極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2019年4月〜

今月の読書4月分をお届けします。
オススメは、ケン・リュウ『生まれ変わり』エトガル・ケレット『クネレルのサマーキャンプ』トム・ハンクス『変わったタイプ』、短編集が三冊となりました。


■生まれ変わり/ケン・リュウ
古沢嘉通・他訳
早川書房(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
THE REBORN AND OTHER STORIES/KEN LIU/2019

すべての小説は現実を反映しているものだが、このケン・リュウの新作はSF的設定はその「現実」をひときわ際立たせるものだということを痛感させる。
個人の記憶と民族や国の歴史認識、アジアの搾取工場、介護ロボット、不法移民の強制退去、不死、性被害、人種差別、世界の何処かで起きている悲劇に対してどうあるべきなのか?
SFとはいえ、考えさせられるしんどいテーマが多かった。
「七度の誕生日」はテッド・チャンの「わたしの人生の物語」の影響を受けているのだろうか?
お気に入りは「生まれ変わり」「訪問者」「ビザンチン・エンパシー」あたり。

〈収録作品〉
⚫︎生まれ変わり
The Reborn
⚫︎介護士
The Caretaker
⚫︎ランニング・シューズ
Running Shoes
⚫︎化学調味料ゴーレム
The MSG Golem
⚫︎ホモ・フローレシエンシス
Homo floresiensis
⚫︎訪問者
The Visit
⚫︎生きている本に関する、短くて不確かだが本当の話
A Briefand Inaccurate but True Account of Origin of Living Books
⚫︎ペレの住民
The People of Pele
⚫︎揺り籠からの特報:隠遁者ーマサチューセッツ海での四十八時間
Dispatches from the Cradle:the Hermit-Forty-Eight Hours in the Sea of Massachusetts
⚫︎七度の誕生日
Seven Birthdays
⚫︎数えられるもの
The Countable
⚫︎カルタゴの薔薇
Carthaginian Rose
⚫︎神々は鎖に繋がれてはいない
The God Will Not Be Chained
⚫︎神々は殺されはしない
The God Will Not Be Slain
⚫︎神々は犬死はしない
The God Will Have Not Died in Vain
⚫︎闇に響くこだま
Echoes in the Dark
⚫︎ゴースト・デイズ
Ghost Days
⚫︎隠娘
The Hidden Girl
⚫︎ビザンチン・エンパシー
Byzantine Empathy

生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)


■クネレルのサマーキャンプ/エトガル・ケレット
母袋夏生訳
河出書房新社
KNELLER'S HAPPY CAMPERS AND OTHER STORIES/Etgar Keret

日常から半歩ずれた世界、とでも言ったらいいのか、どの話も発想が面白いバラエティーに富んだ短編集。
短編というより中編といったほうがいいような表題作「クネレルのサマーキャンプ」は、この世とあの世の中間のような世界で自殺者達が生前と同じように暮らしているお話。
語り口は軽いが、登場人物は全員自ら命を絶つ理由のあった人たちだ。全編に漂う死の気配と乾いたユーモアの絶妙なバランス。
登場人物に自殺者が目立つが、エトガル・ケレットが小説を書き始めたきっかけは、親友オーウェンの兵役中の自殺だったそうだ。
その時の作品が最後に収録されている「パイプ」だ。
表題作の他、「君の男」「でぶっちょ」「びん」「善意の標的」辺りがお気に入り。
過去との折り合いのつけ方を考えさせる「靴」も好きでした。

