極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2017年2月〜

いつもより短い月にもかかわらずなかなかいいペースで積読本を消化できた2月。
内容的にも、ファン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』、
スティーヴ・エリクソン『ゼロヴィル』、エドゥアルド・ハルフォン『ポーランドのボクサー』
の三冊は年間ベスト級の素晴らしさで充実の読書時間を過ごすことが出来た。
『プリズン・ブック・クラブ』の選書、スティーヴン・ギャロウェイの『サラエボチェリストも忘れ難い。


⚫︎アルヴァとイルヴァ/エドワード・ケアリー
古屋美登里 訳/文藝春秋
ALVA &IRVA/EDWARD CAREY/2003

架空の国の架空の街エントラーラ。
大きな災厄に見舞われた街の存亡の危機を救ったアルヴァとイルヴァの双子の姉妹。
大きく変わってしまった街の姿と双子の作った模型に宿る街の記憶。
双子が(結果的に)その生涯をかけてプラスチック粘土で作る街の模型、祖父の作るマッチ棒細工の建物、双子にのっぽの遺伝子を遺した父親が愛した外国の切手など、いかにもエドワード・ケアリーらしい道具立ての魅力は勿論だが、
基本的にはアルヴァとイルヴァ、姉妹の成長譚だ。
より近い存在であるが故のお互いから自由になりたいという反発は必然だったのかもしれない。
エドワード・ケアリーは(読んでないだろうけど)、
宮沢賢治が好きだと思う。

アルヴァとイルヴァ

アルヴァとイルヴァ


⚫︎サラエボチェリスト/スティーヴン・ギャロウェイ
佐々木信雄 訳/ランダムハウス講談社
THE CELLIST OF SARAJEVO/2008

1992年包囲されたサラエボの街でパンを買うための行列に撃ち込まれた砲弾によって22名の人々が犠牲になった。
その翌日から現場で22日間鎮魂のためにチェロを弾き続けたチェリストがいた。
サラエボチェリスト”ことヴェドラン・スマイロヴィッチを検索したら出てきた写真の神々しい姿に俄然興味をかきたてられた。
物語の登場人物は、彼を敵方のスナイパーから守る凄腕の女スナイパーアロー、家族の為に水汲みに向かうケナン、妻子を国外へ逃し自身は妹家族と暮らすドラガン。
かつて人々が行き交った通りは命懸けで渡る“スナイパー通り”となり、人々が集った広場は砲撃の標的となった。
いつ自分自身も犠牲になるのかわからない状況下でこの地にとどまることを選んだケナンとドラガン。
そして戦うことを選んだアロー。
想像を絶する状況の中でも人間として“守るべきもの”を失うまいとする三人の姿に胸をうたれる。
当時ニュースや新聞報道で旧ユーゴ、サラエボの状況については多少知っていたはずだが、
果たしてそれは十分だっただろうか?
たかが極東の国の無力な個人が何か知ったところでどうにかなるわけでもないが、
それでも犠牲者や厳しい暮らしを強いられた人々に思いを寄せることが出来なかったことに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『プリズン・ブック・クラブ』の選書からの一冊。

サラエボのチェリスト

サラエボのチェリスト


⚫︎アウシュヴィッツの図書係/アントニオ・G・イトゥルベ
小原京子 訳/集英社
LA BIBLIOTECARIA DE AUSCHWITZ/Antonio G Iturbe/2012

絶滅収容所とも言われたアウシュヴィッツ強制収容所
そこには小さな子供たちの“学校”があった。
学校の“図書係”はチェコユダヤ人の13歳の少女ディダ。
しかし、図書といっても本はたったの8冊。
その中にはディダには読めないロシア語の文法の本やフランス語の小説もあった。
図書係の仕事は1日の授業が終わった後に本を無事に隠すこと。
毎日弱った囚人の遺体がバラックから運び出され、“選別”された人々がガス室へ送られる。
まさにこの世の地獄で、束の間子供たちに笑顔をもたらし、大人に正気を保たせたのが学校であり、本だった。
ホロコーストの歴史の中でもあまり知られていない事実(だと思う)なので、後世に伝えるという意味は大きい。
しかし、小説としての完成度には疑問符がつく。
複数の登場人物の視点でストーリーが進んでいく小説はたくさんあるが、それがお世辞にも巧くいったとは思えない。

