極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2019年5月〜

今月の読書2019年5月分をお届けします。
オススメは、フォークナー『響きと怒り
真藤順丈『宝島』木下古栗『人間界の諸相』
ジェームズ・ボールドウィン『ビール・ストリートの恋人たち』皆川博子『夜のリフレーン』


響きと怒りウィリアム・フォークナー
平石貴樹、新納卓也訳
岩波書店岩波文庫
THE SOUND AND THE FURY/William Faulkner/1929

一時は隆盛を極めたコンプソン家の滅びの物語。
上巻では、障害を持つ一家の末子ベンジー実妹キャディへの許されない愛に苦悩する長男クエンティンの思考を辿るスタイルをとっているため、激しく時制が入れ替わる。
親切にも時制変化の一覧が巻末についているのだが、
これと脚注を逐一参照しながら読んだので、
読み進めるのに、まあ、時間がかかること!
これから読んでみたいと思っている方には、
最初は参照せずに一気に読むことをおすすめします。
読み終わってみると前半の混沌は、滅びていくコンプソン家を象徴するものだったと気付く。
上巻の語り手クエンティンとベンジーが愛していたのは妹そして姉のキャディ。
彼女が家を出た(結婚)ことが二人にとって死刑宣告にも等しいものだったし、キャディの娘クエンティンの遁走がコンプソン家崩壊の決定打となる。
一家の中で唯一、昔とは違うんだという現実を生きていたジェイソンがそれなりに平穏な人生を手に入れたことも腑に落ちた。
読後もコンプソン家の人々が頭の中に住みついてしまった。まごうことなき名作です。

響きと怒り (上) (岩波文庫)

響きと怒り (上) (岩波文庫)

響きと怒り (下) (岩波文庫)

響きと怒り (下) (岩波文庫)


■終わりなき夜に生まれつく/アガサ・クリスティー
矢沢聖子訳
早川書房クリスティー文庫
ENDLESS NIGHT/Agatha Christie/1967

夜ごと朝ごと
みじめに生まれつく人もいれば
朝ごと夜ごと
甘やかな喜びに生まれつく人もいる
甘やかな喜びに生まれつく人もいれば終わりなき夜に生まれつく人もいる

ウィリアム・ブレイク『無垢の予兆』

石油王だった祖父の唯一の相続人であり、
いわば“甘やかな喜びに生まれつく人”エリー。
素晴らしい家を手に入れ、愛する人と暮らすという夢を胸に職を転々とする青年マイケル。
この二人の出会いからして何か作為的なものを感じる。
クリスティーには『アクロイド殺し』(信頼出来ない語り手)の例もある。
案の定、マイケルにはエリーの財産を奪うという計画があった訳だが、果たして彼は「終わりなき夜に生まれつく人」だったのか?
死にゆくルドルフが言ったようにマイケルにも別の道を選ぶチャンスがあったように見える。
しかし、その時には、
共犯者クローディアの存在が邪魔になる。
結局、マイケルの選択は既に成されていたのだ。

終りなき夜に生れつく(クリスティー文庫)

終りなき夜に生れつく(クリスティー文庫)


■宝島/真藤順丈
講談社

1952年アメリカ占領下の沖縄。
嘉手納基地襲撃の失敗後、行方不明になった戦果アギヤーの英雄オンちゃん。
オンちゃんの行方、そして手に入れたらしい「予定にない戦果」とは何か?
その後の戦果アギヤー達の人生が縦糸だとしたら、
度重なる米兵による事件、コザ暴動など史実を横糸としたエネルギー溢れるエンタメ作品。
何よりもショックだったのは、戦後の沖縄について自分がいかに無知だったのかということ。
なんくるないさ〜」は南国に暮らす人々の楽天的気質からの言葉だと思っていたが、
怒り、哀しみを乗り越える強さを表す言葉だったのだ。
本土復帰は沖縄の人々を幸せにしたのだろうか?
住宅地の上を飛ぶ軍用機墜落の危険性、騒音、米兵による事件、事故。
本土復帰から50年近く経っても何も変わっていない。
「これ以上、基地はいらない!」
沖縄の意思表明を現政権は無視し続けている。

