極私的映画案内

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今月の読書 〜2018年2月、3月〜

今月の読書2018年2月分3月分をお届けします。
ベストは、若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』
レアード・ハント『ネバーホーム』


■夜の試写会/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
DOUBLE-CROSSING DELANCEY AND OTHER STORIES/S.J.Rozan

医師や弁護士が活躍するドラマにおいて重要なのは、実は患者や依頼人のストーリーであるのと同じように、この短編もリディアとビルの活躍を描きながらもニューヨーク近郊に住む様々な人々の人間模様、社会の側面を描いているのが面白かった。
長編がメインのシリーズだが、この辺りは短編ならではの味わいかもしれない。
お気に入りは、リディアものでは「人でなし」、ビルものでは「ただ一度のチャンス」辺り。
長編は未読だが、解説によると「どこから読んでも愉しめる」らしいが、やはり一作目の『チャイナタウン』から読むべきかな。
〈収録作品〉
⚫︎夜の試写会 Film at Eleven
⚫︎熱き想い Hot Numbers
⚫︎ペテン師ディランシー Double-Crossing Delancey
⚫︎ただ一度のチャンス Hoops
⚫︎天の与えしもの Birds of Paradise
⚫︎人でなし Subway
⚫︎虎の尾を踏む者 A Tale About a Tiger

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)


■シンパサイザー/ヴィエト・タン・ウェン
上岡伸雄訳
早川書房
THE SYMPATHIZER/Viet Thanh Nguyen/2015

「訳者あとがき」でも触れられているように、今まで見聞きしてきたベトナム戦争というのは、そのほとんどがアメリカ側の視点に立ったものだったと痛感。
ベトナム出身の著者がその視点に違和感を持つのも当然だろう。
思えば、冷戦時代とは、米ソ(中国)が直接戦わずとも様々な形で加担、支援し、アジアで、南米で、世界中で代理戦争をやってきた時代であり、冷戦構造が崩れた現在もその図式は変わっていない。
サイゴン陥落でベトナム戦争終結したと理解されがちだが、ベトナム人にとって内戦は終わっていなかったし、国民は二分されたままだった。
ほぼ一人称の独白の体裁をとっているので、いわゆるスパイ小説を期待すると肩透かしかもしれないが、新たな視点を与えてくれる作品であることは確か。
デビュー作だが、文章はすごく巧い。

シンパサイザー

シンパサイザー

シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シンパサイザー (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


■チリ夜想曲/ロベルト・ボラーニョ
野谷文昭
白水社(ボラーニョ・コレクション)
NOCTURNO DE CHILE/Roberto Bolaño/2000

死を目の前にしたセバスティアン・ウルティア=ラクロア神父を責め苛む「老いた若者」。
神父は自らの行動、そして沈黙について明らかにしようと人生を振り返る。
アジェンデ政権の成立と崩壊、ピノチェト軍事政権下で行われていた不当逮捕や拷問。
文芸評論家で詩人でもあった神父が何に加担し、何に沈黙したのか?
暗い時代を虐げられた側からではなく、その時代を甘んじて受け入れた側の告白によって描く。
「老いた若者」はボラーニョ自身だろうが、その矛先は自身にも向けられていたのかもしれない。

チリ夜想曲 (ボラーニョ・コレクション)

チリ夜想曲 (ボラーニョ・コレクション)


■あたらしい名前/ノヴァイオレット・ブラワヨ
谷崎由依
早川書房
WE NEED BEW NAMES/Noviolet Bulawayo/2013

十代の少女のあっけらかんとした語り口だが彼らが生きるジンバブエの状況は相当過酷だ。
家は突然破壊され、南アに出稼ぎに出た父親は音信不通、学校の先生たちも皆国を出た。
皆常にお腹を空かせ、親友はわずか11才で妊娠している。
アメリカに渡ったダーリン。確かに学校にも通える、食べ物も十分ある、
それでも、ジンバブエが恋しくてたまらない。アメリカは自分の国じゃない。
そんなダーリンに投げつけられる親友の辛辣な言葉。国を見捨てた、裏切り者の烙印。国に残った者との間に出来てしまった深い溝。新しい名前はそれを埋められるのか?

