今月の読書 〜2017年9月〜
9月は何と言っても圧巻だったマリオ・バルガス=リョサ『都会と犬ども』と、終盤で全てをひっくり返すテジュ・コール『オープン・シティ』の二冊が特に印象に残った二冊。
ボラーニョは相変わらず好きだったし、
多和田葉子さんの本も少しずつ読んでいこう。エンタメではこれがデビュー作だというスミス・ヘンダーソン『われらの独立を記念し』が良かったです。
主要登場人物キャラクター設定が、小説というより漫画みたいだなと感じたが、それはまあよしとして、
国際的ピアノコンクールのエントリーから本戦までという限られた時間を描くという試みは面白いし、
音楽を言葉で表現するという難しい挑戦も途中まではよかったんだが、後半、どうにも表現が大仰過ぎて辟易し、飛ばし読みしてしまった。
最初は美味しかったのに食べてるうちに脂っこいので箸が止まってしまった料理みたいな感じと言ったらいいのか。
コンテスタントの中で宇宙人的存在の風間塵がその真価を見せつけるオケとのリハーサルのシーンは好きでした。
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■都会と犬ども/マリオ・バルガス=リョサ
杉山晃 訳/新潮社
La ciudad y los perros /Mario Vargas Llosa/1962
どんな時代のどんな学校にもある程度は存在するであろうスクール・カースト。
しかし、あらゆる階級の少年達が集まるレオンシオ・プラド士官学校で、その階級を決定付けるのは腕力と狡賢さ。
アルベルトは道化を演じ、ジャガーはその腕力でクラスを支配し、繊細で心優しいリカルドは“奴隷”となる。
バルガス=リョサ二十代半ばの作品だが、
第二部でガンボア中佐の存在感が増し、
テレサに思いを寄せる謎の少年の正体が明らかになる見事な構成は既に見てとれるし、落ち着き払った最近の作品にはあまり見られない“熱”が感じられる。傑作です。
- 作者: マリオバルガス=リョサ,Mario Vargas Llosa,杉山晃
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■死の天使ギルティネ/サンドローネ・ダツィエーリ
清水由貴子 訳/早川書房(ハヤカワミステリ文庫
L'ANGELO/Sandrone Dazieri/2016
ローマに到着した急行列車の先頭車両の乗客が全員死亡していた。
という、かなりショッキング(ど派手)な幕開けのシリーズ第二作。
前作ダンテが捜査に関わったのはほぼ事件当事者という事情だったが、今回はダンテが捜査に関わるのはあくまでコロンバの独断であり、こじつけに近い印象。
ただし、ISISの犯行が疑われるテロがヨーロッパ各国で起きている現実が、ストーリーを寄りリアルに感じさせるのも確か。
ISISの脅威だとかチェルノブイリだとか事実を巧くストーリーに取り込んではいるが、特殊部隊出身の男が真相をあっさり喋ったり、ダンテの弟(と自称する男)がイタリアのテロ対策班に潜入していたりとご都合主義は否めない。
なんでも三部作の構想だそうで、現在執筆中だという三作目でダンテの出自、幼少期の謎が明らかになるのだろう。
二作目である本作は大いなる伏線と言ったところか?