第160回直木賞受賞 宝島

第160回直木賞受賞 宝島


■ゼロ時間へ/アガサ・クリスティー
三川基好訳
早川書房クリスティー文庫
TOWARD ZERO

アガサ・クリスティーの作品をはじめ多くのミステリーでは、まず事件〈ゼロ時間〉が起き、
それから謎解きが始まるが、この作品は、事件が起きるまで〈ゼロ時間〉に向かってストーリーが進行する。
それぞれの思いを抱えて海辺の屋敷に集う人々。
そして、身体の不自由な屋敷の主レディ・トレシリアンが殺される。
〈ゼロ時間〉が指すのは老婦人の死かと思いきや、実は…。
真相が明かされる時、〈ゼロ時間〉がいつを指すのかがようやく分かる。
自殺未遂の若者、バトル警視の娘のトラブル、伏線の張り方もお見事。
ノンシリーズの犯人、サイコパス率高いです。

ゼロ時間へ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ゼロ時間へ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


■人間界の諸相/木下古栗
集英社
VARIOUS ASPECTS OF HUMAN WORLD

初めての木下古栗。
くだらん!と怒り出すお方もいるやもしれんが、
私的には、大出版社である集英社さんからこういう本が出版されるってまだまだ捨てたもんじゃないなぁとしみじみ嬉しい気持ちになった。
お気に入りは「鳥貴族」「お茶会」「活字市場」辺り。
何かと全裸になる男性陣が束になっても菱野時江の破天荒さにはかなうまい。
「DREAM ON」のカリスマ全裸わいせつナンパ師早乙女アキラの元ネタはポール・トーマス・アンダーソンマグノリア』でカリスマナンパ師を演った トム・クルーズかしら?
トムは白ブリーフはいてたけど。
時江の勤務先の精神科病院の経営者が城之内健作(「位置情報」)で同僚が山森正太郎(「或るリスクテイカーの死」)かな?
連作としての構成の妙あり。

〈収録作品〉
⚫︎淑女の嗜み
⚫︎想像的破壊
⚫︎鳥貴族
⚫︎DREAM ON
⚫︎遠隔操作
⚫︎位置情報
⚫︎お茶会
⚫︎visionary
⚫︎活字市場
⚫︎或るリスクテイカーの死
⚫︎市場原理
⚫︎minēsis
⚫︎毛のない猿の蛮行
⚫︎幻の淑女

人間界の諸相

人間界の諸相


■ニック・メイソンの脱出への道/スティーヴ・ハミルトン
越前敏弥訳
角川書店(角川文庫)
EXIST STRATEGY/2017

前作のストーリーなどさっぱり忘れている私のような者にもさり気なくこれまでの内容に触れて記憶を喚起してくれる親切設計。
今作のニック・メイソンはトム・クルーズか?っていうくらいに不死身。
しかし、負傷して恋人ローレン宅に逃げ込む迂闊。
メインキャラを景気良くあの世へ送り、舞台はジャカルタへ。
ダライアス・コールもまた何者かの支配を受ける下っ端に過ぎないっていうのは、ちょっと風呂敷広げすぎな気もするが、これもシリーズ継続のための方便か?
個人的には、シカゴという街もこのシリーズには欠かせない要素だと思う。

ニック・メイソンの脱出への道 (角川文庫)

ニック・メイソンの脱出への道 (角川文庫)


■ビール・ストリートの恋人たち/ジェームズ・ボールドウィン
川副智子訳
早川書房
IF BEALE STREET COULD TALK/James Baldwin/1974

幼馴染だったティッシュとファニー。
二人はある時点で恋に落ち、共に人生を歩むことを決意する。
しかし、ファニーは無実の罪に問われ逮捕され、二人はガラスの壁にあちらとこちらに隔てられてしまう。
ファニーが陥った苦境は偏見や社会に巣食う差別故のものだが、
ティッシュの一人称で語られるからなのか、
それを殊更訴えるような重さは感じられない。

「あたしたちは黙々と歩いた。
全方位から音楽が鳴り響いているような沈黙。
たぶんあたしは、生まれてはじめて幸せに酔い、
幸せであることを自覚していたんだろう。」

若い二人が共に歩くこと、笑いあうこと、
このことの圧倒的な正義。
ラストの曖昧さは、
この二人の未来は、
物語を読んだ人が何をどう感じ、考え、
行動するかに託されている、というメッセージじゃないだろうか?

