極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

ありがとう、トニ・エルドマン


この父にして、この娘あり!

音楽教師のヴィンフリートは
他愛ないイタズラが大好き!
今日も今日とて、宅配便の配達員相手に悪ふざけ。
架空の弟トニになりすまして応対するが、
配達員も微妙な反応。

そこへピアノの個人レッスンを受けている少年がやって来て、もうレッスンを辞めたいと言い出す。
ヴィンフリートは君のためにピアノを用意したのに、
とか何とか言いながら少年にゾンビメイクを手伝わせる。
(これは退職する同僚教師のための送別会用のメイク。子供たちもお揃いのゾンビメイクで合唱を披露する)
年寄りで目が見えなくなった愛犬を連れ、
ゾンビメイクで母親を訪ねるヴィンフリート。
母親は、いい加減安楽死させたらと言うが、
ヴィンフリートは母親を安楽死させられないのに、
愛犬を安楽死なんてさせられないと減らず口を叩く。

「イネスが戻ってるって?」

母に尋ねられるヴィンフリート。
離婚した妻との間の娘イネスが赴任先のルーマニアブカレストから戻って来ていたのだ。
送別会の後、再婚している元妻宅に寄ると、
イネスの誕生日の前祝いが行われていた。
石油関連のコンサルタント会社で働くイネスは昇進、
念願の上海赴任が決まったという。
夫婦の離婚後、疎遠になってしまったのか、
それとも性格が違いすぎるのか、
父娘の間はギクシャクしている。
家族との団欒中にも、仕事の電話をしている。
(団欒抜け出すため、電話しているフリ?)
そんな娘の姿を見てヴィンフリートは心配になる。

俺の娘は本当に幸せなんだろうか?

そんな折、ヴィンフリートの愛犬がとうとう亡くなる。
喪失感に苛まれたヴィンフリートはブカレストのイネスをアポ無しで訪ねる。

イネスのオフィスが入るビルのロビーで、
偶然を装い娘を待ち伏せするヴィンフリート。
しかし、現れたイネスは父に気付く素振りを見せない。
諦めてホテルに向かおうとするヴィンフリートを
イネスのアシスタント、アンカが呼び止める。
イネスはちゃんと気付いていたのだ。
しかし、イネスはアメリカ大使館のパーティーやら、
高級ホテルのスパやら、取引先の奥様の買い物やら、
やたらと場違いな場所ばかりヴィンフリートを連れ回し、父親に居心地の悪い思いをさせる。
ヴィンフリートからの誕生日プレゼントである
チーズおろしにも微妙な反応のイネス。

こうして、父と娘の短い同居生活は終わりを告げる。

しかし、ヴィンフリートはこれしきのことでめげる父親ではなかった。
仕事が一段落して女友達と女子会に繰り出したイネスが父親について愚痴を言っていると、
変ちくりんな長髪のカツラに、
更に変ちくりんな入れ歯を入れたヴィンフリートが
トニ・エルドマンとして登場!
自らもコンサルタントだと自己紹介するヴィンフリートの突然の登場に、イネスは友人に本当のことが言えない!

大事なプレゼンを控えただでさえピリピリしているところに、ふざけた父親が突然現れたら、
そりゃあ誰だって困惑、
いや、むしろ激怒するかもしれない。
家族というのは、プライベートの最たるもの。
仕事モードの時には一番会いたくない相手だ。
だから、(ちょっと意地が悪すぎるけど)イネスの反応も理解出来ないこともない。
でも、とにかくヴィンフリートは娘イネスのことが心配で仕方ないのだ。
そんなパパごころも痛いほど分かる。
帰国するヴィンフリートを、
涙をぬぐいながら見送るイネス。
イネスだってヴィンフリートの気持ちはちゃんと分かっているのだ。
でも、素直になれない自分。
涙は父親に優しく出来ない自分の不甲斐なさに対する涙なのだ。

イネスの勤務先はコンサルタント会社。
控えていたプレゼンの内容は業務の合理化案。
これは、外部委託だったり人員削減だったり、あくまでも会社にとっての合理化案であって、
背後にはそこで働く人の犠牲が存在する。
優秀なイネスはそんなことは百も承知のはず。
こんな仕事はしたくない!
心苦しく思うような仕事でも、仕事だからやらなければならないこともあるだろう。
厳しい現実を見て見ないふりを強いられる場面もあるだろう。
同僚ティムとの愛のないセックスも、
クラブ通いも、ドラッグも、
気晴らし以外の何物でもないだろうが、
かえって虚しさを感じさせる。
常日頃感じながらもイネスが目をつむってきた現実を、
言葉も通じない地元の人たちとも直ぐに打ち解けてしまうヴィンフリートは子供のような無邪気さでイネスに突き付ける。
だから、イネスは余計に苛立つのだ。

パパ、そんなことはわかってるの!

そんなイネスの、ヴィンフリートから受け継いだDNAが覚醒する場面が、パーティーで知り合った女性宅で父からいきなり歌を無茶振りされるシーンだ。

集まった客の前で嫌々ホイットニー・ヒューストンの『グレイテスト・ラブ・オール』を歌い始めたイネスは見事に歌い上げ、ヴィンフリートを置き去りにして帰ってしまう。
しかし、これは彼女の中で何かが弾けた瞬間だった。

職場の結束のため、誕生日のパーティーに上司や同僚、友人を自宅に招くイネス。
しかし、客をもてなすために彼女が選んだドレスは少しタイト過ぎた。
屈むこともままならず、脱ごうとするが、
それにも四苦八苦。
ようやくドレスを脱いだイネスは何を思ったか
全裸になってしまう。
ヌーディスト・パーティーだと言うイネスに、裸を拒否して帰る客、そういう趣向かと素直に応じる客と反応も人それぞれ。
そこへルーマニアの妖精クケリの着ぐるみを着た
ヴィンフリートが登場する。

まさに、
この父にしてこの娘あり!

何やかんや言っても、
この二人、やっぱり親子。
イネスにだってきっと、
父の弾くピアノに合わせて歌い、
他愛ないイタズラを喜んだ時代があったのだ。
でも、幼い頃の自分のことなど、
娘は(息子は)都合よく忘れてしまう。
でも、父親にとって娘はいつまでも幼い頃の娘のまま。
自転車の乗り方を教えた頃の娘のままなのだ。

父と娘の時間は、多分思うより短い。
祖母の葬儀のために帰郷したイネス。
ラストの彼女の表情は、
きっとそれに気づいている。

だから、
ありがとう、トニ・エルドマン。

=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=
⚫︎ありがとう、トニ・エルドマン
/Toni Erdmann (2016 ドイツ/オーストリア
監督・脚本:マーレン・アーデ
出演:ペーター・ジモニシェック,ザンドラ・ヒュラー,ミヒャエル・ビッテンボルン,トーマス・ビュッター,ハデビック・ミニス,ルーシー・ラッセルイングリッド・ビス,ヴィクトリア・コチアシュ

ドイツ大使館での試写会にて鑑賞。
普通の会議室椅子が並べられた会場に、
この椅子で162分の長尺、
お尻と腰が耐えられるのかとても不安だったのだが、
そんな心配は杞憂に終わった。
笑いながら泣いて、あっという間の162分だった。
父と娘、父と息子、母と娘、母と息子。
親子の物語は数多ある中で、
この作品が新鮮に映るのは、
ストーリーの転がし方が巧みだったからではないか。
ホイットニー・ヒューストンの熱唱も、
全裸の誕生日パーティーも、
奇をてらったというよりも、
ごく自然な展開に見えるところが上手い。
あとはやはりヴィンフリートとイネスを
演じた二人の役者の力だろう。
ペーター・ジモニシェックも
ザンドラ・ヒュラーも素晴らしかった。
カンヌ映画祭では、
批評家に絶賛されたにもかかわらず無冠に終わったが
アカデミー賞外国語映画賞でもアスガー・ファルハディ『セールスマン』が受賞)、
受賞は審査員の好みや、
その時の“風”にも影響される。
カンヌやオスカーで無冠だったとしても、
この作品が年間ベスト級の傑作であることに
違いはない。


パーティーであった女性宅でヴィニフリートに乗せられてイネスが熱唱するのはホイットニー・ヒューストンのこの曲、
「THE GREATEST LOVE OF ALL」
歌詞の内容も彼女の心情にぴったりの絶妙な選曲だった。
👉Whitney Houston - Greatest Love Of All (Official Music Video) - YouTube

こちらはザンドラ・ヒューラーによる熱唱
👉Toni Erdmann - Greatest Love of All - YouTube



妖精クケリの全貌はこんな感じ。



ペーター・ジモニシェックとザンドラ・ヒューラー。
イタズラ好きのパパを演じたペーター・ジモニシェックはこんなにダンディ!


半ば俳優業を引退していたジャック・ニコルソンがリメイクを熱望!
ジャック・ニコルソンアレクサンダー・ペイン監督の『アバウト・シュミット』でも疎遠な娘を訪ねる父親を演じている。)
ということで、ハリウッド・リメイクが決まっているが、娘役はクリスティン・ウィグだという。
クリスティン・ウィグに恨みはないが、
彼女の出演作は、笑える時と笑えない時の落差が激しいので、個人的には、娘役はもっと意外性のあるキャスティングにして欲しかったところ。


公式サイトはこちら👉映画『ありがとう、トニ・エルドマン』公式サイト

予告編はこちら👉超個性的な父が、祖国を離れて仕事をしている娘に会いに来て…!映画『ありがとう、トニ・エルドマン』予告編 - YouTube

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ツイン・ピークス The Return Episode 1 《第1話》

EPISODE 1


■赤いカーテンの部屋

ソファに座っているローラ・パーマーと
デイル・クーパー捜査官。

Hello,Agent Cooper.
こんにちは クーパー捜査官

I'll see you again in 25 years.
25年後にまた お目にかかる
Meanwhile.
それまでは


▪️ブラックロッジ?