それにしても「コタール症候群」なんていう奇妙な病気があるとは、初めて知りました。
作曲家志望のコロンバの部下アルベルティは無事でいて欲しい。
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■スポットライト 世紀のスクープ カトリック教会の大罪/ボストングローブ紙〈スポットライト〉チーム
有澤真庭 訳/竹書房
BETRAYAL The Crisis In The Catholic Church/the investigation staff of the Boston globe /2015
アカデミー賞受賞作の映画では、数々の圧力を乗り越え、カトリック教会の神父による性的虐待事件と教会の組織的隠蔽に関する報道にこぎ着けた記者たちの奮闘が描かれていたが、本書は最初のスクープからその後数百本に及んだ報道の全貌である。
あらためてその所業の醜悪さには暗澹たる思いだが、
なぜここまで被害者の声が放置され続けたかと言えば、
事件の隠蔽には教会組織だけでなく、地域、一般信者までもが加担していたからだ。
神父と信者、教会と信者の関係については不信心者は想像するしかないが、そこにこそ事件の闇がある。
神=教会、神=神父(司祭、司教)ではないのが、
信者にとっては絶対に逆らえない相手だったことは想像に難くない。
教会側にとっても示談に要する多額の賠償金は相当な負担であり破産状態に陥る教区もあった。
それでも問題を隠し続けたのは、次期法王とも目された枢機卿の保身だ。
その結果、人々を救うはずの協会側が長年に渡って(恐らく数百年単位で)災厄をまき散らし続けた。
コツコツと取材を重ね、証拠を発見し、多くの圧力を乗り越え隠蔽の図式を明らかにした〈スポットライト〉チームは称賛に値するが、昨今の日本の報道事情を鑑みるに「私たちの〈スポットライト〉チームは何処に?」と暗い気持ちになったことも確かだ。
非常に残念なことに、翻訳が酷い。
日本語としてこなれてないだけでなく、
被害者に対し「男性」「男」と表現がバラバラだったり(「男性」で統一すべき)、
明らかな間違いも散見される。
校正者も編集者も目を通しているはずなのにこの状態で出版されてしまったことに驚く。
日頃翻訳者の素晴らしい仕事に触れているだけに残念で仕方なかった。
- 作者: ボストングローブ紙〈スポットライト〉チーム,,有澤真庭
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■通話/ロベルト・ボラーニョ
(ボラーニョ・コレクション)
ロベルト・ボラーニョは詩人であり小説家だが、
それ以前に名もなき人の声に耳をかたむける人だったんじゃないかと思う。
多分ボラーニョの周りの名もなき人々の多くが、
彼には心を開いて、自分の人生について語ったんじゃないか、そんな風に思う。
自身の作家としての成功を充分見届けることが出来ずにこの世を去った彼だからこそ、彼らの物語に共感することが出来たんじゃないかな。
収録作のどれも好きだけど、「エンリケ・マルティン」「雪」「「ジョアンナ・シルヴェストリ」辺りがお気に入り。
(収録作品)
1.通話
⚫︎センシニ
⚫︎アンリ・シモン・ルブランス
⚫︎文学の冒険
⚫︎通話
2.刑事たち
⚫︎芋虫
⚫︎雪
⚫︎ロシア話をもうひとつ
⚫︎ウィリアム・バーンズ
⚫︎刑事たち
3.アン・ムーアの人生
⚫︎独房の同志
⚫︎クララ
⚫︎ジョアンナ・シルヴェストリ
⚫︎アン・ムーアの人生
- 作者: ロベルトボラーニョ,松本健二
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3.11後のディストピア小説。
表題作の『献灯使』は『不死の鳥』と対になっている。
100歳を過ぎても老人は老いずに働き続け、子供たちの身体はガラスのように脆い。
都心部の人口は激減し、人々は四国や沖縄に移住、
鎖国政策をとる国では外来語も許されない。
不気味なのは、フィクションのはずのディストピア世界が今現在のこの国の状況に奇妙に符合することだ。
2014年の作品だが予言めいている。
「これまで適用されたことのない法律ほど恐ろしいものはない。誰かを投獄したくなったら、みんなが平気で破っている法律を突然持ちだして逮捕すればいいのである。」
「議員たちの仕事は法律をいじることだった。法律は絶えず変わっていくので、いじられていることは確かだ。ところが、誰がどういう目的でどういじっているのかが全く伝わってこない。法そのものが見えないまま、法に肌を焼かれないように直感ばかりを研ぎ澄まし、自己規制して生きている。」
「知らない単語は知っている単語の中にあらわれることで、辞書を引かなくても、意味が理解できる。知っている単語の中に一割くらい知らない単語の混ざったものを読み続けることで語彙は増えていく。」
表題作のタイトル(『献灯使』→“遣唐使”)、
漢字を解体しながら物語が進む『韋駄天どこまでも』、
言葉遊び満載の多和田ワールドは日本語で表現することの面白さを教えてくれる。堪能しました!
