極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書〜2017年5月〜

もうすぐ映画が公開される怪物はささやくも良かったが、5月はやっぱり『ビリー・リンの永遠の一日』『スウィングしなけりゃ意味がない』の二冊。
社会の深い分断を露呈するアメリカ、人々に浸透していたジャズが頽廃敵性音楽として禁止されるナチス政権下のドイツ。どちらも息苦しい社会の中でも真っ当に生きようとする若者の姿が印象的に描かれている。


⚫︎天才 勝新太郎春日太一
文藝春秋(文春新書)

勝新太郎の兄若山富三郎の『子連れ狼』(勝プロ製作)シリーズの春日さんの解説が面白かったので手に取った一冊。
リアルタイムの勝新の記憶というと黒澤明の『影武者』降板劇辺りからなので、どうしてもトラブルメーカーのイメージが強かった。
ようやく最近、『兵隊やくざ』『悪名』シリーズを観て、勝新の凄さ、魅力に気付いた次第。
本書に描かれるスキャンダルの裏の「いい作品を作りたい」という勝新の情熱にあらためて胸打たれた。
勝新太郎座頭市が一心同体になってしまったあたり、表現者として純粋過ぎたのかもしれないな。
勝新の『影武者』『戦場のメリークリスマース』、『マッドマックス』のプロデューサーが持ち込んできた企画、どれも観て観たかった!
未見の『不知火検校』と『顔役』も観なければ。

天才 勝新太郎 (文春新書)

天才 勝新太郎 (文春新書)


⚫︎ビリー・リンの永遠の一日/ベン・ファウンテン
上岡伸雄訳/新潮社(新潮クレストブックス)
Billy Lyn's Long Halftime Walk/Ben Fountain/2012

イラク版『キャッチ=22』と言われているそうだが、ここで兵士達が囚われている場所は戦場ではなく巨大なスタジアムだ。
感謝祭のカウボーイズ対ベアーズ戦。
戦場の英雄たちの凱旋ツアーの最終目的地。
まさに戦意高揚のための宣伝部隊。
彼らの過酷な経験で儲けようとする映画業界。
熱狂的な歓迎と浴びせられる称賛の中で露わになるのはどうしようもなく深い分断だ。
戦地に送る人間と送られる人間との大きな溝。この溝が埋まることのないことを知っている兵士達の深い諦念。19歳のビリーが見た、
アメリカという国の真実の姿がここにはある。
ちなみに、小説の中ではカウボーイズは7対31の大差で負けますが、2004年11月25日の実際のベアーズ戦は21対7でカウボーイズが勝利。まあ小説の中ではこれが在るべき試合結果だと思います。
ハリウッドスターは実名で言及されますが、カウボーイズのオーナー、選手はすべてフィクション。
アン・リー監督による映画が今年公開予定だったのが、賞レースに絡まなかったからなのか何なのか、現時点でいつ公開されるのか未定。
歌姫テイラースイフトとの交際発覚で、ビリーを演じた若手俳優ジョーアルウィン知名度がグッとアップして無事公開となればいいんだけれど。
詳しくはこちら👉ビリー・リンの永遠の一日 - 極私的映画案内

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)

ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎ブラインド・マッサージ/畢飛宇ビー・フェイユイ
飯塚容訳/白水社(EXLIBRIS)
Massage/Bi Feiyu/2008

南京の「沙宗琪マッサージセンター。
この店で働く盲人たちの悲喜交々、人間模様を描く群像劇。盲人同士が助け合って生きている閉鎖的なコミュニティの中で巻き起こる騒動といえば恋愛沙汰だが、
それはどんな職場でもよくある話。
しかし、視覚情報が得られない時、人は人の何に恋するのだろう?先天的に見えない人にとっては「美」という概念さえ謎であり、それは見える人から得られる情報でしかない。
しかし、彼らも「美しさ」に無頓着な訳でもない。
彼らにとっても「美しさ」は常に武器になるからだ。
とはいえ、視覚情報に頼らない感情は、やはりより純粋に感じられるのも確かだ。
読んでいてすごくマッサージに行きたくなったんだけれど、私だったら王先生を指名する!

