極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

2016年のオススメ本

新年あけましておめでとうございます。
昨年中は更新も気まぐれな当ブログをお読みいただきありがとうございました。
今年はもう少しコンスタントに更新していきたいと思いますので今後ともよろしくお願いします。

2017年の一回目は
2016年のオススメ本を紹介します。

⚫︎部屋/エマ・ドナヒュー
土屋京子訳/講談社
ROOM/Ema Donoghue /2010

2016年の映画賞レースを席巻していた映画の原作ということがなければ、多分手に取ることもなかったと思う。
誘拐監禁事件の生還者である母と息子が、
小さな“部屋”という世界から現実世界に適応しようとする物語。
残念ながら現実にも誘拐監禁事件のニュースを目にすることはある。
しかし、ニュースで私たちが知ることの出来るのはその救出までであって、その後の被害者の闘いについて知ることは殆どない。
外の世界を知ることなく育った5歳の息子の闘いと監禁と暴力によって傷ついた母親の闘いはまったくの別物であり、“部屋”に対する思いもまた別物だ。
息子にとってそこは母親と二人だけの安心できる場所だが、母親にとっては思い出したくもない悪夢の場所だ。だからこそ、ラストシーンに一層心を動かされる。
※昨年公開された映画『ルーム』も(ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイの好演もあって)素晴らしかった。
詳しくはこちら👉ルーム - 極私的映画案内

部屋 上・インサイド (講談社文庫)

部屋 上・インサイド (講談社文庫)

部屋 下・アウトサイド (講談社文庫)

部屋 下・アウトサイド (講談社文庫)


⚫︎美について/ゼイディー・スミス
堀江里美訳/河出書房新社
ON BEAUTY/Zadie Smith/2005

E・M・フォスター『ハワーズ・エンド』を下敷きに、舞台を現代の米東部の大学町に移したオマージュ小説。
どちらも対照的な二つの家族が描かれるが、
現代のベルシー家とキップス家の対立軸はリベラルと保守、人種、持つ者と持たざる者となかなかに複雑だ。
オリジナルの枠を踏襲しつつも現代的な視点をいくつも持ち込み物語を紡ぐゼイディー・スミスの力量は流石。
距離を縮めていく両家の母親たちの存在の確かさが印象的な一方、互いにいがみ合う父親たちは何かを見失っているように見えるが、それは美しいものを美しいと感じられる心だったのかもしれない。

美について

美について


⚫︎グルブ消息不明/エドゥアルド・メンドサ
柳原孝敦訳/東宣出版
SIN NOTICIAS DE GURB/Eduardo Mendoza/1990

2年後にオリンピックを控えたバルセロナの街に二体の地球外生命体が降り立つ。
ポップス界の歌姫の外見をまとい調査に出発したグルブだったが、最初の現地住民との接触後音信不通に。
グルブの上司「私」によるグルブ捜索に関する調査報告書の体裁を採るのが本書であるが、
チューロをキロ単位で消費し、バルの馴染みになり、
シングルマザーに恋をする。
捜索そっちのけの「私」の暴走ぶりがとにかく楽しい!
ワープロソフトのコピペ機能を多用した繰り返しの文章がとてもいいテンポを生み出している。
思わず吹き出すこと必至!
電車内読書は厳禁です。
※こちら当ブログでも紹介しました👉グルブ消息不明 - 極私的映画案内

グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし―スペイン編)

グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし―スペイン編)


⚫︎ドロレス・クレイボーンスティーヴン・キング
矢野浩三郎訳/文藝春秋
DOLORES CLAIBORNE/STEPHEN KING

口の悪い中年女ドロレス・クレイボーンの殺人の告白(供述)という体裁で一気に読ませるキング流石のリーダビリティ。
「彼女は何故殺したのか?」
その経緯が彼女自身の生き生きとした言葉で語られる。
若くして夫選びに失敗し、子供を産み、育てるために、必死に働いてきたドロレス。
彼女と金持ちの雇い主ヴェラとの“冷たく汚い戦争”には唖然としたが、彼女達は“不幸な結婚生活”という共通点で結ばれた戦友でもあったのだ。
キングは本作を自身の母親に捧げているが、
家族のために自分を犠牲にし懸命に生きたすべての母親への敬意にあふれる一冊だった。


⚫︎ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯
/ヴォーンダ・ミショー・ネルソン

原田勝訳/あすなろ書房
NO CRYSTAL STAIR/Vaunda Micheaux Nelson/2012

黒人が現状を変えるには自らのルーツ、歴史を知り、
自分の価値を知り、尊厳を取り戻さなくてはならない、それには知識だと黒人が書いた、
黒人に関する、黒人にとって意義ある本を扱う本屋を開かなければ。
そう決意したルイス・ミショーは1939年44歳の時、
ニューヨークのハーレムで「ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア」を開店した。たった5冊の本と100ドルの資金で。
こつこつと扱う本を増やし、人々を啓蒙し、40年近くに渡り黒人社会に貢献し続けた。
マルコムXをはじめとする活動家や黒人作家が慕った信念の人ルイス・ミショーがとにかくカッコいい!
課題図書(高校生対象)になっていたのは、
選挙権が18歳に引き下げられたことも関係あるのかなと思うが、なにかを判断するには判断する材料が必要で、それはやはり知識だ。
黒人社会に限らずどんな社会においても「ミショーの本屋」は必要なのだ。自ら考え判断するために。

