極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

2017年のオススメ本《前編》

後半の失速により、2017年の読了本は100冊にも満たなかったのですが、ベストを選ぶとなるととても10冊にはおさまらず、結局20作品になってしまいました。
まず《前編》では、10冊を紹介します。
紹介の順番は、読んだ順番です。


■その雪と血を/ジョー・ネスボ
鈴木恵 訳/早川書房
BLOOD AND SNOW/JO NESBØ/2015

ジョー・ネスボは『スノーマン』(〈刑事ハリー・ホーレ〉シリーズ)に続き二作目だが、随分とテイストが違う。
主人公は殺し屋にしかなれなかった男オーラヴ。
売春と麻薬取引を牛耳るマフィアのボスからの新たな依頼は、彼の妻コリナを殺すこと。
しかし、オーラヴは雪のように白い肌を持つ彼女に一目で魅せられてしまう。
コリナは典型的なファム・ファタールだが、もう一人の“運命の女”となるのが彼が助けた聾唖の女マリアだ。186頁と短い小説だが彼女の存在が物語に奥行きを与えている。
あの美しいラストシーンは彼女なしではあり得なかった。
レオナルド・ディカプリオ主演で映画化進行中」とのことだが、どうなんだろう?
読後思い出したのはN・W・レフンの『ドライヴ』だったんだけど。。。
ちなみに『スノーマン』はM・ファスベンダー主演で映画化(監督は『ぼくのエリ〜』『裏切りのサーカス』のトーマス・アルフレッドセン)、
『ヘッド・ハンター』は本国ノルウェーで映画化されていて観ましたがとても面白かった。
こちらもハリウッドリメイクされるというニュースがあったがどうなっているんだろう?


サラエボチェリスト/スティーヴン・ギャロウェイ
佐々木信雄 訳/ランダムハウス講談社
THE CELLIST OF SARAJEVO/2008

1992年包囲されたサラエボの街でパンを買うための行列に撃ち込まれた砲弾によって22名の人々が犠牲になった。
その翌日から現場で22日間鎮魂のためにチェロを弾き続けたチェリストがいた。
サラエボチェリスト”ことヴェドラン・スマイロヴィッチを検索したら出てきた写真の神々しい姿に俄然興味をかきたてられた。
物語の登場人物は、彼を敵方のスナイパーから守る凄腕の女スナイパーアロー、家族の為に水汲みに向かうケナン、妻子を国外へ逃し自身は妹家族と暮らすドラガン。
かつて人々が行き交った通りは命懸けで渡る“スナイパー通り”となり、人々が集った広場は砲撃の標的となった。
いつ自分自身も犠牲になるのかわからない状況下でこの地にとどまることを選んだケナンとドラガン。
そして戦うことを選んだアロー。
想像を絶する状況の中でも人間として“守るべきもの”を失うまいとする三人の姿に胸をうたれる。
当時ニュースや新聞報道で旧ユーゴ、サラエボの状況については多少知っていたはずだが、
果たしてそれは十分だっただろうか?
たかが極東の国の無力な個人が何か知ったところでどうにかなるわけでもないが、
それでも犠牲者や厳しい暮らしを強いられた人々に思いを寄せることが出来なかったことに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『プリズン・ブック・クラブ』の選書からの一冊。

サラエボのチェリスト

サラエボのチェリスト

👇『プリズン・ブック・クラブ』はこちら
プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年


■ペドロ・パラモ/ファン・ルルフォ
杉山晃増田義郎 訳/岩波文庫岩波書店
PEDRO PÁRAMO/Juan Rulfo /1955

ペドロ・パラモ。
母から知らされたその名だけで顔も知らない父親を訪ねてファン・プレシアドはかつて母が暮らした町コマラを目指す。
しかし、そこは亡霊のささめきに満ちた死者たちの町だった。
生者と死者、この世とあの世の境界線上をファンも我々もさまよい歩く。
現在と過去、あの世とこの世を行き来しつつ、ペドロ・パラモの生涯、そしてコマラの町の栄枯盛衰を知ることになる。
ラテンアメリカ文学の最高峰として共にその名を挙げられるガルシア=マルケスの『百年の孤独』。
ファン・ルルフォとガルシア=マルケス
二人の描きたかった世界にそう違いはなかったのかもしれない。
作品自体が円環構造になっていることもあるが、
続けてもう一度読まずにはいられなかった。
二度目は人物相関図をメモしながら読みました。

