極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

2018年のオススメ本

韓国映画界が次々と傑作を生み出しているんだから、
韓国文学が面白いのも当然といえば、当然。
この流れは、2019年も続きそうです。
というわけで、2018年のベストには韓国文学の三冊を選びました。
(翻訳は三冊とも斎藤真理子さん!)
また、シリーズものとしてここには挙げませんでしたが、ドン・ウィンズロウ『犬の力』『ザ・カルテルコニー・ウィリス『ブラックアウト』『オール・クリア』高田郁『みをつくし料理帖もオススメです。
特に順位はつけず、読んだ順番に並べています。


■ピンポン/パク・ミンギュ
斎藤真理子訳
白水社(エクス・リブリス)
Ping-pong/Park Mingyu/2006

中学生の釘とモアイがチスをリーダーとするグループから受けるイジメは最早イジメというより暴行傷害だし恐喝のレベルだ。
もちろん、釘もモアイもそんな毎日から抜け出したいと思っているが、そこから抜け出せたとしても、
何のために生きるのか?幸せって何なのか?
彼らにそれを問われても答えられる自信が私にはない。
きっと「ハレー彗星を待ち望む会」の入会希望者には大人も沢山いるに違いないから。
自分の意見を持つことを忘れてしまった大人こそ、自分のラケットを持って原っぱの卓球台でインストールかアンインストールか選ばなくっちゃね。
転がってきたピンポン球からこんな奇想天外なストーリーを紡ぎ出すパク・ミンギュ。
面白い作家だなあ。
アメリカで死んだモアイの従兄がファンだったという作家のジョン・メーソンって、カート・ヴォネガットの小説に登場するキルゴア・トラウトが元ネタなんじゃないかな?

ピンポン (エクス・リブリス)

ピンポン (エクス・リブリス)



■彼女のひたむきな12ヵ月/アンヌ・ヴィアゼムスキー
原正人訳
DU BOOKS
UNE ANNEÉ STUDIEUSE/Anne WIAZEMSKY/2012

ロベール・ブレッソンバルタザールどこへ行く』出演後のアンヌは気鋭の映画監督ジャン=リュック・ゴダールと恋に落ちる。
祖父はノーベル賞作家、父はロシア貴族という上流家庭で育ったアンヌ。
17歳の年上のバツイチ男と娘の関係を家族が歓迎するはずもなく、アンヌは直情的なゴダールと家族の間で板挟みになってしまう。
とにかくアンヌを側に置いておきたいゴダールの行動が大人気ないが、ゴダール人脈に次々と引き合わされて、これはアンヌにとってすごい財産になったんじゃなかろうか?
続編があるそうで、関係崩壊が描かれるのか、そちらの方が興味あるかも。

彼女のひたむきな12カ月

彼女のひたむきな12カ月

アンヌが出演したロベール・ブレッソンバルタザールどこへ行く』はこちら👇


ビリー・ザ・キッド全仕事/マイケル・オンダーチェ
福間健二
白水社(白水Uブックス)
The Collected Works of Billy the Kid:Left-Handed Poems/Micheal Ondaatje/1970

実在したアメリカ西部開拓時代のアウトロービリー・ザ・キッドの架空の人物伝。
太く短く生きたビリー・ザ・キッドをモデルにした多くの映像化作品が存在するが、マイケル・オンダーチェは詩、挿話、インタビューなど様々な形式でその姿を浮かび上がらせる。
その存在自体が詩情をかきたてるのか、詩のパートが特に印象深いが、その人物像と共に、馬の嘶きやひずめの音、吹き付ける土埃、乾いた血のにおいまで漂ってくるような読書体験だった。
是非、オンダーチェの詩集も読んでみたい。
私はこの本を読む前にサム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』を観ていたが、「リンカーン郡戦争」については知っておいた方が理解しやすいと思います。

サム・ペキンパー監督(クリス・クリストファーソンジェームズ・コバーンボブ・ディラン出演)
ビリー・ザ・キッド21才の生涯』はこちら👇
ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 特別版 [DVD]

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■地下鉄道/コルソン・ホワイトヘッド
谷崎由依
早川書房
THE UNDERGROUND RAILROAD/Colton Whitehead/2016