25年後のデイル・クーパー捜査官巨人

Agent Cooper.
クーパー捜査官
Listen…to the sound.
この音を聴け

巨人がクーパー捜査官に蓄音機である音を聴かせる。
貝がらを擦り合わせたような音。

It is in our house now.
今それは我々の家に

「そうだ」

It all cannot be said aloud now.
今はそれを声に出してはならない
Remember… 430.
忘れるな 430
Richard and…Linda.
リチャードとリンダ
Two birds… and one stone.
二羽の鳥と一石

「ああ、わかった」

You are far away.
お前は遠く離れている

クーパーの姿が消える。


▪️ツイン・ピークス:山中

ローラ・パーマーの主治医だったローレンス・ジャコビー医師
現在、ジャコビー先生は森の中のトレーラーハウスで暮らしているようだ。

ダンボールの荷物を積んだトラックが到着。

「どうも!先生!」
「やあ、ジョー」
「調子はどうです?」
「絶好調だよ」

ダンボールの中身は大量のシャベル。

「大変だな、手伝いましょうか?」
「ありがとう、だが、大丈夫だ
ひとりでやりたいんだ」

※ジャコビー先生は大量のシャベルを一体どうするのだろう?


▪️ニューヨーク

ビルのペントハウス
大きなガラスのボックスが壁に沿って設置されている。
直接、外に通じているらしい窓がひとつある。

ボックスには何台もの照明とカメラが向けられており、
監視している若い男(サム・コルビー)。
ブザーが鳴ると、カメラのデータカードの交換をする。
これが、彼の仕事らしい。

インターホンがデリバリーの到着を知らせる。

男の友人らしき女(トレイシー)がコーヒーを届けに来たらしい。

「トレイシー」
「サム」
「持ってこなくてもいいのに、仕事中だろ?」
「いいえ、10時で上がった
二つ持って来たの、付き合ってもいい?」
「ごめん、悪いけど、無理だ
誰も中にはいれられない
コーヒー、いくらだった?」
「ああ、気にしないで、どうせタダだったし
入れないんだ…」
「そうだ」
「残念…」
「トップシークレットで」
「そう言われると、余計知りたくなっちゃうかも」
「もう、戻らないと
明日ここに来る前に寄れたら、会いに行くよ
「じゃあ、私も会いたくなったら
明日の夜も同じ時間にコーヒー持ってくる」
「ありがとう、トレイシー」
「二つともあげる」
「ホント、ありがとう」

解錠の暗証番号を押すサムの手元を覗き込むトレイシー。

「覗くなんて悪い子だな」
「ためしてみる?」

屈強な警備員の苦虫をかみつぶしたような表情。

コーヒーを飲みながら監視を続けるサム。


▪️ツイン・ピークス:グレート・ノーザン・ホテル

ベンジャミン・ホーンのオフィス。
秘書のビバリーにクレーム客への対応を指示している。

ビバリー、ハウスマンさんにはこう言ってくれ
二泊分の返金はしますが、一週間分は無理ですと
で、夫人とそのニューヨークからのご友人に入りまくってもらおう、スパに」
「ああ、はい…スカンクはどうやって部屋に?」
「何て?」
「例のスカンクです、どうやってハウスマンさんの部屋に?」
「ああ、いやいや
入っとらんし、近づいてすらいないんだ
スカンクがいたのはホテルの逆側だった、奴は…」

オフィスの外から叫ぶ声。

「来たぞーっ!ベン兄貴!」
「うーん…」
「甘〜くて、酸味もあってしょっぱくてパリパリだあ」
ビバリー、弟のジェリーだ」
「どうも、はじめまして」
「では、さっきの件、ハウスマンさんに伝えてくれ
また後で連絡する」
「それでは」

ビバリーがオフィスを退室する。

「あれ、新しい子か?“子”じゃなくて“女”だなあ
あれほどの女を“子”っていうのもな」
ビバリーだ、いいな」
「もう、ヤッたのか?」
「ああ、ジェリー、もっと敬意を払え、敬意だ
魂の美しい女性だ、亭主もいる」
「前はそんなの気にしなかったろう?
ヤってヤってヤって、ヤリまくってた」
「ジェリー、お前にはそれしかないのか?」
「今、この瞬間、俺の頭を駆け巡っているのは
新たな水耕栽培した大麻だ、ハイブリッドで
アムステルダムから列車に乗ってやって来た
伝説のAK47
そいつでまず、このバナナブレッドを焼き、
このよく伸びるジャムにも混ぜ込んだ
クリエイティブな一人旅にはもってこいの食べ物だよ
では、出発!」
「ジェリー、預言者でも敬われんぞ
自分の売り物、食っちまったらな」
「研究開発だよ、ノリノリで没頭できて
その進化は未知数だ、ヘッヘッヘ」
「お前がホテルの仕事から手を引いてよかったよ」
「何、言っちゃてんだよ、ベン!
この合法的な新しい商売で、前の三倍、稼ぎまくってる」
「それ、お袋の帽子か?」

※相変わらず、葉巻を吸っているベン・ホーンだが、
随分紳士的。
弟ジェリー・ホーンは水耕栽培マリファナで稼いでいるらしい。ビバリー役はアシュレイ・ジャッド


▪️ツイン・ピークス:保安官事務所

受付にはルーシーの姿。
トルーマン保安官に客。
ルーシーが応対する。

「どうも、トルーマン保安官はいますか?」
「どっちの?どっちですか?」
「保安官はいらっしゃらない?」
「ですから、どっちのでしょう?
それによって違ってきます」
「ああ…というと?」
「ひとりは病気で、もうひとりは今、釣りに行ってます」
「ああ…」
「なので、どっちのトルーマンでしょう?」
「保険のことでして」
「そういう話は私では無理だと思います」
「保安官に会いたいんです
では名刺を、また日を改めます」
「どうも、預かっておきます、それでも…」

ルーシーが顔を上げると、客は既に立ち去っている。


※ネームプレートの名前はLUCY BRENNAN
どうやらアンディと結婚したらしい。
ふたりのトルーマン保安官?
ハリー・トルーマン役のマイケル・オントキーンは出演しないはず。


▪️何処かわからない山の中

夜、山小屋にベンツが到着する。
下りてきたのはデイル・クーパー捜査官なのか?
長髪にアニマルプリントのシャツ、革ジャン姿(➡︎バッド・クーパー)。
見張りの男をあっけなく倒し、山小屋に入る。

「おっと、あんたか」
「オーティス」

オーティスと呼ばれた髭面で年配の男は酒(密造酒?)を飲んでいる。

外で倒した男が再度襲ってくるが、
再びあっさり倒すバッド・クーパー。
ナイトガウン姿の女が部屋に入ってくる。

「よお、ブエラ」
「ああ、どうも」
「ブエラ、レイとダーリャは?
この家のどっかにいるんだろ?」
「呼んでこよう」
「それから、表には使えるやつを立たせろ」
「まあ、トラック運転手しかいないからね」

レイとダーリャが奥から出てくる。

「レイ、ダーリャ、行くぞ」

部屋には長髪、オーバーオールの年齢不詳の男と性別年齢共に不詳の車椅子の人間も。
レイとダーリャを連れて出掛けるバッド・クーパー。

「Mr.C、Mr.C!」
「じゃあな、オーティス」

※明らかにデイル・クーパー捜査官とは違うこの男、
Mr.C
一体、何者なのか?


▪️ニューヨーク

グラスの箱の監視を続けているサム。
何か気配でも感じたのか、受付に出て行くと
トレイシーが再び、コーヒーを持って来ている。

「いないのよ、あの警備の人」
「ホント?」

サムは警備員を探すがどこにもいない。

「変だな、どこ行ったんだろう?」
「これってチャンスじゃない?
この隙に私を中に入れてよ
また、二つ持ってきたし」
「まあ、確かに誰も見張ってないから
少しの間なら大丈夫だろうけど
出てく時、警備員戻ってたら、ヤバくないかな」
「どうするかは、その時、考えましょう」

サムはトレイシーの願いを聞き入れ、
部屋に入れる。

「あれ、何なの?」
「ガラスの箱だ」
「でしょうね、何に使うの?」
「俺も知らないんだ、学費を稼ぐのにやってるだけだし」
「ここのオーナーって?」
「大金持ちってウワサ、匿名の大金持ちだ」
「ミステリアスね」
「俺の仕事は箱の中に何か現れないか、
ただ見張ってるだけ」
「ええっ?何か現れるの?」
「俺はまだ何も見てないけど、前にやってた奴は
一度見たって言ってた」
「何を?」
「言わなかった、または言えないか
この場所のことは言っちゃいけないんだ、
あの箱のことも」
「たくさん装置があるけど、化学の実験か何か?」
「そうかもしれない、よかったら座らない?」
「そうね」

キスをする二人。

「ちょっとイチャついてみる?
「どうしちゃおうかな」

カウチでセックスを始める二人。
その時、グラスボックス内が闇に閉ざされ、
白くボンヤリとした人影が現れると、
二人に襲いかかる。

※ガラスの箱は一体何のために設置されたものなのか?
匿名の大金持ちとは、何者なのか?
そして、ガラスの箱に現れ、
サムとトレイシーを襲ったのは何なのか?


