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極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

ビリー・リンの永遠の一日


このクソったれな世界で


2004年11月25日。
ブラボー分隊の面々を乗せた白いハマー・リムジンはダラス・カウボーイズの本拠地テキサス・スタジアムに向かっている。
イラク、アル・アンカサール運河の戦闘で目覚ましい活躍を見せたブラボー分隊は、現場にFOXニュースの撮影クルーが同行していたことから映像が世界中に配信され、一躍戦争のヒーローに祭り上げられた。
感謝祭のダラスカウボーイズ対シカゴベアーズ戦は、
2週間に渡る凱旋ツアーの最終目的地である。
ハーフタイムショーのゲストはディスティニーズ・チャイルドだ。
リムジンにはブラボー分隊の戦闘を題材にした映画を製作しようと動いているハリウッドのプロデューサー、アルバート・ラトナーも同乗している。
ブラボー分隊は2日後には再びイラクに戻る。
携帯電話ひっきりなしに話しているアルバートはそれまでになんとか契約に持ち込みたいのだ。

トーリーの語り手は、
19歳のビリー(ウィリアム)・リン特技兵。
高校卒業を間近に控えたビリーは、交通事故で重傷を負った二番目の姉キャスリンを捨てた婚約者の車をボコボコにした挙句バールを持って追いかけ回し、訴追を免れる代わりに入隊し、イラクに送られた。

憧れだった巨大なスタジアム。
招待されたスタジアム・クラブ。
日曜版の広告のような新旧取り混ぜた豪華な感謝祭料理。
信じられないほど美しく健康的なチアリーダー達。
熱烈な歓迎と称賛、浴びせられる感謝の言葉の中でビリーが感じているのは、喜びや興奮よりも、
むしろ憂鬱、居心地の悪さだ。
クソったれな気分


彼らの年齢がいくつであれ、人生での地位がどうであれ、同胞のアメリカ人たちのことをビリーは子供であると考えずにいられない。
彼らは大胆で、誇り高く、自信たっぷりだ。
自尊心に恵まれすぎた賢い子供のようであり、
どれだけ教え諭しても、戦争が向かう先の純然たる罪の状態に彼らの目を開かせることはできない。
ビリーは彼らを憐れみ、軽蔑し、愛し、憎む。
こうした子供たちを。
こうした男の子たち、女の子たちを。赤ん坊たち、幼児たちを。
アメリカ人は大人になるためにーそしてときには死ぬためにーよそに行かなければならない子供なのだ。


この小説は、イラク版『キャッチ=22』と言われているそうだが、ここで兵士達が囚われている場所は、
戦場ではなく巨大なスタジアムだ。
全米各地を回る凱旋ツアー。
感謝祭のカウボーイズ対ベアーズ戦。
戦場の英雄たちの凱旋ツアーの最終目的地。
まさに彼らは戦意高揚のための宣伝部隊である。
彼らの過酷な経験をネタにひと儲けしようとする映画業界。
テレビの前の安全地帯から彼らを称賛し、
愛国精神満載の称賛の言葉(「誇らしい!」)を浴びせ、写真やサインを求める戦争を知らない大衆
熱狂的な歓迎と浴びせられる称賛の中で露わになるのはどうしようもなく深い分断だ。

ダイム軍曹は称賛者に戦況を問われてこう答える。


「定義から言えば、極端な状況にいるわけです。
互いに相手を殺そうと必死なわけですから。
でも、私には全体像を話す資格なんて到底ありません。
私が自信を持って言えるのはこれだけです。
相手を殺そうという意図を持って力と力の戦いをするのは、本当に精神に変化をもたらす経験だってこと」


