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極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

ムーンライト

月の光に少年は青く輝く


1. Little リトル

みんなからはリトルと呼ばれているシャロンは(時間的に不規則そうな勤務状況とユニフォームから察すると)看護師(あるいは看護助手)の母ポーラと二人暮らし。
ポーラは厳しい生活の中で余裕がないせいなのか、
それともドラッグの影響なのか、
シャロンに対して辛く当たることが多い。
蒸発したのか、服役中か、それとも死んだのかは不明だが、父親は不在。
おそらく、シャロン父親の顔さえ知らないのだろう。部屋に写真もない。

いじめられっ子のシャロンは今日も追いかけられて治安の悪い地域の廃屋に逃げ込む。
そんなシャロンに手を差し伸べたのはドラッグディーラーのフアンだった。
シャロンの姿に自らの幼い頃を重ねたフアンは彼を自宅に連れ帰り食事をさせる。
ようやく名前は口にしたものの、どこに住んでいるのかなかなか言おうとしないシャロン
フアンとパートナーのテレサは無理に聞き出そうとはせずにその日はシャロンを家に泊める。
翌朝フアンはシャロンを送っていくが、
居合わせたポーラはシャロンを叱るだけ。
余計なことはするなとフアンに礼を言うことすらしない。
独りでいることが多いシャロンだが唯一の例外はケヴィンだ。
いじめられっ子の彼を気遣ってくれるケヴィンと一緒にいる時だけは子供らしい笑顔を見せるシャロン

ある日フアンが帰宅するとそこにはシャロンの姿があった。
フアンはシャロンに泳ぎを教える。

「じぶんの道は自分で決めろよ。
周りに決めさせるな」

月の光の下で黒人の少年の肌はブルーに輝いて見える。
かつてブルーと呼ばれたフアンは、シャロンにそう告げる。
キューバ系の生い立ち、厳しい家庭環境の中でドラッグディーラーという生き方を選ばざるを得なかったフアンはシャロンには自分と同じような生き方をさせたくはなかったのだ。

しかし、現実にはフアンはシャロンの母ポーラにドラッグを売っている。
「母親だろ?」とポーラを責めるフアン。

「ママに薬を売ってるの?」

シャロンにこう問われたフアンは否定することが出来ない。うなだれるフアンの手をそっと握るテレサ
そっとその場を立ち去るシャロン



2. Sharon シャロン

高校生になったシャロン
相変わらずイジメは続いている。
中でもドレッドヘアのテレムはシャロンの服装や歩き方までやり玉にあげて攻撃する。
鬱々とした学校生活の中で変わらずシャロンに接してくれるのは幼なじみのケヴィンだ。
ガールフレンドとのセックスの話をシャロンに振ってくるが、密かにケヴィンに恋するシャロンは複雑な心境だ。

家に帰っても更に状況は悪化している。
母ポーラはドラッグに溺れ、最早まともに仕事もしていないのか、住んでいる家もワンランク(いやツーランク?)下げ、室内も荒れた様子。
ドラッグが切れイラつくポーラは客が来るから家にいるなとシャロンを追い出す。
そんなシャロンの避難場所は相変わらずフアンの家だった。
テレサは変わらずシャロンを温かく迎える。
しかし、フアンはもうこの世にはいない。
職業柄おそらく殺されたのだろう。

家に帰りたくないくてビーチで独り海を眺めていたシャロンにケヴィンが声をかける。
マリファナを吸った二人はキスを交わす。
ケヴィンの手によってシャロンは射精に導かれる。
ケヴィンに受け容れられたと感じ満たされるシャロン

しかし、思わぬ事件が起きる。
テレムに要求されたケヴィンは断ることが出来ずにシャロンを殴ってしまう。

「倒れたままでいろ!」

祈るようなケヴィンの言葉にも耳を貸さず挑発するように何度殴られてもシャロンは立ち上がる。
立ち上がれなくなったシャロンをテレムと仲間が蹴りつける。
学校のセキュリティが駆けつけテレム達は逃げるが、校長に誰にやられたのか問われてもシャロンは頑としてくちを割らない。
翌日、意を決したような様子のシャロンは教室に入るなり、椅子でテレムを殴る。

警察に連行されるシャロンを見つめるケヴィン。

(これはあくまでも個人的な見方だが、ドレッドヘアのテレムが執拗にシャロン性的志向をイジメの対象にするのは、彼自身の中にも同性愛的志向があったからではないかと思う。
同性愛者をイジメることで、自らはそうではないと強調したいという無意識の行動ではないのか?
どんな人種のあれ、カミングアウトには心理的に高いハードルが存在するが、アフリカ系男性の場合、その共同体の中ではよりマッチョな男性像を求められそのハードルもより高い。
ケヴィンがシャロンに惹かれながらも女の子と関係を持ち、それをひけらかすように喋るのも、
テレムの要求を突っぱねることが出来なかったのも、
その辺りに理由がある気がする。)


3. Black ブラック

大人になったシャロン
マイアミを離れ、アトランタで暮らしている。
今ではブラックと呼ばれる彼に少年時代の面影はない。
鍛え上げられたその身体はまるで筋肉の鎧。
かつてのフアンのように多くの配下を束ねるタフなドラッグディーラーだ。
車のフロントにはフアンと同じオブジェが飾られている。
母ポーラは今では施設に入所し立ち直ろうと努力していた。
そんなある日、あの日以来、会うことも連絡するこちもなかったケヴィンから電話がかかってくる。
番号はテレサから聞いたと言う。
料理人になったというケヴィンは故郷に戻ってきた時には店に寄ってくれ。俺の作った料理を食べさせると言う。
突然の連絡に動揺するシャロン

施設に会いに行ったシャロン
必要な時に十分に愛情を注ぐことが出来なかった母ポーラは告げる。

「お前を愛している」

シャロンはその足で故郷マイアミへ向かう。



実際の映像に色を足して加工したという美しい映像。
3つの章で構成された詩的なストーリーは、
連作の短編小説を思わせる。
それぞれの章の間には描かれない空白の時間がある。
フアンの死の真相、ポーラの転落。
少年院の生活がシャロンをどう変えたのか?
ポーラの施設入所のいきさつ、
ケヴィンの結婚、服役。

「ポーラが、それぞれの間にどんな経験をしたのかを考えなければならなかった。
映画には出てこない部分の彼女についてね。
それぞれの章、彼女はとても変わっているでしょう?
それがどうしてなのか、その間に何があったのかを、
私はわかっていなければいけなかったの。」

ポーラを演じたナオミ・ハリスはインタビューでこう語っているが、映画では描かれなかった空白の時間に何があったのかを想像することは観客にも求められている。
そして、それを想像することでこの物語をより深いものとして受けとめることが出来のだと思う。

マハーシャラ・アリが演じたフアンは最初のパートにしか登場せず、史上最も短い出演時間でオスカーを獲得したことで話題になった。
しかし、彼の“不在”がその後にストーリーにも存在している。
フアンが生きていれば、
シャロンは事件を起こさなかったかもしれないし、
ファンが生きていれば、
シャロンに自分と同じ道は歩ませなかっただろう。
かつてブルーと呼ばれたフアン。
そのブルーが全編の基調になっているように、
彼はこのストーリーにずっと存在している。

全編アフリカ系(あるいはキューバ系)のキャラクターしか登場しないし、主人公は性的マイノリティでもあるが、そういう側面だけでこの映画を観れば本質を見誤るだろうし、何より残念なことだと思う。
マイアミの貧困地域の暮らしや性的マイノリティの人々が自分の置かれた環境といかに違うとはいえ、人間はその距離を想像力で埋めることができるはずだ。
イジメはどんな社会にも存在するし、
自分の居場所が見つからなかったり、
自分の思いを素直に伝えられなかったり、
自分ではどうすることも出来ない力で選ぶ道を狭められてしまったりすることは、
どんな状況、環境に生きていても起きうること。
そして、これは何よりもラブストーリーなのだ。

アトランタからマイアミまで。
映像ではあっという間に到着したように見えたが、
アトランターマイアミ間はざっと980キロ
この距離をたった1本の電話で車を飛ばす!
これが恋でなくて、愛でなくて、何だろう?