アウシュヴィッツの図書係

アウシュヴィッツの図書係


⚫︎ホワイト・ジャズ/ジェイムズ・エルロイ
佐々田雅子/文春文庫/文藝春秋
White Jazz/James Ellroy/1992

《暗黒のL.A.四部作》再読中。
アンダーワールドU.S.A.三部作にも引き継がれる)極端に説明を排した短い電文調、新聞、雑誌の記事で事実を伝えるスタイルは今作で完成された印象。
これまでの三作以上に登場人物は悪党揃い。
猛スピードで走り出したかと思えば、
急ブレーキで止まりUターンといった感じの狂いっぷり。
天使の街L.A.ならぬ、犯罪都市L.A.。
政治、権力、金、ドラッグ、愛、全てが絡み合って誰もが身動き出来ずにもがいている。
生き残るためには無垢ではいられない。
誰もが罪人。
今作も映画化構想中という話は随分前に聞いた気がするが、IMDbで確認したら
今だステータスは“構想中”。

新装版 ホワイト・ジャズ (文春文庫)

新装版 ホワイト・ジャズ (文春文庫)


⚫︎運のいい日/バリー・ライガ
満園真木 訳/創元推理文庫東京創元社
LUCKY DAY AND OTHER STORIES/Barry Lyga/2014

《さよなら、シリアルキラー》三部作の前日譚。
収録の四編はそれぞれジャズ、ハウイー、コニー、
保安官G・ウィリアムが主人公になっている。
シリーズの読者はこの後の怒涛の展開を知っているだけに少し切ない。
ジャズの親友ハウイーが主人公なのは「ハロウィン・パーティー」。
血友病のハウイーにとって身体の痣は背負った運命の重さそのものだが、この日、ハウイーの身体に残された痣を彼はこの先ずっと甘い記憶と共に思い出すに違いない。
連続殺人鬼ビリー・デント逮捕の経緯を描く「運のいい日」。
G・ウィリアムがビリーを逮捕出来たのは、偶然でも運がよかったのでもなく、彼が保安官として優秀だったからだ。
(収録作品)
・将来なりたいもの
・ハロウィン・パーティー
・仮面
・運のいい日

運のいい日 (創元推理文庫)

運のいい日 (創元推理文庫)


⚫︎ペドロ・パラモ/ファン・ルルフォ
杉山晃増田義郎 訳/岩波文庫岩波書店
PEDRO PÁRAMO/Juan Rulfo /1955

ペドロ・パラモ。
母から知らされたその名だけで顔も知らない父親を訪ねてファン・プレシアドはかつて母が暮らした町コマラを目指す。
しかし、そこは亡霊のささめきに満ちた死者たちの町だった。
生者と死者、この世とあの世の境界線上をファンも我々もさまよい歩く。
現在と過去、あの世とこの世を行き来しつつ、ペドロ・パラモの生涯、そしてコマラの町の栄枯盛衰を知ることになる。
ラテンアメリカ文学の最高峰として共にその名を挙げられるガルシア=マルケスの『百年の孤独』。
ファン・ルルフォとガルシア=マルケス
二人の描きたかった世界にそう違いはなかったのかもしれない。
作品自体が円環構造になっていることもあるが、
続けてもう一度読まずにはいられなかった。
二度目は人物相関図をメモしながら読みました。

ペドロ・パラモ (岩波文庫)

ペドロ・パラモ (岩波文庫)


⚫︎ポーランドのボクサー/エドゥアルド・ハルフォン
松本健二 訳/白水社
EL BOXEADOR POLACO, LA PIRUETA, and MONASTERIO/Eduardo Halfon/2008, 2010,2014