〈収録作品〉
⚫︎クネレルのサマーキャンプ
Kneller's Happy Campers
⚫︎物語のかたちをした考え
A Thought in the Shape of Story
⚫︎ラビンが死んだ
Rabin's Dead
⚫︎君の男
Your Man
⚫︎アングル
Angle
⚫︎ジェットラグ
Jet lag
⚫︎最後の話、それでおしまい
One Last Story and That's It
⚫︎トビアを撃つ
Shooting Tuvia
⚫︎でぶっちょ
Fatso
⚫︎赤子
Baby
⚫︎びん
Bottle
⚫︎きらきらぴかぴかの目
Glittery Eyes
⚫︎シェリ
Shriki
⚫︎神になりたかったバスの運転手の話
The Story about a Bus Driver Who Wanted to Be God
⚫︎子宮
Uterus
⚫︎地獄の滴り
A Souvenir of Hell
⚫︎ぼくの親友
My Best Friend
⚫︎アブラム・カダブラム
Abram Cadabram
⚫︎死んじゃえばいい
Hope They Die
⚫︎善意の標的
Good Intentions
⚫︎壁をとおり抜けて
Through Walls
⚫︎靴
Shoes
⚫︎点滴薬
Drops
⚫︎ガザ・ブルース
Gaza Blues
⚫︎冷蔵庫の上の娘
The Girl on the Refrigerator
⚫︎外国語
Foreign Language
⚫︎キッシンジャーが恋しくて
Missing Kissinger
⚫︎壁の穴
Hole in the Wall
⚫︎絵
Painting
⚫︎長子の災い
Plague of the Firstborn
⚫︎パイプ
Pipes

クネレルのサマーキャンプ

クネレルのサマーキャンプ


■春にして君を離れ/アガサ・クリスティー
中村妙子訳
早川書房クリスティー文庫
ABSENT IN THE SPRING/Agatha Christie/1944

クリスティーの小説は山ほど殺人事件が起きてもさほど陰惨な感じがしないのが特徴だと思っていたが、これはほぼヒロイン(?)の独白で誰一人死なないのに、読後暗澹たる印象を残す。
こういうのを「イヤミス」っていうのかな。
「妻も妻なら、夫も夫」という意見ももっともだが、
「私は悪くない!」の一点張りで、反論とか他人の意見を一切受け入れない人に相対すると、無力感に襲われて諦めてしまうのも確かである。
結局、そういう人とは距離が出来てしまうけど、そんな人間関係は哀しい。

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)


■1R1分34秒/町屋良平
新潮社

第160回芥川賞受賞作。
デビュー戦をKO勝ちで飾るもその後は二敗一分けと勝てないボクサーの敗戦から次戦までの逡巡。

「他人の生活なんてどうでもうい。
世界なんてどうでもいい。
カタストロフに丸ごと呑みこまれてしまいたい。」

「女の子はすごい。」

が正直に同居し、新たな出会いと信頼のシステムと唯一の友達の見せる芸術世界で

「人生。たのしいかも。」

の境地。頭でっかち過ぎない文体のオリジナリティーも心地良く、清々しい読後感。

「勝つよ。きっと勝つ。」

第160回芥川賞受賞 1R1分34秒

第160回芥川賞受賞 1R1分34秒


■心霊電流/スティーヴン・キング
峯村利哉訳
文藝春秋
REVIVAL/STEPHEN KING/2014

若く意欲あふれる新任の牧師チャールズ・ジェイコブスと、彼を受け入れ、家族ぐるみで付き合うようになるモートン一家。
牧師であると同時に科学(電気)に対する並々ならぬ関心を持つジェイコブスはモートン家の末っ子ジェイミーと特に親しくなる。
悲劇的な妻子の死、「惨憺たる説教」をきっかけにジェイコブスは解任される。
極端にふれ過ぎかもしれないが、ジェイコブスが信仰を失ったとしても、それはそれで致し方なしと感じてしまう私はやっぱり不信心者。
ジェイミー、ジェイミーの兄コンラッドに対するジェイコブスの「治療」がどんな結果をもたらすのだろうか?
献辞を捧げている作家の中で筆頭はメアリー・シェリー、そして稲妻。
という時点で、ジェイコブスの最終目的は死者を蘇らせることだと予想がついてしまったが、
妻子を蘇らせるのかと思いきや(流石に、骨になってしまった死体では無理か)、まさかあの世への扉を開けることだったとは!
でも、少しあの世のイメージが貧困というか、
具体的なビジュアルイメージは必要なかったんじゃないだろうから?
奇跡の治療がもたらす思わぬ後遺症、
これだけで十分不気味。
治療を受けて健康を取り戻すと同時に、時限爆弾を抱えることになるのだから。