▪️サウスダコタ州バックホーン:とある集合住宅

買い物から戻ってきた太った女性(マージョリー・グリーン)が連れた小型犬アームストロングが隣室の異臭に気付く。

「何?アームストロング?
ああ、いやだ!」

隣室のドアを激しくノックするマージョリー

「ルース!ルース、中にいるの?ああ、もう最悪!」

自室に戻ったマージョリーは警察に通報する。

「もしもし、ええ、まず名前よね?
私はマージョリー・グリーンよ
お隣さんに何かあったみたいで、そう
いえ、この三日間は会ってない
まあひどい臭いが部屋からして、
アームストロングがまず気付いてね、私も嗅いだら…
違う!アームストロングは犬よ
ここの住所?さあ、わからない、いやだ、どうして?
知ってるはず、知ってるはずなのよ」

通報を受けた警察が到着する。

「鍵がいるんですが、管理人はいますか?」
「さあ、どうだろう?バーニーは大抵いるけど…
じゃ、ちょっと見てきましょうか?
あ、今思い出した、バーニーはいないの
彼、ちょっと変わった人でね
入院してるのよ、普通じゃない病院に」

業者の手配をする警察官。

「この部屋の住民の名前は?」
「確か、ルースよ、ルース・ダベンポート
それと、今思い出した」
「何ですか?」
「バーニーは留守する時、弟に鍵を預けていくのよ」
「名前はわかりますか?」
「さあ、知らない、会ったこともないし…
でも、ハンクなら知ってるかも」
「ハンクって?」
「バーニーの友達、ハンク・フィルモア
「どこに行けば会えますか?」
「あ、そうね、今の居場所はわからないわ
ハンクはここでメンテしてて、ついさっき裏で見たけど」

マージョリーの言うことはやたらと回りくどい。

「ハービーか?このクソ野郎が!」
「ハンクさん」
「だったら、何だ?」
「我々は警察です、協力願います」
「ハービーが呼んだのか?」
フィルモアさん、ルース・ダベンポートの部屋の鍵がいるんで、バーニーの弟と話したいんです」
「俺がチップに会うこと、誰に聞いた?」
「チップって?」
「バーニーの弟だ」
「チップから鍵を借りたいんです」
「俺が今から会いに行くって、何で知ってんだ?」
「チップの電話番号は知ってますか?」
「ああ、いやいやいや、チップだろ?
電話持ってねえよ」
「業者を待とう…」

その時、外階段からマージョリーが警官たちに声をかける。

「おまわりさん!ルースは今、町にはいないと思う?」
「なぜ?」
「彼女がいない時は、あたし、植木の水やりを頼まれてたから、鍵を預かってるの!」

何のことはない、鍵は最初からマージョリーがルースから預かっていた。

異臭の元はベッドの上の遺体だった。
ベッドの上には、
左目を撃ち抜かれたルースの遺体。
首から下は毛布に隠れていて見えない。

どこかに電話をしているハンク。

「ハービー、このクソ野郎、
俺の職場にサツを送り込みやがった、職場だぞ
ハービー、そうだ、ああ、あるとも、全部あるよ、
だが俺のもんだぞ、俺とチップの
違う!自分で手を引くって決めたんだろうが
よせ!俺を脅すなって、ハービー、ハービー?」

ルース・ダベンポートの部屋で現場検証が始まっている。
鑑識官のコンスタンス・タルボットが、デイブ・マックレー刑事の手を借りて、毛布をめくる。
枕の上の頭部はルースのもの、
しかし、首から下は太った男性の死体だった。
一同、声を失う。

※異常な状態の遺体。
サウスダコタ州で起きた猟奇的な殺人事件、
これがツイン・ピークスとどう繋がっていくのか?


▪️ツイン・ピークス:保安官事務所

丸太おばさん(マーガレット・ランターマン)からホーク副署長への電話。
マーガレットはホークに丸太からのメッセージを伝える。

「マーガレット、何かあったか?」
「ホーク、丸太からあなたへメッセージよ」
「聞こう」
「何かが行方不明
あなたがそれを見つけなければ
その何かがクーパー捜査官と関係している」
「デイル・クーパーと?どういうことだ?」
「見つけ出す方法は、あなたのルーツと関係がある
これが丸太からのメッセージよ」
「わかった、マーガレット、ありがとう」
「おやすみ、ホーク」
「おやすみ、マーガレット」

※丸太おばさんことマーガレットランターマン役のキャサリン・コールソンは闘病中だったのか、髪は失われ、鼻には管という痛々しい姿。
それでも出演したところに、デヴィッド・リンチとの絆の深さを感じさせる。


▪️サウスダコタ州バックボーン:バックボーン警察署、ウィリアム・ヘイスティングス

アパートの一室で発見された頭部はルース・ダベンポートのものと確認されたが、
首なし死体の指紋は誰のものかわからない。
しかし、鑑識官のコンスタンス・タルボットが部屋中に残された指紋の持ち主を突きとめる。
指紋は、地元高校の校長、ウィリアム・ヘイスティングスのものだった。

デイブ・マックレー刑事は友人(高校からの釣り仲間)でもあるビルの自宅に急行する。
ビルの妻フィリスがマックレー刑事を出迎える。

「デイブ!一体…」
「フィリス、ビルはいるかな?」
「ええ」
「誰だい?」
「デイブよ、デイブ・マックレー」
「デイブ!やあ!いきなりどうしたんだ?」
「実は君を逮捕しなきゃならないんだ」
「えっ?」
「手錠をするんで後ろを向いてくれ、署に連行する」
「嘘でしょう?あなた、どういうこと?」
「落ち着け、大丈夫だ、俺は何もしちゃいない
デイブ、容疑は何だ?」
「それについては署で話そう」
「私も行くわ」
「いや、家にいればいい、俺は何もしていない」
「今日はモーガン夫妻がディナーに来るのに!」
「フィリス、ジョージに連絡してくれ!」

バックホーン署に連行されるビル。


▪️ツイン・ピークス:保安官事務所

ホークは会議室に過去の捜査資料を運んで来る。
アンディとルーシーも会議室に入ってくる。

「何かが行方不明で、クーパー捜査官と関係してるそうだ」
「でも、クーパー捜査官が行方不明よ
だって、ウォリーが生まれる前から会ってないし
連絡もまったくない
で、ウォリーはもう24歳になる」
「ウォリーはマーロン・ブランドと誕生日が同じ」
「だから、アンディはマーロンって名付けたかったの
クーパー捜査官はクリスマスカードも送ってこない」
「ウォリーにも会ってくれてない」
「アンディ、ルーシー、今日はもう遅い
倉庫からさっき話した資料を取ってきてくれたら
作業開始は明日の朝にしよう
コーヒーとドーナツは用意するよ」
「わかりました、ホーク副署長」

※25年前、妊娠中だったルーシー。
生まれた息子は、ウォリーと名付けられた。
ルーシーがアンディと結婚したが、
ウォリーの父親は、当時ホーン・デパートに勤めていたリチャード・トレメインだという可能性もある。


▪️サウスダコタ州バックボーン:バックボーン警察署

取調室で頭を抱えるウィリアム・ヘイスティングス
州警察から助っ人のドン・ハリソンが派遣される。

「見つかってない胴体と頭については?」
「まだ、何も」
「入ってどのくらいだ?」
「30分ってところだ」
「十分だな」
「ホントに俺が続けていいのか?」
「マイクから聞いてる、釣り仲間だって?」
「高校の頃からの付き合いだ」
「なら、俺より心を開く、始めてくれ」

取調室に入るマックレー刑事。

「なあ、デイブ、一体、何が起きてるのか教えてくれるか?」
「後でちゃんと説明するよ
だが、その前に君に二、三、聞きたいことがある
ルース・ダベンポートは知ってるか?」
「聞いたことはある名前だ、確か図書館司書の?」
「そうだ、そのルース、知り合いなのか?」
「でもない、挨拶する程度だ」
「うん、最後にルースに会ったのは?」
「さあ、いつだろう?
ちょっと待ってくれ、2、3ヶ月前かな」
「うーん、ルース・ダベンポートの家に行ったことはあるか?」
「いいや、ないよ
それどころか、どこに住んでいるかも知らない」
「じゃあ、これまでアローヘッド通り1349にあるアパートに行ったことはあるか?」
「いいや、一度もない、
なあ、そんなところへは本当に行ったことない
頼むから、どういうことか教えてくれ」
「ビル、この三、四日、
どう過ごしていたか、説明できるか?」
「ああ、もちろん、当然平日はずっと学校にいた」
「じゃ、夜は?」
「まず、水曜は学校からまっすぐ帰宅した
で、木曜の夜は学校で会議があったんだ
その後は、家に帰った
それから、金曜は夕食に出掛けた、フィリスと
でも、その後はまっすぐ家へ
で、今日は家だ、一日中」
「じゃ、その木曜の会議の議題は?」
「カリキュラムと教員の評価で隔月に行ってる会議だ」
「終わったのは?」
「確か9時半頃だったと思う、ピザを頼んだ」
「それで、終わった後はそのまままっすぐ家へ?」
「そう」
「家に着いたのは?」
「10時15分か20分」
「いつもは家まで車でどのくらいかかるんだ?」
「そうだ、今思い出したよ
あの日は秘書のベティを送ったんだった
調子が悪くて、車の、彼女の車の
ジョージと話がしたいんだ、私の弁護士だ
もう来てるかな?来てるのか?どうだ?」
「確認しよう」
「だが、ビル、弁護士を間に挟む前に何か俺に話しておきたいことはないのか?どうだ?」
「一体何があったんだ?」
「ルース・ダベンポートが殺され
君の指紋が彼女の部屋中から出た」
「えっ?えっ?」

動揺しているウィリアム・ヘイスティングス
マックレー刑事はビルを留置場へ連れていく。

「デイブ、フィリスと話したい、
何とか便宜を図ってくれ」
「約束は出来ない」


サウスダコタ州バックホーン:ウィリアム・ヘイスティングスの自宅

バックホーン警察の一行がウィリアム・ヘイスティングスの自宅に到着する。

「これより、家宅捜索を開始します、令状です」
「こんなの信じられない、今夜はお客様が来るのよ」
「停めてあるのはビルの車ですか?」
ボルボの方よ」
「キーを貸して下さい」
「デイブ…」
「キーを渡して、フィリス」
「では、始めます」

家の中に入っていく警察官たち。
マックレー刑事と助っ人のハリソン刑事はビルの車を捜索する。
マックレー刑事のチカチカ点滅する懐中電灯。
そして、ビルの車のトランクからは肉片が発見される。

※ルース・ダベンポートの死に本当に驚いているように見えたウィリアム・ヘイスティングス
彼が本当にルースを殺したのか?
そして、首なし死体は一体誰なのか?