ビール・ストリートの恋人たち

ビール・ストリートの恋人たち


■動く指/アガサ・クリスティー
高橋豊訳
早川書房クリスティー文庫
THE MOVING FINGER/Agatha Christie/1943

確かドラマ版を観ていたので、ストーリーはうっすら記憶には残っているものの、
やはり真相はすっかり忘却の彼方であった。
一応、ミス・マープルものだが、後半になってようやく真打ち登場。
なんだかとってつけたような登場のさせ方で、
マープルものである必要があるのかどうか、ちょっと疑問を感じてしまう。
クリスティーの自選ベストのなかの一冊だが、
どうも私はミステリーにロマンス要素が加わると若干冷めてしまうようです。
ちなみに、ドラマ版で語り手のジェリー・バートン役を演じていたのは、ジェームズ・ダーシー(『ダンケルク』)。

動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


■三つ編み/レティシア・コロンバニ
齋藤可津子訳
早川書房
LA TRESSE/Laetitia Colombani/2019

ランフレッディ家の家業が毛髪加工で、サラの乳がんが発覚した時点で三つのストーリーがどう繋がっていくのかは大体想像出来たが、それにしても“髪”で三人の女性を繋ぐ構成が巧み(プロローグとエピローグの語り手はウィッグの編み手だ)。
不可触民スミダの境遇の厳しさが際立つが、
エリート弁護士サラは病気でキャリアは風前の灯、
家業を継いだジュリアも時代の変化についていけなければ作業場どころか住むところさえ失いかねない。
殊更フェミニズム小説の括りで語られる小説でもないと思うが、三人それぞれの背中を押すことになるのが、“ウィッグ”であるのは女性ならではだと思う。

三つ編み

三つ編み


■密告者/ファン・ガブリエル・バスケス
服部綾乃、石川隆介訳
作品社
LOS INFORMANTES/Juan Gabriel Vázquez/2004

疎遠だった父親から心臓手術を受けることになったとジャーナリストの息子に突然電話がかかってくる。
これをきっかけに息子は父親の隠された過去と対峙することになる。
と、こういうプロットだけならありがちだが、
ここにコロンビアという国の時代背景が絡むと一気に混沌としてくる。
戦中戦後のコロンビアでは、枢軸国出身者としてブラックリストに載せられ人生を狂わされた移民の人々が数多く存在した。
何故彼が密告者となったか?
それよりも、父親の過去を遺産として受け継ごうとする息子の姿勢や、彼の謝罪を拒否した被害者が、
彼の死によって再び過去から逃れられなくなる皮肉な展開が印象に残った。

密告者

密告者


■トリック/エマヌエル・ベルクマン
浅井晶子訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
DER TRICK/Emanuel Bergman/2016

激動の時代、ラビの息子として生まれながらユダヤ人であることを捨て、奇術師“大ザバティーニ”として生きたモシュ。
現代のLAで両親の離婚話に胸を痛める10歳のマックス。
この二人の物語がどう繋がっていくかには、
正直あまり驚きはなかったものの、そこにあの“トリック”を使ったのは巧い。
同胞の苦難を横目にユダヤ人であることを隠し続けたモシュの贖いともいうべきあの“トリック”が、人生の最期に彼の心に平安をもたらす。魔法を信じられるギリギリ、マックスの10歳という年齢設定も絶妙でした。

トリック (新潮クレスト・ブックス)

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  • 作者: エマヌエルベルクマン,Emanuel Bergmann,浅井晶子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/03/29
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■夜のリフレーン/皆川博子
KADOKAWA

未刊行短編から編まれた〈幻想小説系〉の短編集。
これまで皆川作品は海外を舞台にした長編しか読んでいなかったので、短編は初めて。
ほぼ年代順に収録されているが、冒頭の表題作からもう怖いのなんの!
クオリティは最初から高いが、年代を追うごとにどんどん凄みを増していっている。
個人的に印象深かったのは、戦中戦後の小笠原諸島の記憶を描く「島」(恥ずかしながら全然知らなかった!)、上海租界を舞台にした「赤い鞋」(ラストのキレ味)、戦後の公営団地を舞台にした「青い扉」(川島雄三『しとやかな獣』を思い出す)辺り。

〈収録作品〉
⚫︎夜のリフレーン
⚫︎夜、とらわれて
⚫︎スペシャル・メニュー
⚫︎赤姫
⚫︎夜明け
⚫︎陽射し
⚫︎恋人形
⚫︎赤い砂漠
⚫︎紡ぎ唄
⚫︎踊り場
⚫︎笛塚
⚫︎虹
⚫︎妖瞳
⚫︎七谷屋形
⚫︎島
⚫︎赤い鞋
⚫︎青い扉
⚫︎新吉、おまえの
⚫︎桑の木の下で
⚫︎そ、そら、そらそら、兎のダンス
⚫︎水引草
⚫︎メタ・ドリーム
⚫︎蜘蛛が踊る
⚫︎そこは、わたしの人形の

夜のリフレーン

夜のリフレーン

戦後の公営団地を舞台にした『しとやかな獣』はこちら👇

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同じく主人公の両親が公営団地に暮らす市川崑『私は二歳』はこちら👇

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