心霊電流 上

心霊電流 上

心霊電流 下

心霊電流 下


■されど私の可愛い檸檬舞城王太郎
講談社

『私はあなたの瞳の林檎』と対になる『されど私の可愛い檸檬』。
登場人物たちは『私はあなたの〜』より人生の階段を登り、既婚者となっている。
年をとったから、結婚したから、就職したから、人はかしこく要領よく幸せになれる訳でもなく、相変わらず、いや益々面倒くさい。
夫や妻、親、兄弟、友人、思っていても口に出さないことが増える。
でも、舞城が描く人たちは違う。
面と向かって口に出してはっきり思ってることを伝える。
ただ、真っ直ぐに。口に出してしまって気まずくなるとかどうとかそんなことは恐れないのだ。
でも、そんな度胸、私にはない。

されど私の可愛い檸檬

されど私の可愛い檸檬

姉妹編『私はあなたの瞳の林檎』はこちら👇

私はあなたの瞳の林檎

私はあなたの瞳の林檎


■ねじれた家/アガサ・クリスティー
田村隆一
早川書房クリスティー文庫
CROOKED HOUSE/Agatha Christie/1949

怨恨、金、愛。
人が罪を犯すまでには様々な動機、事情がある。
罪を犯したことを後悔する人もいれば、そうでない人もいるだろうが、一番手に負えないのは、ここに登場する犯人のようなタイプじゃないか?
この犯人は自分が悪いことをしたなんて思ってないし、罪悪感なんて感じないんだから。
クリスティ自身お気に入りの作品だそうだが、
うーん、意地が悪い。
現在、映画化作品が公開中。
よくあるキャスティングで犯人が想像できてしまうというネタバレにはなってません!


■すべての、白いものたちの/ハン・ガン
斎藤真理子訳
河出書房新社
THE WHITE BOOK/Han Kang/2016

世界はさまざまな色にあふれているが、やっぱり「白」という色が人に与えるインパクトは特別で、だから記憶に強く残るんだろう。
散文詩ともエッセイとも小説とも違う一種独特な世界。
最初から日本語で書かれたかのような斎藤真理子さんの訳も相変わらず素晴らしい。
「白」といっても、
砂糖の「白」と小麦粉の「白」は違う。
それは、微妙に違う「白い」ページが教えてくれる。

〈収録作品〉
1.私
ドア/おくるみ/産着/霧/白い街/闇の中で、あるものたちは/光ある方へ/乳/彼女/ろうそく
2.彼女
窓の霧/霜/翼/こぶし/雪/雪片たち/万年雪/波/みぞれ/白い犬/吹雪/灰/塩/つき/レースのカーテン/息/白い鳥たち/ハンカチ/天の川/白く笑う/白木蓮//糖衣錠/角砂糖/灯たち/幾千もの銀の点々が/輝き/白い石/白い骨/砂/白髪/雲/白熱灯/白夜/光の島/薄紙の白い裏側/舞い散る/静けさに/境界/白い蝶/魂/米と飯
3.すべての、白いものたちの
あなたの目/壽衣/お姉ちゃん/博士の上に書かれたいくつかの言葉のように。/白服/煙/沈黙/下っ歯/わかれ/すべての白いものたちの

すべての、白いものたちの

すべての、白いものたちの


■変わったタイプ/トム・ハンクス
小川高義
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
UNCOMMON TYPE/Tom Hanks/2017

あの“トム・ハンクス”が小説を書いた!ということで、ネームバリューゆえの出版じゃないかと意地悪な見方をしていたけど、『ニューヨーカー』にも、クノッフ社にも、新潮クレスト・ブックスにも謝らなければならない。
超アクティブな彼女との疲労困憊の日々を描いた「へとへとの三週間」からグッと引きこまれた(「アラン・ビーン、ほか四名」「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」の二編も同じキャラが登場。)。
「光の街のジャンケット」「配役は誰だ」は
俳優としてのキャリアが垣間見える作品。
「クリスマスイヴ、一九五三年」「ようこそ、マーズへ」「コスタスに会え」辺りもお気に入り。
献辞の「ノーラがいたから」のノーラというのは、脚本家で映画監督でもあるノーラ・エフロンのことじゃないかしら。
俳優としての仕事も多忙でしょうが、トム・ハンクスには小説も書き続けて欲しいと思います。