▪️ブラックロッジ?

巨人の姿。
カリカリという例の音が聞こえる。

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伝説のドラマ・シリーズ『ツイン・ピークス』25年ぶりの新作『ツイン・ピークス The Return』。
まさか本当に25年後に会えるとは!
しかし、前シリーズ以上、いや比べ物にならないほどの謎が謎を呼ぶ展開にもうクラクラ。
あれもこれも後々伏線になってきそうで、
何ひとつ見逃せない!特にブラックロッジで交わされた会話の内容は要チェック。
謎が謎を呼ぶ展開の第1話。
オープニングとしては素晴らしい出来なんじゃなかろうか?
ニューヨークでサムとトレイシーを襲った得体の知れない怪物(その前にあのガラスボックスは何だって話)もサウスダコタの猟奇殺人事件も前シリーズよりもグロテスクな描写が目立つのは今シリーズは SHOWTIMEというケーブル局に製作が移った影響が大きいのかもしれない。

今エピソードは、撮影後に亡くなった丸太おばさんを演じたキャサリン・コールソンに捧げられている。

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⚫︎ツイン・ピークス The Return (全18回)
TWIN PEAKS THE RETURN
監督:デヴィッド・リンチ
脚本:デヴィッド・リンチ,マーク・フロスト

ツイン・ピークス The Return』予告編は、こちら👉YouTube


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👇『ツイン・ピークス The Return 』DVD、Blu-rayはこちら

👇前シリーズ『ツイン・ピークスBlu-rayはこちら

👇前シリーズの前日譚『ツイン・ピークス:ローラ・パーマー最期の7日間』Blu-rayはこちら

👇アンジェロ・バダラメンティによるサウンド・トラックはこちら

👇ツイン・ピークスの25年間の出来事が描かれているというマーク・フロストの『ツイン・ピークス シークレット・ヒストリー』はこちら

ツイン・ピークス シークレット・ヒストリー

ツイン・ピークス シークレット・ヒストリー

今月の読書〜2017年6月〜

今月は、エリザベス・ストラウト『私の名前はルーシー・バートン』ウィリアム・トレヴァー『異国の出来事』が双璧。
エンタメ作品では、異色のコンビが活躍する『パードレはそこにいる』ジェイン・ハーパーのデビュー作『渇きと偽り』がオススメ!


▪️冬の日誌/ポール・オースター
柴田元幸訳/新潮社
WINTER JOURNAL/Paul Auster/2012

60歳を越えた作家ポール・オースターの回想録。
身体に残された傷痕、愛した食べ物、
これまでに住んできた家、父の死、母の死、
そこから呼び起こされる記憶。
オースターはここで「君」という二人称を使っているが、これは回想録であっても、ある程度の客観性を保ちたかったということもあるだろう。
そして、昔の自分を「君」と呼びたくなるほど遠くに感じられる、時間経過のなせる技でもあるだろう。
表紙の写真はアンドレ・ケルテスによるもの。
昔行ったケルテス展の図録を引っ張りだしてみたら、
アンドレ・ケルテスは同じアングルの写真をたくさん撮っていた。

冬の日誌

冬の日誌


▪️分解する/リディア・デイヴィス
岸本佐知子訳/作品社
BREAK IT DOWN/Lydia Davis/1976,1981,1983,1986

偶然にもリディア・デイヴィスの元夫ポール・オースターの回想録『冬の日誌』を読んだばかりだったので、
オースターが元妻を悪く書いている訳ではないが、
この夫婦の関係が結局破綻してしまった理由がなんとなく分かるような気がした。
二人がパリ在住時にオースターの喉に魚の骨が刺さり病院に行ったエピソード(「骨」)は
オースターの本にも登場するのだが、
面白いのは、
彼女は「小さな魚の骨」と書いているのに、
オースターは「何しろ十センチ近い長さがあったのだ」と書いていることで、
この辺りは男女の違いなのかなあと思ったりした。
(収録作品)
⚫︎話
⚫︎オーランド夫人の恐れ
⚫︎意識と無意識のあいだー小さな男
⚫︎分解する
⚫︎バードブ氏、ドイツに行く
⚫︎彼女が知っていること
⚫︎魚
⚫︎ミルドレッドとオーボエ
⚫︎鼠
⚫︎手紙
⚫︎ある人生(抄)
⚫︎設計図
⚫︎義理の兄
⚫︎W・H・オーデン、知人宅で一夜を過ごす
⚫︎母親たち
⚫︎完全に包囲された家
⚫︎夫を訪ねる
⚫︎秋のゴキブリ
⚫︎骨
⚫︎私に関するいくつかの好ましくない点
⚫︎ワシーリィの生涯のためのスケッチ
⚫︎街の仕事
⚫︎姉と妹
⚫︎セラピー
⚫︎フランス語講座その1ーLe Meurtre
⚫︎昔、とても愚かな男が
⚫︎メイド
⚫︎コテージ
⚫︎安全な恋
⚫︎問題
⚫︎年寄り女の着るもの
⚫︎靴下
⚫︎情緒不安定の五つの徴候

分解する

分解する


▪️人生の段階/ジュリアン・バーンズ
土屋政雄訳/新潮社(新潮クレスト・ブックス)
LEVELS OF LIFE/Julian Barns/2013

突然の妻の死から5年。
作家としてこのテーマを素通りすることは出来なかっただろうが、やはり書くまでにはいろいろと逡巡があっただろうと思う。
しかし、これを読む限り作家はまだ、
なぜ彼女が?という突然襲った理不尽な病に対する怒りや悲しみの底にあって、トンネルの先の光は見えない。

「とにかく、自然ってほんとうに正確」

「大切さと痛みが正確に比例している。
ある意味、だからこそ痛みをじっと味わいつづけられるのだと思う。
どうでもいいことなら、もともと痛みなんてない」

つまるところ、友人からのこの言葉に尽きるが、
彼はまだこの域には達していないのだ。

人生の段階 (新潮クレスト・ブックス)

人生の段階 (新潮クレスト・ブックス)


▪️守護者/グレック・ルッカ
古沢嘉道訳/講談社講談社文庫)
THE KEEPER/Greg Rucka/1997

プロのボディガード、アティカス・コディアックは恋人アリソンの中絶手術に付き添う。
折しもクリニックの外では中絶反対派の運動が激しさを増しており、反対派と容認派双方が集まる会議への出席を控えていたクリニックの医師フェリスはアティカスに彼女とダウン症の娘ケイティの警護を依頼する。
正直プロットに然程新鮮味は感じられないものの、
シリーズの一作目にしてグレック・ルッカの長編デビュー作として考えると、
最後までこの緊張感を保ったのはなかなかのもの。
しかし、中絶反対派と中絶容認派、
ここにも深い分断がある。
他の方々も指摘している通り、
アティカスに協力する私立探偵ブリジットの言葉遣いはもうちょっとどうにかならなかったのかなあ。
スピンオフ(『耽溺者』)作品もある魅力的なキャラクターだけに勿体無い。

守護者 (講談社文庫)

守護者 (講談社文庫)


▪️奪還者/グレック・ルッカ
古沢嘉道訳/講談社講談社文庫)
THE FINDER/Greg Rucka/1998

プロのボディガード、アティカス・コディアックが活躍するシリーズの二作目。
前作の仕事で被った痛手から未だ立ち直れないアティカスはアルバイトでSMクラブの用心棒をしている。
そこで再会したのは四年前軍在籍時に警護した大佐の娘エリカ。
アティカスはエイズで余命わずかな大佐から娘の警護を頼まれる。
今作は、いわば離婚した大佐夫妻の娘の取り合いに巻き込まれた形だが、そこにSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)が絡み話を膨らませている。
相手が手強いだけに緊張感も維持され、
前作に続き一気読み。
文学の合間のエンタメに必要な要素は十分だった。
今作でアティカスと恋人関係になるブリジット。
前作で彼女のアパートにレズビアン関係の雑誌もあったりでアティカスもそれを見ていた筈。しかし、彼女がバイセクシャルだったことを知って(何故気付かない?)ショック受けたりで、
アティカス、あんたの観察能力に疑いあり。

奪回者 (講談社文庫)

奪回者 (講談社文庫)


▪️彼女の家出/平松洋子
文化出版局

最近エッセイはあまり読んでいなかったが、
私にとって面白いエッセイとは、
すとんすとんと腑に落ちるか、あるいは新鮮なものの見方に目を開かされるかのどちらかなので、
そういう意味ではちょっと物足りなかった。
多分もう少し年をとればいちいちが腑に落ちるのかもしれない。
しかし、絹ごし豆腐に塩を擦り込んでふきんに包んで重しを乗せて冷蔵庫で一晩の塩豆腐は簡単だし美味しそうなので早速作ってみたい。
考えてみると、私のエッセイの原体験は十代の頃に読んだ向田邦子伊丹十三なんだなあ。すごく影響を受けていると思う。

彼女の家出

彼女の家出


▪️バージェス家の出来事/エリザベス・ストラウト
小川義高訳/早川書房
THE BURGESS BOYS/Elizabeth Strout/2013

幼い頃に父親を亡くしたバージェス家の子供たち。
長男ジムは著名な弁護士として一家の柱となり、
ジムに馬鹿にされ続けてきた弟のボブはそれでも兄と同じ法律の道へ進み、ボブと双子のスーザンはシングルマザーに。
不幸な事故によって家族に生じた歪みがやがてスーザンの息子ザックが起こしたある事件によって表面化する。
バラバラになりそうな家族、そして分断の危機に瀕したコミュニティを救うのは何か?
それはつまるところ、“赦し”だ。
誰もが多かれ少なかれ罪を犯し、
完璧な人間などいないのだから。
ただし、それは簡単なことではない。
仕方ないことだけど、
バージェス家の人々の圧倒的なリアリさに比べると、
ソマリ人コミュニティの人々については取材して書きました的なものを少し感じてしまう。
彼らの視点を小説の中に取り込みたかった意図は分かるが。。。