南北戦争以前に黒人を南部から北部へと逃す組織があったことは何かで読んで知ってはいたが、
その組織は“地下鉄道”と呼ばれていた。
作者は文字通り“地下鉄道”を走らせて15歳の少女コーラの逃亡劇を描く。
当時の南部の奴隷農場の過酷さは頁を捲るのを躊躇わせるほどだが、州境を越えれば全く違った環境があるという状況にも驚かされる。
危機を脱したかと思うとまた危機、ストーリーの起伏を作るのもうまいが、脇役の名前が冠された章が印象深い。
その運命を知った後の“シーザー”の章、その運命を知らされる“メイベル”の章、内面に矛盾を抱えた“リッジウェイ”、“スティーブンス”、“エセル”の章は、当時を生きた人々の姿を重層的も浮かび上がらせる。

「何年も経って、おれはこのごろではアメリカン・スピリットの方がいいと思うようになった。俺たちを旧世界から新世界へと呼び出し、征服し、建設し、文明化せよと呼びかける精神だ。破壊すべきものは破壊せよと。劣等民族の向上に努めよ。向上できなければ従えよ。従えられなければ撲滅せよ。それが神に定められたおれたちの天命ーアメリカの至上命令だ」

リッジウェイはこう語るが、100年以上経った今でもこの“アメリカン・スピリット”を信奉しているアメリカ人は少なくないのかもしれない。

「盗まれた身体が、盗まれた土地で働いている。それは永久機関のような動力だった。空っぽになったボイラーは人間の血で満たす」

一方こちらは、コーラの目から見たアメリカの姿。

地下鉄道

地下鉄道


リンドグレーンの戦争日記1939-1945/アストリッド・リンドグレーン
石井登志子訳
岩波書店
KRIGSDAGBOCKER1939-1945/Astrid Lindgren/2015

子供の頃にピッピやカッレ君、ロッタちゃんといったリンドグレーンのキャラクターに親しんだ本好きは少なくないだろう。
しかし、1939年第二次大戦開戦時、彼女はまだ作家デビュー前、二人の子供の母親で弁護士事務所の事務員だった。
これはドイツがポーランドに侵攻した日から終戦までのリンドグレーンの日記。
幸いスウェーデンは戦場にならず、彼女は手紙検閲局で仕事をすることで戦争当事国の国民より情報にアクセスしやすい立場にあった。
ドイツに占領された北欧諸国についての記述が多いが、ヨーロッパの戦局がどう推移していったのかとてもわかりやすい。
ノルマンディ上陸やダンケルク撤退、スターリングラードの攻防など映画や小説 などで局地的なエピソードに触れる機会は多いが、前後にどんな出来事があったのか時系列で繋げられないことがままあったので、個人的にとても有り難い本だった。
隣国が戦火に覆われ人々が苦しんでいるのに、自分たちはほぼ変わらない生活を続けられている、苦しんでいる人々に何も出来ないという罪悪感、不甲斐なさが日記の執筆動機になっているのだろうが、スウェーデンもいつ戦争に巻き込まれてもおかしくなかった。
この状況の中で、スウェーデンはよく踏み止まり中立を保ったと思うが、他のの北欧諸国は軒並みナチスドイツに占領された。
中でも、フィンランドソ連に無理難題を押し付けられやむなくドイツと手を組むしかなかっのだ。
リンドグレーンナチスドイツの暴虐に対する怒りの一方で、ソ連を同じくらい恐れていたのが印象的だった。


■野蛮なアリスさん/ファン・ジョンウン
斎藤真理子訳
河出書房新社
SAVAGE/Hwang Jung-eun/2013

都市近郊の架空の街コモリ。
地名の由来は“墓”。
今、多くの人が行き交う四つ角に立つ女装のホームレス、アリシアが生まれ育った街だ。
アリシアが暮らしていた頃、その街は再開発計画に揺れ、人々の欲望と思惑が渦巻いていた。
朝鮮戦争で家族を失い貧困から這い上がった年老いた父親、父親を嫌い家に寄り付かない異母兄姉、満足な教育を受けさせてもらえなかった恨みつらみを子供たちにぶつける母親。
終わりのない穴を落ち続ける少年アリスアリシアとその弟。
「兄ちゃん」とお話をせがむ弟の声が耳から離れない。間違いなく年間ベスト級の一冊。