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

ペドロ・パラモ (岩波文庫)


ポーランドのボクサー/エドゥアルド・ハルフォン
松本健二 訳/白水社
EL BOXEADOR POLACO, LA PIRUETA, and MONASTERIO/Eduardo Halfon/2008, 2010,2014

父方、母方双方にユダヤ系のルーツを持ち、
グアテマラに生まれ、アメリカで教育を受け、
スペイン語で小説を書くグアテマラ人作家エドゥアルド・ハルフォン。
ユダヤ教ユダヤ人としてのルーツに対する彼の距離のとりかたとシンクロするのかもしれないが、
オートフィクションという彼の小説のスタイル、現実からフィクションへの過程で生じる距離感が絶妙。
若き詩人ファン・カレル、まるで本人のようなマーク・トゥエイン研究者ジョークルップ、ルーツに帰るセルビア人ピアニスト、ミラン・ラキッチ、登場人物もとても魅力的で忘れがたい。
一度通して読んで、二度目は三冊の原書の順序でエドゥアルド・ハルフォン版『石蹴り遊び』を堪能した。
どちらの順序で読んでも素晴らしかった!

(収録作品)
・彼方の/「ポーランドのボクサー」
・トウェインしながら/「ポーランドのボクサー」
・エピストロフィー/「ピルエット」第二章
・テルアビブは竃のような暑さだった/「修道院」第一章
・白い煙/「修道院」第二章
ポーランドのボクサー/「ポーランドのボクサー」
・絵葉書/「ピルエット」第三章
・幽霊/「ピルエット」第一章
・ピルエット/「ピルエット」第四章
・ボヴォア講演/「ポーランドのボクサー」
・さまざまな日没/「修道院」第三章
修道院/「修道院」第四章

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)


■ゼロヴィル/スティーヴ・エリクソン
柴田元幸 訳/白水社
ZEROVILLE/STEVE ERICKSON/2007

1969年夏フィラデルフィアから映画の都ハリウッドに出てきたのはスキンヘッドにM・クリフトとE・テイラー(『陽のあたる場所』)の刺青という青年ヴィカー。
映画を愛し、その知識については人並外れたヴィカーだったが映画以外の事となるとお子様並みの正に“映画自閉症”。
セットの建築から始めて編集へと映画業界に居場所を確保していくのだが、彼には彼自身気付いていない使命があった。
映画=人生のヴィカーが最終的に編集という仕事にやりがいを見出していくのが興味深いし、
69年から84年という時代設定も絶妙。
ベトナムウォーターゲートレーガン
そして本物の『裁かるゝジャンヌ』の発見等、
史実を巧く取り込んでいる。
ざっと数えて200本近い映画が言及されているのが本作のひとつの特徴だが、(勿論私も全部は観ていないが)、未見のものも観ているものも(もう一度)観たくなること必至!
久しぶりに完徹して読了。
主人公ヴィカーのエキセントリックさが目立つが、
ヴィカーの家に泥棒に入るアフロヘアの黒人の男、
カンヌでヴィカーの元に送り込まれる高級コール・ガール“マリア”、フランコ政権下の反政府活動家クーパー・ルイスといった映画愛あふれる脇キャラクターも魅力的。
登場する実在の人物の中でも重要なキャラクターがヴィカーの良き理解者となるヴァイキング・マン。
彼のモデルは映画監督のジョン・ミリアス
彼は『ビッグ・リボウスキ』でジョン・グッドマンが演じたキャラクターのモデルにもなっている。