シャロンは男性だからケヴィンを愛したのではない。
ケヴィンだから愛したのだ。

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⚫︎ムーンライト/Mionlight
(2016 アメリカ)
監督・脚本:バリー・ジェンキンズ
原案:タレル・アルヴィン・マクレイニー
「In Moonlight Black Boy Look Blue」
撮影:ジェームズ・ラクストン
編集:ナット・サンダース,ジョイ・マクミリオン
美術:ハンナ・ビークラー
音楽:ニコラス・ブリテル
出演:トレヴァンテ・ローズ,アンドレ・ホーランド,アッシュトン・サンダース,ジャハール・ジェローム,アレックス・ヒバート,ジェイデン・ピナール,マハーシャラ・アリ,ジャネール・モネイ,ナオミ・ハリス

シャロンを演じた3人の俳優もケヴィンを演じた3人も正直全然似ていない。
「この子の成長した姿はこれです」という意味では全く説得力のないルックスだが、
見ているうちに3人ともシャロンで、
3人ともケヴィンに見えてくる。
撮影にあたって3人にはそれぞれ他の2人がどう演じたかは見せなかったそうだが、
全く違う外見なのに、
ちゃんとシャロンが、ケヴィンがそこにいた。
シャロンについては同じ目をした俳優をキャスティングしたそうだが、ここはやはりバリー・ジェンキンスの演出の力を褒めるべきだろう。


原作戯曲のタイトルは『In Moonlight Black Boy Look Blue』。
月明かりに黒人少年の肌は青く輝いて見える。
これは、とかく差別の対象となる肌の色は美しいものなんだというアフリカ系の誇りを示すもの。
映画全編を通じてこのブルーが基調色となっている。
衣装、ファンの乗る車、ソファ、シャワーカーテンに至るまで意識的に使われている。



自らの少年時代をシャロンに重ね、庇護者たろうとするドラッグディーラー、フアンを演じたのは、マハーシャラ・アリ
『4400未知からの生還者』では空軍パイロット、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』ではエネルギー業界のロビイストと、どちらかと言えばインテリっぽい役柄の印象が強かったが、その歩き方、運転の仕方からドラッグディーラーになりきっていた。


フアンがシャロンに泳ぎを教えるこのシーン。
シャロン役のアレックス・ヒバートはそれまで泳ぎ方を教わったことがなかったそうで(地元マイアミっ子!)、この時が初泳ぎとなったそう。





ビザやスケジュールの問題でたった3日間しか撮影に参加できなかったナオミ・ハリス
その3日間で、異なる年代の母ポーラを演じた。



フアンの妻で彼亡き後もシャロンを温かく見守り続けるテレサを演じるジャネール・モネイはソウル、R&Bのシンガーソングライター。
今作と共にアカデミー賞作品賞にノミネートされた『Hidden Figures』(現時点で日本公開は未定。是非とも公開を!)にも出演している。
ちなみに彼女のヒット曲『Tightrope 』のPVはこちら👉Janelle Monáe - Tightrope [feat. Big Boi] (Video) - YouTube




シャロンを(というよりこの作品全体を)最後に優しく受けとめる大人になったケヴィンを演じたのはアンドレ・ホランド
第1章ではマハーシャラ・アリが、最後の章ではこの人が作品を引き締めていて、マハーシャラ・アリと共に今作の功労者と言えるのではないかと思う。
今作と同じPLAN B(ブラッド・ピット創立)製作の『グローリー/明日への行進』(『Selma』)にも重要な役どころで出演している。



シャロンを演じた3人。
とんだハプニングに見舞われたものの、アカデミー賞では、作品賞、脚色賞、助演男優賞の3部門で受賞。



幸運にもアカデミー賞授賞式前日に試写で鑑賞。
配給のファントム・フィルムさんからは
内容充実の素晴らしいパンフレットまで頂きましたよ♪
興行に協力すべく映画館で二度目の鑑賞。
最初から泣いてた。


公式サイトはこちら👉映画『ムーンライト』公式サイト

予告編はこちら👉アカデミー賞候補作!『ムーンライト』本国予告編 - YouTube


👇登場人物にそっと寄り添うようなオリジナル・スコアも素晴らしかったが、ケヴィンの告白となるBarbara Lewisの『Hello Starsnger』やシャロンがマイアミに戻るシーンで使われていたCaetano Velosoの『Cucurrucucú Paloma』など既成曲の選曲もナイス!
ちなみにCaetano Velosoのこの曲はペドロ・アルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』でも使われていた。
ニコラス・ブリテルによるサウンドトラックはこちら

ムーンライト

ムーンライト

👇PLAN B製作でケヴィン役アンドレ・ホランドが出演している『グローリー/明日への行進』のDVDはこちら今作の監督のエヴァ・デュヴァネイは今年『13th』で長編ドキュメンタリー部門でアカデミー賞にノミネートされていた。

グローリー/明日への行進 [DVD]

グローリー/明日への行進 [DVD]

今月の読書 〜2017年2月〜

いつもより短い月にもかかわらずなかなかいいペースで積読本を消化できた2月。
内容的にも、ファン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』、
スティーヴ・エリクソン『ゼロヴィル』、エドゥアルド・ハルフォン『ポーランドのボクサー』
の三冊は年間ベスト級の素晴らしさで充実の読書時間を過ごすことが出来た。
『プリズン・ブック・クラブ』の選書、スティーヴン・ギャロウェイの『サラエボチェリストも忘れ難い。


⚫︎アルヴァとイルヴァ/エドワード・ケアリー
古屋美登里 訳/文藝春秋
ALVA &IRVA/EDWARD CAREY/2003

架空の国の架空の街エントラーラ。
大きな災厄に見舞われた街の存亡の危機を救ったアルヴァとイルヴァの双子の姉妹。
大きく変わってしまった街の姿と双子の作った模型に宿る街の記憶。
双子が(結果的に)その生涯をかけてプラスチック粘土で作る街の模型、祖父の作るマッチ棒細工の建物、双子にのっぽの遺伝子を遺した父親が愛した外国の切手など、いかにもエドワード・ケアリーらしい道具立ての魅力は勿論だが、
基本的にはアルヴァとイルヴァ、姉妹の成長譚だ。
より近い存在であるが故のお互いから自由になりたいという反発は必然だったのかもしれない。
エドワード・ケアリーは(読んでないだろうけど)、
宮沢賢治が好きだと思う。

アルヴァとイルヴァ

アルヴァとイルヴァ


⚫︎サラエボチェリスト/スティーヴン・ギャロウェイ
佐々木信雄 訳/ランダムハウス講談社
THE CELLIST OF SARAJEVO/2008

1992年包囲されたサラエボの街でパンを買うための行列に撃ち込まれた砲弾によって22名の人々が犠牲になった。
その翌日から現場で22日間鎮魂のためにチェロを弾き続けたチェリストがいた。
サラエボチェリスト”ことヴェドラン・スマイロヴィッチを検索したら出てきた写真の神々しい姿に俄然興味をかきたてられた。
物語の登場人物は、彼を敵方のスナイパーから守る凄腕の女スナイパーアロー、家族の為に水汲みに向かうケナン、妻子を国外へ逃し自身は妹家族と暮らすドラガン。
かつて人々が行き交った通りは命懸けで渡る“スナイパー通り”となり、人々が集った広場は砲撃の標的となった。
いつ自分自身も犠牲になるのかわからない状況下でこの地にとどまることを選んだケナンとドラガン。
そして戦うことを選んだアロー。
想像を絶する状況の中でも人間として“守るべきもの”を失うまいとする三人の姿に胸をうたれる。
当時ニュースや新聞報道で旧ユーゴ、サラエボの状況については多少知っていたはずだが、
果たしてそれは十分だっただろうか?
たかが極東の国の無力な個人が何か知ったところでどうにかなるわけでもないが、
それでも犠牲者や厳しい暮らしを強いられた人々に思いを寄せることが出来なかったことに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『プリズン・ブック・クラブ』の選書からの一冊。

サラエボのチェリスト

サラエボのチェリスト


⚫︎アウシュヴィッツの図書係/アントニオ・G・イトゥルベ
小原京子 訳/集英社
LA BIBLIOTECARIA DE AUSCHWITZ/Antonio G Iturbe/2012

絶滅収容所とも言われたアウシュヴィッツ強制収容所
そこには小さな子供たちの“学校”があった。
学校の“図書係”はチェコユダヤ人の13歳の少女ディダ。
しかし、図書といっても本はたったの8冊。
その中にはディダには読めないロシア語の文法の本やフランス語の小説もあった。
図書係の仕事は1日の授業が終わった後に本を無事に隠すこと。
毎日弱った囚人の遺体がバラックから運び出され、“選別”された人々がガス室へ送られる。
まさにこの世の地獄で、束の間子供たちに笑顔をもたらし、大人に正気を保たせたのが学校であり、本だった。
ホロコーストの歴史の中でもあまり知られていない事実(だと思う)なので、後世に伝えるという意味は大きい。
しかし、小説としての完成度には疑問符がつく。
複数の登場人物の視点でストーリーが進んでいく小説はたくさんあるが、それがお世辞にも巧くいったとは思えない。