バージェス家の出来事

バージェス家の出来事


▪️私の名前はルーシー・バートン/エリザベス・ストラウト
小川義高訳/早川書房
MY NAME IS LUCY BARTON/Elizabeth Strout/2016

手術を終えればじきに退院出来る筈の盲腸炎で入院が長引くルーシー。
幼い二人の娘にも会えず、仕事に家事に忙しい夫は見舞いもままならず、不安な日々を送る彼女の元を訪れたのは疎遠になっていた母だった。
母と過ごす5日間は、主に故郷の人々の噂話に終始するが、その時ルーシーが一番側にいて欲しかったのはきっと母親だったろうし、その後の人生において、そして作家としても重要な5日間となる。
離婚、再婚、様々な出会い。ルーシーという人間、
作家を作り上げた要素はいろいろあれど、
家族との関係、特に母との関係は特別だったのだろう。
どんなに疎遠になっていても愛がない訳じゃない。
そんなに簡単に家族の縁がきれる訳じゃない。人それぞれに愛情の示し方があって、ルーシーの母にとってそれは、ベッドの足元に座り噂話をすることだった。

「私の母が愛してるという言葉を口に出せない人だったことを、読者にはわかってもらえないかもしれない。それでもよかったということをわかってもらえないかもしれない」

人のことなんかわかりゃしない。
自分のことだってわかってもらえないかもしれない。
それでもルーシーは書く。
そして、エリザベス・ストラウトも書き続ける。

私の名前はルーシー・バートン

私の名前はルーシー・バートン


▪️異国の出来事/ウィリアム・トレヴァー
栩木伸明訳/国書刊行会
A SELECTION OF STORIES/William Trever/1972,1975,1981,1986,1989,1992,2000,2007

旅先という非日常。
見知らぬ人とのつかの間の出会いと別れもあれば、
知っている筈の人の意外な面に驚かされることもある。
“非日常”というだけでも、旅の記憶に残りやすいが、
そこで起きたことはその後の人生において決定的な影響を及ぼしてしまうこともある。
長い人生においては短い時間でも、より劇的。
旅は短編小説そのもの。
傑作揃いだが、一瞬の恋が永遠だった「版画家」、
離婚で自分の人生を歩み始めた女性が苦い現実に直面する「家出」、父と娘がすれ違う「ザッテレ河岸で」、
親友だった少女を引き裂いた秘密を描く「娘ふたり」がお気に入り。

(収録作品)
⚫︎エスファハーンにて
⚫︎サン・ピエトロの煙の木
⚫︎版画家
⚫︎家出
⚫︎お客さん
⚫︎ふたりの秘密
⚫︎三つどもえ
⚫︎ミセス・ヴァンシッタートの好色なまなざし
⚫︎ザッテレ河岸で
⚫︎帰省
⚫︎ドネイのカフェでカクテルを
⚫︎娘ふたり

異国の出来事 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)

異国の出来事 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)


▪️パードレはそこにいる/サンドローネ・ダツィエーリ
清水由貴子訳/早川書房(ハヤカワ文庫)
VCCIDI IL PADRE/Sandrone Dazieri/2014

誘拐監禁事件の被害者であり現在はコンサルタントとして行方不明・失踪事件に関わるダンテ。
そして、逃亡犯によるレストラン爆破事件で重傷を負い休職中のコロンバ。
共にトラウマを抱える二人が新たに発生した少年の失踪事件に挑む。
ダンテは優秀なコンサルタントで実績も十分だが、
事件のトラウマでひどい閉所恐怖症で長く車に乗っていることもままならない。
コロンバも辞職を考えている。
そんな二人が事件にのめり込んでいく過程が読みどころ。
少年を狙った連続誘拐監禁事件と思いきや、
その背後には冷戦終結、製薬会社の新薬開発など大きく風呂敷を広げた割には結末は小さく畳んだ印象はある。
ただし、著者はテレビの脚本を書いてるだけあってストーリー展開は巧みで一気読み。
片やパニック障害、もう一方は重度の閉所恐怖症という小さくはないハンデを背負っている、そして女性のコロンバは腕っ節が強く、
一方男性のダンテはガリガリの痩せて戦闘能力では全く役立たずという主人公二人のキャラクター設定が新鮮!
面白かったです。
それにしても、コロンバが所属するのは機動隊、国家憲兵に県警に郵便・通信警察と、
イタリアの警察組織は複雑。

パードレはそこにいる (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

パードレはそこにいる (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

パードレはそこにいる (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

パードレはそこにいる (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


▪️渇きと偽り/ジェイン・ハーパー
青木創訳/早川書房ハヤカワ・ポケット・ミステリ
THE DRY/JANE HARPER/2016

旱魃被害に苦しむ故郷の田舎町で妻と子を道連れに自殺した幼馴染ルーク。

「ルークは嘘をついた。きみも嘘をついた」

息子の自殺を信じないルークの父親からの手紙を受け取った連邦捜査官アーロンは葬儀のために帰郷する。
そして彼は、20年前故郷の町を出る原因になった事件に再び向き合うことになる。
二つの事件の真相が少しづつ明らかになる構成の妙(現在パートと過去パートの配置)と主人公をはじめとしたキャラクター造形が見事。
旱魃で土地も人々の心も死にかけた町の姿がリアルに迫ってくる。
これがデビュー作とは思えない筆力。
今後も追っていきたいシリーズです。

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

これが私の人生設計


人生は短い!運をつかめ!


イタリア、アブルッツォ州の山村アンヴェルサで生まれたセレーナ・ブルーノ。
彼女は1歳と乳歯2本の時にはもう既に野心作を描いていたが、身内はその才能にまだ気づいていなかった。
彼女の才能に最初に気付いたのは幼稚園の先生だった。
セレーナはお人形遊びよりも
“建設業”に夢中!
村人は次々と他の田舎町に越していき、人口は半減。
それでもセレーナは
壁職人の父の仕事を手伝う毎日に満足だった。
高校の卒業制作の設計案が海外で賞を取り、
アップルのコンピュータ(スティーヴ・ジョブズのサイン入り!)を賞品としてゲット!
ローマ大学建築学部に進んだセレーナは優秀な成績で卒業すると、その後はモスクワ、北京、ドバイ、ワシントンと世界各国で修士号を取りまくり現在はロンドンで数々の現場を任されバリバリ働いていた。
しかし、仕事にはやりがいがあったが、
ロンドンのどんよりした天気にほとほとウンザリしたセレーナは故郷イタリアに帰ることを決意する。

次のステップを踏み出す時ね

ところが、故郷に帰ってみれば建設業界は男性優位。
いやハッキリ言えば、男尊女卑の世界
文句なしの輝かしい経歴を持つセレーナでも
なかなか仕事が見つからず、今の職場は地元民が死の三角地帯と呼ぶローマ郊外。
家具販売店でインテリアデザインのアルバイトで食いつなぐ日々。
建築の仕事といえば、
成金相手の霊廟のデザインくらいなもの。
更に泣きっ面に蜂、
セレーナは父親の形見のバイクを悪ガキ共に騙し取られ、バイクを追って荒廃した公共住宅団地に迷い込む。


住人でさえ自分の部屋がわからなくなるような画一的な公営住宅の作り。
そして、そこら中に水溜り。
そこでセレーナが目にしたのは、
“共同スペース案募集”の貼り紙。
これがセレーナの建築家魂に再び火をつける。

しかし、蓄えは一年で底をつき、
レストランでウェイトレスのアルバイトをすることに。
レストランオーナー、フランチェスコ
超ホットなバツイチ男!
店で働く女の子たちはみんな彼にメロメロ。
フランス語、ドイツ語、日本語までも操りメニューの説明をするセレーナにフランチェスコは目をとめる。

一方、ようやく面接にこぎつけたセレーナ。
採用と思いきや、契約書には
妊娠したら解雇の文言。
海外働いてきたセレーナにとってはあり得ない条項だった。

何かと親切なフランチェスコ
絶対に自分に気がある!とセレーナはすっかり思い込む(足マッサージはヤバいよ!)が、
実は彼はゲイだった!

すっかりその気になっていたセレーナと、
ゲイだということはセレーナも了解済みだと思っていたフランチェスコ
気まずいままだった二人はフランチェスコがセレーナのアパートを訪ねて仲直り。
二人は親友に。
公募の締め切りまであと10日。
アパートの立ち退きにあったセレーナはフランチェスコの家に間借りすることになる。

これで再び建築家モード!
再び団地を訪ね、不便に感じていること、
共有スペースには何が必要か、住民たちに聞いて回る。
女性たちが集まっておしゃべり出来る場所、
子供たちの遊び場、学生のための学習スペース。
住民たちの意見を設計案に反映させていく。

いよいよプレゼン当日。
応募者はほとんど男性。
勇気を奮い起こしプレゼンを始めようとすると、
審査員は応募者を
セレーナ・ブルーノではなく
ブルーノ・セレーナという男性だと思い込んでいることが発覚。
セレーナはとっさに
ブルーノ・セレーナは現在仕事で大阪に滞在中と嘘をつき、アシスタントのふりをしてプレゼンを切り抜ける。

セレーナの設計案は見事採用されるが、
設計士はブルーノ・セレーナ
設計案が正式承認されるまで3週間。
さあ、どうする?
セレーナ・ブルーノ!

