極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書〜2017年6月〜

今月は、エリザベス・ストラウト『私の名前はルーシー・バートン』ウィリアム・トレヴァー『異国の出来事』が双璧。
エンタメ作品では、異色のコンビが活躍する『パードレはそこにいる』ジェイン・ハーパーのデビュー作『渇きと偽り』がオススメ!


▪️冬の日誌/ポール・オースター
柴田元幸訳/新潮社
WINTER JOURNAL/Paul Auster/2012

60歳を越えた作家ポール・オースターの回想録。
身体に残された傷痕、愛した食べ物、
これまでに住んできた家、父の死、母の死、
そこから呼び起こされる記憶。
オースターはここで「君」という二人称を使っているが、これは回想録であっても、ある程度の客観性を保ちたかったということもあるだろう。
そして、昔の自分を「君」と呼びたくなるほど遠くに感じられる、時間経過のなせる技でもあるだろう。
表紙の写真はアンドレ・ケルテスによるもの。
昔行ったケルテス展の図録を引っ張りだしてみたら、
アンドレ・ケルテスは同じアングルの写真をたくさん撮っていた。

冬の日誌

冬の日誌


▪️分解する/リディア・デイヴィス
岸本佐知子訳/作品社
BREAK IT DOWN/Lydia Davis/1976,1981,1983,1986

偶然にもリディア・デイヴィスの元夫ポール・オースターの回想録『冬の日誌』を読んだばかりだったので、
オースターが元妻を悪く書いている訳ではないが、
この夫婦の関係が結局破綻してしまった理由がなんとなく分かるような気がした。
二人がパリ在住時にオースターの喉に魚の骨が刺さり病院に行ったエピソード(「骨」)は
オースターの本にも登場するのだが、
面白いのは、
彼女は「小さな魚の骨」と書いているのに、
オースターは「何しろ十センチ近い長さがあったのだ」と書いていることで、
この辺りは男女の違いなのかなあと思ったりした。
(収録作品)
⚫︎話
⚫︎オーランド夫人の恐れ
⚫︎意識と無意識のあいだー小さな男
⚫︎分解する
⚫︎バードブ氏、ドイツに行く
⚫︎彼女が知っていること
⚫︎魚
⚫︎ミルドレッドとオーボエ
⚫︎鼠
⚫︎手紙
⚫︎ある人生(抄)
⚫︎設計図
⚫︎義理の兄
⚫︎W・H・オーデン、知人宅で一夜を過ごす
⚫︎母親たち
⚫︎完全に包囲された家
⚫︎夫を訪ねる
⚫︎秋のゴキブリ
⚫︎骨
⚫︎私に関するいくつかの好ましくない点
⚫︎ワシーリィの生涯のためのスケッチ
⚫︎街の仕事
⚫︎姉と妹
⚫︎セラピー
⚫︎フランス語講座その1ーLe Meurtre
⚫︎昔、とても愚かな男が
⚫︎メイド
⚫︎コテージ
⚫︎安全な恋
⚫︎問題
⚫︎年寄り女の着るもの
⚫︎靴下
⚫︎情緒不安定の五つの徴候

分解する

分解する


▪️人生の段階/ジュリアン・バーンズ
土屋政雄訳/新潮社(新潮クレスト・ブックス)
LEVELS OF LIFE/Julian Barns/2013

突然の妻の死から5年。
作家としてこのテーマを素通りすることは出来なかっただろうが、やはり書くまでにはいろいろと逡巡があっただろうと思う。
しかし、これを読む限り作家はまだ、
なぜ彼女が?という突然襲った理不尽な病に対する怒りや悲しみの底にあって、トンネルの先の光は見えない。

「とにかく、自然ってほんとうに正確」

「大切さと痛みが正確に比例している。
ある意味、だからこそ痛みをじっと味わいつづけられるのだと思う。
どうでもいいことなら、もともと痛みなんてない」

つまるところ、友人からのこの言葉に尽きるが、
彼はまだこの域には達していないのだ。

人生の段階 (新潮クレスト・ブックス)

人生の段階 (新潮クレスト・ブックス)


