入後は、だから違うって!ブリジットがデビーの携帯を盗んだのはデビーのロッカーじゃないんだって!と心で叫びながらフロスト警部とデントン署の面々と共に最後の事件解決。ついに、とうとう読み終わってしまった…。お世辞にもかっこいいとは言えないくたびれた中年警部のシリーズがここまで支持されたのは、フロストの女性や子供、弱者に対する優しさや悪に対する姿勢が一貫していたからだろう。芋兄ちゃんだ何だと言われながらもモーガンがフロストを慕うのも、何とか一丁前の刑事にしてやろうっていうフロストの親心を感じてたからじゃないかしらん。
なんでも二人組の作家による若き日のフロストを描くシリーズが発表されているということで、これは朗報!現在までに四作発表されているので人気も上々なのだろう。
日本語訳が出るときは、是非とも芹澤恵さんの訳でお願いします。


■神秘大通り/ジョン・アーヴィング
小竹由美子 訳/新潮社
AVENUE OF MYSTERIES/John Irving/2015

「フワン・ディエゴは常に心の中でー記憶のなかではもちろんだが、夢のなかにおいてもまたー自分のふたつの人生を「平行に並べて」繰り返し、たどり直していた。」メキシコ、オアハカのゴミ捨て場の子として生まれ育ち、米中西部アイオワに移り自分が思うよりも人気作家となったフワン・ディエゴ。彼の「平行に並べて」たどり直すふたつの人生のブリッジとなるのは、夢だ。脈絡のない夢に喚起されて記憶が呼び覚まされる。実のところ、読みながらウトウトし、夢の中で物語の続きを見て、目が覚めて、さらに物語の続きを読むという読み方をしている。
オアハカで死んだ徴兵忌避者グッド・グリンゴとの約束を果たすためフィリピンへ向かうフワン・ディエゴ。それは、妖しい魅力溢れる母娘ミリアムとドロシーに導かれる死出の旅。ダンプ・キッドだったフワン・ディエゴの運命を変えたのは聖処女マリアが見せた奇跡。パッと現れ消える母娘は聖処女マリアとグアダルーペを思わせる。人生の終わりに、何よりも大切な少年時代の記憶を取り戻し、母娘との官能的な経験を経て、聖処女グアダルーペの元へ。避けられない運命なら、こんな終わりも悪くないのかもしれない。
アーヴィングが描く衝突コースの人生は悲劇に満ちているが、それでも「開いた窓は見過ごせ」(「生き続けろ」)がメッセージだったと思う。今作も成長することを拒否した女の子、中絶、トランスヴェスタイトエイズ禍とおなじみのモチーフに溢れているが、最期にフワン・ディエゴに「驚きはない」と言わせるあたりは、アーヴィングも年をとったということだろうか?
『第五幕、第三場』作家になったフワン・ディエゴが高校時代のいじめっ子ヒュー・オドンネルと再会するシーンが好き。Dr.ローズマリーが「結婚申し込んでた!」と言うのも納得。
「あなたは女性と話すべきだー何を読んでいるか、女性に聞いてみなさい!」 「女性が本を読まなくなったらーそれが、小説の死ぬときだ!」だそうです。

神秘大通り (上)

神秘大通り (上)

神秘大通り (下)

神秘大通り (下)


■夜のみだらな鳥/ホセ・ドノソ
鼓直 訳/集英社
EL OBSCENO PÁJARO DE NOCHE/José Donoso/1970

「作中人物はいつも不明瞭で、不安定で、決して一個の人間としての形をとらなかったわ。いつも変装か、役者か、くずれたメーキャップとかいった……」語り手であるウンベルト・ペニャローサの作品を評してある登場人物がこう言っているが、この小説にも当てはまる。時制が行ったり来たりという小説は珍しくはないが、それに加えて登場人物、それも語り手自身が変身してしまう。どこまでが(物語中の)事実で、どこまでが語り手の妄想なのかもわからない。読者にここまで混乱を強いる小説は初めて。これを何度も書き直したというドノソ、恐るべし!
ホセ・ドノソ三作目。これまで読んだドノソ作品では、『隣りの庭』の庭(故郷の庭と隣家の庭)、『別荘』の別荘、そして本作の修道院と畸形の王国となるリンコナーダの邸宅も登場人物と同様、あるいはより重要なピースになっている。