セレーナがブルーノのアシスタント、ジュリア・コンティとして3週間詰めることになる設計事務所は、
所長に絶対服従
ところが、所長リパモンティはとんでもなく無能で実質の所長は彼の秘書のミケーラ。
バモンティはミケーラの献身の上に胡座をかく、
形ばかりの所長だった。
妊娠や性的嗜好、薄毛を隠して働き続ける所員、
所長のご機嫌をとるためにユヴェントスファン(本当はナポリのファン)を装う所員。
そんな設計事務所でセレーナはフランチェスコをブルーノの身がわりに正式承認までの3週間を乗り切ろうとするのだが。。。


この映画の製作は、
ローマ郊外に実在する公営住宅コルヴィアーレで採用された女性建築家グエンダリーナ・サリメイのリフォームプラン「緑の空間」がヒントになっている。
女性建築家が世界的に活躍することが珍しくないが、
ここで描かれるイタリア建設業界の男性優位の現状は多少の誇張はあれ現実のものなんだろう。
国によって違いはあれど、
女性というだけで正当に評価されなかったという経験は(女性であれば)誰にでも(多かれ少なかれ)あると思う。
しかし、女性が悔しい思いをしていることに対して、
意外と男性は無関心だし、忍耐を強いている人間は、
周囲の人間の我慢強さに鈍感だ。
この構図は、程度の差こそあれ、世界中どこの国のどの社会でも残念ながら一緒だろう。
そんな理不尽な状況の中で、
周囲を巻き込み協力を得て、
なんとか自分の仕事をやり遂げようとするセレーナの姿には誰もが共感できるはずだ。

周囲を巻き込むヒロインというのは、
ともすれば押しが強すぎて好感が持てないこともあるが、フランチェスコが言うように、
猪突猛進型だが、どこか間が抜けていて人がいいセレーナは放って置けないタイプだ。
しかし、ここぞという時には、はっきり主張し筋を通す強さも持つタフで魅力的なヒロインだと思う。

テンポよくスピーディなストーリー展開はコメディの必須条件。
本作はこの条件をクリアした楽しい作品であることはもちろんだが、観ればきっと元気をもらえる、
世の中の理不尽と闘うすべての大人に観て欲しい一本。

=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=
これが私の人生設計/Scusate se esisto !
(2014 イタリア)
監督:リッカルド・ミラーニ
脚本:ジュリア・カレンダ,パオラ・コルテッレージ,フリオ・アンドレオッティ
出演:パオラ・コルテッレージ,ラウル・ボヴァ,マルコ・ボッチ,エンニオ・ファンタスティキーニ,コラード・フォルトゥーナ,ルネッタ・サヴィーノ,チェーザレ・ボッチ,フェデリカ・デ・コーラ,アントニオ・ダウジーリオ,フェリス・ファリーナ,フランカ・デ・シコ,フィロメナ・マクロ,マッテオ・フォティ,ステファニア・ロッカ,ジェノヴェッファ・サンドリーニ

※『ハリー・ポッター』シリーズでお馴染み、
ロンドン、キングス・クロス駅の9と3/4番線も登場!目を凝らしてよーく観て!



左から監督のリッカルド・ミラー二,セリーナ役のパオラ・コルテッレージ,レストランのセクシーなオーナー、フランチェスコ役のラウル・ボヴァ。
パオラ・コルテッレージは脚本にも参加、監督のリッカルド・ミラー二は実生活のパートナー。



男を作れ!とせっつくセレーナのママと言葉が訛りすぎていてセレーナさえ何を言ってるのかわからない伯母さん。いつも絶妙なタイミングで現れる。
二人が作る料理が美味しそう!
ご馳走になりたい!


公式サイトはこちら👉映画『これが私の人生設計』公式サイト

予告編はこちら👉世界を舞台に活躍してきた女性建築家が故郷イタリアに戻ったものの…!映画『これが私の人生設計』予告編 - YouTube


👇『これが私の人生設計』のDVDはこちら

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20センチュリーウーマン


大恐慌時代のように

舞台は、
1979年カリフォルニア州サンタバーバラ

ドロシアとジェイミーの親子がスーパーで買い物を終え家に帰ろうと店の外に目をやると、
駐車場では乗ってきた車が炎上中。
ドロシアの別れた夫が残していったおんぼろフォードがとうとう壊れたのだ。

炎上した車を消火してくれた消防士を食事に招待するドロシアに、いちいち消防士を食事に呼ぶ?と信じられないといった表情のジェイミー。
ジェイミーも15歳の思春期真っ只中。
日に日に何を考えているか分からなくなっているドロシアは母親だけではジェイミーの成長を助けられないのではないかと思い始める。

間借り人のウィリアムは好人物で大人の男性としてジェイミーのロールモデルになれそうだったが、
肝心のジェイミーはウィリアムの話に全然興味が持てない様子。
ドロシアはもう一人の間借り人写真家のアビーとジェイミーの幼なじみで二歳上のジュリーにジェイミーを見守って欲しいと頼む。

大恐慌時代は
ご近所みんなで子どもの面倒をみたのよ


ドロシア 1924年生まれ 55歳
40歳という当時としては高齢出産でジェイミーを授かったドロシアは離婚後女手一つで息子を育ててきた。
ジョン・アップダイクを読み、ウサギの木彫りを彫る。
ジェイミーとの朝の儀式は新聞の株価欄のチェック。
セーラムのタバコを大量に吸い、
ビルケンシュトックを履く。
理想の男性はハンフリー・ボガート
長らくデートはご無沙汰。


ジェイミー 1964年生まれ 15歳
学校の授業をサボったり、
夜遊びしたりと何かと難しいお年頃の15歳。
幼なじみのジュリーに恋しているが、
肝心のジュリーには
「あんたが性に目覚めてから面倒くさい」
と言われ、キスもさせてもらえない。
変わり者の母ドロシアにあきれることもあるが、
母の人生は果たして幸せなのかどうか案じている。
スケボーとトーキング・ヘッズが好き。


アビー 1955年生まれ 24歳
ニューヨークで写真の勉強をし仕事もしていたが、
子宮頚がんと診断され地元に戻ってきて手術を受けた。
経過観察では問題なかったものの、
将来妊娠は難しいと宣告されてしまう。


ジュリー 1962年生まれ 17歳
近所に住むジェイミーの幼なじみ。
ジェイミーと同じく両親は離婚。
母の再婚後妹が生まれたが障害があるため、
両親の関心は妹に集中しがちで家に居場所がないと感じている。
セラピストの母の集団セラピーには強制参加。
ほぼ毎日のようにジェイミーのベッドで眠る。


ウィリアム 年齢不詳
ヒッピーの恋人の後を追って西海岸に移り住んだが、
結局ヒッピー暮らしには馴染めずに今は自動車の修理や半端な大工仕事で暮らしている。
彼の人生は今まさに“踊り場”状態にある。


ドロシアはアビーとジュリーにジェイミーを見守って欲しいと頼むが、助けが、支えが必要なのは何もジェイミーだけではない。
ドロシア自身も子離れする時期にきていて、
これから自分自身の人生を考えるべき時を迎えている。
子どもを持つのは難しいと宣告されたアビーが支えを必要としているのはもちろんだが、
家に居場所がないジュリーも、
人生踊り場状態のウィリアムも、
これからどう生きていくのか考える時を迎えている。


僕にはママがいれば大丈夫だよ


母親の支えだけでは不十分だと思いこんでいたドロシアがこのジェイミーの言葉でどんなに安堵し、
嬉しかったかは、息子がいなくても分かり過ぎるくらい分かる。
でも、ドロシアがアビーやジュリーに助けを求めたことが無駄だったかといえばそんなことはない。
ジェイミー自身まだ気づいてないかもしれない。
しかし彼は、ジュリーには幼なじみとしてベッドを共有することを許し彼女にシェルターを提供し、
不安を抱えるアビーには通院に付き添うことで、
他人をどう支えるか、
どう寄り添ったらいいのかを学んだ。
男としてはジュリーに拒絶されるが、
実らない初恋もまた少年の通過儀礼なのだ。


1979年の夏。
ちょっと奇妙な疑似家族が
大恐慌時代のように互いを支え合った夏の日々。
この夏がそれぞれにとってどんな意味があったのか?
それは何年も何年も経って、
ようやく気付くこと。
それが、
どれだけかけがえのない夏だったのか。

=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=
⚫︎20センチュリーウーマン
/20th Century Women(2016アメリカ)
監督・脚本:マイク・ミルズ
撮影:ショーン・ポーター
音楽:ロジャー・ネイル
衣装:ジェニファー・ジョンソン
美術:クリス・ジョーンズ
編集:レスリー・ジョーンズ
出演:アネット・ベニンググレタ・ガーウィグエル・ファニング,ルーカス・ジェイド・ズマン,ビリー・クラダップ


大きな起承転結のあるストーリーではないだけに、
どの役も役者の力量が問われる作品。
アネット・ベニングゴールデングローブ賞にノミネートされたが、主要キャストの五人すべてが素晴らしい仕事をしているし、それを引き出したマイク・ミルズも演出力も見事。


「男を育てるのは男でしょ」

「子育てって大変そうね」
「どんなに愛してても、しんどいことだらけ」

「あなたは外の世界のあの子を見られる、
うらやましいわ」

「恋の痛みを知ることは、世界を学ぶ有効な手段よ」

「男は大抵、解決に躍起になるか、何もしない
解決できない時に寄り添うってことが下手なのよね」

「セックスする気のない女を隣で眠らせちゃダメ
自信が奪われちゃう」

「男は否定されるのが嫌いで、幻想を好む」

「一生誰かと愛し合えないことが怖かった」


名台詞オンパレードのマイク・ミルズの脚本はアカデミー賞脚本賞ノミネート。




55歳のドロシアを演じたのは
実年齢58歳のアネット・ベニング
若い頃(『グリフターズ詐欺師たち』の頃)も勿論美しかったが、最近のシワもシミも隠さない自然体も素敵。
見習いたい、いい歳の取り方。



ジェイミーを翻弄する幼なじみのジュリーを演じるのは実年齢19歳のエル・ファニング
少女から大人の女性への過渡期、壊れそうな繊細さと大人びた物言い、両方が同居する17歳のジュリーを見事に体現している。
以前は“ダコタ・ファニングの妹のエル・ファニング”だったが、最近は逆転している印象あり。
大人の女性に変貌していく中で、
その時々で自分にぴったりの作品選びも賢い。
こんな幼なじみ、側にいたら、たまんないよね。



劇中、デヴィッド・ボウイに影響されたというアビーの髪は綺麗な赤。
ショートのヘアスタイルも赤い髪色もグレタ・ガーウィグによく似合っている。
ブロンドより個性的でいい!
アビーのモデルはマイク・ミルズの姉とのこと。



個性的な三人の女性に囲まれかけがいのない夏を過ごすジェイミーを演じるのは初めましてのルーカス・ジェイド・ズマン。
イライジャ・ウッドをもう少しシャープにした感じの美少年。
目がキラキラ!
どんなハンサム青年に成長するのか楽しみです。



主要キャラクターの中でも一番つかみどころのない難役と言っても過言ではないウィリアムを演じたのはビリー・クラダップ
この疑似家族の中で目立たないけれども、
唯一の大人の男性として重要な役どころ。
若い頃には主演作も多かったけれども、
最近では脇に回ってもいい仕事をしている印象。
歳を重ねてますますセクシー!