上がジョン・ミリアス、下が『ビッグ・リボウスキ』のジョン・グッドマン

ゼロヴィル

ゼロヴィル

👇コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』はこちら


チェルノブイリの祈りー未来の物語/スベトラーナ・アレクシエービッチ
松本妙子訳/岩波書店岩波現代文庫
CHERNBYL'S PRAYER/Shetland Alexievich/1997

冒頭の消防士の妻の証言を読んでいて思い出したのは、東海村の臨界事故時の被害者に対する治療経過を追ったドキュメンタリーだ。
事故直後は何の外傷もないが時間経過に従って細胞が身体の内側から崩壊していく。
これ程残酷な死に方があるだろうか?とかなりショックだったのでよく覚えている。
勿論事故に至るまでにも多くの過ちがあったのだろうしかし、事故後の対応によってはもっと被害を減らすことも出来た筈だ。
原発はクリーンで安全」何処かで聞いたような話がここでも信じられていた。
情報不足や事実の隠蔽、無知が被害を拡大した。
これだけ大きな悲劇が起きながらも、この事故を教訓とすることが出来ずに“フクシマ”に至ってしまったことに対して何とも言いようのない悔しさを感じるなぜ、事故の可能性を自らのこととして考えることが出来なかったのだろう?
事故に運命を狂わされた多くの声なき声、これを無駄にしてはならない。

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)


■キャッチ=22/ジョーゼフ・ヘラー
飛田茂雄訳/早川書房
CATCH-22/Joseph Heller/1961

イタリア中部ピアノーサ島アメリカ空軍基地所属のヨッサリアン大尉の願いはただひとつ、生きのびること。
仮病や狂気を訴えあの手この手で飛行勤務の免除を勝ち取るべくジタバタするヨッサリアン。
しかし、そんな彼を嘲笑うかのように立ち塞がるのが、謎の軍規“キャッチ=22”。
気の狂った者はそれを願い出ねばならぬが、願い出ることの出来る者は正気である、ゆえに、飛行勤務を免除出来ない。
時系列もバラバラ、さも既に説明済みかのように触れられるエピソードは後々詳細が語られたりとこちらも混乱。一体何が正気で、何が狂気か?
確かにブラック・コメディではあるのだが、
読んでいるうちに次第に息苦しくなってくる。
功を焦る大佐によって次々に増やされる責任出撃回数を始め、戦場の若者たちを死へと追いやる“キャッチ=22”。
一体何の為か謎でしかないルーティンワーク、終わらない意味のない会議、隠蔽される公文書、不祥事だらけの内閣の何故か落ちない支持率etc…。現実の世界においてもキャッチ=22は私達を苦しめる。
そんな世界で私たちは、キャスカート大佐?従軍牧師?ヨッサリアン?それともオアのように?
一体どう生きるのか?それが今現代を生きる私たちに問われている。
【ガーディアン紙の1000冊】

キャッチ=22〔新版〕(上) (ハヤカワepi文庫 ヘ)

キャッチ=22〔新版〕(上) (ハヤカワepi文庫 ヘ)

キャッチ=22〔新版〕(下) (ハヤカワepi文庫 ヘ)

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👇マイク・ニコルズ監督による映画化作品はこちら。観たい!

キャッチ22 [DVD]

