極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2017年7月〜

毎年暑くなると途端に読書ペースが落ちるのが恒例になっていますが、7月は梅雨明けした後に梅雨のようなお天気が続いて涼しくなったので、後半少し挽回。
今月は、長らく万城目学さんと混同していて読んでいると思い込んでいたけど実は初読だった森見登美彦さんの有頂天家族』『有頂天家族 二代目の帰朝』の『有頂天家族』サーガが楽しかった!
もう一冊選ぶとすれば、19世紀の社会活動家フローラ・トリスタンと彼女の孫である画家のポール・ゴーギャンの生涯を描いたマリオ・バルガス=リョサ『楽園への道』
二人の人生、まさに二冊分の内容に圧倒された。


有頂天家族森見登美彦
幻冬舎

京都・糺ノ森に住む狸の一家、下鴨家の物語。物語の語り手は、一家の三男暢気者、矢三郎だが、
この家族、皆かなり個性的。
加えて下鴨家四兄弟の師匠の天狗の赤玉先生、
赤玉先生の天狗教育を受けた美女、弁天、
下鴨家の仇敵夷川家の面々などキャラクターが魅力的。
狸が化け、天狗が空を舞うファンタジックな物語はアニメにすればいいのにと思ったら、
とっくにアニメ化されてました。
糺ノ森(ただすのもり)、六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)など京都は地名も寺の名前も面白い。
「面白きことは良きことなり」
土地勘があったらもっと楽しめたのに!

有頂天家族

有頂天家族

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

有頂天家族 (幻冬舎文庫)



有頂天家族 二代目の帰朝/森見登美彦
幻冬舎

ファンタジー小説で重要なのはその世界観を支えるディテールだが、この『有頂天家族』シリーズは、
夷川家が製造する偽電気ブラン
天狗の赤玉先生の風神雷神の扇、
狸鍋を喰らう金曜倶楽部、
狸の頭領偽右衛門を決める狸選挙、
五山送り火の納涼船、
茶釜エンジンと楽しい道具だてが満載。
初めて『ハリー・ポッター』シリーズを読んだ時のようなワクワク感を思い出す。
個性豊かなキャラクター陣の中でもお気に入りは、
下鴨家の四男坊、勉強家の矢四郎君です。
二代目と弁天の如意ヶ嶽薬師坊の跡目争いは次作に持ち越し。
いつ出るのか?次作が待ち遠しい!
下鴨神社、糺ノ森、南禅寺狸谷山不動院
紫雲山頂法寺六角堂、いつか訪ねてみたいなぁ。

有頂天家族 二代目の帰朝

有頂天家族 二代目の帰朝


■楽園への道/マリオ・バルガス=リョサ
田村さと子訳/河出書房新社
EL PARÍSO EN LA OTRA ESQUINA/Mario VARGAS LLOSA/2003

家で言えば、
基礎や骨組みがしっかりしているというのがバルガス=リョサの小説を読むといつも感じることだが、今作では二つの物語を交互に置くリョサお馴染みの構成で、
社会活動家フローラ・トリスタンと画家ポール・ゴーギャン、祖母と孫でもある二人の人生を描く。
特にフローラ・トリスタンについては全く知らない人物だったので、そのラディカルな主張と情熱的で濃密な人生に圧倒された。
この二人の人生だけでなく、労働運動の萌芽、美術史に置けるゴーギャンの位置付けなど、
19世紀という時代そのものを描いていて、
流石リョサと思わされた。
正反対に見えるフローラとゴーギャン
しかし、自らが信じる楽園への道を心のままに歩んでいった二人の姿勢は共通している。
同郷でもある二人に対する
「フロリータ、アンダルシア女」「コケ」
というリョサの呼びかけが優しい。

<言及されるポール・ゴーギャンの作品>
⚫︎マナオ・トゥパパウ(死霊が見ている)
⚫︎アティティ王子の肖像
⚫︎パペ・モエ(神秘の水)
⚫︎ジャワ女 アンナ
⚫︎アリーヌ・ゴーギャンの肖像
⚫︎テ・アリイ・ヴァヒネ(高貴な女性)
⚫︎ノ・テ・アハ・オエ・リリ(どうして怒っているの)
⚫︎テ・タマリ・イ・アトゥア(神の子の誕生)
⚫︎ナヴェ・ナヴェ・マハナ(かぐわしき日々)
⚫︎テ・レリオア(夢)
⚫︎ネヴァーモア(横たわるタヒチの女)
⚫︎われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、
われわれはどこへ行くのか
⚫︎説教のあとの幻影
⚫︎黄色いキリスト
⚫︎ヴィロフレイの小さな森
⚫︎カルセル街の画家の室内
⚫︎裸体習作
⚫︎眠る子供ー習作
⚫︎カリタス会修道女
⚫︎ヒヴァ・オアの呪術師
⚫︎テ・ナーヴェ・ナーヴェ・フェヌーア
(かぐわしき土地)
⚫︎慈善を施す修道女