(収録作品)
⚫︎献灯使
⚫︎韋駄天どこまでも
⚫︎不死の鳥
⚫︎彼岸
⚫︎動物たちのバベル
- 作者: 多和田葉子
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■われらの独立を記念し/スミス・ヘンダーソン
鈴木恵 訳/早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
FOURTH OF JULY CREEK/SMITH /HENDERSON /2014
1980年大統領選の年、
ソーシャルワーカーのピートは、小学校に姿を現したみすぼらし格好の少年ベンジャミンと出会う。
彼は終末論者の父親ジェレマイアと山の中で暮らしていたが、ジェレマイアは頑なに援助を拒む。
一方、ピート自身も父親や弟とは疎遠、
若くして結婚したベスとは別居中だった。
ミステリー要素はジェレマイアの妻や他の子供たち、
家出したピートの娘レイチェルの行方になるが、
ここで描かれるのは、何とか皆を救いたいのにそれが上手くいかないというピートの苦悩だ。
他人の為に奔走する一方、滅茶苦茶になる私生活と増える酒量。
日本でも虐待事件が明るみになると、
児童相談所の対応は適切だったのかと批判の矛先が支援する側に向かうことも少なくないが、
実際問題、他人の家庭に踏み込んで、助けが必要なことを納得させ、支援を受け入れてもらうことというのは大変な作業だと思う。
ソーシャルワーカーにだって家族もいれば家庭もある。
しかし、様々な大人の事情に優先するのはやっぱり子供たちの安全だ。
ベン、セシル、レイチェル、危うさの一方で彼らの逞しさが一筋の光だ。
ミステリーとしてはとても地味だが、
等身大の登場人物の心情を描き切った本作、
デビュー作としては上々の出来だと思う。
モンタナの厳しくも美しい自然描写も印象に残る。
- 作者: スミス・ヘンダースン,鈴木恵
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■半分のぼった黄色い太陽/チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
くぼたのぞみ 訳/河出書房新社
HALF OF YELLOW MOON / Chimamanda Ngozi ADICHIE / 2006
物語は、「60年代前半」「60年代後半」の二部に分かれているが、これはそのまま「戦前」と「開戦後」という意味でもある。
まず「戦前」の暮らしの様子で登場人物を読者に身近に感じさせる構成は、「開戦後」厳しくなっていく暮らしを何とか生き抜こうとする彼らへの共感に繋がっていく。
家族、男と女、母親と息子、肌の色や言葉が違っても、人の暮らしや想いに大きな違いはない。
戦争が人の暮らしや心の何を変え、何を変えないのか、これもまた国も時代も超えたものである。
メイン・キャラクターのオランナの双子の姉妹カイナナの言葉が胸にささる。
「私たちはみんなこの戦争のただなかにいるの。
別人になるかどうか決めるのは、私たち自身よ」
ナイジェリアの内戦、ビアフラ戦争については何も知らなかったが、この戦争の背後にちらつくのは、
英米、ソ連といった大国の影だ。
独立を果たしても旧宗主国や大国の思惑に振り回され、内戦の道を進むアフリカの国々にも思いを寄せたいと思う。
- 作者: チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ,くぼたのぞみ
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👇映画化もされているようです。観たい!
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■オープン・シティ/テジュ・コール
小磯洋光 訳/新潮社(新潮クレスト・ブックス)
OPEN CITY/Teju Cole/2011
混血として生まれ幼少期を過ごした土地を離れ何処にもコミットしていないという寄る辺なさと孤独を抱えるジュリアス。
ニューヨークを歩きブリュッセルを彷徨い、
身体はそこにあっても心は距離も時間も超え、
自らの過去、その土地の歴史に思いを馳せる。
冬のNYの痛いくらいの空気の冷たささえ感じられる描写力は素晴らしいし、知的だが、
何処かスノッブで鼻持ちならない。
祖母を思いブリュッセルに向かうも然程必死に探すでもなく、母との間の距離についても多くを語らない。
ジュリアスに対するこうした違和感の正体は、
終盤、同級生の姉であるモジによって暴露される。
国やその土地に眠る暴力の歴史について語りながら、
自分が加害者となった暴力については無自覚なジュリアス。
テジュ・コールはジュリアスについてモジに「精神科医の知ったかぶり屋」と言わせている。
テジュ・コールは読者がジュリアスに抱く違和感など織り込み済みなのだ。人は歴史の傍観者としてならいくらでも善の側に立てるが、
当事者となるとそうはいかない。
- 作者: テジュコール,Teju Cole,小磯洋光
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