あたらしい名前

あたらしい名前


■荊の城/サラ・ウォーターズ
中村有希
東京創元社創元推理文庫
FINGERSMITH/Sarah Waters/2002

パク・チャヌクによる映画化作品『お嬢さん』を観たので、再読中。
映画はヴィクトリア朝のイギリスから1930年代日本統治下の韓国に舞台を移している。
原作ではモードとスーザンは同い年だが、映画ではスッキよりも“お嬢さん”の方が年上の設定か。
その他は上巻の内容ほぼそのまま映像化されているが、スーザンがモードのとがった歯を指ぬきで削るシーンが映像ではより印象的でエロティック。
計画の首謀者“紳士”は、ハ・ジョンウ演じる“伯爵”よりも原作の方が狡猾で抜け目ない。
再読なのに、下巻に入ってからの展開をすっかり忘れていて我ながらびっくりだったが、パク・チャヌク版とも大分違っている。
映画では、スウの育ての親サクスビー夫人の役割がごく小さなものになっている(同時に彼女の秘密に関わる展開もない)。
しかし、原作通りに映像化していたら2時間程度の尺には到底収まらないので、この変更は致し方なしといったところだろう。
ラストはほぼ原作通りだが、罪深き男達をどう扱うかというところが、いかにもパク・チャヌク流。

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

パク・チャヌク監督による映画化作品はこちら👇


騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア
村上春樹
新潮社
全然読む気はなかったのに、なんとなく図書館で予約してしまって忘れた頃に順番が回ってきた。
村上作品はすごく久し振りだが、そもそも久しぶりに読んでみるかと予約したことを思い出す。
上巻を読んだ時点で一番気になるのは、主人公が小田原のアトリエを引き継ぐことになった日本画家、雨田具彦のウィーン留学時代と具彦が屋根裏部屋に封印した自作「騎士団長殺し」の関係。
しかし、相変わらず主人公は30代半ばで淡白な性格の男だし、他の登場人物にもまったく共感できず。むしろ、それが作者の狙いなのかとさえ思う。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)


騎士団長殺し:第2部 遷ろうメタファー編
村上春樹
新潮社

つまるところ、“騎士団長殺し”も穴に下りてくぐり抜ける行為も、肖像画家としてのキャリアにも妻との結婚生活にも行き詰まっていた男が、新たな一歩を踏み出すための通過儀礼ということか?
雨田具彦がウィーン時代に関わったナチス高官暗殺未遂事件もその弟が経験した南京攻略(南京大虐殺)も、こういう重い歴史的事実が物語の道具立てとして使われることにも少し違和感。
長いストーリーを読ませることは確かだが、心は動かなかった。なぜ村上作品から遠ざかっていたのか、思い出しました。

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編


■おらおらでひとりいぐも/若竹千佐子
河出書房新社

二人の子供達はすでに家を出ており疎遠、最愛の夫にも先立たれ、もっぱら内なる自分と語らう桃子さん。
夫との思い出は桃子さんの宝物。
それでも残る、“人のために生きてきた”という思い。
ミア・ハンセン=ラブ監督の『未来よ、こんにちは』の中でイザベル・ユペール演じる高校の哲学教師ナタリーは夫に捨てられ認知症の母親を看おくり独りになる。
そして、つぶやく。
「初めての完全なる自由!」
自由と孤独は表裏一体。
この境地を経て、再び他者との関係を築いていく。
内なる自分との対話を通じて桃子さんが到達した境地も同じだったと思う。

「東北弁とは最古層のおらそのものである。もしくは最古層のおらを汲み上げる ストローのごときものである」

「ちょうど、わたしが、と呼びかければ体裁のいい、着飾った上っ面のおらが出てくるように。それどいうのも、主語は述語を規定するのでがす。主語を選べばその層の主語なり、思いなりが立ち現れるのす。んだから東北弁がある限り、ある意味恐ろしいごどだども、おらが顕わになるのだす、そでねべが。」

標準語しか持たないわたし。
最古層のわたしはどんなに言葉で語るのか?

