極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書〜2017年10月,11月,12月〜

2017年の後半は、まったく読書が捗らず、
3ヶ月で9作品(11冊)という体たらく。。。
というわけで、3ヶ月分をまとめました。
とうとう最終作となってしまったR・D・ウィングフィールド『フロスト始末』
読了後、すぐさま最初から再読したジョン・アーヴィング『神秘大通り』ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』がベスト。


■大鎌殺人と収穫の秋 中年警部クルフティンガー/フォルカー・クルプフル、ミハイル・コプル
岡本朋子 訳
ハヤカワ・ミステリ文庫/早川書房
Erntedank/Volker Klupfel,Michael kobr /2004

ドイツの田舎町を舞台に恐妻家で食いしん坊のクルフティンガー警部の活躍を描くシリーズの第2弾。
大鎌が凶器の連続殺人事件発生。現場には何やら怪しげな暗号も残されていて…というのが事件の発端だが、このシリーズのお楽しみは、妻や部下に気を遣い、ゲーゼンシュペッツレとプラムケーキをこよなく愛する警部のキャラクターだろう。
次々と事件が起きても時間が来れば皆ちゃんと帰宅するのはお国柄だなあと思うし、自宅で収穫したリンゴを絞って瓶詰めし自家用にしたりとバイエルン地方の人々の暮らしぶりがわかるのも面白かった。

大鎌殺人と収穫の秋 中年警部クルフティンガー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

大鎌殺人と収穫の秋 中年警部クルフティンガー (ハヤカワ・ミステリ文庫)


■フロスト始末/R・D・ウィングフィールド
芹澤恵 訳/創元推理文庫東京創元社
A Killing Frost/2008

冒頭、車輌維持経費の書類とにらめっこしてるジャック・フロスト警部の描写だけで、もうニヤニヤが止まらない!相も変わらず慢性人手不足のデントン署管内では、ティーンエイジャーの行方不明事件、死体遺棄事件にスーパー脅迫事件と事件続発。更にデントン署からフロストを追い出そうと画策するマレット署長の刺客スキナー警部登場!ウェールズ出身お芋クンことモーガンはちったあ使えるようになった様子。マレット署長の車はジャガーからポルシェって、署長ってそんなに高給取り?口は悪いが、フロスト警部は紳士です。
下巻突入後は、だから違うって!ブリジットがデビーの携帯を盗んだのはデビーのロッカーじゃないんだって!と心で叫びながらフロスト警部とデントン署の面々と共に最後の事件解決。ついに、とうとう読み終わってしまった…。お世辞にもかっこいいとは言えないくたびれた中年警部のシリーズがここまで支持されたのは、フロストの女性や子供、弱者に対する優しさや悪に対する姿勢が一貫していたからだろう。芋兄ちゃんだ何だと言われながらもモーガンがフロストを慕うのも、何とか一丁前の刑事にしてやろうっていうフロストの親心を感じてたからじゃないかしらん。
なんでも二人組の作家による若き日のフロストを描くシリーズが発表されているということで、これは朗報!現在までに四作発表されているので人気も上々なのだろう。
日本語訳が出るときは、是非とも芹澤恵さんの訳でお願いします。


中坊公平・私の事件簿/中坊公平
集英社新書集英社

生前「平成の鬼平」と言われた弁護士、中坊公平氏の半生を担当事件と共に自ら綴る。(衆院選の最中ですが)リンカーンキング牧師オバマ元大統領など、世に名演説と言われる演説は数々あれど、日本人には身近にそういう演説に触れた経験がなかったんだなあと、それで思い出したのがこの本。弁護士の商売道具は“言葉”。中坊さんの言葉の力をまざまざと見せつけるのが「森永ヒ素ミルク事件」の冒頭陳述。勿論、裁判官は法律に則って判断する訳ですが、これに心を動かされない人はいないんじゃないか思う。政治家も「言葉」が大事、ですよね。