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)

楽園への道 (河出文庫)

楽園への道 (河出文庫)


■内面からの報告書/ポール・オースター
柴田元幸訳/新潮社
REPORT FROM THE INTERIOR /Paul Auster /2013

前作『冬の日誌』で身体に刻まれた記憶から半生を振り返ったポール・オースター
今作では「内面からの報告書」で12歳までの記憶、
「脳天に二発」では幼少期に強烈な印象(正に“脳天に二発”級の)を残した二本の映画、
そして「タイムカプセル」では元妻で作家のリディア・デイヴィスに宛てて書かれた若き日の手紙から、
いかにしてポール・オースターポール・オースターと成り得たか、内面の成長を振り返る。
オースターは子供の頃の細かいことまでよく覚えているので、流石、作家は記憶力違う!と感心したが、
今まさに夏休み。
いろいろ思い出すのにこれ程うってつけの季節もないかもしれない。
リディア・デイヴィスに宛てた若き日の手紙は、
彼女が手元の資料を寄贈するにあたってオースターの手紙を含めていいかどうかお伺いを立てたことから再会することになったもの。
オースターが書いた手紙とほぼ同数デイヴィスからオースターへ宛てた手紙もあったはずだが、
彼女の手紙はどうなったのだろう?
離婚後34年間、どんな気持ちでデイヴィスが手紙を持っていたのか彼女の気持ちが少し気になります。

※「脳天に二発」で言及される若きオースターに衝撃を与えた映画は次の通り。
⚫︎縮みゆく人間/The Incredible Shrinking Man(1957年4月公開)
監督:ジャック・アーノルド
原作・脚本:リチャード・マシスン
⚫︎仮面の米国/I Am a Fugitive from a Chain Gang(1932年11月公開)
監督:マーヴィン・ルロイ
原作:ロバート・E・バーンズ
脚本:ハワード・J・グリーン,ブラウン・ホームズ

内面からの報告書

内面からの報告書


■火星の人/アンディ・ウィアー
小野田和子訳/早川書房(ハヤカワ文庫)
THE MARTIAN/Andy Weir/2011,2014

リドリー・スコットによる映画版『オデッセイ』を先に観てしまったので、遅々として進まない状況に少々まどろっこしさを感じるのは、映画の脚色が素晴らしく、原作からの省略が上手く、テンポが良かった証拠だろう。
しかし、ラストがわかっていても、クライマックスにドキドキし、ワトニーとクルーの再会には胸が熱くなる。
サバイバルのための知識や技術はあっても、
それを使って生き残るという強い意志がなければ宝の持ち腐れだ。
どんな状況になってもそれを冷静に分析し、
何が出来るのか論理的に考えられる心の強さこそ必要だし、ワトニーにはそれがあった。
この先、私が大気圏外に行くことは万が一にもないだろうし、ワトニーと同じような状況下に置かれることもないだろうが、自分の圧倒的な理系知識のなさ加減にどうにも心許ない心地に。
サバイバルの基本はやっぱり理系知識だし、
数学や科学や物理なんて生きて行くのに必要ないと思っていた理系嫌いにとっては殆どホラーかも。
前代未聞のミッションから得られるデータや知見というプラス面は当然あるだろうが、
これが現実ならワトニーを見殺しにして事実は隠蔽されるだろうと考えてしまう私は現実に毒されすぎているのかもしれない。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

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鼻持ちならないガウチョ/ロベルト・ボラーニョ
久野量一訳/白水社
EL GAUCHO INSUFRIBLE/Roberto Bolaño/2003

ロベルト・ボラーニョの生前最後の作品ということは解説を読むまで知らなかったが、
これまで読んだボラーニョ作品の中で一番不穏な空気に満ちている。
カフカの「歌姫ヨゼフィーネ、あるいは二十日鼠族」を下敷きにし、鼠の警官を主人公にしていることを忘れるほどのスリラー風味「鼠警察」と、二つの章(I.天職 II.偶然)で構成され、
後の章が前の章の謎解きになっている「二つのカトリックの物語」が印象深い。
クトゥルフ神話」講演でこの三人(ネルソン・マンデラ、ガブリエル・ガルシア=マルケス、マリオ・バルガス=リョサ)をディスるとは、度胸あるな、ボラーニョ。
(収録作品)
⚫︎ジム
⚫︎鼻持ちならないガウチ
⚫︎鼠警察
⚫︎アルバロ・ルーセットの旅
⚫︎二つのカトリックの物語
⚫︎文学+病気=病気
⚫︎クトゥルフ神話

鼻持ちならないガウチョ (ボラーニョ・コレクション)

鼻持ちならないガウチョ (ボラーニョ・コレクション)