極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2018年6月、7月〜

今月の読書2018年6月分7月分をお届けします。
ベストは、イザベル・アジェンデ『日本人の恋びと』グレアム・スウィフト『マザリング・サンデー』多和田葉子『地球にちりばめられて』ファン・ジョンウン『誰でもない』


■穢れの町 アイアマンガー三部作2/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳
東京創元社
THE IREMONGER TRILOGY BOOK 2:
FOULSHAM/Edward Carey/2014

アイアマンガー家の圧政に苦しむ穢れの町の人々の運命が過酷過ぎる。
前作まではファンタジーだと思っていたが、質草として手に入れた子供たちを使って製造する兵隊(ゴミを寄せ集め、子供たちの息を吹き込んで命を与えた)に至っては、最早スチーム・パンクですよ!
屑山が崩れてロンドンに向かったアイアマンガー一族に取り込まれてしまったかのようなクロッド、ルーシーは穢れの町でどうなったのか?
まさかあの人がアイアマンガーだったとは!
前作に引き続き、なんでこんなところでTo be continued?

穢れの町 (アイアマンガー三部作2) (アイアマンガー三部作 2)

穢れの町 (アイアマンガー三部作2) (アイアマンガー三部作 2)

シリーズ一作目『堆塵館』はこちら👇

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)


■ギデオン・マック牧師の数奇な生涯/ジェームズ・ロバートソン
田内志文訳
東京創元社
THE TESTAMENT OF GIDEON MACK/James Robertson/2006

滝壺に滑落し三日間行方不明になっていたギデオン・マック牧師が、本当に“悪魔”と遭遇したかどうかは最後までわからない。
でも、もしも彼が“悪魔”ではなく、“神”(あるいは天使)と出会って助けられたと告白していたら、果たしてどうなっただろう?
称賛されこそすれ、狂人扱いされることはなかったんじゃないか?
どうもこの辺りは、都合の悪いものは見ないふり、見たいものだけを見るという宗教の一面的な部分を見る思いがした。
ギデオン・マック牧師は基本的に善意の人だったと思うけれど、神を信じてもいないのに牧師になり、愛のない結婚生活を続けた彼の人生はどんな形にせよ、どこかで行き詰まることになったんじゃないかと思う。

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)


■失われた手稿譜 ヴィヴァルディをめぐる物語/フェデリコ・マリア・サルデッリ
関口英子・栗原俊秀訳
東京創元社
L'AFFARE VIVALDI/Federico Maria Sardelli/2015

晩年は不遇で生活苦から借金を重ねウィーンで亡くなった作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ
彼が遺した膨大な手稿譜が辿る数奇な運命を史実に基づき小説仕立てで描くエンターテイメント。
これが滅法面白い!
小説仕立てにしたことで臨場感が増し、まるでその場に居合わせたかのようで、この企ては見事に成功している。
ヴィヴァルディ研究の第一人者であり、古楽オーケストラを率いる音楽家、そして風刺画家でもあるという著者の多才ぶりにも驚くが、手稿譜の収集に尽力した音楽学者アルベルト・ジェンティーリの辿る運命の皮肉に胸が苦しくなった。
これから先ヴィヴァルディを聴く時には、手稿譜の収集に尽力した真の英雄、ルイージ・トッリとアルベルト・ジェンティーリ、幼くして亡くなったマウロとレンツォ、二人の想い出に手稿譜を購入しトリノ国立図書館に寄贈した二人の父親にも思いをはせたい。

失われた手稿譜 (ヴィヴァルディをめぐる物語)

失われた手稿譜 (ヴィヴァルディをめぐる物語)


■日本人の恋びと/イザベル・アジェンデ
木村裕美訳
河出書房新社
EL AMANTE JAPONÉS/Isabel Allende/2015

ホロコーストに日系アメリカ人の強制収容所収容にエイズ禍に人身売買に児童ポルノ
登場人物たちには20世紀初頭から現在に至るまでに人類が被ってきたありとあらゆる災厄が襲う。
何とかそれを乗り越えてきた彼らが善意の人との出会いによって癒されていくのは、こうあって欲しいというアジェンデの願いなのかもしれない。
人生で唯一の愛、その愛をもってしても越えられなかった壁。
愛を手に入れた者は同時にそれを失う苦しみや痛みを引き受けなければならず、愛することにも愛されることにも勇気が必要。それにしても、愛+官能=最強。

日本人の恋びと

日本人の恋びと


■マザリング・サンデー/グレアム・スウィフト
真野泰訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Mothering Sunday/Graham Swift/2016

1924年3月30日、メイドに許された年に一度の里帰りの日、マザリング・サンデー。
6月を思わせるお天気のその日、帰る家のないジェーンは秘密の恋人に会うため、自転車を走らせる。
ジェーンにとって生涯忘れられないその日が行きつ戻りつ描かれるのは、(100歳近くまで生きた)彼女がその後の人生でこの日を何度も何度も反芻したからだろう。

「突然で意外な自由の感覚が体にみなぎった。わたしの人生は始まったところだ」

ジェーンの中の作家としての“種”は、この日、芽を出したのだろう、同時に喪失をともなって。
ジェーンは知ることのなかったアプリィ邸のメイドやエマ・ホブデイの行動や思いを様々想像しているが、ポール・シェリンガムは、ベッドに横たわるジェーンの姿を見て何を思い、どんな思いで身支度を整え、車を走らせたのだろう?