中坊公平・私の事件簿 (集英社新書)

中坊公平・私の事件簿 (集英社新書)


■闘う文豪とナチス・ドイツ トーマス・マンの亡命日記/池内紀
中公新書中央公論社

恥ずかしながら、トーマス・マンの作品は『ベニスに死す』を映画で観たくらいなので、こんなに政治的な発言をしていた人だったことは初めて知った。世論に影響力のあるノーベル賞作家の発言はヒトラーに危険視され、マンは講演旅行中に国籍を剥奪され、以後十数年に渡り亡命生活を余儀なくされ、戦後もドイツへは戻らなかった。亡命先からもナチス批判を続けていたが、悪化の一途を辿る情勢にどんなに歯がゆかったことだろう。そんなマンが、戦後、マッカーシズム吹き荒れるアメリカを去らざるを得なくなったのは何とも皮肉。
トーマス・マンの感じていたであろう歯がゆさがわかるがゆえに、読み進めるのがしんどかった。


■神秘大通り/ジョン・アーヴィング
小竹由美子 訳/新潮社
AVENUE OF MYSTERIES/John Irving/2015

「フワン・ディエゴは常に心の中でー記憶のなかではもちろんだが、夢のなかにおいてもまたー自分のふたつの人生を「平行に並べて」繰り返し、たどり直していた。」メキシコ、オアハカのゴミ捨て場の子として生まれ育ち、米中西部アイオワに移り自分が思うよりも人気作家となったフワン・ディエゴ。彼の「平行に並べて」たどり直すふたつの人生のブリッジとなるのは、夢だ。脈絡のない夢に喚起されて記憶が呼び覚まされる。実のところ、読みながらウトウトし、夢の中で物語の続きを見て、目が覚めて、さらに物語の続きを読むという読み方をしている。
オアハカで死んだ徴兵忌避者グッド・グリンゴとの約束を果たすためフィリピンへ向かうフワン・ディエゴ。それは、妖しい魅力溢れる母娘ミリアムとドロシーに導かれる死出の旅。ダンプ・キッドだったフワン・ディエゴの運命を変えたのは聖処女マリアが見せた奇跡。パッと現れ消える母娘は聖処女マリアとグアダルーペを思わせる。人生の終わりに、何よりも大切な少年時代の記憶を取り戻し、母娘との官能的な経験を経て、聖処女グアダルーペの元へ。避けられない運命なら、こんな終わりも悪くないのかもしれない。
アーヴィングが描く衝突コースの人生は悲劇に満ちているが、それでも「開いた窓は見過ごせ」(「生き続けろ」)がメッセージだったと思う。今作も成長することを拒否した女の子、中絶、トランスヴェスタイトエイズ禍とおなじみのモチーフに溢れているが、最期にフワン・ディエゴに「驚きはない」と言わせるあたりは、アーヴィングも年をとったということだろうか?
『第五幕、第三場』作家になったフワン・ディエゴが高校時代のいじめっ子ヒュー・オドンネルと再会するシーンが好き。Dr.ローズマリーが「結婚申し込んでた!」と言うのも納得。
「あなたは女性と話すべきだー何を読んでいるか、女性に聞いてみなさい!」 「女性が本を読まなくなったらーそれが、小説の死ぬときだ!」だそうです。

神秘大通り (上)

神秘大通り (上)

神秘大通り (下)

神秘大通り (下)


■楽園の世捨て人/トーマス・リュダール
木村由利子 訳/HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS/早川書房
EREMITTEN/THOMAS RYDAHL/2004

十八年前、妻子を捨てデンマークを後にしたエアハート。たどり着いたフエルテベントゥーラ島でタクシー運転手兼ピアノ調律師として細々と暮らす日々は、ダンボール箱に入れられ餓死した赤ん坊との出会いによって変調する。取り憑かれたように真相を追うエアハート。なぜ、死んだ赤ん坊にそこまで固執するのか?エアハートの周囲の人間も読者も疑問に思うところだが、家族を不幸にした初老の男にとって、何か意味のあること、誰かのためになることをしたい、その最後のチャンスだった。このまま無意味に人生を終えたくない、その気持ちはわかる。
タクシー運転手仲間の間では、“賢者”として何かと頼りにされているエアハート。一時はピアニストも目指しただろう彼がなぜ指を失うことになったのか?デンマークで何を生業としていた?については、三部作だという続編二作で明らかになるのかな?