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))

2017年のオススメ本《前編》

後半の失速により、2017年の読了本は100冊にも満たなかったのですが、ベストを選ぶとなるととても10冊にはおさまらず、結局20作品になってしまいました。
まず《前編》では、10冊を紹介します。
紹介の順番は、読んだ順番です。


■その雪と血を/ジョー・ネスボ
鈴木恵 訳/早川書房
BLOOD AND SNOW/JO NESBØ/2015

ジョー・ネスボは『スノーマン』(〈刑事ハリー・ホーレ〉シリーズ)に続き二作目だが、随分とテイストが違う。
主人公は殺し屋にしかなれなかった男オーラヴ。
売春と麻薬取引を牛耳るマフィアのボスからの新たな依頼は、彼の妻コリナを殺すこと。
しかし、オーラヴは雪のように白い肌を持つ彼女に一目で魅せられてしまう。
コリナは典型的なファム・ファタールだが、もう一人の“運命の女”となるのが彼が助けた聾唖の女マリアだ。186頁と短い小説だが彼女の存在が物語に奥行きを与えている。
あの美しいラストシーンは彼女なしではあり得なかった。
レオナルド・ディカプリオ主演で映画化進行中」とのことだが、どうなんだろう?
読後思い出したのはN・W・レフンの『ドライヴ』だったんだけど。。。
ちなみに『スノーマン』はM・ファスベンダー主演で映画化(監督は『ぼくのエリ〜』『裏切りのサーカス』のトーマス・アルフレッドセン)、
『ヘッド・ハンター』は本国ノルウェーで映画化されていて観ましたがとても面白かった。
こちらもハリウッドリメイクされるというニュースがあったがどうなっているんだろう?


サラエボチェリスト/スティーヴン・ギャロウェイ
佐々木信雄 訳/ランダムハウス講談社
THE CELLIST OF SARAJEVO/2008

1992年包囲されたサラエボの街でパンを買うための行列に撃ち込まれた砲弾によって22名の人々が犠牲になった。
その翌日から現場で22日間鎮魂のためにチェロを弾き続けたチェリストがいた。
サラエボチェリスト”ことヴェドラン・スマイロヴィッチを検索したら出てきた写真の神々しい姿に俄然興味をかきたてられた。
物語の登場人物は、彼を敵方のスナイパーから守る凄腕の女スナイパーアロー、家族の為に水汲みに向かうケナン、妻子を国外へ逃し自身は妹家族と暮らすドラガン。
かつて人々が行き交った通りは命懸けで渡る“スナイパー通り”となり、人々が集った広場は砲撃の標的となった。
いつ自分自身も犠牲になるのかわからない状況下でこの地にとどまることを選んだケナンとドラガン。
そして戦うことを選んだアロー。
想像を絶する状況の中でも人間として“守るべきもの”を失うまいとする三人の姿に胸をうたれる。
当時ニュースや新聞報道で旧ユーゴ、サラエボの状況については多少知っていたはずだが、
果たしてそれは十分だっただろうか?
たかが極東の国の無力な個人が何か知ったところでどうにかなるわけでもないが、
それでも犠牲者や厳しい暮らしを強いられた人々に思いを寄せることが出来なかったことに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『プリズン・ブック・クラブ』の選書からの一冊。