アウシュヴィッツの図書係

アウシュヴィッツの図書係


⚫︎ホワイト・ジャズ/ジェイムズ・エルロイ
佐々田雅子/文春文庫/文藝春秋
White Jazz/James Ellroy/1992

《暗黒のL.A.四部作》再読中。
アンダーワールドU.S.A.三部作にも引き継がれる)極端に説明を排した短い電文調、新聞、雑誌の記事で事実を伝えるスタイルは今作で完成された印象。
これまでの三作以上に登場人物は悪党揃い。
猛スピードで走り出したかと思えば、
急ブレーキで止まりUターンといった感じの狂いっぷり。
天使の街L.A.ならぬ、犯罪都市L.A.。
政治、権力、金、ドラッグ、愛、全てが絡み合って誰もが身動き出来ずにもがいている。
生き残るためには無垢ではいられない。
誰もが罪人。
今作も映画化構想中という話は随分前に聞いた気がするが、IMDbで確認したら
今だステータスは“構想中”。

ホワイト・ジャズ (文春文庫)

ホワイト・ジャズ (文春文庫)


⚫︎運のいい日/バリー・ライガ
満園真木 訳/創元推理文庫東京創元社
LUCKY DAY AND OTHER STORIES/Barry Lyga/2014

《さよなら、シリアルキラー》三部作の前日譚。
収録の四編はそれぞれジャズ、ハウイー、コニー、
保安官G・ウィリアムが主人公になっている。
シリーズの読者はこの後の怒涛の展開を知っているだけに少し切ない。
ジャズの親友ハウイーが主人公なのは「ハロウィン・パーティー」。
血友病ハウイーにとって身体の痣は背負った運命の重さそのものだが、この日、ハウイーの身体に残された痣を彼はこの先ずっと甘い記憶と共に思い出すに違いない。
連続殺人鬼ビリー・デント逮捕の経緯を描く「運のいい日」。
G・ウィリアムがビリーを逮捕出来たのは、偶然でも運がよかったのでもなく、彼が保安官として優秀だったからだ。
(収録作品)
・将来なりたいもの
・ハロウィン・パーティー
・仮面
・運のいい日

運のいい日 (創元推理文庫)

運のいい日 (創元推理文庫)


⚫︎ペドロ・パラモ/ファン・ルルフォ
杉山晃増田義郎 訳/岩波文庫岩波書店
PEDRO PÁRAMO/Juan Rulfo /1955

ペドロ・パラモ。
母から知らされたその名だけで顔も知らない父親を訪ねてファン・プレシアドはかつて母が暮らした町コマラを目指す。
しかし、そこは亡霊のささめきに満ちた死者たちの町だった。
生者と死者、この世とあの世の境界線上をファンも我々もさまよい歩く。
現在と過去、あの世とこの世を行き来しつつ、ペドロ・パラモの生涯、そしてコマラの町の栄枯盛衰を知ることになる。
ラテンアメリカ文学の最高峰として共にその名を挙げられるガルシア=マルケスの『百年の孤独』。
ファン・ルルフォとガルシア=マルケス
二人の描きたかった世界にそう違いはなかったのかもしれない。
作品自体が円環構造になっていることもあるが、
続けてもう一度読まずにはいられなかった。
二度目は人物相関図をメモしながら読みました。

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

ペドロ・パラモ (岩波文庫)


⚫︎ポーランドのボクサー/エドゥアルド・ハルフォン
松本健二 訳/白水社
EL BOXEADOR POLACO, LA PIRUETA, and MONASTERIO/Eduardo Halfon/2008, 2010,2014

父方、母方双方にユダヤ系のルーツを持ち、
グアテマラに生まれ、アメリカで教育を受け、
スペイン語で小説を書くグアテマラ人作家エドゥアルド・ハルフォン。
ユダヤ教ユダヤ人としてのルーツに対する彼の距離のとりかたとシンクロするのかもしれないが、
オートフィクションという彼の小説のスタイル、現実からフィクションへの過程で生じる距離感が絶妙。
若き詩人ファン・カレル、まるで本人のようなマーク・トゥエイン研究者ジョークルップ、ルーツに帰るセルビア人ピアニスト、ミラン・ラキッチ、登場人物もとても魅力的で忘れがたい。
一度通して読んで、二度目は三冊の原書の順序でエドゥアルド・ハルフォン版『石蹴り遊び』を堪能した。
どちらの順序で読んでも素晴らしかった!

(収録作品)
・彼方の/「ポーランドのボクサー」
・トウェインしながら/「ポーランドのボクサー」
・エピストロフィー/「ピルエット」第二章
・テルアビブは竃のような暑さだった/「修道院」第一章
・白い煙/「修道院」第二章
ポーランドのボクサー/「ポーランドのボクサー」
・絵葉書/「ピルエット」第三章
・幽霊/「ピルエット」第一章
・ピルエット/「ピルエット」第四章
・ボヴォア講演/「ポーランドのボクサー」
・さまざまな日没/「修道院」第三章
・修道院/「修道院」第四章

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)


⚫︎ゼロヴィル/スティーヴ・エリクソン
柴田元幸 訳/白水社
ZEROVILLE/STEVE ERICKSON/2007

1969年夏フィラデルフィアから映画の都ハリウッドに出てきたのはスキンヘッドにM・クリフトとE・テイラー(『陽のあたる場所』)の刺青という青年ヴィカー。
映画を愛し、その知識については人並外れたヴィカーだったが映画以外の事となるとお子様並みの正に“映画自閉症”。
セットの建築から始めて編集へと映画業界に居場所を確保していくのだが、彼には彼自身気付いていない使命があった。
映画=人生のヴィカーが最終的に編集という仕事にやりがいを見出していくのが興味深いし、
69年から84年という時代設定も絶妙。
ベトナムウォーターゲートレーガン
そして本物の『裁かるゝジャンヌ』の発見等、
史実を巧く取り込んでいる。
ざっと数えて200本近い映画が言及されているのが本作のひとつの特徴だが、(勿論私も全部は観ていないが)、未見のものも観ているものも(もう一度)観たくなること必至!
久しぶりに完徹して読了。
主人公ヴィカーのエキセントリックさが目立つが、
ヴィカーの家に泥棒に入るアフロヘアの黒人の男、
カンヌでヴィカーの元に送り込まれる高級コール・ガール“マリア”、フランコ政権下の反政府活動家クーパー・ルイスといった映画愛あふれる脇キャラクターも魅力的。
登場する実在の人物の中でも重要なキャラクターがヴィカーの良き理解者となるヴァイキング・マン。
彼のモデルは映画監督のジョン・ミリアス
彼は『ビッグ・リボウスキ』でジョン・グッドマンが演じたキャラクターのモデルにもなっている。


上がジョン・ミリアス、下が『ビッグ・リボウスキ』のジョン・グッドマン

ゼロヴィル

ゼロヴィル


⚫︎ベル・カント/アン・パチェット
BEL CANTO/Ann Patchett/2001

南米某国の副大統領公邸で日本のある有名企業社長の誕生パーティーが催される。
ところが、特別ゲストの有名ソプラノ歌手ロクサーヌ・コスが歌い終えた時、照明が消え邸内に侵入したテロリストグループに占拠されてしまう。
96年ペルーの日本大使公邸占拠事件がモデルになっており、実際の事件同様事件解決まで4カ月以上を要している。
テロリストと人質、この奇妙な共同生活の中で重要な役割を果たすのが“音楽”であり、ロクサーヌの歌声は緊張を緩和し、邸内のパワーバランスも動かす。
そして、それぞれがそれぞれの人生に向き合うことになる。
事件の結末は最初から見えてはいるが、
やはり痛ましいのは、リーダー三名を除くテロリストたちの若さ、幼さであって、彼らが反政府活動に身を投ぜざるを得なかった現実が重くのしかかる。
2002年のPEN/フォークナー賞受賞作。この小説を手にとったきっかけも実はこの賞で、ある海外ドラマを観ていたら主人公の作家が賞の候補になっていて結果を待っている時に「ジョナサン・フランゼンの『コレクションズ』が獲るべきだった!」と熱弁をふるうシーンがあったからだった。
個人的意見だが、私もこの作家(というよりこのドラマの脚本家)に賛成。
最後まで一気に読者を引っ張っていく力はあるけれど、
大統領のパーティー欠席の理由(テロリストの目的は大統領の誘拐だったのです)がお気に入りのドラマが観たかったとかいうしょうもないものだったり、エピローグの展開も唐突で。

ベル・カント

ベル・カント


⚫︎ペーパーボーイ/ヴィンス・ヴォーター
原田勝 訳/岩波書店
PAPER BOY/Vince Vawter/2013

1959年メンフィス。
おじいちゃんの農場へ行った親友の代わりに1ヶ月新聞配達をすることになった11歳の少年。
吃音症の彼にとって最大のハードルは金曜の集金の日。
知らない人と話すことは彼にとって何よりも苦手なことなのだ。
しかし、この新たな冒険が彼を大きく成長させる。
大人の世界に一歩足を踏み入れた彼は、もう知らないふり、見えないふりは出来ない。
マームがバスの後部座席に座らなくちゃいけない理由も、ワージントン夫人の涙の理由も。
でも、自分の気持ちを伝えるってことは、
吃音症の彼でなくても誰にとっても難しいよね。

