極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

ありがとう、トニ・エルドマン


この父にして、この娘あり!

音楽教師のヴィンフリートは
他愛ないイタズラが大好き!
今日も今日とて、宅配便の配達員相手に悪ふざけ。
架空の弟トニになりすまして応対するが、
配達員も微妙な反応。

そこへピアノの個人レッスンを受けている少年がやって来て、もうレッスンを辞めたいと言い出す。
ヴィンフリートは君のためにピアノを用意したのに、
とか何とか言いながら少年にゾンビメイクを手伝わせる。
(これは退職する同僚教師のための送別会用のメイク。子供たちもお揃いのゾンビメイクで合唱を披露する)
年寄りで目が見えなくなった愛犬を連れ、
ゾンビメイクで母親を訪ねるヴィンフリート。
母親は、いい加減安楽死させたらと言うが、
ヴィンフリートは母親を安楽死させられないのに、
愛犬を安楽死なんてさせられないと減らず口を叩く。

「イネスが戻ってるって?」

母に尋ねられるヴィンフリート。
離婚した妻との間の娘イネスが赴任先のルーマニアブカレストから戻って来ていたのだ。
送別会の後、再婚している元妻宅に寄ると、
イネスの誕生日の前祝いが行われていた。
石油関連のコンサルタント会社で働くイネスは昇進、
念願の上海赴任が決まったという。
夫婦の離婚後、疎遠になってしまったのか、
それとも性格が違いすぎるのか、
父娘の間はギクシャクしている。
家族との団欒中にも、仕事の電話をしている。
(団欒抜け出すため、電話しているフリ?)
そんな娘の姿を見てヴィンフリートは心配になる。

俺の娘は本当に幸せなんだろうか?

そんな折、ヴィンフリートの愛犬がとうとう亡くなる。
喪失感に苛まれたヴィンフリートはブカレストのイネスをアポ無しで訪ねる。

イネスのオフィスが入るビルのロビーで、
偶然を装い娘を待ち伏せするヴィンフリート。
しかし、現れたイネスは父に気付く素振りを見せない。
諦めてホテルに向かおうとするヴィンフリートを
イネスのアシスタント、アンカが呼び止める。
イネスはちゃんと気付いていたのだ。
しかし、イネスはアメリカ大使館のパーティーやら、
高級ホテルのスパやら、取引先の奥様の買い物やら、
やたらと場違いな場所ばかりヴィンフリートを連れ回し、父親に居心地の悪い思いをさせる。
ヴィンフリートからの誕生日プレゼントである
チーズおろしにも微妙な反応のイネス。

こうして、父と娘の短い同居生活は終わりを告げる。

しかし、ヴィンフリートはこれしきのことでめげる父親ではなかった。
仕事が一段落して女友達と女子会に繰り出したイネスが父親について愚痴を言っていると、
変ちくりんな長髪のカツラに、
更に変ちくりんな入れ歯を入れたヴィンフリートが
トニ・エルドマンとして登場!
自らもコンサルタントだと自己紹介するヴィンフリートの突然の登場に、イネスは友人に本当のことが言えない!

大事なプレゼンを控えただでさえピリピリしているところに、ふざけた父親が突然現れたら、
そりゃあ誰だって困惑、
いや、むしろ激怒するかもしれない。
家族というのは、プライベートの最たるもの。
仕事モードの時には一番会いたくない相手だ。
だから、(ちょっと意地が悪すぎるけど)イネスの反応も理解出来ないこともない。
でも、とにかくヴィンフリートは娘イネスのことが心配で仕方ないのだ。
そんなパパごころも痛いほど分かる。
帰国するヴィンフリートを、
涙をぬぐいながら見送るイネス。
イネスだってヴィンフリートの気持ちはちゃんと分かっているのだ。
でも、素直になれない自分。
涙は父親に優しく出来ない自分の不甲斐なさに対する涙なのだ。

イネスの勤務先はコンサルタント会社。
控えていたプレゼンの内容は業務の合理化案。
これは、外部委託だったり人員削減だったり、あくまでも会社にとっての合理化案であって、
背後にはそこで働く人の犠牲が存在する。
優秀なイネスはそんなことは百も承知のはず。
こんな仕事はしたくない!
心苦しく思うような仕事でも、仕事だからやらなければならないこともあるだろう。
厳しい現実を見て見ないふりを強いられる場面もあるだろう。
同僚ティムとの愛のないセックスも、
クラブ通いも、ドラッグも、
気晴らし以外の何物でもないだろうが、
かえって虚しさを感じさせる。
常日頃感じながらもイネスが目をつむってきた現実を、
言葉も通じない地元の人たちとも直ぐに打ち解けてしまうヴィンフリートは子供のような無邪気さでイネスに突き付ける。
だから、イネスは余計に苛立つのだ。

パパ、そんなことはわかってるの!