〈収録作品〉
⚫︎へとへとの三週間
Three Exhausting Weeks
⚫︎クリスマス・イヴ、一九五三年
Christmas Eve 1953
⚫︎光の町のジャンケット
A Junket in the City of Light
⚫︎ハンク・フィセイの「わが町トゥデイ」
ー印刷室の言えない噂
Our Town Today with Hank Fiset
ーAn Elephant in the Pressroom
⚫︎ようこそ、マーズへ
Welcome to Mars
⚫︎グリーン通りの一週間
A Month on Green Street
⚫︎アラン・ビーン、ほか四名
Alan Bean Plus Four
⚫︎ハンク・フィセイの「わが町トゥデイ」
ビッグアップル放浪記
Our Town Today with Hank Fiset
ーAt Loose in the Big Apple
⚫︎配役は誰だ
Who's Who?
⚫︎特別な週末
A Special Weekend
⚫︎心の中で思うこと
These Are Meditations of My Heart
⚫︎ハンク・フィセイの「わが町トゥデイ」
ー過去に戻って、また戻る
Our Town Today with Hank Fiset
⚫︎過去は大事なもの
The Past Is Important to Us
⚫︎どうぞお泊まりを
Stay with Us
⚫︎コスタスに会え
Go See Costas
⚫︎ハンク・フィセイの「わが町トゥデイ」
エヴァンジェリスタエスペランサ
Our Town Today with Hank Fiset
ーYour Evangelista Esperanza
⚫︎スティーヴ・ウォンはパーフェクト
Steve Wong Is Perfect

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)


■花だより みをつくし料理帖 特別巻/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

〈収録作品〉
⚫︎花だより/愛し浅蜊佃煮
⚫︎涼風あり/その名は岡太夫
⚫︎秋燕/明日の唐汁(からじる)
⚫︎月の船を漕ぐ/病知らず

偽の水原東西の出現で桜も今年限りと思い込んだ種市の大坂行きの顛末「花だより」、あさひ太夫と又次の出会いと野江が掴んだ新たな幸せを描く「秋燕」、澪と源斎夫婦の新たな苦難と再起を描く「月の船を漕ぐ」。そして小野寺家の様子が分かる「涼風あり」。
このシリーズはキャラの立った登場人物が多いが、小野寺家の嫁、乙緒さんもなかなかの強者。
小野寺夫妻が仮面夫婦じゃなくて救われる思いだし、
早帆さんの料理下手が相変わらずなのも楽しい。
澪が本当の意味で故郷に帰れたのも嬉しいけれど、
「お澪坊〜!」の種市には泣かされました。

花だより みをつくし料理帖 特別巻

花だより みをつくし料理帖 特別巻


ゲティ家の身代金/ジョン・ピアースン
鈴木美朋訳
ハーパー・コリンズ・ジャパン
ALL THE MONEY IN THE WORLD/JOHN PEARSON/1995/2017

ケヴィン・スペイシーの不祥事で公開まですったもんだあったR・スコット監督『ゲティ家の身代金』の原作本。
結局、石油王で稀代の吝嗇家ジャン・ポール・ゲティ役は代役のクリストファー・プラマーが素晴らしく適役だったけど、ゲティ家の物語の真の主役(プラマーは助演扱い)はジャン・ポール・ゲティだと益々強く思う。
誘拐という一家の危機にまともに向き合うこともできなかった祖父ジャン・ポールと父親Jr.。
母親ゲイルの孤軍奮闘ぶりは映画の通り。
事件後の一家の姿は、金は必ずしも人を幸せにしないという事実をあらためて突きつけている。
酒やドラッグに溺れていく一族の人間が多かった中で、
ゲティ一族にとって幸いだったのは、ジョン・ポール・ゲティJr.の弟ゴードン、誘拐されたジョン・ポール・ゲティ三世の弟マークなど各世代に莫大な財産に振り回されない堅実な人物がいたことだろう。
マーク・ゲティはゲッティ・イメージズの共同創始者
ジョン・ポール・ゲティ三世の息子は俳優のバルサザール・ゲティ(『ロスト・ハイウェイ』)である。

ゲティ家の身代金 (ハーパーBOOKS)

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すったもんだの末、再撮影、ギャラの格差問題を経て公開されたリドリー・スコットによる映画版はこちら👇

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