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)


⚫︎この世界の片隅にこうの史代
アクションコミックス/双葉社

「読んでから観るか?観てから読むか?」
これは常に悩ましい問題だが、この作品に関しては、原作のファンが映画を観ても、映画のファンが原作を読んでも、がっかりすることはない(だろう)という稀有な作品だと思う。
もちろん原作では、映画でちょっと疑問だった部分や、描かれなかったりんさんのエピソードなど、映画を補完してくれるのも確か。
しかし、映画を観終わった時も、原作を読み終わった時も胸に溢れてくる思いは同じだったし、映画でそこを再現できたことも素晴らしかったと思う。
架空の存在であるはずのすずさんに私たちが親近感を感じたように、厳しい状況の中でも今も世界の何処かで家族や大切の人のために心を砕く人がいることに思いを馳せたい。
それが、こうの史代さんの願いでもあると思う。


⚫︎結婚式のメンバー/カーソン・マッカラーズ
村上春樹新潮文庫/新潮社
THE MEMBER IF THE WEDDING/Carson McCullers /1946

兄の結婚という人生に初めて訪れた変化、思春期の入り口という年頃。広い世界への憧れ。
ぐんぐん伸び続ける身長を持て余すフランキーの頭の中には、いろいろな思いや考えがぐるぐる渦巻いていて、どうしたらこの状況から抜け出せるのか出口が見つからない。
混乱状態の彼女を受け止めるのが、家政婦のベレニスとまだ幼い従弟のジョン・ヘンリーというのが面白い。
ベレニスはフランキーを愛しているがもちろん母親とは違う。
この絶妙な距離感がフランキーを素直にさせている。家族に限りなく近いこの関係は『ペーパー・ボーイ』にも共通している。
訳者の村上春樹の読後感は『たけくらべ』だったそうだが、私が思い出したのは、サリンジャーの『フラニーとゾーイ』だった。

結婚式のメンバー (新潮文庫)

結婚式のメンバー (新潮文庫)

たかが世界の終わり

彼の不在の意味


物憂げな表情で機上の人となった男。
彼、ルイとって、12年ぶりに里帰りだ。
帰郷の目的は、
自分の死期が近いことを家族に伝えること。

実家へは時折旅先から送る絵葉書くらいで一度も帰らなかったルイは、その間に劇作家として成功した。
内心家族も突然の帰郷に戸惑いはあるのだろうが、
とりあえず母マルティーヌは息子の好物をテーブルに並べ、ルイが家を出た時にまだ子どもだった妹シュザンヌは慣れないお洒落をし無邪気に兄の里帰りを喜んでいるように見える。
兄アントワーヌの妻カトリーヌとは初対面。
ルイは兄の結婚式にも戻らなかったのだ。
アントワーヌのルイに対する態度は素っ気ない。
ぎこちない雰囲気の中で食事は進むが、
ルイは肝心な話をなかなか切り出すことが出来ない。


12年もの不在の後にルイが家族にもたらそうとしているのは、自分がもうすぐ死ぬという知らせ。
彼は家族にどんな反応を期待していたのか?
その後どうするつもりだったのだろう?

12年前、ルイは何故家を出たのか?
それは、彼の性的嗜好のせいだったのか?
それとも劇作家になるために都会に出る必要があったのか?
それは明示されていない。
すんなり送り出されたのではない。
家を出るにあたってはすったもんだあった筈で、家には帰りにくかったのだろう。
今までは、劇作家として成功することが優先で、
家族をかえりみる余裕がなかったのかもしれない。
はっきりしているのは、自分が不在の期間、
彼は家族がどんな思いでいたのか考えが及んでいないということ。
そして、今また家族に爆弾を落とそうとしている。

(不在の理由は明かされないが)父親不在の家庭において次男の不在は長男に対する責任が増すことを意味するし、アントワーヌには全てを自分に押しつけて成功した弟へのやっかみも引け目もある。
母親と二人暮しとなった妹は都会への憧れがあってもそれをなかなか言い出せない。
ルイがそばにいれば、
せめてもっと密に連絡を取り合っていれば相談できることだってあっただろうに、
兄は家族と距離を置いていた。

12年ぶりの帰郷でルイが目の当たりにしたのは、
彼の不在が家族にどんな影響を与えたのかということだ。
それが如何に大きいものだったのかを思い知らされ、
彼は言葉を失ってしまう。

母マルティーヌの愛情は何があっても不変。
兄アントワーヌのルイに対する複雑な思いも弟を愛すればこそ。
12年家に帰らなかったルイにしても家族に対する愛情がないわけではない。
甘えられる家族だからこそ、
彼は自分の死期が近いことを告げに帰って来たのだ。
しかし、彼がそこで直面したのは自らの不在の大きさだった。

たとえ家族でも愛を形にすることは難しい。
愛していてもそれがうまく伝えられない。

結局、自らの死を家族に伝えられなかったルイ。
しかし、
ずっと家族に愛されていたことは分かったはずだ。

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⚫︎たかが世界の終わり/Juste la fin du monde/It's just end of the world
(2016 カナダ/フランス)
監督・脚本:グザヴィエ・ドラン
原作:ジャン=リュック・ラガルス
音楽:ガブリエル・ヤレド
出演:ギャスパー・ウリエル,レア・セドゥ,マリオン・コティヤールヴァンサン・カッセル,ナタリー・バイ



舞台こそホームグラウンドのカナダだが、
この豪華キャスト!
グザヴィエ・ドランの新作に対して期待はもちろんだが、一抹の不安があったことも確か。
しかしそれはまったくの杞憂だった。
世界的に著名なキャスト、それも一番若いキャストのレア・セドゥでさえ監督よりも年上という中で、主役ながら極端にセリフの少ない“受け”の演技が冴えたギャスパー・ウリエルをはじめ、しっかりそれぞれの新たな魅力を引き出していた。
特に成功した弟に複雑な思いを抱える兄アントワーヌとその妻カトリーヌを演じたヴァンサン・カッセルマリオン・コティヤールは今までの作品では見たことのない新たな面を見せてくれた。
グザヴィエ・ドランの最新作は初の英語劇で、ジェシカ・チャスティン、ナタリー・ポートマンスーザン・サランドン、ジェイコブ・トレンブレイ共演の
『The death and life of John F. Donovan』。
もう期待しかない!



夫との関係も上手くいっているようには見えないカトリーヌ(劇中明らかにはされないが夫アントワーヌに暴力を受けているのかもしれない)。
日頃から夫の弟に対する複雑な思いには気づいていたはずだが、嫁の立場としてどこまで立ち入ればいいのか複雑な立ち位置だが、マリオン・コティヤールはその辺りを巧く演じていた。
私は『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(監督:吉田大八)の永作博美を思い出しました。



弟ルイに対して遂に感情を爆発させるアントワーヌ。ヴァンサン・カッセルはクセのある役を演じることが多く、こんなに普通の男を演じているのを観るのは初めてかも。



ナタリー・バイの母親役は、
『わたしはロランス』に続き二作目。
『わたしはロランス』の母親とは息子に対する距離感も違うのだが、たとえ彼を理解出来なくても息子に対する愛情は変わらないという力強い母親像は共通していたように思う。
いつか監督グザヴィエ・ドラン自身との親子役も見てみたい!




昨年12月、試写会にて鑑賞。
ゲストとして登壇したギャスパー・ウリエルは思わず見惚れるイケメンぶり!
何より好印象だったのは、
質問ひとつひとつに対して丁寧に答える真摯な姿勢でした。


公式サイトはこちら👉映画『たかが世界の終わり』公式サイト

予告編はこちら👉『たかが世界の終わり』本予告 - YouTube


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アイアムアヒーロー


俺が君を守る!


新人コミック賞受賞から早13年。
三十代半ばにもなろうというのに鈴木英雄は未だ漫画家アシスタントとして鳴かず飛ばず
編集者に原稿を見せてはいるものの色よい返事はもらえず、連載はおろか掲載にさえこぎつけられない。

主人公がね、なんか普通なんですよね〜

同時期に新人コミック賞を受賞した早川コロンは今や表紙を飾る売れっ子漫画家になっていた。
英雄の成功を信じて支え続けてきた同棲中の恋人てっこもとうとう痺れを切らし英雄にこう言い放つ。

英雄くんのはね、夢って言わない!
妄想って言うの!
成功なんて一握りの特別な人しか出来ないんだよ!
英雄くん普通じゃん、普通の人じゃん!
今のままじゃ何にもなれない!死ぬまで!