▪️守護者/グレック・ルッカ
古沢嘉道訳/講談社講談社文庫)
THE KEEPER/Greg Rucka/1997

プロのボディガード、アティカス・コディアックは恋人アリソンの中絶手術に付き添う。
折しもクリニックの外では中絶反対派の運動が激しさを増しており、反対派と容認派双方が集まる会議への出席を控えていたクリニックの医師フェリスはアティカスに彼女とダウン症の娘ケイティの警護を依頼する。
正直プロットに然程新鮮味は感じられないものの、
シリーズの一作目にしてグレック・ルッカの長編デビュー作として考えると、
最後までこの緊張感を保ったのはなかなかのもの。
しかし、中絶反対派と中絶容認派、
ここにも深い分断がある。
他の方々も指摘している通り、
アティカスに協力する私立探偵ブリジットの言葉遣いはもうちょっとどうにかならなかったのかなあ。
スピンオフ(『耽溺者』)作品もある魅力的なキャラクターだけに勿体無い。

守護者 (講談社文庫)

守護者 (講談社文庫)


▪️奪還者/グレック・ルッカ
古沢嘉道訳/講談社講談社文庫)
THE FINDER/Greg Rucka/1998

プロのボディガード、アティカス・コディアックが活躍するシリーズの二作目。
前作の仕事で被った痛手から未だ立ち直れないアティカスはアルバイトでSMクラブの用心棒をしている。
そこで再会したのは四年前軍在籍時に警護した大佐の娘エリカ。
アティカスはエイズで余命わずかな大佐から娘の警護を頼まれる。
今作は、いわば離婚した大佐夫妻の娘の取り合いに巻き込まれた形だが、そこにSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)が絡み話を膨らませている。
相手が手強いだけに緊張感も維持され、
前作に続き一気読み。
文学の合間のエンタメに必要な要素は十分だった。
今作でアティカスと恋人関係になるブリジット。
前作で彼女のアパートにレズビアン関係の雑誌もあったりでアティカスもそれを見ていた筈。しかし、彼女がバイセクシャルだったことを知って(何故気付かない?)ショック受けたりで、
アティカス、あんたの観察能力に疑いあり。

奪回者 (講談社文庫)

奪回者 (講談社文庫)


▪️彼女の家出/平松洋子
文化出版局

最近エッセイはあまり読んでいなかったが、
私にとって面白いエッセイとは、
すとんすとんと腑に落ちるか、あるいは新鮮なものの見方に目を開かされるかのどちらかなので、
そういう意味ではちょっと物足りなかった。
多分もう少し年をとればいちいちが腑に落ちるのかもしれない。
しかし、絹ごし豆腐に塩を擦り込んでふきんに包んで重しを乗せて冷蔵庫で一晩の塩豆腐は簡単だし美味しそうなので早速作ってみたい。
考えてみると、私のエッセイの原体験は十代の頃に読んだ向田邦子伊丹十三なんだなあ。すごく影響を受けていると思う。

彼女の家出

彼女の家出


▪️バージェス家の出来事/エリザベス・ストラウト
小川義高訳/早川書房
THE BURGESS BOYS/Elizabeth Strout/2013

幼い頃に父親を亡くしたバージェス家の子供たち。
長男ジムは著名な弁護士として一家の柱となり、
ジムに馬鹿にされ続けてきた弟のボブはそれでも兄と同じ法律の道へ進み、ボブと双子のスーザンはシングルマザーに。
不幸な事故によって家族に生じた歪みがやがてスーザンの息子ザックが起こしたある事件によって表面化する。
バラバラになりそうな家族、そして分断の危機に瀕したコミュニティを救うのは何か?
それはつまるところ、“赦し”だ。
誰もが多かれ少なかれ罪を犯し、
完璧な人間などいないのだから。
ただし、それは簡単なことではない。
仕方ないことだけど、
バージェス家の人々の圧倒的なリアリさに比べると、
ソマリ人コミュニティの人々については取材して書きました的なものを少し感じてしまう。
彼らの視点を小説の中に取り込みたかった意図は分かるが。。。

バージェス家の出来事

バージェス家の出来事


▪️私の名前はルーシー・バートン/エリザベス・ストラウト
小川義高訳/早川書房
MY NAME IS LUCY BARTON/Elizabeth Strout/2016

手術を終えればじきに退院出来る筈の盲腸炎で入院が長引くルーシー。
幼い二人の娘にも会えず、仕事に家事に忙しい夫は見舞いもままならず、不安な日々を送る彼女の元を訪れたのは疎遠になっていた母だった。
母と過ごす5日間は、主に故郷の人々の噂話に終始するが、その時ルーシーが一番側にいて欲しかったのはきっと母親だったろうし、その後の人生において、そして作家としても重要な5日間となる。
離婚、再婚、様々な出会い。ルーシーという人間、
作家を作り上げた要素はいろいろあれど、
家族との関係、特に母との関係は特別だったのだろう。
どんなに疎遠になっていても愛がない訳じゃない。
そんなに簡単に家族の縁がきれる訳じゃない。人それぞれに愛情の示し方があって、ルーシーの母にとってそれは、ベッドの足元に座り噂話をすることだった。