サラエボのチェリスト

サラエボのチェリスト

👇『プリズン・ブック・クラブ』はこちら
プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年


■ペドロ・パラモ/ファン・ルルフォ
杉山晃増田義郎 訳/岩波文庫岩波書店
PEDRO PÁRAMO/Juan Rulfo /1955

ペドロ・パラモ。
母から知らされたその名だけで顔も知らない父親を訪ねてファン・プレシアドはかつて母が暮らした町コマラを目指す。
しかし、そこは亡霊のささめきに満ちた死者たちの町だった。
生者と死者、この世とあの世の境界線上をファンも我々もさまよい歩く。
現在と過去、あの世とこの世を行き来しつつ、ペドロ・パラモの生涯、そしてコマラの町の栄枯盛衰を知ることになる。
ラテンアメリカ文学の最高峰として共にその名を挙げられるガルシア=マルケスの『百年の孤独』。
ファン・ルルフォとガルシア=マルケス
二人の描きたかった世界にそう違いはなかったのかもしれない。
作品自体が円環構造になっていることもあるが、
続けてもう一度読まずにはいられなかった。
二度目は人物相関図をメモしながら読みました。

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

ペドロ・パラモ (岩波文庫)


ポーランドのボクサー/エドゥアルド・ハルフォン
松本健二 訳/白水社
EL BOXEADOR POLACO, LA PIRUETA, and MONASTERIO/Eduardo Halfon/2008, 2010,2014

父方、母方双方にユダヤ系のルーツを持ち、
グアテマラに生まれ、アメリカで教育を受け、
スペイン語で小説を書くグアテマラ人作家エドゥアルド・ハルフォン。
ユダヤ教ユダヤ人としてのルーツに対する彼の距離のとりかたとシンクロするのかもしれないが、
オートフィクションという彼の小説のスタイル、現実からフィクションへの過程で生じる距離感が絶妙。
若き詩人ファン・カレル、まるで本人のようなマーク・トゥエイン研究者ジョークルップ、ルーツに帰るセルビア人ピアニスト、ミラン・ラキッチ、登場人物もとても魅力的で忘れがたい。
一度通して読んで、二度目は三冊の原書の順序でエドゥアルド・ハルフォン版『石蹴り遊び』を堪能した。
どちらの順序で読んでも素晴らしかった!

(収録作品)
・彼方の/「ポーランドのボクサー」
・トウェインしながら/「ポーランドのボクサー」
・エピストロフィー/「ピルエット」第二章
・テルアビブは竃のような暑さだった/「修道院」第一章
・白い煙/「修道院」第二章
ポーランドのボクサー/「ポーランドのボクサー」
・絵葉書/「ピルエット」第三章
・幽霊/「ピルエット」第一章
・ピルエット/「ピルエット」第四章
・ボヴォア講演/「ポーランドのボクサー」
・さまざまな日没/「修道院」第三章
修道院/「修道院」第四章

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)


■ゼロヴィル/スティーヴ・エリクソン
柴田元幸 訳/白水社
ZEROVILLE/STEVE ERICKSON/2007

1969年夏フィラデルフィアから映画の都ハリウッドに出てきたのはスキンヘッドにM・クリフトとE・テイラー(『陽のあたる場所』)の刺青という青年ヴィカー。
映画を愛し、その知識については人並外れたヴィカーだったが映画以外の事となるとお子様並みの正に“映画自閉症”。
セットの建築から始めて編集へと映画業界に居場所を確保していくのだが、彼には彼自身気付いていない使命があった。
映画=人生のヴィカーが最終的に編集という仕事にやりがいを見出していくのが興味深いし、
69年から84年という時代設定も絶妙。
ベトナムウォーターゲートレーガン
そして本物の『裁かるゝジャンヌ』の発見等、
史実を巧く取り込んでいる。
ざっと数えて200本近い映画が言及されているのが本作のひとつの特徴だが、(勿論私も全部は観ていないが)、未見のものも観ているものも(もう一度)観たくなること必至!
久しぶりに完徹して読了。
主人公ヴィカーのエキセントリックさが目立つが、
ヴィカーの家に泥棒に入るアフロヘアの黒人の男、
カンヌでヴィカーの元に送り込まれる高級コール・ガール“マリア”、フランコ政権下の反政府活動家クーパー・ルイスといった映画愛あふれる脇キャラクターも魅力的。
登場する実在の人物の中でも重要なキャラクターがヴィカーの良き理解者となるヴァイキング・マン。
彼のモデルは映画監督のジョン・ミリアス
彼は『ビッグ・リボウスキ』でジョン・グッドマンが演じたキャラクターのモデルにもなっている。