趣味である猟銃と共にアパートを追い出された英雄は仕方なく仕事場へ。
そんな彼に夜明け前、てっこから電話がかかってくる。

酷いこと言ってごめん。
やっぱりあたし英雄くんといたい。

てっこのただならぬ様子に慌ててアパートに戻った英雄を待っていたのは、変わり果てた姿の彼女だった。
何かに感染したのか、異様な動きで英雄に襲いかかった彼女は、もう“てっこ”ではなかった。
何とか彼女を撃退し、再び仕事場へ戻った英雄を迎えたのは先輩のアシスタント三谷だった。
しかし、彼の手には血まみれのバットが。
傍らには殴り殺された同僚が倒れていた。
そして三谷は感染した先生を日頃の恨みとばかりに執拗に殴打。
ネット情報によれば頭部を完全に破壊する必要があるらしい。
噛みつかれ感染していた三谷は自ら死を選ぶ。
慌てて外に逃げ出す英雄。
しかし、すでに人々がパニック状態に陥っていた。。。


R-15指定。
まあ、これだけグロ描写満載ならそれも致し方なし。
多分原作漫画は15歳以下の読者もいるだろうから、
R指定を受けてしまうとみすみす潜在的な観客を失ってしまうことになっただろうに、あえてリスクを冒してグロ描写を抑えなかったことに先ずは拍手を送りたい。
よくぞやり切った!
編集が巧いのだろうが、
全編通してテンポがいい。
特に前半東京脱出までのテンポは素晴らしくて
一気に引き込まれた。
ゾンビ映画を観尽しているわけではないが、
ZQN感染者(ゾンビ)の動きやグロ描写も
欧米の作品に決してひけをとらない出来になっていると思う。
特に感染者がZQNになる過程の生々しさは
見どころのひとつだろう。
英雄にとって初めてのZQN感染者となる恋人てっこの変態の様子のおどろおどろしさといったら!
(てっこ役の片瀬那奈さん、グッジョブ👍
玄関のドアに噛みついたてっこの歯がボロボロ欠けていくシーンは何度も巻き戻して観てしまった!)
もうひとつこの映画で初めて観たのは、
高飛び選手だったというZQN感染者の動きだ。
過去の記憶の中で存在しているZQN感染者は生前の動きを繰り返しているが、超人的な力を獲得した彼の動きは斬新だ。


原作漫画は現在も連載中。
結末が決まっていないストーリーを映画にするにあたっては、割愛せざるを得なかったエピソードや登場人物、無視せざるを得なかった登場人物の関係性もあっただろう。
特に、舞台がショッピング・モールに移ってからの人間関係や、主人公英雄以外の登場人物の背景が分かりにくい。
もう一点、気になるのは、
ZQN感染者に子どもが登場しないことである。
ゾンビ映画で登場人物が直面する試練は、
先ずゾンビ化した幼い子どもたちにどう対処するか?
もうひとつは友人知人、家族がゾンビ化した時にどう対処するか?である。
ここでは、幼い子どもが登場しないので、
子どもたちに対処する時の葛藤は存在しない。
友人知人がゾンビ化した時の葛藤は、猟銃の所持許可証を持っている英雄が人に銃を向けることが出来ないという、彼個人の試練になっている。
この辺りの葛藤の描き方も物足りなく感じるが、
これも尺を考えると致し方なしか。
それでもこの尺で巧くまとめたなと感心した。
ゾンビ映画だって、やればこのくらいのものは出来る。
日本映画の力を見直す一本になったことは確かだ。


既存の社会システムが崩壊した世界では、
以前の社会的地位や財産など何の役にも立たない。
必要なのは、臨機応変に対応出来るサバイバル能力と
多少の戦闘能力。
英雄は芽の出ない漫画家。
学校にはどうも居場所がなさそうな様子の女子高生比呂美。
ショッピング・モールに籠城するサンゴは元引きこもり。
元看護師の藪は患者を見捨てたという罪悪感を抱えている。
既存の世界では名もなき人々がヒーローになれるかもしれない、いや、ヒーローにならなければならない世界。
それが彼らが生き抜いていかなければならない世界なのだ。


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⚫︎アイアムアヒーロー (2016 日本)
監督:佐藤信
原作:花沢健吾
アイアムアヒーロー』(小学館
脚本:野木亜紀子
出演:大泉洋有村架純長澤まさみ吉沢悠岡田義徳片瀬那奈片桐仁マキタスポーツ塚地武雅徳井優風間トオル村松利史


斧を片手に比呂美ちゃんを背負って逃げる逞しさを見せる元看護師、藪を演じた長澤まさみと半感染者として超人的な力を手にした比呂美ちゃんの有村架純
比呂美ちゃんには高い戦闘能力をもっと見せてもらいたかった!

予告編はこちら👉「アイアムアヒーロー」予告 - YouTube


👇『アイアムアヒーロー』のBlu-rayはこちら

今月の読書 〜2017年1月〜

2017年1月の読書は10冊。
一年の始まりとしてはまずまずのペースでした。
しかも、今月はどれもハズレなし!
でも、あえて選ぶとすれば、
オススメはジョー・ネスボ『その雪と血を』
アリス・マンロー『ジュリエット』
特に『その雪と血を』は、ノルウェーオスロの厳しい寒さを少しでも実感出来るこの季節に読むことをオススメします!


⚫︎その雪と血を/ジョー・ネスボ
鈴木恵 訳/早川書房
BLOOD AND SNOW/JO NESBØ/2015

ジョー・ネスボは『スノーマン』(〈刑事ハリー・ホーレ〉シリーズ)に続き二作目だが、随分とテイストが違う。
主人公は殺し屋にしかなれなかった男オーラヴ。
売春と麻薬取引を牛耳るマフィアのボスからの新たな依頼は、彼の妻コリナを殺すこと。
しかし、オーラヴは雪のように白い肌を持つ彼女に一目で魅せられてしまう。
コリナは典型的なファム・ファタールだが、もう一人の“運命の女”となるのが彼が助けた聾唖の女マリアだ。186頁と短い小説だが彼女の存在が物語に奥行きを与えている。
あの美しいラストシーンは彼女なしではあり得なかった。
レオナルド・ディカプリオ主演で映画化進行中」とのことだが、どうなんだろう?
読後思い出したのはN・W・レフンの『ドライヴ』だったんだけど。。。
ちなみに『スノーマン』はM・ファスベンダー主演で映画化(監督は『ぼくのエリ〜』『裏切りのサーカス』のトーマス・アルフレッドセン)、
『ヘッド・ハンター』は本国ノルウェーで映画化されていて観ましたがとても面白かった。
こちらもハリウッドリメイクされるというニュースがあったがどうなっているんだろう?


⚫︎水を得た魚 マリオ・バルガス・ジョサ自伝/マリオ・バルガス・ジョサ
寺尾隆吉訳/水声社
EL PEZ EN AGUA/MARIO VARGAS LLOSA/1993

ノーベル賞作家マリオ・バルガス=ジョサの自伝ではあるが、93年執筆ということで半分は80年代後半から巻き込まれてしまった大統領選(出馬に至る経緯と選挙戦)の顛末にページが割かれ、
他のジョサ作品同様、生い立ちと大統領選の経緯が交互に語られている。
とはいえ、生い立ち部分も政治的履歴書の色彩色濃く、敗北に終わった選挙戦について書かずにはいられなかったというのが本当のところではないか。
この時代のペルーの特殊事情はあるが、
ジョサが破れた理由が今回のアメリカ大統領選でクリントン候補が破れた理由に重なって見えた。

水を得た魚―マリオ・バルガス・ジョサ自伝

水を得た魚―マリオ・バルガス・ジョサ自伝


⚫︎ビッグ・ノーウェア/ジェイムズ・エルロイ
二宮磬訳 文藝春秋(文春文庫)
THE BIG NOWHERE /JAMES ELLROY /1988

《暗黒のLA四部作》のうち唯一未読だった二作目。
1950年年明けと共に男性の惨殺死体が発見される。被害者は同性愛者とみられるこの事件の捜査を担当するのは職務に燃える若き保安官補ダニー・アップショー
一方、赤狩り捜査を出世の足掛かりにと狙う検事局警部補マルコム・コンシディーン。
そしてもう一人の主役が一作目にも登場した元悪徳警官バズ・ミークス。
この三人がダニーは殺人事件の捜査、マルコムは出世、そしてミークスは金の為にハリウッドの労組潰しで手を組む。
黒幕は実在の人物である実業家ハワード・ヒューズでありギャングのボス、ミッキー・コーエン。
ダニー、マルコムの二人がこれ以降のシリーズに登場しないのは、なるほどこういう訳だったか。
ダニーが殺人事件捜査に、マルコムが赤狩り捜査にのめり込むのは単に出世のためだけではなく、
ダニーは自らのセクシャリティに向き合うことだったし、マルコムは血の繋がらない息子の親権裁判を有利に運ぶためという切迫した事情があった。
H・ヒューズ、M・コーエン子飼いの揉み消し屋バズ・ミークスは本気で愛した女のために無謀な賭けに出る。
ダニーの事件を二人が引き継ぐ辺りからが熱かった!
鮮やかなラストシーンもお見事。
これぞ、エルロイ・ワールド!
【ガーディアン紙の1000冊】

