極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

ビューティフル・デイ


その身体が語るもの

シンシナティ
ホテルの一室。
ベッドに横たわり、ビニール袋をかぶって荒い息を繰り返す男。
アジア系の少女が写った写真を焼き、
血まみれのハンマーを拭う。
“Sandy ”のネームネックレス、携帯電話、その他もろもろをビニール袋に放り込む。
ホテルの裏口から出た男に襲いかかるもう一人の男。
男はあっという間に頭突きで倒す。
タクシーで空港に向かう男。
空港で男は公衆電話から電話をかける。
相手はおそらく仕事の依頼主ジョン・マクリアリー。

「完了した」

そうメッセージを残し、男はニューヨークへ戻る。

自宅に戻った男を待っていたのは年老いた母親。
母親は眠っているフリをして息子を騙す。
テレビで『サイコ』を観ていたという母親は、眠るまでそばにいてほしいと息子に言う。
男の名前はジョー。
襲われた時に殴られた肩を冷やすジョー。
その背中には大きな傷あとがある。

翌朝。
ベッドに仰向けになっているジョーは刺さっても構わないとばかりにナイフを弄ぶ。
バスルームから彼を呼ぶ母親の声がする。
歯ブラシが見つからないという母親はバスルームを水浸しにしている。

とある雑貨店。
店内で商品を並べているのは昨夜、ジョーの自宅の近くの友人宅を訪ねていた店主の息子だった。
店主エンジェルは仕事の仲介役。
報酬を受け取ったジョーはエンジェルに息子に自宅を知られたことを告げる。
息子をは偶然友人と一緒にいただけで、無知な子どもだとエンジェルは言う。

「俺たちは終わりだ、エンジェル」

仕事の依頼主マクリアリーの事務所に向かうジョー。
事務所は花であふれている。
ジョーが無事連れ戻したシンシナティの少女の両親からの贈り物だという。
ジョーの仕事は行方不明人を探し、連れ戻すこと。
エンジェルとは手を切り、別の仲介役を探すと告げるジョーに、次の仕事の依頼をするマクリアリー。

依頼主は州上院議員アルバート・ヴォット。
マクリアリーが議員の父親を警護していた縁だという。
ヴォットは2年前妻を自殺で亡くし、
それ以来10代の娘ニーナは家出したまま。
娘と連絡が途絶えたヴォットがマクリアリーに連絡してきたのだ。
ヴォットは現知事ウィリアムズの再選に向けて選挙運動中。
警察沙汰は避けたい。
報酬は5万ドル。
手がかりはヴォットに届いた匿名メールに記されたある住所。

「東31丁目235番地」

そこは、未成年の少女たちが働かされている売春宿だった。

「やつらを痛めつけてくれ」


依頼通りに奴らを痛めつけ、
ニーナを救い出したジョー。
ヴォットとの待ち合わせ場所に辿り着いたニーナとジョーだったが、そんな二人の元にヴォットがホテルの22階から飛び降りたというニュースが飛び込んでくる。
娘を迎えにくるはずのヴォットが自殺するはずがない。
しかし、それを知っているのは、ジョーとニーナ、そしてマクリアリーだけだった。
その直後、モーテルに踏み込んできた警察にニーナは連れ去られてしまう。
一体、何が起きているのか?

「まっすぐ立て 猫背は女々しいぞ」

ジョーの父親は妻に暴力をふるうDV夫だった。
幼いジョーはクローゼットに隠れクリーニングのビニール袋をかぶって耳を塞いでいた。
数をカウントすることで、自分の身に起きていることを感じないようにしているニーナの姿にも重なる。

金網越しに菓子をねだる少女。
駆け出した少女を銃で撃ち、菓子を奪う少年。
その断末魔で痙攣する少女の足。
戦地での過酷な記憶。

トラックの荷台で、折り重なって死んでいる買われてきた少女たちの姿。

ジョーを襲うフラッシュバック。
抱えているトラウマ。
彼の心はすでに死んでしまったのだろう。
彼が死なずにいるのは母親がいるからだ。
母の存在がジョーを辛うじて生かしている。

ハンマー一本でクズどもを倒す強靭な肉体。
しかし、その身体は徹底して鍛え上げられたギリシア彫刻のようなものでは決してない。
その身体は、ジョーが抱える虚無感、痛み、怒りをまさに体現している。
極端に台詞の少ない中で、ジョーを演じるホアキン・フェニックスの役作りは、ほとんどがこの身体を作り上げることだったんじゃないだろうか?
その身体がジョーという男を語っている。


Let's go.
It's a beautiful day.

さらに多くを失ったジョーは、
この先、何のために生きるのだろう?
そして、心を取り戻すことは出来るのだろうか?

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ビューティフル・デイ
You Were Never Really Here

(2017 イギリス/フランス/アメリカ)
監督・脚本:リン・ラムジー
原作:ジョナサン・ジェイムズ『ビューティフル・デイ
撮影:トーマス・タウネンド
音楽:ジョニー・グリーンウッド
編集:ジョー・ビニ
出演:ホアキン・フェニックス,エカテリーナ・サムソノフ,アレックス・マネット,ジョン・ドーマン,ジュディス・ロバーツ,ダンテ・ペレイラ=オルソン,アレッサンドロ・二ヴォラ,フランク・バンド

原作小説も、100ページ程度の短編だが、90分という無駄のない尺が素晴らしい。
眠ったふりをしていた母親の老眼鏡をジョーが外すシーン、仲介役エンジェルの息子がジョーが自宅に戻ったところを偶然見てしまうシーン、これが後で活きてくる。
ジョーにとっては、とても皮肉なかたちで。
自ら手掛けた監督リン・ラムジーの見事な脚本。
余韻の残るラストシーンも印象的だ。
そして、ホアキン・フェニックスの雄弁な身体、
効果的に挿入されるフラッシュバック、
ジョーの心情に寄り添う音楽。
まさに映画にしか出来ない方法で
ストーリーを紡ぐことに見事に成功している。

第70回カンヌ国際映画祭映画祭コンペティション部門出品作品。
ホアキン・フェニックスが男優賞、リン・ラムジー脚本賞を受賞している。

『ジンジャーの朝〜さよなら、私が愛した世界』でクズ中のクズ親父を演じたアレッサンドロ・二ヴォラが、またしてもクズ中のクズを演じている。
これって彼のキャリアにとってどうなんでしょうね?


ビューティフル・デイ』公式HPはこちら
👉 http://beautifulday-movie.com/info/top

ビューティフル・デイ』予告編こちら
👉 https://youtu.be/PEr7c5jHUTw

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終始、ジョーの心情に寄り添う音楽がまた素晴らしい。
レディオ・ヘッドのメンバーでもあるジョニー・グリーンウッドリン・ラムジー作品以外に、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以降のポール・トーマス・アンダーソンの作品でも音楽を担当している。サウンドトラックはこちら👇

ビューティフル・デイ -オリジナル・サウンドトラック

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ビューティフル・デイ (ハヤカワ文庫NV)

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少年は残酷な弓を射る 上

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少年は残酷な弓を射る 下

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