父方、母方双方にユダヤ系のルーツを持ち、
グアテマラに生まれ、アメリカで教育を受け、
スペイン語で小説を書くグアテマラ人作家エドゥアルド・ハルフォン。
ユダヤ教ユダヤ人としてのルーツに対する彼の距離のとりかたとシンクロするのかもしれないが、
オートフィクションという彼の小説のスタイル、現実からフィクションへの過程で生じる距離感が絶妙。
若き詩人ファン・カレル、まるで本人のようなマーク・トゥエイン研究者ジョークルップ、ルーツに帰るセルビア人ピアニスト、ミラン・ラキッチ、登場人物もとても魅力的で忘れがたい。
一度通して読んで、二度目は三冊の原書の順序でエドゥアルド・ハルフォン版『石蹴り遊び』を堪能した。
どちらの順序で読んでも素晴らしかった!

(収録作品)
・彼方の/「ポーランドのボクサー」
・トウェインしながら/「ポーランドのボクサー」
・エピストロフィー/「ピルエット」第二章
・テルアビブは竃のような暑さだった/「修道院」第一章
・白い煙/「修道院」第二章
ポーランドのボクサー/「ポーランドのボクサー」
・絵葉書/「ピルエット」第三章
・幽霊/「ピルエット」第一章
・ピルエット/「ピルエット」第四章
・ボヴォア講演/「ポーランドのボクサー」
・さまざまな日没/「修道院」第三章
修道院/「修道院」第四章

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)


⚫︎ゼロヴィル/スティーヴ・エリクソン
柴田元幸 訳/白水社
ZEROVILLE/STEVE ERICKSON/2007

1969年夏フィラデルフィアから映画の都ハリウッドに出てきたのはスキンヘッドにM・クリフトとE・テイラー(『陽のあたる場所』)の刺青という青年ヴィカー。
映画を愛し、その知識については人並外れたヴィカーだったが映画以外の事となるとお子様並みの正に“映画自閉症”。
セットの建築から始めて編集へと映画業界に居場所を確保していくのだが、彼には彼自身気付いていない使命があった。
映画=人生のヴィカーが最終的に編集という仕事にやりがいを見出していくのが興味深いし、
69年から84年という時代設定も絶妙。
ベトナムウォーターゲートレーガン
そして本物の『裁かるゝジャンヌ』の発見等、
史実を巧く取り込んでいる。
ざっと数えて200本近い映画が言及されているのが本作のひとつの特徴だが、(勿論私も全部は観ていないが)、未見のものも観ているものも(もう一度)観たくなること必至!
久しぶりに完徹して読了。
主人公ヴィカーのエキセントリックさが目立つが、
ヴィカーの家に泥棒に入るアフロヘアの黒人の男、
カンヌでヴィカーの元に送り込まれる高級コール・ガール“マリア”、フランコ政権下の反政府活動家クーパー・ルイスといった映画愛あふれる脇キャラクターも魅力的。
登場する実在の人物の中でも重要なキャラクターがヴィカーの良き理解者となるヴァイキング・マン。
彼のモデルは映画監督のジョン・ミリアス
彼は『ビッグ・リボウスキ』でジョン・グッドマンが演じたキャラクターのモデルにもなっている。


上がジョン・ミリアス、下が『ビッグ・リボウスキ』のジョン・グッドマン

ゼロヴィル

ゼロヴィル

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⚫︎ベル・カント/アン・パチェット
BEL CANTO/Ann Patchett/2001