そんなイネスの、ヴィンフリートから受け継いだDNAが覚醒する場面が、パーティーで知り合った女性宅で父からいきなり歌を無茶振りされるシーンだ。

集まった客の前で嫌々ホイットニー・ヒューストンの『グレイテスト・ラブ・オール』を歌い始めたイネスは見事に歌い上げ、ヴィンフリートを置き去りにして帰ってしまう。
しかし、これは彼女の中で何かが弾けた瞬間だった。

職場の結束のため、誕生日のパーティーに上司や同僚、友人を自宅に招くイネス。
しかし、客をもてなすために彼女が選んだドレスは少しタイト過ぎた。
屈むこともままならず、脱ごうとするが、
それにも四苦八苦。
ようやくドレスを脱いだイネスは何を思ったか
全裸になってしまう。
ヌーディスト・パーティーだと言うイネスに、裸を拒否して帰る客、そういう趣向かと素直に応じる客と反応も人それぞれ。
そこへルーマニアの妖精クケリの着ぐるみを着た
ヴィンフリートが登場する。

まさに、
この父にしてこの娘あり!

何やかんや言っても、
この二人、やっぱり親子。
イネスにだってきっと、
父の弾くピアノに合わせて歌い、
他愛ないイタズラを喜んだ時代があったのだ。
でも、幼い頃の自分のことなど、
娘は(息子は)都合よく忘れてしまう。
でも、父親にとって娘はいつまでも幼い頃の娘のまま。
自転車の乗り方を教えた頃の娘のままなのだ。

父と娘の時間は、多分思うより短い。
祖母の葬儀のために帰郷したイネス。
ラストの彼女の表情は、
きっとそれに気づいている。

だから、
ありがとう、トニ・エルドマン。

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⚫︎ありがとう、トニ・エルドマン
/Toni Erdmann (2016 ドイツ/オーストリア
監督・脚本:マーレン・アーデ
出演:ペーター・ジモニシェック,ザンドラ・ヒュラー,ミヒャエル・ビッテンボルン,トーマス・ビュッター,ハデビック・ミニス,ルーシー・ラッセルイングリッド・ビス,ヴィクトリア・コチアシュ

ドイツ大使館での試写会にて鑑賞。
普通の会議室椅子が並べられた会場に、
この椅子で162分の長尺、
お尻と腰が耐えられるのかとても不安だったのだが、
そんな心配は杞憂に終わった。
笑いながら泣いて、あっという間の162分だった。
父と娘、父と息子、母と娘、母と息子。
親子の物語は数多ある中で、
この作品が新鮮に映るのは、
ストーリーの転がし方が巧みだったからではないか。
ホイットニー・ヒューストンの熱唱も、
全裸の誕生日パーティーも、
奇をてらったというよりも、
ごく自然な展開に見えるところが上手い。
あとはやはりヴィンフリートとイネスを
演じた二人の役者の力だろう。
ペーター・ジモニシェックも
ザンドラ・ヒュラーも素晴らしかった。
カンヌ映画祭では、
批評家に絶賛されたにもかかわらず無冠に終わったが
アカデミー賞外国語映画賞でもアスガー・ファルハディ『セールスマン』が受賞)、
受賞は審査員の好みや、
その時の“風”にも影響される。
カンヌやオスカーで無冠だったとしても、
この作品が年間ベスト級の傑作であることに
違いはない。


パーティーであった女性宅でヴィニフリートに乗せられてイネスが熱唱するのはホイットニー・ヒューストンのこの曲、
「THE GREATEST LOVE OF ALL」
歌詞の内容も彼女の心情にぴったりの絶妙な選曲だった。
👉Whitney Houston - Greatest Love Of All (Official Music Video) - YouTube

こちらはザンドラ・ヒューラーによる熱唱
👉Toni Erdmann - Greatest Love of All - YouTube



妖精クケリの全貌はこんな感じ。



ペーター・ジモニシェックとザンドラ・ヒューラー。
イタズラ好きのパパを演じたペーター・ジモニシェックはこんなにダンディ!


半ば俳優業を引退していたジャック・ニコルソンがリメイクを熱望!
ジャック・ニコルソンアレクサンダー・ペイン監督の『アバウト・シュミット』でも疎遠な娘を訪ねる父親を演じている。)
ということで、ハリウッド・リメイクが決まっているが、娘役はクリスティン・ウィグだという。
クリスティン・ウィグに恨みはないが、
彼女の出演作は、笑える時と笑えない時の落差が激しいので、個人的には、娘役はもっと意外性のあるキャスティングにして欲しかったところ。


公式サイトはこちら👉映画『ありがとう、トニ・エルドマン』公式サイト

予告編はこちら👉超個性的な父が、祖国を離れて仕事をしている娘に会いに来て…!映画『ありがとう、トニ・エルドマン』予告編 - YouTube

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