上がジョン・ミリアス、下が『ビッグ・リボウスキ』のジョン・グッドマン

ゼロヴィル

ゼロヴィル

👇コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』はこちら


チェルノブイリの祈りー未来の物語/スベトラーナ・アレクシエービッチ
松本妙子訳/岩波書店岩波現代文庫
CHERNBYL'S PRAYER/Shetland Alexievich/1997

冒頭の消防士の妻の証言を読んでいて思い出したのは、東海村の臨界事故時の被害者に対する治療経過を追ったドキュメンタリーだ。
事故直後は何の外傷もないが時間経過に従って細胞が身体の内側から崩壊していく。
これ程残酷な死に方があるだろうか?とかなりショックだったのでよく覚えている。
勿論事故に至るまでにも多くの過ちがあったのだろうしかし、事故後の対応によってはもっと被害を減らすことも出来た筈だ。
原発はクリーンで安全」何処かで聞いたような話がここでも信じられていた。
情報不足や事実の隠蔽、無知が被害を拡大した。
これだけ大きな悲劇が起きながらも、この事故を教訓とすることが出来ずに“フクシマ”に至ってしまったことに対して何とも言いようのない悔しさを感じるなぜ、事故の可能性を自らのこととして考えることが出来なかったのだろう?
事故に運命を狂わされた多くの声なき声、これを無駄にしてはならない。

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)


■キャッチ=22/ジョーゼフ・ヘラー
飛田茂雄訳/早川書房
CATCH-22/Joseph Heller/1961

イタリア中部ピアノーサ島アメリカ空軍基地所属のヨッサリアン大尉の願いはただひとつ、生きのびること。
仮病や狂気を訴えあの手この手で飛行勤務の免除を勝ち取るべくジタバタするヨッサリアン。
しかし、そんな彼を嘲笑うかのように立ち塞がるのが、謎の軍規“キャッチ=22”。
気の狂った者はそれを願い出ねばならぬが、願い出ることの出来る者は正気である、ゆえに、飛行勤務を免除出来ない。
時系列もバラバラ、さも既に説明済みかのように触れられるエピソードは後々詳細が語られたりとこちらも混乱。一体何が正気で、何が狂気か?
確かにブラック・コメディではあるのだが、
読んでいるうちに次第に息苦しくなってくる。
功を焦る大佐によって次々に増やされる責任出撃回数を始め、戦場の若者たちを死へと追いやる“キャッチ=22”。
一体何の為か謎でしかないルーティンワーク、終わらない意味のない会議、隠蔽される公文書、不祥事だらけの内閣の何故か落ちない支持率etc…。現実の世界においてもキャッチ=22は私達を苦しめる。
そんな世界で私たちは、キャスカート大佐?従軍牧師?ヨッサリアン?それともオアのように?
一体どう生きるのか?それが今現代を生きる私たちに問われている。
【ガーディアン紙の1000冊】

キャッチ=22〔新版〕(上) (ハヤカワepi文庫 ヘ)

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キャッチ=22〔新版〕(下) (ハヤカワepi文庫 ヘ)

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👇マイク・ニコルズ監督による映画化作品はこちら。観たい!

キャッチ22 [DVD]