ビッグ・ノーウェア〈上〉 (文春文庫)

ビッグ・ノーウェア〈上〉 (文春文庫)

ビッグ・ノーウェア〈下〉 (文春文庫)

ビッグ・ノーウェア〈下〉 (文春文庫)


⚫︎ウィンドアイ/ブライアン・エヴンソン
柴田元幸訳/新潮社(新潮クレストブックス)
WINDEYE/BRIAN EVENSON/2012

一年で一番寒さの厳しい季節とあって、布団に潜り込んで読了したものの、こんな経験は初めてだったのは、読んでいた“ストーリーの続きを夢に見てしまう”ことだった。
ブライアン・エヴンソンの嫌な(魅力でもある)ところは、登場人物が遭遇する悪夢のような出来事が“終わらない”ことだが、
まさに“終わらなかった”。
とはいえ、エヴンソンの描く世界への慣れなのか衝撃度は前作の方が上だったかも。
お気に入りは『ダップルグリム』『陰気な鏡』『食い違い』『不在の目』『もうひとつの耳』あたり。
『ボン・スコットー合唱団の日々』は実在の人物(AC/DCのヴォーカル)を描いていて異色。
(収録作品)
・ウィンドアイ
・二番目の少年
・過程
・人間の声の歴史
・ダップルグリム
・死の天使
・陰気な鏡
・無数
モルダウ事件
・スレイデン・スーツ
ハーロックの法則
・食い違い
・知
・赤ん坊か人形か
・トンネル
・獣の南
・不在の目ーマイケル・シスコに
・ボン・スコットー合唱団の日々
・タパデーラ
・もうひとつの耳
・彼ら
・酸素規約
・溺死親和性種
・グロットー
・アンスカン・ハウス

ウインドアイ (新潮クレスト・ブックス)

ウインドアイ (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎ジュリエット/アリス・マンロー
小竹由美子訳/新潮社(新潮クレストブックス)
Runaway/Alice Munro/2004

久々に読むとやっぱり巧いなあアリス・マンロー
まるで魔がさしたような一瞬、その一瞬の感情で、判断で人生が大きく変わってしまう。
自分の人生も、他人の人生も。
そういう「一瞬」を描くのがものすごく巧い。
ジュリエットを主人公にした連作『チャンス』『すぐに』『沈黙』を原作としてP・アルモドバルが映画化したこともあってタイトルは『ジュリエット』となっているが、むしろそれ以外の作品が印象深かった。
特に『情熱』『罪』『トリック』。
『罪』のラスト、ローレンのパジャマにくっついて取れないイガイガは彼女が知りたくなかった真実そのものだ。
ジュリエット三部作はアルモドバルの映画を先に観ていたので、どうしても映画との差異を探しながら読みことになってしまって純粋に楽しめなかった。
女性映画を得意とするアルモドバルがアリス・マンローに惹かれるのはよく分かるが、マンローの真骨頂が“苦さ”であるのに、アルモドバルの『ジュリエッタ』は甘すぎた。
(収録作品)
・家出
・チャンス
・すぐに
・情熱
・罪
・トリック
・パワー

ジュリエット (新潮クレスト・ブックス)

ジュリエット (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎アメリカ大陸のナチ文学/ロベルト・ボラーニョ
野谷文昭訳/白水社
LA LITERATURA NAZI EN AMÉRICA/ROBERTO BOLAÑO/1993

『野生の探偵たち』でも膨大な登場人物の数に圧倒されたが、多分ボラーニョは『野生の探偵たち』の登場人物についてもこんな風に作り込んでいたんじゃないかと思わせる。
一応人名事典(風)の体裁をとってはいるが、各章がそのまま発展して一冊の小説になってもおかしくない。むしろその為の下地にも思える。
ただし、ここに取り上げられている詩人や作家はファシズムや極右の信奉者だったりで、
例え実在しても名を残すことは難しかっただろうし、一冊の本の主人公にもなりずらい、というところが何やら物哀しい。
印象に残ったのは、「メンディルセ家の人々」「移動するヒーローたちあるいは鏡の割れやすさ」「素晴らしきスキアッフィーノ兄弟」辺り。
ラストの「忌まわしきラミレス=ホフマン」は唯一“僕”=ボラーニョが登場し、“小説的”で異色。

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)


⚫︎L.A.コンフィデンシャル/ジェイムズ・エルロイ
小林宏明訳/文藝春秋
L.A.CONFIDENTIAL/JAMES ELLROY/1990

《暗黒のLA四部作》再読中。唯一未読だった前作『ビッグ・ノーウェア』のラスト、バズ・ミークス逃走劇の顛末がプロローグとなる本作は、腕っ節の強い叩き上げの刑事バド・ホワイト、警察一族のエリート刑事エド・エクスリー、マスコミにネタを売って小金を稼ぐ麻薬課刑事ジャック・ヴィンセンズ、この三人の視点でストーリーが展開。目の前で母親を父親に殺されたバド、偽りの戦争の英雄エド、民間人を誤って射殺したジャックと三人の抱えるトラウマが半端なく重い。大分時間が経っているとはいえ、うっすらとした記憶のみで殆ど初読み状態なのが情けない。
前作『ビッグ・ノーウェア』でも同じことを思ったけれど、主人公三人ががつまんないプライドやらわだかまりなんぞさっさと捨ててお互いの情報を持ち寄ってたら事件はあっという間に解決したんじゃね?って、まあそう簡単にいかないところにドラマが生まれる訳で。
様々な事件とその関係者が複雑に絡み合う小説を映画版は大分削ぎ落としていた(という記憶がある)が、こちらも再見したい。
バド、エドを演じたラッセル・クロウガイ・ピアース出世作。ジャックはケヴィン・スペイシーが演じている。
小説に登場する実在の人物はマフィアのボス、ミッキー・コーエンと用心棒ジョニー・ストンパナート。ジョニーは愛人だったラナ・ターナーの娘に刺し殺されているが、この史実もうまいこと小説に組み込まれている。
【ガーディアン紙の1000冊】

LAコンフィデンシャル〈下〉 (文春文庫)

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⚫︎傷だらけのカミーユ/ピエール・ルメートル
橘明美訳/文藝春秋(文春文庫)
SACRIFICES/Pierre Lemaitre/2012

シリーズ三作目の本作では、ヴェルーヴェン班の主要メンバーであり、カミーユの友人でもあったアルマンの病死というショッキングな幕開け(病気だったのは前作で仄めかされていた?)。
おまけに事件の被害者(!)がカミーユの恋人アンヌだったことから腹心の部下ルイにも秘密を抱えたま捜査は暴走し、カミーユのスタンド・プレイが目立つ結果に。
“あの人”の正体は意外でもなかったし、小説の構成として過去二作のような驚きはなし。
ただもう“傷だらけ”のカミーユが痛々しい。
何もこんなに追い詰めなくてもいいのに。。。

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)

2016年のオススメ本

新年あけましておめでとうございます。
昨年中は更新も気まぐれな当ブログをお読みいただきありがとうございました。
今年はもう少しコンスタントに更新していきたいと思いますので今後ともよろしくお願いします。

2017年の一回目は
2016年のオススメ本を紹介します。

⚫︎部屋/エマ・ドナヒュー
土屋京子訳/講談社
ROOM/Ema Donoghue /2010

2016年の映画賞レースを席巻していた映画の原作ということがなければ、多分手に取ることもなかったと思う。
誘拐監禁事件の生還者である母と息子が、
小さな“部屋”という世界から現実世界に適応しようとする物語。
残念ながら現実にも誘拐監禁事件のニュースを目にすることはある。
しかし、ニュースで私たちが知ることの出来るのはその救出までであって、その後の被害者の闘いについて知ることは殆どない。
外の世界を知ることなく育った5歳の息子の闘いと監禁と暴力によって傷ついた母親の闘いはまったくの別物であり、“部屋”に対する思いもまた別物だ。
息子にとってそこは母親と二人だけの安心できる場所だが、母親にとっては思い出したくもない悪夢の場所だ。だからこそ、ラストシーンに一層心を動かされる。
※昨年公開された映画『ルーム』も(ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイの好演もあって)素晴らしかった。
詳しくはこちら👉ルーム - 極私的映画案内

部屋 上・インサイド (講談社文庫)

部屋 上・インサイド (講談社文庫)

部屋 下・アウトサイド (講談社文庫)

部屋 下・アウトサイド (講談社文庫)


⚫︎美について/ゼイディー・スミス
堀江里美訳/河出書房新社
ON BEAUTY/Zadie Smith/2005

E・M・フォスター『ハワーズ・エンド』を下敷きに、舞台を現代の米東部の大学町に移したオマージュ小説。
どちらも対照的な二つの家族が描かれるが、
現代のベルシー家とキップス家の対立軸はリベラルと保守、人種、持つ者と持たざる者となかなかに複雑だ。
オリジナルの枠を踏襲しつつも現代的な視点をいくつも持ち込み物語を紡ぐゼイディー・スミスの力量は流石。
距離を縮めていく両家の母親たちの存在の確かさが印象的な一方、互いにいがみ合う父親たちは何かを見失っているように見えるが、それは美しいものを美しいと感じられる心だったのかもしれない。