「私の母が愛してるという言葉を口に出せない人だったことを、読者にはわかってもらえないかもしれない。それでもよかったということをわかってもらえないかもしれない」

人のことなんかわかりゃしない。
自分のことだってわかってもらえないかもしれない。
それでもルーシーは書く。
そして、エリザベス・ストラウトも書き続ける。

私の名前はルーシー・バートン

私の名前はルーシー・バートン


▪️異国の出来事/ウィリアム・トレヴァー
栩木伸明訳/国書刊行会
A SELECTION OF STORIES/William Trever/1972,1975,1981,1986,1989,1992,2000,2007

旅先という非日常。
見知らぬ人とのつかの間の出会いと別れもあれば、
知っている筈の人の意外な面に驚かされることもある。
“非日常”というだけでも、旅の記憶に残りやすいが、
そこで起きたことはその後の人生において決定的な影響を及ぼしてしまうこともある。
長い人生においては短い時間でも、より劇的。
旅は短編小説そのもの。
傑作揃いだが、一瞬の恋が永遠だった「版画家」、
離婚で自分の人生を歩み始めた女性が苦い現実に直面する「家出」、父と娘がすれ違う「ザッテレ河岸で」、
親友だった少女を引き裂いた秘密を描く「娘ふたり」がお気に入り。

(収録作品)
⚫︎エスファハーンにて
⚫︎サン・ピエトロの煙の木
⚫︎版画家
⚫︎家出
⚫︎お客さん
⚫︎ふたりの秘密
⚫︎三つどもえ
⚫︎ミセス・ヴァンシッタートの好色なまなざし
⚫︎ザッテレ河岸で
⚫︎帰省
⚫︎ドネイのカフェでカクテルを
⚫︎娘ふたり

異国の出来事 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)

異国の出来事 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)


▪️パードレはそこにいる/サンドローネ・ダツィエーリ
清水由貴子訳/早川書房(ハヤカワ文庫)
VCCIDI IL PADRE/Sandrone Dazieri/2014

誘拐監禁事件の被害者であり現在はコンサルタントとして行方不明・失踪事件に関わるダンテ。
そして、逃亡犯によるレストラン爆破事件で重傷を負い休職中のコロンバ。
共にトラウマを抱える二人が新たに発生した少年の失踪事件に挑む。
ダンテは優秀なコンサルタントで実績も十分だが、
事件のトラウマでひどい閉所恐怖症で長く車に乗っていることもままならない。
コロンバも辞職を考えている。
そんな二人が事件にのめり込んでいく過程が読みどころ。
少年を狙った連続誘拐監禁事件と思いきや、
その背後には冷戦終結、製薬会社の新薬開発など大きく風呂敷を広げた割には結末は小さく畳んだ印象はある。
ただし、著者はテレビの脚本を書いてるだけあってストーリー展開は巧みで一気読み。
片やパニック障害、もう一方は重度の閉所恐怖症という小さくはないハンデを背負っている、そして女性のコロンバは腕っ節が強く、
一方男性のダンテはガリガリの痩せて戦闘能力では全く役立たずという主人公二人のキャラクター設定が新鮮!
面白かったです。
それにしても、コロンバが所属するのは機動隊、国家憲兵に県警に郵便・通信警察と、
イタリアの警察組織は複雑。

パードレはそこにいる (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

パードレはそこにいる (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

パードレはそこにいる (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

パードレはそこにいる (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


▪️渇きと偽り/ジェイン・ハーパー
青木創訳/早川書房ハヤカワ・ポケット・ミステリ
THE DRY/JANE HARPER/2016

旱魃被害に苦しむ故郷の田舎町で妻と子を道連れに自殺した幼馴染ルーク。

「ルークは嘘をついた。きみも嘘をついた」

息子の自殺を信じないルークの父親からの手紙を受け取った連邦捜査官アーロンは葬儀のために帰郷する。
そして彼は、20年前故郷の町を出る原因になった事件に再び向き合うことになる。
二つの事件の真相が少しづつ明らかになる構成の妙(現在パートと過去パートの配置)と主人公をはじめとしたキャラクター造形が見事。
旱魃で土地も人々の心も死にかけた町の姿がリアルに迫ってくる。
これがデビュー作とは思えない筆力。
今後も追っていきたいシリーズです。

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)

渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)