「 まだ落ちてて、今も落ちてるんだ。すごく暗くて長い穴の中を落ちながら、アリス少年が思うんだ、僕ずいぶん前に兎一匹追いかけて穴に落ちたんだけど……どんなに落ちても底につかないな……ぼく、ただ落ちている……落ちて、落ちて、落ちて……ずっと、ずっと……もう兎も見えないのにずっと……って考えながら落ちていくんだ。いつか底に着くだろう、そろそろ終わるだろうって思うんだけど終わらなくて、終わんないなーって、一生けんめい考えながら落ちていったんだよ。」

野蛮なアリスさん

野蛮なアリスさん


■日本人の恋びと/イザベル・アジェンデ
木村裕美訳
河出書房新社
EL AMANTE JAPONÉS/Isabel Allende/2015

ホロコーストに日系アメリカ人の強制収容所収容にエイズ禍に人身売買に児童ポルノ
登場人物たちには20世紀初頭から現在に至るまでに人類が被ってきたありとあらゆる災厄が襲う。
何とかそれを乗り越えてきた彼らが善意の人との出会いによって癒されていくのは、こうあって欲しいというアジェンデの願いなのかもしれない。
人生で唯一の愛、その愛をもってしても越えられなかった壁。
愛を手に入れた者は同時にそれを失う苦しみや痛みを引き受けなければならず、愛することにも愛されることにも勇気が必要。
それにしても、愛+官能=最強です。
タカオ・フクダがシークリフの館に植えた桜の木を思わせるゴッホの『花咲くアーモンドの木の枝』を使った表紙も素敵。

日本人の恋びと

日本人の恋びと


■マザリング・サンデー/グレアム・スウィフト
真野泰訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Mothering Sunday/Graham Swift/2016

1924年3月30日、メイドに許された年に一度の里帰りの日、マザリング・サンデー。
6月を思わせるお天気のその日、帰る家のないジェーンは秘密の恋人に会うため、自転車を走らせる。
ジェーンにとって生涯忘れられないその日が行きつく戻りつつ描かれるのは、(100歳近くまで生きた)彼女がその後の人生でこの日を何度も何度も反芻したからだろう。

「突然で意外な自由の感覚が体にみなぎった。わたしの人生は始まったところだ」

ジェーンの中の作家としての“種”は、この日、芽を出したのだろう。
同時に喪失をともなって。
ジェーンは知ることのなかったアプリィ邸のメイドやエマ・ホブデイの行動や思いを様々想像しているが、ポール・シェリンガムは、ベッドに横たわるジェーンの姿を見て何を思い、どんな思いで身支度を整え、車を走らせたのだろうか?

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)


■地球にちりばめられて/多和田葉子
講談社

帰る国を失い北欧諸国を難民として転々とし「パンスカ」という独自の言語を獲得したHiruko。
彼女のTV出演に端を発して奇妙な縁で繋がる人々。
それぞれがそれぞれの事情で生まれ育った場所とは別の場所で生きる彼らはデンマークからドイツへ、そしてノルウェー、遂にはフランス、アルルへと辿り着く。
彼らはまさに「地球にちりばめられて」いる。
たとえ、こんな国にはもう住んでいたくないと思ったとしても多くの人にとって海外移住は高いハードルだ。
でも、あなたも私も地球人、地球にちりばめられた一人だと思うと、少しだけ心が軽くなった。

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて


■あなたを愛してから/デニス・ルヘイン
加賀山卓朗訳
早川書房(ハヤカワポケットミステリ)
SINCE WE FEEL/DENNIS LEHANE/2017

父の顔どころか名前さえ知らずに育ったレイチェル。
娘に父親について何も語らないまま突然亡くなった母との確執、その後の父親探し。
これがストーリーの発端だが、この作品は中盤以降、劇的にギアチェンジし、思いもよらない着地点を迎える。
そもそも女性視点のデニス・ルヘイン作品が珍しいが(少なくとも私は初めて)、ここまで予測不能のストーリー展開も珍しい。
レイチェルがようやく辿り着いた真実を受け止め、
前に進んでいく姿はある意味清々しい。
多くのルヘイン作品が映像化されているが、これも間違いなく映像化されそうだ。


■飛ぶ孔雀/山尾悠子
文藝春秋

「シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった」

火が燃え難くなった世界を共有する『飛ぶ孔雀』と『不燃性について』。
前者の主な舞台となるのは川中島Q庭園での大寄せ茶会、後者は山頂ラボの新人歓迎会、そして飛ぶ孔雀と地下に蠢く大蛇。この場面とこの場面、あの人とあの人、繋がりを辿ろうとすれば出来なくもないようでいて、
かえって混乱するような。
ああ、この感覚、なんだろう?と思ったら、
ツイン・ピークス The Return 』ですよ!みなさん!
深追いすればするほど、迷宮に落ちていくのです。