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

イザベル・ユペール主演のミア・ハンセン・ラブ監督作品はこちら👇


■チャイナタウン/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
CHINA TRADE/S.J.Rozan/1994

チャイナタウンの美術館から寄贈された磁器のコレクションが盗まれ、美術館の評判を気にした館長は旧知の私立探偵リディアに調査を依頼する。
ある意味治外法権なチャイナタウンでいかに犯人を見つけるのか?
リディア(中国系アメリカ人)と相棒ビル(白人男性)の微妙な関係がシリーズを通しての読みどこだろうが、今作に登場するリディアの初めてのボーイフレンドの存在も気になる。
リディアのベースがチャイナタウンであることはこれから先も変わらないだろうし、彼の再登場を期待してしまうな。
元恋人がギャングになってたら、そりゃ複雑だよね。
子どもの頃からテコンドーをやってるリディアがギャングにボコられるシーンでストレス溜まったので、『チョコレート・ファイター』を観てしまった。

チャイナタウン (創元推理文庫)

チャイナタウン (創元推理文庫)


■ネバーホーム/レアード・ハント
柴田元幸
朝日新聞出版
NEVERHOME/Laird Hunt/2014

南北戦争時のアメリカ。
「わたしはつよくてあのひとはつよくなかったから、わたしが国をまもりに戦争に行った」
そう言って、戦地に向かったアッシュことコンスタンス。
一家で一人、兵を出さなければならなかったというよりも「もっと広い世界を見てみたい」という強い思い。
夫との出会いに感謝し幸せに暮らしていた彼女の心の中にある抗えない思い、むしろこれ彼女を戦場に向かわせたのではないか?
しかし、戦地での体験は彼女を“兵士”に変えてしまった。その“兵士”の本能が何よりも大事だったはずのものを奪ってしまうという皮肉。
通常漢字であるべき言葉もひらがなで表記されているので、最初は少し読みずらかったが、途中からは一気読み。さすがの柴田元幸訳。
レアード・ハントは三作目だが、やっぱり『インディアナインディアナ』が好き。

ネバーホーム

ネバーホーム

私の好きなレアード・ハント作品はこちら👇

インディアナ、インディアナ

インディアナ、インディアナ


■ファインダーズ・キーパーズ/スティーン・キング
白石朗
文藝春秋
FINDERS KEEPERS/STEPHEN KING/2015

1978年、アメリカを代表とする作家ジョン・ロススティーンの自宅に押し入り作家を射殺、現金と未発表原稿(ノート)を奪った狂信的読者モリス・ベラミー。
彼は共犯者二人も殺害し、別件のレイプ事件で終身刑を受ける。
32年後、モリスが隠した現金とノートを発見したのは父親がメルセデス事件で被害者となり経済的苦境に陥ったソウバーズ家の長男ピート。
『ミスター・メルセデス』の続編だが、上巻の主役はモリスとベラミーだ。長らく隠遁生活を送っていたロススティーンのモデルはJ・D・サリンジャーだろう。
前作『ミスター・メルセデス』の犯人にも言えることだが、事実を直視せずに、起きたこと全てを他人のせいにするモリスの自分勝手な論理は犯罪者特有のものなのか?
最近、よく見聞きするような。
いずれにせよ、もの凄く不快。
ピートと妹ティナ、それぞれの進学を控え再び経済的問題がソウバーズ家の懸案事項となり、モリスが仮出所したことで事態は大きく動き出す。
モリスの目的は最早金ではない。幻のジミー・ゴールドものの続編がどうしても読みたいという一心だ。
小説はフィクション。
しかし、その一線を越えてしまうファナティックな読者。きっと、キングはそういう読者を嫌というほど知っているのだろう。
三部作の二作目は、ホッジズ、ホリー、ジェロームの三人組はは脇に回った印象だが、メルセデス事件の犯人の不穏な動き。次作ではいよいよ最終対決となるのか?

シリーズの一作目『ミスター・メルセデス』はこちら👇