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)


⚫︎怪物はささやく/パトリック・ネス,シヴォーン・ダウド原案
池田真紀子訳/あすなろ書房
A Monster Calls/Patrick Ness(Siobban Daud/2011

主人公が子どもでも大人でも身近な人の死をどう乗り越えるのかというお話は珍しくはない。
ただ、この物語が他とは違うのは死にゆく人の周りの人間にとっては(或いは死にゆく人にとっても)、死は解放でもあるという事を描いている点だと思う。
「もうじき母さんはいなくなるってわかっててただ待ってるなんて耐えられないからだ!
終わってほしいんだよ!
さっさと終わらせたいんだ!」

コナーはこう考えてしまった事で罪悪感に苛まれるが、この気持ちはよく分かる。
どんなにその人を思っていても結局かわいいのは自分。
耐えられないのは自分なのだ。
コナーと同じ時間を過ごしたことのある人ならば、きっと多くの人がこの罪悪感に苦しだんじゃないだろうか?
喪失感、そして罪悪感に折り合いをつけること、多分“喪の仕事”というのはこれら二つを合わせたものなのだろう。
YA小説にカテゴライズされているが、何度か別れを経験している大人により響くストーリーだと思う。
『インポッシブル』『永遠の子どもたち』のJ・A・バヨナ監督で映像化。
劇場公開は6月9日。
『永遠の子どもたち』もホラー風味の良作だったので期待大です。
怪物の声にリーアム・ニーソンというキャスティングは、怪物の正体を考えると、とても気が利いてます。

怪物はささやく

怪物はささやく


⚫︎台湾生まれ日本語育ち/温又柔
白水社

台湾で生まれ日本語で育った台湾人作家温又柔のエッセイ。
一番自由に使えるのは日本語で長く日本で暮らしているのに日本人ではない。
このあたりの感覚は日本生まれ日本語育ちの一般人にはよく分からない感覚だが、言葉というのは何処に住むかということ以上にその人のアイデンティティと切っても切り離せないものだと思う。
日本統治下で日本語を学ぶ事を強制された台湾のお年寄りが今でも日本語が話せるというのは知っていたが、あの時代、日本語で小説を書いていた作家がいたことは初めて知ったので興味深かった。
連載をまとめたものだから仕方ないのかもしれないが、同じ話を何度も繰り返しているのが気になった。
まあ、この中のどれか一編を読むのなら気にならないだろうが、“台湾生まれ日本語育ち”という要素を除くとエッセイとして面白いか?というと疑問も残る。

台湾生まれ 日本語育ち

台湾生まれ 日本語育ち


⚫︎自殺/末井昭
朝日出版社

そのものズバリのタイトルだし、著者である末井さんの母親は末井さんが7歳の時に隣家の息子とダイナマイト自殺したとか、とにかく自殺に関する本であることは確かだけど、これがとても面白い。
「ダメなままで生きていてもいいよ」と丸ごと肯定してもらったような気がした。
自殺まで考えなくても人間誰しもネガティブな考えにはまって堂々巡りすることはあるもので、そんな時にこの本は“効く”と思う。
末井さんは正直で優しい。
一番印象に残ったのは青木麓さんのご両親の心中の話。
自分たちの人生にすごく満足してもう十分生きたから、そういう理由でまだ若い娘たちを残して心中という選択をするというのが驚きというか、こういう言い方は不謹慎かもしれないけど、ある意味新鮮だった。
2014年第30回講談社エッセイ賞受賞作。

自殺

自殺


⚫︎第三帝国/ロベルト・ボラーニョ
柳原孝敦訳/白水社
EL TERCER REICH/Robert Bolaño/2010

少年時代の夏を過ごした思い出のホテルで恋人との初めての休暇だというのに、旅は最初から“終わりの始まり”の不穏な空気に満ちている。
現地で知り合った情緒不安定なドイツ人カップルの片割れチャーリー、〈火傷〉と呼ばれ顔、胸、腕に火傷痕のあるボート貸しの男、病気で姿を見せないホテルのオーナー。
ウォーゲーム「第三帝国」。
ドイツ王者ウドは負ける筈のない〈火傷〉との対戦で追い詰められ降伏する。
たかが、ボードゲーム
しかし、この降伏によってウドは決定的に変えられてしまったように感じられた。
もう彼は以前の彼には戻れないのだ。

第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)

第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)


⚫︎スウィングしなけりゃ意味がない It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)/佐藤亜紀
KADOKAWA

ナチス政権下のドイツ・ハンブルクで“頽廃敵性音楽”スウィングジャズにシビれ歌い踊った若者たちの青春グラフィティ。
どんどん暗く息苦しくなっていく社会でしなやかに強かに生きていく彼らの姿は痛快だが、
そんな彼らも無傷ではいられない。
心身共に傷つきながらも最後の矜持は守りつつ少年から大人の男に成長していく。
史実とフィクションが融合したプロットも素晴らしいが、エディ、マックス、クー、エリー&ダニーのベーレンス兄弟の主要キャラは勿論、登場キャラクターの人物造形がお見事。
マックスのピアノ(レンク教授との連弾、アディとのセッション!)が聴きたい!
彼らの話し言葉が今の日本の若者言葉なのは、これが遠い昔の外国のお話ではなく、今を生きる私たちの物語だという作者からのメッセージではなかったか?
『吸血鬼』に続き、二作目の佐藤亜紀
『吸血鬼』とはまったくテイストが違うことに驚く。

スウィングしなけりゃ意味がない

スウィングしなけりゃ意味がない