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■売女の人殺し/ロベルト・ボラーニョ
松本健二訳/白水社
PUTAS ASESINAS/Robert Bolaño/2001
「訳者あとがき」でも触れられているように、収録されている13編はボラーニョの分身(あるいはボラーニョ自身)が語り手になっているものとまったくのフィクションの二つに分けられるが、どちらも素晴らしかった!
歴史に名を残すこともなく消えていった人々、挫折や心の傷を負った人々に対する突き放すでもなく、かといって強く抱きしめるわけでもないセンチメンタル過ぎないボラーニョの距離のとりかたが私には心地いい。
お気に入りは「ゴメス・パラシオ」「ラロ・クーラの予見」(ポール・トーマス・アンダーソンの『ブギーナイツ』を思い出させる)「ブーバ」「歯医者」辺りですが、全部好き!
「ブーバ」の語り手であるアセベトやエレーラ、ブーバが活躍したサッカークラブはバルセロナがモデルだと思いますが、
小説の中でブーバがイタリアのユベントスに移籍した後両チームがチャンピオンリーグで対戦した時のスコア(ユベントスホーム3ー0でユベントスバルセロナホームでスコアレスドロー)が何と今シーズンの結果と同じ!
まあ、ただの偶然なんですけど。
(収録作品)
・目玉のシルバ
・ゴメス・パラシオ
・この世で最後の夕暮れ
・1978年の日々
・フランス、ベルギー放浪
・ラロ・クーラの予見
・売女の人殺し
・帰還
・ブーバ
・歯医者
・写真
・ダンスカード
エンリケ・リンとの邂逅

売女の人殺し (ボラーニョ・コレクション)

売女の人殺し (ボラーニョ・コレクション)


■ビリー・リンの永遠の一日/ベン・ファウンテン
上岡伸雄訳/新潮社(新潮クレストブックス)
Billy Lyn's Long Halftime Walk/Ben Fountain/2012

イラク版『キャッチ=22』と言われているそうだが、ここで兵士達が囚われている場所は戦場ではなく巨大なスタジアムだ。
感謝祭のカウボーイズ対ベアーズ戦。
戦場の英雄たちの凱旋ツアーの最終目的地。
まさに戦意高揚のための宣伝部隊。
彼らの過酷な経験で儲けようとする映画業界。
熱狂的な歓迎と浴びせられる称賛の中で露わになるのはどうしようもなく深い分断だ。
戦地に送る人間と送られる人間との大きな溝。この溝が埋まることのないことを知っている兵士達の深い諦念。19歳のビリーが見た、
アメリカという国の真実の姿がここにはある。
ちなみに、小説の中ではカウボーイズは7対31の大差で負けますが、2004年11月25日の実際のベアーズ戦は21対7でカウボーイズが勝利。まあ小説の中ではこれが在るべき試合結果だと思います。
ハリウッドスターは実名で言及されますが、カウボーイズのオーナー、選手はすべてフィクション。
アン・リー監督による映画が今年公開予定だったのが、賞レースに絡まなかったからなのか何なのか、現時点でいつ公開されるのか未定。
歌姫テイラー・スイフトとの交際発覚で、ビリーを演じた若手俳優ジョーアルウィン知名度がグッとアップして無事公開となればいいんだけれど。
(追記)
結局、映画はDVDスルーとなってしまいました。
詳しくはこちら👉ビリー・リンの永遠の一日 - 極私的映画案内

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)

👇アン・リー監督による映画版はこちら


■スウィングしなけりゃ意味がない It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)/佐藤亜紀
KADOKAWA

ナチス政権下のドイツ・ハンブルクで“頽廃敵性音楽”スウィングジャズにシビれ歌い踊った若者たちの青春グラフィティ。
どんどん暗く息苦しくなっていく社会でしなやかに強かに生きていく彼らの姿は痛快だが、
そんな彼らも無傷ではいられない。
心身共に傷つきながらも最後の矜持は守りつつ少年から大人の男に成長していく。
史実とフィクションが融合したプロットも素晴らしいが、エディ、マックス、クー、エリー&ダニーのベーレンス兄弟の主要キャラは勿論、登場キャラクターの人物造形がお見事。
マックスのピアノ(レンク教授との連弾、アディとのセッション!)が聴きたい!
彼らの話し言葉が今の日本の若者言葉なのは、これが遠い昔の外国のお話ではなく、今を生きる私たちの物語だという作者からのメッセージではなかったか?
『吸血鬼』に続き、二作目の佐藤亜紀
『吸血鬼』とはまったくテイストが違うことに驚く。

スウィングしなけりゃ意味がない

スウィングしなけりゃ意味がない