楽園の世捨て人 (ハヤカワ・ミステリ1915)

楽園の世捨て人 (ハヤカワ・ミステリ1915)


■雪の練習生/多和田葉子
新潮社

サーカスで育ったホッキョクグマが自伝を書く『祖母の退化論』のラスト近くで“クヌート”という名前が登場し、これは祖母、母、息子三代に渡るクロニクルなのだと気付く。クヌートはベルリン動物園のアイドル。そして、母親トスカはカナダ生まれで東ドイツのサーカスで芸をしていた。その辺りの事実が作品の発想だろうが、今作はいつもの言葉遊びが控え目な分、設定が面白い。ソ連から西ドイツ、カナダ、東ドイツと祖母クマの辿った道は多くの人間が辿った道でもあったのだろう。時代に翻弄されるのは動物も同じ。クヌートの孤独が胸に沁みた。
(収録作品)
⚫︎祖母の進化論
⚫︎死の接吻
⚫︎北極を想う日

雪の練習生 (新潮文庫)

雪の練習生 (新潮文庫)

雪の練習生

雪の練習生


■夜のみだらな鳥/ホセ・ドノソ
鼓直 訳/集英社
EL OBSCENO PÁJARO DE NOCHE/José Donoso/1970

「作中人物はいつも不明瞭で、不安定で、決して一個の人間としての形をとらなかったわ。いつも変装か、役者か、くずれたメーキャップとかいった……」語り手であるウンベルト・ペニャローサの作品を評してある登場人物がこう言っているが、この小説にも当てはまる。時制が行ったり来たりという小説は珍しくはないが、それに加えて登場人物、それも語り手自身が変身してしまう。どこまでが(物語中の)事実で、どこまでが語り手の妄想なのかもわからない。読者にここまで混乱を強いる小説は初めて。これを何度も書き直したというドノソ、恐るべし!
ホセ・ドノソ三作目。これまで読んだドノソ作品では、『隣りの庭』の庭(故郷の庭と隣家の庭)、『別荘』の別荘、そして本作の修道院と畸形の王国となるリンコナーダの邸宅も登場人物と同様、あるいはより重要なピースになっている。

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))


■湖の男/アーナンデュル・インドリダソン
柳沢由美子 訳/東京創元社
KLEIFARVATN/Arnaldur Indridason/2004

アイスランドレイキャヴィクを舞台にした警察小説の四作目。事件の発端は、干上がった湖で発見された白骨死体。死体は旧ソ連製の通信機にくくりつけられていた。ということで、事件は冷戦時代のヨーロッパに遡る。冷戦時代のアイスランドの社会状況はなかなか興味深いが、事件の真相は今ひとつ意外性に欠けたか。薬物中毒の娘エヴァ=リンドとの関係は相変わらずだが、ヴァルゲルデュルとの仲は少しだけ進展し、エーレンデュルの私生活には微かな希望が見えたか?
「訳者あとがき」で触れられているレイキャヴィク会談(レーガン大統領とゴルバチョフ書記長の歴史的会談)を実現させたヴィグディス・フィンボガドッティル大統領(選挙で選ばれた世界初の女性大統領)の「小さな国にも平和のためにできることがある」という言葉が重く響く。ヴィグディス大統領については『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』でマイケル・ムーアが突撃取材している。彼女のようなロールモデルが存在するアイスランドが羨ましい。

湖の男

湖の男