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■売女の人殺し/ロベルト・ボラーニョ
松本健二訳/白水社
PUTAS ASESINAS/Robert Bolaño/2001
「訳者あとがき」でも触れられているように、収録されている13編はボラーニョの分身(あるいはボラーニョ自身)が語り手になっているものとまったくのフィクションの二つに分けられるが、どちらも素晴らしかった!
歴史に名を残すこともなく消えていった人々、挫折や心の傷を負った人々に対する突き放すでもなく、かといって強く抱きしめるわけでもないセンチメンタル過ぎないボラーニョの距離のとりかたが私には心地いい。
お気に入りは「ゴメス・パラシオ」「ラロ・クーラの予見」(ポール・トーマス・アンダーソンの『ブギーナイツ』を思い出させる)「ブーバ」「歯医者」辺りですが、全部好き!
「ブーバ」の語り手であるアセベトやエレーラ、ブーバが活躍したサッカークラブはバルセロナがモデルだと思いますが、
小説の中でブーバがイタリアのユベントスに移籍した後両チームがチャンピオンリーグで対戦した時のスコア(ユベントスホーム3ー0でユベントスバルセロナホームでスコアレスドロー)が何と今シーズンの結果と同じ!
まあ、ただの偶然なんですけど。
(収録作品)
・目玉のシルバ
・ゴメス・パラシオ
・この世で最後の夕暮れ
・1978年の日々
・フランス、ベルギー放浪
・ラロ・クーラの予見
・売女の人殺し
・帰還
・ブーバ
・歯医者
・写真
・ダンスカード
エンリケ・リンとの邂逅

売女の人殺し (ボラーニョ・コレクション)

売女の人殺し (ボラーニョ・コレクション)


■ビリー・リンの永遠の一日/ベン・ファウンテン
上岡伸雄訳/新潮社(新潮クレストブックス)
Billy Lyn's Long Halftime Walk/Ben Fountain/2012

イラク版『キャッチ=22』と言われているそうだが、ここで兵士達が囚われている場所は戦場ではなく巨大なスタジアムだ。
感謝祭のカウボーイズ対ベアーズ戦。
戦場の英雄たちの凱旋ツアーの最終目的地。
まさに戦意高揚のための宣伝部隊。
彼らの過酷な経験で儲けようとする映画業界。
熱狂的な歓迎と浴びせられる称賛の中で露わになるのはどうしようもなく深い分断だ。
戦地に送る人間と送られる人間との大きな溝。この溝が埋まることのないことを知っている兵士達の深い諦念。19歳のビリーが見た、
アメリカという国の真実の姿がここにはある。
ちなみに、小説の中ではカウボーイズは7対31の大差で負けますが、2004年11月25日の実際のベアーズ戦は21対7でカウボーイズが勝利。まあ小説の中ではこれが在るべき試合結果だと思います。
ハリウッドスターは実名で言及されますが、カウボーイズのオーナー、選手はすべてフィクション。
アン・リー監督による映画が今年公開予定だったのが、賞レースに絡まなかったからなのか何なのか、現時点でいつ公開されるのか未定。
歌姫テイラー・スイフトとの交際発覚で、ビリーを演じた若手俳優ジョーアルウィン知名度がグッとアップして無事公開となればいいんだけれど。
(追記)
結局、映画はDVDスルーとなってしまいました。
詳しくはこちら👉ビリー・リンの永遠の一日 - 極私的映画案内

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)

👇アン・リー監督による映画版はこちら


■スウィングしなけりゃ意味がない It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)/佐藤亜紀
KADOKAWA

ナチス政権下のドイツ・ハンブルクで“頽廃敵性音楽”スウィングジャズにシビれ歌い踊った若者たちの青春グラフィティ。
どんどん暗く息苦しくなっていく社会でしなやかに強かに生きていく彼らの姿は痛快だが、
そんな彼らも無傷ではいられない。
心身共に傷つきながらも最後の矜持は守りつつ少年から大人の男に成長していく。
史実とフィクションが融合したプロットも素晴らしいが、エディ、マックス、クー、エリー&ダニーのベーレンス兄弟の主要キャラは勿論、登場キャラクターの人物造形がお見事。
マックスのピアノ(レンク教授との連弾、アディとのセッション!)が聴きたい!
彼らの話し言葉が今の日本の若者言葉なのは、これが遠い昔の外国のお話ではなく、今を生きる私たちの物語だという作者からのメッセージではなかったか?
『吸血鬼』に続き、二作目の佐藤亜紀
『吸血鬼』とはまったくテイストが違うことに驚く。

スウィングしなけりゃ意味がない

スウィングしなけりゃ意味がない