飛ぶ孔雀

飛ぶ孔雀


■贋作/ドミニク・スミス
茂木健訳
東京創元社
THE LAST PAINTING OF SARA DE VOS/Dominic Smith/2016

美術史と絵画修復を学ぶエリーは資産家弁護士マーティが所有する17世紀の女流画家サラ・デ・フォスの現存する唯一の作品「森のはずれにて」の贋作を製作を依頼される。
数十年後、故郷オーストラリアの大学で教えているサラは自分が描いた贋作と再会することになる。
過去に犯した罪の清算を迫られる展開だが、因果応報とはならない意外性がいいし、17世紀を生きたサラの人生も同時に語られ、ストーリーに奥行きを与えている。
愛娘の死と蒸発した夫が残した借金。
苦労の多かったサラの後半生が穏やかなものだったことに救われた。

贋作

贋作


■ガルヴェイアスの犬/ジョゼ・ルイス・ペイショット
木下眞穂訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
GALVEIAS/José Luis Peixoto/2014

ある晩、ポルトガルの小さな村ガルヴェイアスに大きな衝撃を伴い何かが落下する。
村は騒然となるが、続く豪雨がおさまると村人は皆何事もなかったかのように日常に戻る。
村には硫黄の匂いが立ち込め、パンは酸っぱくなっているというのに。
少しづつこの村の人と人との繋がりが明らかになっていく展開にこちらも「落下した何か」の存在を忘れてしまうという罠。
「落下した何か」は、押し寄せる難民かもしれないし、とんでもない悪法かもしれない。
そこにあるのに、それが何かを良く知ろうともせずに日常に逃げ込んでしまう人間の狡さ、愚かさ。

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)


■インヴィジブル/ポール・オースター
柴田元幸
新潮社
INVISIBLE/Paul Auster/2009

入れ子構造」はポール・オースターお馴染みの手法だが、これはどんどん横にずらされていく感じ(自分でも何言ってるのかよくわからない)。
コロンビア大で文学を学ぶアダム・ウォーカーが全体の語り手かと思いきや、これは後年死を前にした彼が書いた自伝的作品『1967年』であり、地の語り手(?)は原稿を託された友人ジム 。
最後は、パリに留学したアダムに恋したセシルの日記で締めくくる構成の妙。
アダムと姉グウィンの間に何があったのか?
ボルンとは何者だったのか?
セシルの父の事故の真相は?
全てはインヴィジブル。

インヴィジブル

インヴィジブル


■鯨/チョン・ミョングァン
斎藤真理子訳
晶文社
THE WHALE/Cheon Myeong-Kwan/2004

生まれて、死ぬ。このまぎれもない真実の間に起きることが「物語」だとしたら、この世界は「物語」に満ちていることになるが、ここで語られる女たち(と彼女たちを巡る男たち)の「物語」のなんと濃密なこと!
あらゆる欲望、愛と憎しみ、憐れみと慈しみ、僥倖と非情な運命に翻弄されつつ、頁をめくる手を止められなかった。
クムボクを圧倒した鯨、市場を練り歩く象のジャンボ、積み上げられた赤煉瓦、群れ飛ぶ蜜蜂、鯨劇場、そして一面に咲き乱れるヒメジョオン
映画業界出身の著者らしい視覚イメージを刺激してくれる描写も強い印象を残す傑作!

「私が書いた小説はすべて、自分が映画にしたかった物語なのです」

こう著者が語るだけあって、
ガープの世界』『東京流れ者』『嫌われ松子の一生』『イングロリアス・バスターズ』等々、様々な映画が頭をよぎった。
桜庭一樹赤朽葉家の伝説』(これ映画にすればいいのに!)、ガブリエル・ガルシア=マルケス百年の孤独』ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』などラテンアメリカ文学の香りも。

鯨 (韓国文学のオクリモノ)

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この小説を読みながら、思い出した映画と小説はこちら👇
ジョージ・ロイ・ヒルガープの世界

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ガブリエル・ガルシア=マルケス百年の孤独
百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

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ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』
夜のみだらな鳥 (フィクションのエル・ドラード)

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