極私的映画案内

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メッセージ


わたしの人生の物語


ある日突然、世界中の12箇所に謎の飛行物体が現われる。
彼らの目的も意図も不明という状況の中で、
軍のウェーバー大佐は、言語学の第一人者ですでに一度軍に協力した経験のあるルイーズ・バンクスにエイリアンの声の解析を依頼する。
ルイーズは直接対話することが必要だと主張する。
言語学者のルイーズと物理学者のイアン・ドネリーがコンビとなって、言語学、物理学の両面から彼らへのアプローチを図ることになるが、
果たして彼らは何のために地球にやって来たのか?
この星の住人になにを伝えようとしているのか?


ルイーズとイアンは七本の足(?)を持つヘプタポッドにアボットコステロと名付ける。
彼らとのセッションの中でルイーズは彼らの話す言葉ではなく、書く言葉に注目する。
一方で、彼女はあるフラッシュバックに何度も襲われていた。
そこに登場するのは、幼い少女の生と死。
ルイーズは結婚したことも、子どもを産んだこともない。
少女はルイーズの娘なのか?


ヘプタポッドの文字の解析が進む中、
ルイーズは気付く。
これは文字を順番に綴って意味を伝える人類の言語とはまったくの別物だと。

一方、各地のヘプタポッドは、“彼ら”の目的は人類に武器を与えることだと伝える。
これを脅威と捉えた各国は次々と通信を遮断。
“彼ら”への攻撃準備を着々と進める。
ルイーズはこの危険を知らせるため制止をふりほどきイアンと共にヘプタポッドの元へと急ぐ。
ヘプタポッドは伝える。
“彼ら”の目的は人類に贈り物をすることだと。3000年後に人類に助けてもらうために。
ルイーズは“彼ら”は時間を超越した存在だと悟る。
そして、フラッシュバックは彼女の未来の記憶であり、少女は彼女の娘だと。


自由意志で運命を変えることは出来ない
ルイーズはペプタポッドとのセッションを通じ彼らの時間概念を獲得し、こう認識する。


娘との記憶は未来、
ペプタポッドとのセッションは過去。
そして現在、ルイーズはイアンと一緒に気持ちのいい夜を過ごしている。

ルイーズは大きな選択の時を迎えている。
悲劇を避けるための選択をするのか?
それとも、たとえなにが起こるのか知っていても同じ選択をし、その人生の一瞬一瞬を慈しみ、生きていくのか?

ルイーズは選択する。
あなたの人生の物語を、
そしてわたしの人生の物語を。

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原作者テッド・チャンは『あなたの人生の物語』の〈作品覚え書き〉の中で、こう書いている。

この話は、物理学の変分原理に対する興味から生まれた。はじめてこの原理を学んだ時からずっと魅力的な原理だと思っていたのだが、乳ガン闘う妻を題材にしたポール・リンケの一人芝居、〈生きている君いると時が立つのを忘れる〉を見るまで、小説のなかにこの原理を生かす方法が見当たらなかった。芝居を見て、人が避けられない事態に対処する話のなかで、変分原理を使えるかもしれないと思いついた。
数年後、その考えと、新しく母となった友人が生まれたての赤ん坊について口にしたことと合体して、この話の核になった。


ポール・リンケはTVシリーズ『白バイ野郎ジョン&パンチ』などに出演していた俳優で、妻が余命宣告された時、夫妻は子どもを作ろうと決めたのだという。
この夫妻の決断が、物語の中でのルイーズの決断につながっている。
テッド・チャンは更にこう続けている。


この話のテーマをもっとも端的にまとめたものは、
スローターハウス5』二十五周年記念版の自序でカート・ヴォネガットが語っている次の文章といえようー
スティーヴン・ホーキングは……われわれが未来を思い出すことができないのをじれったく思っている。
ところが、未来を思い出すことなど、いまのわたしには児戯に等しく思える。
わがよるべなき、疑うことを知らぬ赤ん坊たちがどうなるか、わたしにはわかっている。なぜならば連中はもうおとなになっているからだ。わが親友たちがどんな最期を迎えるのか、わたしにはわかっている。なぜなら彼らの多くが引退したり、死んじまっているからだ……。
スティーヴン・ホーキングや、ほかのわたしより若い連中にこう言ってやりたい。
「しんぼうしていたまえ、諸君の未来は、諸君が何者であろうと、足下に寝そべるだろう」と』


カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』は、現在、過去、未来という時間概念を持たない宇宙人に攫われた主人公が自身の現在、過去、未来をデタラメにタイムトラベルする話。
第二次大戦中ドイツ軍の捕虜となっていたヴォネガットドレスデンで連合国軍(味方)の大空襲にさらされるという自身の経験が色濃く反映している作品です。

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⚫︎メッセージ/Arrival (2016 アメリカ)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:エリック・ハイセラー
原作:テッド・チャンあなたの人生の物語
早川書房(ハヤカワ文庫)
撮影:ブラッドフォード・ヤング
音楽:ヨハン・ヨハンソン
出演:エイミー・アダムスジェレミー・レナーフォレスト・ウィテカーマイケル・スタールバーグ,マーク・オブライエン,ツィ・マー



ほぼノーメイクであろうルイーズ役のエイミー・アダムス。40代を迎えてますます美し!



『ハートロッカー』や『28週後…』のイメージが強くてただでさえ軍人顔のジェレミー・レナー
もう少し物理学者っぽく見えるシーンが欲しかった!



テッド・チャンの傑作小説『あなたの人生の物語』をシナリオにするという高難度なミッションに挑んだのは『ライト/オフ』のエリック・ハイセラー
小説からの改変についてはシナリオの草稿段階から目を通していた原作者のテッド・チャンも納得していたという。
小説の読者層と映画の観客層は自ずと異なる。
映画ではより広い層を想定した、たとえば、ヘプタポッドを恐れた大尉の行動など、より映画的な仕掛けが必要だったのも致し方のないところだっただろうし、各国の対応が一枚岩とは言えない辺りはより現実的かもしれない。
ただ、ルイーズがヘプタポッドの表義文字(セマグラム)にヒントを経て、ゲーリー(映画ではイアン)の物理学的示唆(フェルマーの最小時間の原理)を得て、彼らヘプタポッドが現在、過去、未来という時間の概念を超えた種であることを認識するという過程が映画にはなかったのは残念だった。
因みに、フェルマーの最小時間の原理とは、
光が二点間を移動する時に必ず最小時間(あるいは最大時間)で到達するルートを選ぶ、ということは光は最初から到達点(未来)を知っていることになる、
と大雑把に言えばそういう原理。
(物理学はさっぱりなのでこれ以上の説明は出来ません。ごめんなさい。)
映画では、“彼ら”が3000年後に人類に助けられるために贈り物をしにきたというメッセージを伝えたことでルイーズは“彼ら”が時間を超越した存在だと悟り、フラッシュバックが彼女の未来の記憶であることを知る。
原作では、“彼ら”の目的は最後までわからずじまいだ。
ルイーズが見ることの出来る未来はあくまでも自分の未来、“わたしの人生の物語”であり、ごくパーソナルな物語だったのだ。
しかし、映画では、人類による“彼ら”への攻撃という一触即発の状況を作り出したがゆえに、ルイーズはシャン上将の未来までも見えたことになっていて、ごくパーソナルな物語という原作のコンセプトが少し歪められてしまったように思う。


ペプタポッドの“声”など音響効果も印象深いが、
ヨハン・ヨハンソンの音楽も素晴らしかった。
とても印象的に使われているのは、マックス・リヒターのOn the Nature of Daylight 。
これはルイーズという人間のとても個人的な物語。
音楽は彼女の心情に終始寄り添っていたと思う。
マックス・リヒターMax Richterの「On the Nature of Daylight」はこちら👉Max Richter - On the Nature of Daylight - YouTube


撮影はブラッドフォード・ヤング
これまでの仕事を見ていくと、
『グローリー/明日への行進』の50年代、『セインツー約束の果てー』『完全なるチェックメイト』の70年代、『アメリカン・ドリーマー理想の代償』と時代色を出すのが巧みという印象だが、今作のSF作品でさらに表現の幅を広げている。
今後も楽しみな撮影監督です。

公式サイトはこちら👉映画『メッセージ』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ

予告編はこちら👉映画『メッセージ』本予告編 - YouTube

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👇テッド・チャンによる原作(短編集)『あなたの人生の物語』はこちら

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

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👇ヨハン・ヨハンソンによるサウンドトラックはこちら

『メッセージ』(オリジナル・サウンドトラック)

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👇テッド・チャンが影響を受けたであろうカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』はこちら

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