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)


■肺都 アイアマンガー三部作3/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳
東京創元社
THE IREMONGER TRILOGY BOOK3:
LUNGDON/Edward Carey/2015

アイアマンガー三部作の完結編。500p超というページ数に怯むも、怒涛の展開に一気読み。映画化権が既に売れているというのも納得の映像映えしそうなダイナミックな展開。
具体的な話はまだこれからのようだが、映画はやはり三部作になるのだろうか?
“アイアマンガー一族”という強大な同調圧力の中で押しつぶされそうになりながら、自らの考えでやるべき事をやろうとするクロッドの姿にはを今を生きる少年少女の心に訴えかけるものがあるだろう。
ああ、でも私はやっぱり『望楼館追想』が好きなので次作のマダム・タッソーの伝記が楽しみです。

肺都(アイアマンガー三部作3) (アイアマンガー三部作 3)

肺都(アイアマンガー三部作3) (アイアマンガー三部作 3)

私の好きなエドワード・ケアリー作品はこちら👇

望楼館追想

望楼館追想

望楼館追想 (文春文庫)

望楼館追想 (文春文庫)


■少女 犯罪心理捜査官セバスチャン/M・ヨート&H・ローセンフェルト
ヘレンハルメ美穂訳
東京創元社創元推理文庫
DEN STUMMAFLICKAN/MichealHjorth & Hans Rosenfeldt/2014

地方都市トシュビーで一家が猟銃で惨殺されるという事件が起きる。
トルケル率いる殺人捜査特別班は協力依頼を受けるが、鑑識官ウルスラは前作のラストでセバスチャンのストーカーに撃たれ負傷し療養中、ヴァニヤは両親の嘘に傷つき今だ情緒不安定、結婚を控え幸せなはずのビリーも現実逃避気味、リーダーのトルケルも何故ウルスラがセバスチャンの家にいたのか?聞けずにいる。
そんな中で起きた事件にチームは上手く対処出来るのか?
惨殺事件には一家には少女の生存者がいたことがわかり、いよいよ犯罪心理捜査官セバスチャンの本領発揮か?
鉱山開発の問題が出て来た時点で市長が怪しいと思っていたら案の定。
中央政界進出を狙う彼女の権力欲をチラチラの見せていたのはストーリーの伏線になっていたんだね。
セバスチャンがニコルに娘の姿を重ねていたのは事実だろうが、ニコルを思う気持ちに嘘はなかったと思うので、なんだか哀れ。
ビリーの暗黒面にいち早く気付いたセバスチャンが、次作以降、ビリーにどう対処するのか?
セバスチャンの犯罪心理捜査官としての真価が問われるのだろう。
まずはヴァニヤに真実を語るのか?

犯罪心理捜査官セバスチャン 少女 上 (創元推理文庫)

犯罪心理捜査官セバスチャン 少女 上 (創元推理文庫)

少女〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)

少女〈下〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)


■地球にちりばめられて/多和田葉子
講談社

帰る国を失い北欧諸国を難民として転々とし「パンスカ」という独自の言語を獲得したHiruko。
彼女のTV出演に端を発して奇妙な縁で繋がる人々。
それぞれがそれぞれの事情で生まれ育った場所とは別の場所で生きる彼らはデンマークからドイツへ、そしてノルウェー、遂にはフランス、アルルへと辿り着く。
彼らはまさに「地球にちりばめられて」いる。
こんな国にはもう住みたくないと思ったとしても多くの人にとって海外移住は高いハードルだ。
でも、あなたも私も地球人、地球にちりばめられた一人だと思うと、少しだけ心が軽くなった。

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて


■誰でもない/ファン・ジョンウン
斎藤真理子訳
晶文社
Nobody is/Jung-eun Hwang/2016

孤独、貧困、喪失。
今にも雨が降り出しそうな暗雲の下から何処へ移動しても逃れられない、あるいは出口のない迷路を延々と巡っているような閉塞感。
ここに描かれたすべての物語に感じられるのはそんな行き場のなさだ。
日本語でも「誰でもない」ネガティブなニュアンスもあれば、「訳者あとがき」にあるように「ほかの誰でもない」「代わりのいない」という意味にも取れる。
でも、「ほかの誰でもない」「代わりのいない」という意味を与えてくれるのは多くの場合は他者であり、他者との関わりの中でこの言葉の意味も転換していくのだと思う。
〈収録作品〉
⚫︎上京
⚫︎ヤンの未来
⚫︎上流には猛禽類
⚫︎ミョンシル
⚫︎誰が
⚫︎誰も行ったことがない
⚫︎笑う男
⚫︎わらわい

誰でもない (韓国文学のオクリモノ)

誰でもない (韓国文学のオクリモノ)