このシーンに象徴されるように、
全編を通じて柔らかい光が優しく作品を包む。
一緒にこのビーチを散歩したい。



たとえば、Tシャツひとつとっても何度も洗濯を繰り返して布がクタッと柔らかくなっている感じとか、同じアイテムをきちんと着回しているスタイリングが素敵!
ひとりの人物のコーディネートはもちろんだけど、
各キャラクターが集まった時の色のバランスもいい。


友だちとの殴り合いのきっかけになってしまうこのトーキング・ヘッズのTシャツはマイク・ミルズの私物でお姉さんからのプレゼントだそう。



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予告編はこちら👉【本予告】『20センチュリー・ウーマン』 6/3(土)丸の内ピカデリー/新宿ピカデリーほか全国公開 - YouTube


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20センチュリー・ウーマン

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今月の読書〜2017年5月〜

もうすぐ映画が公開される怪物はささやくも良かったが、5月はやっぱり『ビリー・リンの永遠の一日』『スウィングしなけりゃ意味がない』の二冊。
社会の深い分断を露呈するアメリカ、人々に浸透していたジャズが頽廃敵性音楽として禁止されるナチス政権下のドイツ。どちらも息苦しい社会の中でも真っ当に生きようとする若者の姿が印象的に描かれている。


⚫︎天才 勝新太郎春日太一
文藝春秋(文春新書)

勝新太郎の兄若山富三郎の『子連れ狼』(勝プロ製作)シリーズの春日さんの解説が面白かったので手に取った一冊。
リアルタイムの勝新の記憶というと黒澤明の『影武者』降板劇辺りからなので、どうしてもトラブルメーカーのイメージが強かった。
ようやく最近、『兵隊やくざ』『悪名』シリーズを観て、勝新の凄さ、魅力に気付いた次第。
本書に描かれるスキャンダルの裏の「いい作品を作りたい」という勝新の情熱にあらためて胸打たれた。
勝新太郎座頭市が一心同体になってしまったあたり、表現者として純粋過ぎたのかもしれないな。
勝新の『影武者』『戦場のメリークリスマース』、『マッドマックス』のプロデューサーが持ち込んできた企画、どれも観て観たかった!
未見の『不知火検校』と『顔役』も観なければ。

天才 勝新太郎 (文春新書)

天才 勝新太郎 (文春新書)


⚫︎ビリー・リンの永遠の一日/ベン・ファウンテン
上岡伸雄訳/新潮社(新潮クレストブックス)
Billy Lyn's Long Halftime Walk/Ben Fountain/2012

イラク版『キャッチ=22』と言われているそうだが、ここで兵士達が囚われている場所は戦場ではなく巨大なスタジアムだ。
感謝祭のカウボーイズ対ベアーズ戦。
戦場の英雄たちの凱旋ツアーの最終目的地。
まさに戦意高揚のための宣伝部隊。
彼らの過酷な経験で儲けようとする映画業界。
熱狂的な歓迎と浴びせられる称賛の中で露わになるのはどうしようもなく深い分断だ。
戦地に送る人間と送られる人間との大きな溝。この溝が埋まることのないことを知っている兵士達の深い諦念。19歳のビリーが見た、
アメリカという国の真実の姿がここにはある。
ちなみに、小説の中ではカウボーイズは7対31の大差で負けますが、2004年11月25日の実際のベアーズ戦は21対7でカウボーイズが勝利。まあ小説の中ではこれが在るべき試合結果だと思います。
ハリウッドスターは実名で言及されますが、カウボーイズのオーナー、選手はすべてフィクション。
アン・リー監督による映画が今年公開予定だったのが、賞レースに絡まなかったからなのか何なのか、現時点でいつ公開されるのか未定。
歌姫テイラースイフトとの交際発覚で、ビリーを演じた若手俳優ジョーアルウィン知名度がグッとアップして無事公開となればいいんだけれど。
詳しくはこちら👉ビリー・リンの永遠の一日 - 極私的映画案内

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎ブラインド・マッサージ/畢飛宇ビー・フェイユイ
飯塚容訳/白水社(EXLIBRIS)
Massage/Bi Feiyu/2008

南京の「沙宗琪マッサージセンター。
この店で働く盲人たちの悲喜交々、人間模様を描く群像劇。盲人同士が助け合って生きている閉鎖的なコミュニティの中で巻き起こる騒動といえば恋愛沙汰だが、
それはどんな職場でもよくある話。
しかし、視覚情報が得られない時、人は人の何に恋するのだろう?先天的に見えない人にとっては「美」という概念さえ謎であり、それは見える人から得られる情報でしかない。
しかし、彼らも「美しさ」に無頓着な訳でもない。
彼らにとっても「美しさ」は常に武器になるからだ。
とはいえ、視覚情報に頼らない感情は、やはりより純粋に感じられるのも確かだ。
読んでいてすごくマッサージに行きたくなったんだけれど、私だったら王先生を指名する!

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)


⚫︎怪物はささやく/パトリック・ネス,シヴォーン・ダウド原案
池田真紀子訳/あすなろ書房
A Monster Calls/Patrick Ness(Siobban Daud/2011

主人公が子どもでも大人でも身近な人の死をどう乗り越えるのかというお話は珍しくはない。
ただ、この物語が他とは違うのは死にゆく人の周りの人間にとっては(或いは死にゆく人にとっても)、死は解放でもあるという事を描いている点だと思う。
「もうじき母さんはいなくなるってわかっててただ待ってるなんて耐えられないからだ!
終わってほしいんだよ!
さっさと終わらせたいんだ!」

コナーはこう考えてしまった事で罪悪感に苛まれるが、この気持ちはよく分かる。
どんなにその人を思っていても結局かわいいのは自分。
耐えられないのは自分なのだ。
コナーと同じ時間を過ごしたことのある人ならば、きっと多くの人がこの罪悪感に苦しだんじゃないだろうか?
喪失感、そして罪悪感に折り合いをつけること、多分“喪の仕事”というのはこれら二つを合わせたものなのだろう。
YA小説にカテゴライズされているが、何度か別れを経験している大人により響くストーリーだと思う。
『インポッシブル』『永遠の子どもたち』のJ・A・バヨナ監督で映像化。
劇場公開は6月9日。
『永遠の子どもたち』もホラー風味の良作だったので期待大です。
怪物の声にリーアム・ニーソンというキャスティングは、怪物の正体を考えると、とても気が利いてます。

怪物はささやく

怪物はささやく


⚫︎台湾生まれ日本語育ち/温又柔
白水社

台湾で生まれ日本語で育った台湾人作家温又柔のエッセイ。
一番自由に使えるのは日本語で長く日本で暮らしているのに日本人ではない。
このあたりの感覚は日本生まれ日本語育ちの一般人にはよく分からない感覚だが、言葉というのは何処に住むかということ以上にその人のアイデンティティと切っても切り離せないものだと思う。
日本統治下で日本語を学ぶ事を強制された台湾のお年寄りが今でも日本語が話せるというのは知っていたが、あの時代、日本語で小説を書いていた作家がいたことは初めて知ったので興味深かった。
連載をまとめたものだから仕方ないのかもしれないが、同じ話を何度も繰り返しているのが気になった。
まあ、この中のどれか一編を読むのなら気にならないだろうが、“台湾生まれ日本語育ち”という要素を除くとエッセイとして面白いか?というと疑問も残る。

台湾生まれ 日本語育ち

台湾生まれ 日本語育ち


⚫︎自殺/末井昭
朝日出版社

そのものズバリのタイトルだし、著者である末井さんの母親は末井さんが7歳の時に隣家の息子とダイナマイト自殺したとか、とにかく自殺に関する本であることは確かだけど、これがとても面白い。
「ダメなままで生きていてもいいよ」と丸ごと肯定してもらったような気がした。
自殺まで考えなくても人間誰しもネガティブな考えにはまって堂々巡りすることはあるもので、そんな時にこの本は“効く”と思う。
末井さんは正直で優しい。
一番印象に残ったのは青木麓さんのご両親の心中の話。
自分たちの人生にすごく満足してもう十分生きたから、そういう理由でまだ若い娘たちを残して心中という選択をするというのが驚きというか、こういう言い方は不謹慎かもしれないけど、ある意味新鮮だった。
2014年第30回講談社エッセイ賞受賞作。

自殺

自殺


⚫︎第三帝国/ロベルト・ボラーニョ
柳原孝敦訳/白水社
EL TERCER REICH/Robert Bolaño/2010

少年時代の夏を過ごした思い出のホテルで恋人との初めての休暇だというのに、旅は最初から“終わりの始まり”の不穏な空気に満ちている。
現地で知り合った情緒不安定なドイツ人カップルの片割れチャーリー、〈火傷〉と呼ばれ顔、胸、腕に火傷痕のあるボート貸しの男、病気で姿を見せないホテルのオーナー。
ウォーゲーム「第三帝国」。
ドイツ王者ウドは負ける筈のない〈火傷〉との対戦で追い詰められ降伏する。
たかが、ボードゲーム
しかし、この降伏によってウドは決定的に変えられてしまったように感じられた。
もう彼は以前の彼には戻れないのだ。