南米某国の副大統領公邸で日本のある有名企業社長の誕生パーティーが催される。
ところが、特別ゲストの有名ソプラノ歌手ロクサーヌ・コスが歌い終えた時、照明が消え邸内に侵入したテロリストグループに占拠されてしまう。
96年ペルーの日本大使公邸占拠事件がモデルになっており、実際の事件同様事件解決まで4カ月以上を要している。
テロリストと人質、この奇妙な共同生活の中で重要な役割を果たすのが“音楽”であり、ロクサーヌの歌声は緊張を緩和し、邸内のパワーバランスも動かす。
そして、それぞれがそれぞれの人生に向き合うことになる。
事件の結末は最初から見えてはいるが、
やはり痛ましいのは、リーダー三名を除くテロリストたちの若さ、幼さであって、彼らが反政府活動に身を投ぜざるを得なかった現実が重くのしかかる。
2002年のPEN/フォークナー賞受賞作。この小説を手にとったきっかけも実はこの賞で、ある海外ドラマを観ていたら主人公の作家が賞の候補になっていて結果を待っている時に「ジョナサン・フランゼンの『コレクションズ』が獲るべきだった!」と熱弁をふるうシーンがあったからだった。
個人的意見だが、私もこの作家(というよりこのドラマの脚本家)に賛成。
最後まで一気に読者を引っ張っていく力はあるけれど、
大統領のパーティー欠席の理由(テロリストの目的は大統領の誘拐だったのです)がお気に入りのドラマが観たかったとかいうしょうもないものだったり、エピローグの展開も唐突で。

ベル・カント

ベル・カント


⚫︎ペーパーボーイ/ヴィンス・ヴォーター
原田勝 訳/岩波書店
PAPER BOY/Vince Vawter/2013

1959年メンフィス。
おじいちゃんの農場へ行った親友の代わりに1ヶ月新聞配達をすることになった11歳の少年。
吃音症の彼にとって最大のハードルは金曜の集金の日。
知らない人と話すことは彼にとって何よりも苦手なことなのだ。
しかし、この新たな冒険が彼を大きく成長させる。
大人の世界に一歩足を踏み入れた彼は、もう知らないふり、見えないふりは出来ない。
マームがバスの後部座席に座らなくちゃいけない理由も、ワージントン夫人の涙の理由も。
でも、自分の気持ちを伝えるってことは、
吃音症の彼でなくても誰にとっても難しいよね。

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)


⚫︎この世界の片隅にこうの史代
アクションコミックス/双葉社

「読んでから観るか?観てから読むか?」
これは常に悩ましい問題だが、この作品に関しては、原作のファンが映画を観ても、映画のファンが原作を読んでも、がっかりすることはない(だろう)という稀有な作品だと思う。
もちろん原作では、映画でちょっと疑問だった部分や、描かれなかったりんさんのエピソードなど、映画を補完してくれるのも確か。
しかし、映画を観終わった時も、原作を読み終わった時も胸に溢れてくる思いは同じだったし、映画でそこを再現できたことも素晴らしかったと思う。
架空の存在であるはずのすずさんに私たちが親近感を感じたように、厳しい状況の中でも今も世界の何処かで家族や大切の人のために心を砕く人がいることに思いを馳せたい。
それが、こうの史代さんの願いでもあると思う。


⚫︎結婚式のメンバー/カーソン・マッカラーズ
村上春樹新潮文庫/新潮社
THE MEMBER IF THE WEDDING/Carson McCullers /1946

兄の結婚という人生に初めて訪れた変化、思春期の入り口という年頃。広い世界への憧れ。
ぐんぐん伸び続ける身長を持て余すフランキーの頭の中には、いろいろな思いや考えがぐるぐる渦巻いていて、どうしたらこの状況から抜け出せるのか出口が見つからない。
混乱状態の彼女を受け止めるのが、家政婦のベレニスとまだ幼い従弟のジョン・ヘンリーというのが面白い。
ベレニスはフランキーを愛しているがもちろん母親とは違う。
この絶妙な距離感がフランキーを素直にさせている。家族に限りなく近いこの関係は『ペーパー・ボーイ』にも共通している。
訳者の村上春樹の読後感は『たけくらべ』だったそうだが、私が思い出したのは、サリンジャーの『フラニーとゾーイ』だった。

結婚式のメンバー (新潮文庫)

結婚式のメンバー (新潮文庫)