おまえの知らねえことについて話すんじゃねえよ、
とビリーは思う。
そしてそこにこそこうした邂逅の力学が潜んでいるのだ。
ブラボーたちは経験者だという高い位置から話す。
彼らは本物で、リアルだ。
たくさんの死に対峙し、たくさんの死を受け入れ、
その匂いを嗅ぎ、口で味わった。
それが彼らの有利な点だ。
アメリカは自らに課した男らしらの基準からすればその資格を持っているのがごくわずかだというのは何とも面白い。
“なぜ我々は戦うのか”って言うが、“我々”って誰だ?
ここはホラ吹きとハッタリばかりの臆病なタカ派の国、
そのなかでブラボーたちは常に血という切り札を手に持っているのだ。


戦地に送る人間と送られる人間との大きな溝。
この溝が埋まることのないことを知っている兵士達の深い諦念に胸が苦しくなる。

18歳まで家と学校という限られた場所で生きてきたビリー。
人生について、生と死について、社会のシステムについて、政治について、何も知らなかった。
これからあらゆる事を自分自身の頭で考え始める、
正にそういう時期にビリーは戦場という過酷で極端な現実に放り込まれたのだ。
“戦場の哲学者”シュルームの影響で本を読み始め、
ノースカロライナ大中退の“クソリベラル”ダイム軍曹の態度に学び、
メキシコ系、アフリカ系、あらゆる人種の同僚と友情を育み、
そして戦友の死を経験し、
ビリーは成長し、考える。
何の為に戦うのか?
自分たちを戦場に送った国とは何か?
愛国心とは何か?
アメリカ人とは、一体どういう人たちなのか?

19歳のビリーが見た、アメリカという国の真実の姿がここにはある。


ちなみに、小説の中でカウボーイズは7対31の大差で敗戦するが、2004年11月25日、実際のベアーズ戦では21対7でカウボーイズが勝利している。
ここでは敗戦がより相応しい試合結果だということはこの小説を読んだ方なら同意するところだろう。
ビリーとダイムの役を演じることに興味をしめすヒラリー・スワンクをはじめ監督のロン・ハワード、プロデューサーのブライアン・グレイザージョージ・クルーニーマーク・ウォールバーグ等多数のハリウッドスターが実名で言及されるが、カウボーイズのオーナー、選手名についてははすべてフィクション。
(過去の名選手については実名)
登場するカウボーイズ関係者はほとんど
相当なクソったれなので、
これは当然だろう。

小説の中でも、カウボーイズのオーナーノームが記者達から新スタジムについて質問される場面があるが、カウボーイズ偉大なハーフタイムショーの舞台となったテキサス・スタジアムから2009年新スタジムAT&Tスタジアムに移転。
(建設には公金が投入され、住民には特別消費税が課せられた)
テキサス・スタジアムはオープンから39年目の2010年爆破解体された。

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⚫︎ビリー・リンの永遠の一日
ベン・ファウンテン
上岡伸雄 訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
BILLY LYNN'S LONG HALFTIME WALK
BEN FOUNTAIN/2012


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ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)

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ところで、今作はすでにアン・リー監督(『ブロークバック・マウンテン』『ライフ・オブ・パイ』)によって映画化されており、日本でも2月11日に公開が予定されていたのだが、賞レースに絡まなかった所為なのか、残念ながら公開延期。
かなりのハリウッド批判でもあるので賞レースに絡まなかったのは、その辺りにも理由があるのかもしれない。

タイトルロールのビリーには新人のジョーアルウィン、ブラボー達のリーダーダイム軍曹にギャレッド・ヘドランド、ビリーのメンターにして“戦場の哲学者”シュルーム軍曹はヴィン・ディーゼル、ビリーの姉キャスリンにはクリスティン・スチュワート、ハリウッドの映画プロデューサーはクリス・タッカーカウボーイズのオーナー“ノーム”ことオグルズビーにはスティーヴ・マーティンというなかなかの豪華布陣。

特に、『ワイルド・スピード』シリーズ等アクションのイメージが強いヴィン・ディーゼルが内省的なシュルームというキャラクターをどう演じるのかは楽しみだし、最近の充実した活躍ぶりには目を見張るクリスティン・スチュワートにキャスリン役はぴったりだと思う。
なんとか早期の劇場公開を願いたい。