第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)

第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)


⚫︎スウィングしなけりゃ意味がない It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)/佐藤亜紀
KADOKAWA

ナチス政権下のドイツ・ハンブルクで“頽廃敵性音楽”スウィングジャズにシビれ歌い踊った若者たちの青春グラフィティ。
どんどん暗く息苦しくなっていく社会でしなやかに強かに生きていく彼らの姿は痛快だが、
そんな彼らも無傷ではいられない。
心身共に傷つきながらも最後の矜持は守りつつ少年から大人の男に成長していく。
史実とフィクションが融合したプロットも素晴らしいが、エディ、マックス、クー、エリー&ダニーのベーレンス兄弟の主要キャラは勿論、登場キャラクターの人物造形がお見事。
マックスのピアノ(レンク教授との連弾、アディとのセッション!)が聴きたい!
彼らの話し言葉が今の日本の若者言葉なのは、これが遠い昔の外国のお話ではなく、今を生きる私たちの物語だという作者からのメッセージではなかったか?
『吸血鬼』に続き、二作目の佐藤亜紀
『吸血鬼』とはまったくテイストが違うことに驚く。

スウィングしなけりゃ意味がない

スウィングしなけりゃ意味がない

メッセージ


わたしの人生の物語


ある日突然、世界中の12箇所に謎の飛行物体が現われる。
彼らの目的も意図も不明という状況の中で、
軍のウェーバー大佐は、言語学の第一人者ですでに一度軍に協力した経験のあるルイーズ・バンクスにエイリアンの声の解析を依頼する。
ルイーズは直接対話することが必要だと主張する。
言語学者のルイーズと物理学者のイアン・ドネリーがコンビとなって、言語学、物理学の両面から彼らへのアプローチを図ることになるが、
果たして彼らは何のために地球にやって来たのか?
この星の住人になにを伝えようとしているのか?


ルイーズとイアンは七本の足(?)を持つヘプタポッドにアボットコステロと名付ける。
彼らとのセッションの中でルイーズは彼らの話す言葉ではなく、書く言葉に注目する。
一方で、彼女はあるフラッシュバックに何度も襲われていた。
そこに登場するのは、幼い少女の生と死。
ルイーズは結婚したことも、子どもを産んだこともない。
少女はルイーズの娘なのか?


ヘプタポッドの文字の解析が進む中、
ルイーズは気付く。
これは文字を順番に綴って意味を伝える人類の言語とはまったくの別物だと。

一方、各地のヘプタポッドは、“彼ら”の目的は人類に武器を与えることだと伝える。
これを脅威と捉えた各国は次々と通信を遮断。
“彼ら”への攻撃準備を着々と進める。
ルイーズはこの危険を知らせるため制止をふりほどきイアンと共にヘプタポッドの元へと急ぐ。
ヘプタポッドは伝える。
“彼ら”の目的は人類に贈り物をすることだと。3000年後に人類に助けてもらうために。
ルイーズは“彼ら”は時間を超越した存在だと悟る。
そして、フラッシュバックは彼女の未来の記憶であり、少女は彼女の娘だと。


自由意志で運命を変えることは出来ない
ルイーズはペプタポッドとのセッションを通じ彼らの時間概念を獲得し、こう認識する。


娘との記憶は未来、
ペプタポッドとのセッションは過去。
そして現在、ルイーズはイアンと一緒に気持ちのいい夜を過ごしている。

ルイーズは大きな選択の時を迎えている。
悲劇を避けるための選択をするのか?
それとも、たとえなにが起こるのか知っていても同じ選択をし、その人生の一瞬一瞬を慈しみ、生きていくのか?

ルイーズは選択する。
あなたの人生の物語を、
そしてわたしの人生の物語を。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
原作者テッド・チャンは『あなたの人生の物語』の〈作品覚え書き〉の中で、こう書いている。

この話は、物理学の変分原理に対する興味から生まれた。はじめてこの原理を学んだ時からずっと魅力的な原理だと思っていたのだが、乳ガン闘う妻を題材にしたポール・リンケの一人芝居、〈生きている君いると時が立つのを忘れる〉を見るまで、小説のなかにこの原理を生かす方法が見当たらなかった。芝居を見て、人が避けられない事態に対処する話のなかで、変分原理を使えるかもしれないと思いついた。
数年後、その考えと、新しく母となった友人が生まれたての赤ん坊について口にしたことと合体して、この話の核になった。


ポール・リンケはTVシリーズ『白バイ野郎ジョン&パンチ』などに出演していた俳優で、妻が余命宣告された時、夫妻は子どもを作ろうと決めたのだという。
この夫妻の決断が、物語の中でのルイーズの決断につながっている。
テッド・チャンは更にこう続けている。


この話のテーマをもっとも端的にまとめたものは、
スローターハウス5』二十五周年記念版の自序でカート・ヴォネガットが語っている次の文章といえようー
スティーヴン・ホーキングは……われわれが未来を思い出すことができないのをじれったく思っている。
ところが、未来を思い出すことなど、いまのわたしには児戯に等しく思える。
わがよるべなき、疑うことを知らぬ赤ん坊たちがどうなるか、わたしにはわかっている。なぜならば連中はもうおとなになっているからだ。わが親友たちがどんな最期を迎えるのか、わたしにはわかっている。なぜなら彼らの多くが引退したり、死んじまっているからだ……。
スティーヴン・ホーキングや、ほかのわたしより若い連中にこう言ってやりたい。
「しんぼうしていたまえ、諸君の未来は、諸君が何者であろうと、足下に寝そべるだろう」と』


カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』は、現在、過去、未来という時間概念を持たない宇宙人に攫われた主人公が自身の現在、過去、未来をデタラメにタイムトラベルする話。
第二次大戦中ドイツ軍の捕虜となっていたヴォネガットドレスデンで連合国軍(味方)の大空襲にさらされるという自身の経験が色濃く反映している作品です。

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⚫︎メッセージ/Arrival (2016 アメリカ)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:エリック・ハイセラー
原作:テッド・チャンあなたの人生の物語
早川書房(ハヤカワ文庫)
撮影:ブラッドフォード・ヤング
音楽:ヨハン・ヨハンソン
出演:エイミー・アダムスジェレミー・レナーフォレスト・ウィテカーマイケル・スタールバーグ,マーク・オブライエン,ツィ・マー



ほぼノーメイクであろうルイーズ役のエイミー・アダムス。40代を迎えてますます美し!



『ハートロッカー』や『28週後…』のイメージが強くてただでさえ軍人顔のジェレミー・レナー
もう少し物理学者っぽく見えるシーンが欲しかった!



テッド・チャンの傑作小説『あなたの人生の物語』をシナリオにするという高難度なミッションに挑んだのは『ライト/オフ』のエリック・ハイセラー
小説からの改変についてはシナリオの草稿段階から目を通していた原作者のテッド・チャンも納得していたという。
小説の読者層と映画の観客層は自ずと異なる。
映画ではより広い層を想定した、たとえば、ヘプタポッドを恐れた大尉の行動など、より映画的な仕掛けが必要だったのも致し方のないところだっただろうし、各国の対応が一枚岩とは言えない辺りはより現実的かもしれない。
ただ、ルイーズがヘプタポッドの表義文字(セマグラム)にヒントを経て、ゲーリー(映画ではイアン)の物理学的示唆(フェルマーの最小時間の原理)を得て、彼らヘプタポッドが現在、過去、未来という時間の概念を超えた種であることを認識するという過程が映画にはなかったのは残念だった。
因みに、フェルマーの最小時間の原理とは、
光が二点間を移動する時に必ず最小時間(あるいは最大時間)で到達するルートを選ぶ、ということは光は最初から到達点(未来)を知っていることになる、
と大雑把に言えばそういう原理。
(物理学はさっぱりなのでこれ以上の説明は出来ません。ごめんなさい。)
映画では、“彼ら”が3000年後に人類に助けられるために贈り物をしにきたというメッセージを伝えたことでルイーズは“彼ら”が時間を超越した存在だと悟り、フラッシュバックが彼女の未来の記憶であることを知る。
原作では、“彼ら”の目的は最後までわからずじまいだ。
ルイーズが見ることの出来る未来はあくまでも自分の未来、“わたしの人生の物語”であり、ごくパーソナルな物語だったのだ。
しかし、映画では、人類による“彼ら”への攻撃という一触即発の状況を作り出したがゆえに、ルイーズはシャン上将の未来までも見えたことになっていて、ごくパーソナルな物語という原作のコンセプトが少し歪められてしまったように思う。


ペプタポッドの“声”など音響効果も印象深いが、
ヨハン・ヨハンソンの音楽も素晴らしかった。
とても印象的に使われているのは、マックス・リヒターのOn the Nature of Daylight 。
これはルイーズという人間のとても個人的な物語。
音楽は彼女の心情に終始寄り添っていたと思う。
マックス・リヒターMax Richterの「On the Nature of Daylight」はこちら👉Max Richter - On the Nature of Daylight - YouTube


撮影はブラッドフォード・ヤング
これまでの仕事を見ていくと、
『グローリー/明日への行進』の50年代、『セインツー約束の果てー』『完全なるチェックメイト』の70年代、『アメリカン・ドリーマー理想の代償』と時代色を出すのが巧みという印象だが、今作のSF作品でさらに表現の幅を広げている。
今後も楽しみな撮影監督です。

公式サイトはこちら👉映画『メッセージ』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ

予告編はこちら👉映画『メッセージ』本予告編 - YouTube

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👇テッド・チャンによる原作(短編集)『あなたの人生の物語』はこちら

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

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👇ヨハン・ヨハンソンによるサウンドトラックはこちら

『メッセージ』(オリジナル・サウンドトラック)

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👇テッド・チャンが影響を受けたであろうカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』はこちら

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