美について

美について


⚫︎グルブ消息不明/エドゥアルド・メンドサ
柳原孝敦訳/東宣出版
SIN NOTICIAS DE GURB/Eduardo Mendoza/1990

2年後にオリンピックを控えたバルセロナの街に二体の地球外生命体が降り立つ。
ポップス界の歌姫の外見をまとい調査に出発したグルブだったが、最初の現地住民との接触後音信不通に。
グルブの上司「私」によるグルブ捜索に関する調査報告書の体裁を採るのが本書であるが、
チューロをキロ単位で消費し、バルの馴染みになり、
シングルマザーに恋をする。
捜索そっちのけの「私」の暴走ぶりがとにかく楽しい!
ワープロソフトのコピペ機能を多用した繰り返しの文章がとてもいいテンポを生み出している。
思わず吹き出すこと必至!
電車内読書は厳禁です。
※こちら当ブログでも紹介しました👉グルブ消息不明 - 極私的映画案内

グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし―スペイン編)

グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし―スペイン編)


⚫︎ドロレス・クレイボーンスティーヴン・キング
矢野浩三郎訳/文藝春秋
DOLORES CLAIBORNE/STEPHEN KING

口の悪い中年女ドロレス・クレイボーンの殺人の告白(供述)という体裁で一気に読ませるキング流石のリーダビリティ。
「彼女は何故殺したのか?」
その経緯が彼女自身の生き生きとした言葉で語られる。
若くして夫選びに失敗し、子供を産み、育てるために、必死に働いてきたドロレス。
彼女と金持ちの雇い主ヴェラとの“冷たく汚い戦争”には唖然としたが、彼女達は“不幸な結婚生活”という共通点で結ばれた戦友でもあったのだ。
キングは本作を自身の母親に捧げているが、
家族のために自分を犠牲にし懸命に生きたすべての母親への敬意にあふれる一冊だった。


⚫︎ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯
/ヴォーンダ・ミショー・ネルソン

原田勝訳/あすなろ書房
NO CRYSTAL STAIR/Vaunda Micheaux Nelson/2012

黒人が現状を変えるには自らのルーツ、歴史を知り、
自分の価値を知り、尊厳を取り戻さなくてはならない、それには知識だと黒人が書いた、
黒人に関する、黒人にとって意義ある本を扱う本屋を開かなければ。
そう決意したルイス・ミショーは1939年44歳の時、
ニューヨークのハーレムで「ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア」を開店した。たった5冊の本と100ドルの資金で。
こつこつと扱う本を増やし、人々を啓蒙し、40年近くに渡り黒人社会に貢献し続けた。
マルコムXをはじめとする活動家や黒人作家が慕った信念の人ルイス・ミショーがとにかくカッコいい!
課題図書(高校生対象)になっていたのは、
選挙権が18歳に引き下げられたことも関係あるのかなと思うが、なにかを判断するには判断する材料が必要で、それはやはり知識だ。
黒人社会に限らずどんな社会においても「ミショーの本屋」は必要なのだ。自ら考え判断するために。

ハーレムの闘う本屋

ハーレムの闘う本屋


⚫︎黒い本/オルハン・パムク
鈴木麻矢訳/藤原書店
KARA KITAP/Orhan Pamuk/1994

ジェラールに憧れたガーリップ、別の人生を思うリュヤー、「自分にならなくてはならぬ」と書くジェラール。
別の誰か、別の人生に憧れるのも人の性なら、自分自身でありたいと願うのもまた人の性。
相反するようでいて、多くの人はその狭間で常に揺らいでいる。
それは西洋と東洋の間で揺らぐトルコという国の姿でもあるのだろう。
ガーリップがリュヤーの行方を追うストーリーをジェラールのコラムが補完する構成になっているが、
このコラムが素晴らしい。
こんなコラムが掲載された新聞が実際にあったら凄い!

黒い本

黒い本


⚫︎望楼館追想/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳/文藝春秋
OBSERVATORY MANSIONS/EDWARD CAREY/2000

決して白手袋を外さないフランシス、魂が抜けた父、
眠り続ける母、テレビの前から離れないクレア、
汗と涙を流し続けるピーター、言葉の通じない犬女トウェンティ。
奇妙な住人が孤独を確かめ合いながら暮らす望楼館の静かな生活は新たな住人アンナによって変化の兆しが。
個々の辛い過去が呼び覚まされ、彼らは次の一歩を踏み出さざるを得なくなる。
それは現実と向き合うことであり、彼らにとって試練だが避けて通れないものだった。
痛々しく哀しい物語ではあるが読後感は不思議といい。
これがデビュー作のエドワード・ケアリー、恐るべし!

望楼館追想 (文春文庫)

望楼館追想 (文春文庫)


⚫︎プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年/アン・ウォームズリー
向井和美訳/紀伊國屋書店
THE PRIZON BOOK CLUB/ANN WALMSLEY

塀で隔てられた刑務所の中の人生。
しかし、心の中にも塀はある。
私の中に偏見がないとは言えない。
強盗に襲われた経験を持つ著者にとってその塀は想像以上に高いものだったに違いない。
しかしそんな著者が友人に誘われて参加したのが刑務所の中の読書会だった。これはその一年間の記録だ。
読書会で取り上げられた本は既読のものもそうでないものもあったが、メンバーの意見や感想はどれもとても興味深いものだった。
普段本を読まない人に対してどうしたらその楽しみを伝えられるのかはなかなか難しいが、その答えがこの本の中にあった。
その答えは、つまるところ、読書会で読んだ本の中でどれが一番面白かったか聞かれたメンバーのこの言葉にあると思う。
「どれが好きっていうのではなく、本を一冊読むたびに、自分の中の窓が開く感じなんだな。どの物語にも、それぞれきびしい状況が描かれているから、それを読むと自分の人生が細いところまではっきり見えてくる。そんなふうに、これまで読んだ本全部がいまの自分を作ってくれたし、人生の見かたも教えてくれたんだ」
著者を読書会に誘ったキャロルのこの言葉もまた真理。「読書の楽しみの半分は、ひとりですること、つまり本を読むことよ」 「あとの半分は、みんなで集まって話し合うこと。それによって内容を深く理解できるようになる。本が友だちになるの」
読書を愛するすべて人に読んでほしい一冊。

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年


⚫︎すべての見えない光/アンソニー・ドーア
藤井光訳/新潮社
ALL THE LIGHT WE CANNOT SEE/Anthony Doerr/2014

孤児として育つドイツ人少年ヴェルナーと視力を失ったフランス人の少女マリー。
共に聡明な若い二人が戦争という運命に翻弄され、第二次大戦末期、フランスの海辺の町サン・マロで出会う。
恋というにはあまりにも淡い、しかし共に過ごした時間はあまりにも濃密な唯一無二の出会い。
二人の魅力的な主人公、二つの時間軸が牽引力となりストーリーに引き込んで読者を離さない。
純粋な二人の主人公は勿論だが、脇役のキャラクターがとても効いている。特にヴェルナーの軍での上司でストーリーを着地点に導く寡黙なフランク・フォルクハイマーのキャラクターが印象に残った。
短編のイメージが強かったアンソニー・ドーアが長編小説で見事な構成力。恐れ入りました。

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎四人の交差点/トンミ・キンヌネン
古市真由美訳/新潮社
Neljäntienristeys/Tommi Kinnunen/2014

助産師として自立し子どもを産み育てたマリア、
母と同様に手に職を持ちながら結婚という道を選んだラハヤ、この家に嫁ぎ自分の居場所を確かなものにしようと奮闘したカーリナ、家族に秘密を持つことに遂に耐えられなかったラハヤの夫オンニ。
どちらかといえば馴染みのないフィンランドの北東部の小さな村に生きた家族の100年の物語もその辛抱強い国民性はなぜか身近に感じられる。
親子、家族の間の小さなすれ違い、秘密。
たとえ家族であっても、何でも口にしてしまえばいいというものでもない。
沈黙が(表面的ではあっても)平和を守ることもある。
年代順にストーリーを語るのではなく、
マリア、ラハヤ、カーリナ、オンニそれぞれが主人公の物語を並べた構成が巧み。
しかもこの順番も絶妙で、ミステリーの風味もあり。
この辺りは著者の脚本家としてのキャリアが活きているのかもしれない。

四人の交差点 (新潮クレスト・ブックス)

四人の交差点 (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎熊と踊れ/アンデシュ・ルースルンド、ステファン・トゥンベリ
ヘレンハルメ美穂、羽根由訳/早川書房
BJÖRNDANSEN/Anders Roslund & Stefan Thunberg/2014

スウェーデンは暴力犯罪の少ない国だそうだが、
この物語の中心となるレオ、フェリックス、ヴィンセントの三兄弟は父イヴァンが暴力で家族を支配する家庭で育つ。
大人になったレオをリーダーとして三兄弟は史上例のない銀行強盗計画を決行するが、彼らを追う市警のブロンクス警部もまた凶暴な父親が支配する家庭で育つという生い立ちを持つ。
正に大胆不敵、前代未聞の強盗事件を次々に成功させる“軍人ギャング”一味とストックホルム市警のブロンクス警部の攻防戦、というよりもやはりこれは父と息子の、兄弟の、家族の物語だ。
物語の後半、凶暴な父イヴァンの支配と決別した筈の長男レオがかつての父のように弟たちを支配しようとし始め、兄弟の間に亀裂が生まれる。父イヴァンが何故ここまで家族の結束に執着したかといえば、それは語られない彼の旧ユーゴでの生い立ちにあり、かつては彼も暴力の被害者だったのだろう。世代を越え受け継がれていく暴力の連鎖がやりきれない。
一方、軍人として生きる道を絶たれるというヤスベルの大きな挫折はその後の彼の行動に大きな影響を及ぼしたが、いくら行動を共にしても決して兄弟にも家族にもなれない彼の深い孤独も心に残る。
著者コンビの片割れステファン・トゥンベリの経歴を読んで吃驚!
三兄弟の真ん中、フェリックスの立ち位置が切なくて共感してしまったのは、彼の特別な思いがあったのだと納得。

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)


エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に


全身全霊で今を楽しめ!

1980年9月。
新学期を3日後に控えた南東テキサス州立大に一人の新入生がお気に入りのレコードコレクションと共に引っ越してくる。
奨学生の野球部員ジェイクだ。
高校ではエースピッチャーだった彼も
大学では新入生のひとり。
期待と不安を胸に野球部の寮になっているシェアハウスに到着すると、天井からはミシミシと不穏な音が聞こえてくる。
ウォーターベッドに水を注入中の二階では、
このベッドで女の子と一戦交えようと部員たちが
大盛り上がり!
水を止めてこいと命じられたジェイクは
もう何が何やら。
早速ポジションを聞かれ、ピッチャーだと答えると
いきなり「ピッチャーは嫌いだ」と言われる始末。

戸惑うジェイクは同じく新入りプラマーと共に
先輩のフィル、ローパー、デイルに連れられキャンパスを偵察に出掛ける。
早速引っ越し中の女子学生二人に声をかけるフィルとローパー。
演劇専攻だという彼女たちにあっさり袖にされるが、
二人のうちのひとり、ビバリーはこう答える。

「後ろの席の静かな彼(ジェイク)が好き❤️」

面白くない先輩たちはさっさとその場を離れようとするが、ジェイクはしっかりと彼女の部屋のナンバーを見ていた。

初めてのミーティングでは、コーチから新入りのジェイク、プラマー、ビューターことビリー、ブラムリーの4人と編入してきたナイルズとウィロビーが紹介される。
コーチからはシェアハウスで守るべき2つのルールが言い渡される。

・アルコール禁止
・二階には女の子を上げない

しかし、
そんなルールなんて知ったこっちゃない!
早速、その晩から飲んで騒いでの大パーティー!
ジェイクもいい感じになった女子をベッドに連れ込もうとするが、同室のビューターに部屋を明け渡すことを断固拒否される。
翌朝、荷造りをしたビューターの姿が。

「生理が遅れてるの」

故郷に残してきた彼女から連絡があり、
急遽戻ることになったのだ。

新学期まであと2日。


野球の映画たくさんあるけれど、ほとんどはプロの世界、メジャーリーグを舞台したものだ。
メジャーの選手だってプロになる前は高校や大学でプレーしてた訳で、考えてみれば当たり前の話だが、何故か今まで大学野球についてはまったく知らなかった。
うんうん、そうだよな、大学からドラフトを経てプロになるんだよなと思いつつ見ていたが、

こっ、この野球部大丈夫か?
つか、ホントにこいつらアスリート⁉︎

この時代、80年代初めのファッション、特にこんなに口ヒゲが流行っていたかどうかは定かではないが、この人たち、ちょっとオッサン過ぎない?とか、
日本人の感覚なのか、いやでも新入りのジェイク、プラマー、ブラムリー(口ヒゲ成長中!)はそれなりにフレッシュに見えるので、大学生活に染まるとこんな感じになってしまうのか?とか、
まあ、とにかくいろいろ違和感を感じつつもストーリーを追っていると、
こうストーリーらしきストーリーはない。
とにかく新学期までの数日をビール飲んで騒いで女の子を口説いて過ごす、と。
大学のパーティー三昧を見せるコメディなら、
他にいくらでもあるし、
主にテレビで活躍してたり、これがデビュー作だったりで、キャストもちょっと印象薄いなあとか思って見てた訳ですよ、途中までは。

でも、あら不思議!
最後にはみんなのこと、
大好きになっちゃった!



最初は、こいつらホントに野球出来んの?と思わされるけれど、
「ベースボール=野球」
やっぱりこの要素がすごく重要。
野球経験者が多くキャスティングされている(中でもナイルズ役のジャスティン・ストリートは元プロ野球選手)のもその証拠で、153キロの速球を自慢する編入生のネイルズ渾身の一球をチームのキャプテンマックが軽々と打ち返す。南東テキサス州立大が強豪校だと見せること、
彼らが優秀なプレーヤーだと見せることはとても重要なのだ。

(こんな恒例の新入り歓迎行事もあるよ!
ダクトテープ最強!)


彼らは(多分)皆が野球で奨学金をもらっている。
将来皆がメジャーで活躍出来る訳でもないし、プロになる訳でもない。
それどころか、成績が振るわなかったり、
怪我をしてプレー出来なくなれば、
大学を去らなくてはならなくなるかもしれない。
多分、そういう学生の姿を先輩たちは見てきている。
野球を生活の中心に出来るのもこれが最後かもしれない。
だから今、チームが結束し、プレーし、
試合に勝つことが重要なのだ。
編入生のウィロビーが実は経歴や名前、年齢を偽り大学を渡り歩いていたのも、人生においては学生時代が特別な時間であることを本当は30歳だった彼が知っているからだろう。
学生生活をいかに楽しむかを先輩たちが新入りにレクチャーするのも、これから先には楽しいことばかりじゃない、厳しい局面も必ず訪れることを彼らが知っているからだ。
これって、買いかぶり過ぎかな?

確かなことは、ラスト、
新入りがみんながすっかりチームの一員になっていたこと。
しかも、たった3日間で!
なんて完璧なオリエンテーション!!!

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●エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に/EVERYBODY WANTS SOME!!
(2016 アメリカ)
監督・脚本:リチャード・リンクレーター
出演:ブレイク・ジェナー,ゾーイ・ドゥイッチ,グレン・パウエル,ワイアット・ラッセル,オースティン・アメリオ,テンプル・ベイカー,ウィル・ブリテン,ライアン・グスマン,タイラー・ホークリン,J・クレイトン・ジョンソン,タナー・カリーナ,ジャスティン・ストリート,フォレスト・ビッカリー



ジェイクを演じるのは、『glee』でブレイク(『glee』は途中までしか観てないので彼のことは知らなかった)したブレイク・ジェナー。
glee』で共演した『SUPERGIRL』のメリッサ・ブノワと結婚。



口が達者で面倒見のいい、でもとても野球選手には見えない先輩フィルを飄々と演じたグレン・パウエル。最初はアホ先輩に見えたけど、最後は頼もしく見えました。



いきがるナイルズの速球を気持ちよくかっ飛ばしてくれたキャプテン役のタイラー・ホークリンは一時プロを目指していたそう。



ヒロイン、ビバリー役のゾーイ・ドゥイッチはなんとなくジュリー・デルピーに似ていて、監督リチャード・リンクレーターの好みなのかなと思ったら、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でおなじみのリー・トンプソンのお嬢さん!確かにお母さんによく似てる!



映画を離れても、みんな仲が良さそう!


公式サイトはこちら👉映画『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』公式サイト

予告編はこちら👉R・リンクレイター監督作/映画『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』予告編 - YouTube


ピンボールマシンやインベーダーゲーム(“名古屋撃ち”!)など80年代ぽいアイテムもたくさん登場するが、なんといっても
The Knackの「My Sharona」を初めとする当時のヒットチューンが耳に嬉しい!
個人的に一番懐かしかったのは、
The S.O.S.Bandの「Take your time(Do It Right)」でした。
👇『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に』のサウンドトラックはこちら

エブリバディ・ウォンツ・サム! !  世界はボクらの手の中に

エブリバディ・ウォンツ・サム! ! 世界はボクらの手の中に