ハーレムの闘う本屋

ハーレムの闘う本屋


⚫︎黒い本/オルハン・パムク
鈴木麻矢訳/藤原書店
KARA KITAP/Orhan Pamuk/1994

ジェラールに憧れたガーリップ、別の人生を思うリュヤー、「自分にならなくてはならぬ」と書くジェラール。
別の誰か、別の人生に憧れるのも人の性なら、自分自身でありたいと願うのもまた人の性。
相反するようでいて、多くの人はその狭間で常に揺らいでいる。
それは西洋と東洋の間で揺らぐトルコという国の姿でもあるのだろう。
ガーリップがリュヤーの行方を追うストーリーをジェラールのコラムが補完する構成になっているが、
このコラムが素晴らしい。
こんなコラムが掲載された新聞が実際にあったら凄い!

黒い本

黒い本


⚫︎望楼館追想/エドワード・ケアリー
古屋美登里訳/文藝春秋
OBSERVATORY MANSIONS/EDWARD CAREY/2000

決して白手袋を外さないフランシス、魂が抜けた父、
眠り続ける母、テレビの前から離れないクレア、
汗と涙を流し続けるピーター、言葉の通じない犬女トウェンティ。
奇妙な住人が孤独を確かめ合いながら暮らす望楼館の静かな生活は新たな住人アンナによって変化の兆しが。
個々の辛い過去が呼び覚まされ、彼らは次の一歩を踏み出さざるを得なくなる。
それは現実と向き合うことであり、彼らにとって試練だが避けて通れないものだった。
痛々しく哀しい物語ではあるが読後感は不思議といい。
これがデビュー作のエドワード・ケアリー、恐るべし!

望楼館追想 (文春文庫)

望楼館追想 (文春文庫)


⚫︎プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年/アン・ウォームズリー
向井和美訳/紀伊國屋書店
THE PRIZON BOOK CLUB/ANN WALMSLEY

塀で隔てられた刑務所の中の人生。
しかし、心の中にも塀はある。
私の中に偏見がないとは言えない。
強盗に襲われた経験を持つ著者にとってその塀は想像以上に高いものだったに違いない。
しかしそんな著者が友人に誘われて参加したのが刑務所の中の読書会だった。これはその一年間の記録だ。
読書会で取り上げられた本は既読のものもそうでないものもあったが、メンバーの意見や感想はどれもとても興味深いものだった。
普段本を読まない人に対してどうしたらその楽しみを伝えられるのかはなかなか難しいが、その答えがこの本の中にあった。
その答えは、つまるところ、読書会で読んだ本の中でどれが一番面白かったか聞かれたメンバーのこの言葉にあると思う。
「どれが好きっていうのではなく、本を一冊読むたびに、自分の中の窓が開く感じなんだな。どの物語にも、それぞれきびしい状況が描かれているから、それを読むと自分の人生が細いところまではっきり見えてくる。そんなふうに、これまで読んだ本全部がいまの自分を作ってくれたし、人生の見かたも教えてくれたんだ」
著者を読書会に誘ったキャロルのこの言葉もまた真理。「読書の楽しみの半分は、ひとりですること、つまり本を読むことよ」 「あとの半分は、みんなで集まって話し合うこと。それによって内容を深く理解できるようになる。本が友だちになるの」
読書を愛するすべて人に読んでほしい一冊。

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年


⚫︎すべての見えない光/アンソニー・ドーア
藤井光訳/新潮社
ALL THE LIGHT WE CANNOT SEE/Anthony Doerr/2014

孤児として育つドイツ人少年ヴェルナーと視力を失ったフランス人の少女マリー。
共に聡明な若い二人が戦争という運命に翻弄され、第二次大戦末期、フランスの海辺の町サン・マロで出会う。
恋というにはあまりにも淡い、しかし共に過ごした時間はあまりにも濃密な唯一無二の出会い。
二人の魅力的な主人公、二つの時間軸が牽引力となりストーリーに引き込んで読者を離さない。
純粋な二人の主人公は勿論だが、脇役のキャラクターがとても効いている。特にヴェルナーの軍での上司でストーリーを着地点に導く寡黙なフランク・フォルクハイマーのキャラクターが印象に残った。
短編のイメージが強かったアンソニー・ドーアが長編小説で見事な構成力。恐れ入りました。

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎四人の交差点/トンミ・キンヌネン
古市真由美訳/新潮社
Neljäntienristeys/Tommi Kinnunen/2014

助産師として自立し子どもを産み育てたマリア、
母と同様に手に職を持ちながら結婚という道を選んだラハヤ、この家に嫁ぎ自分の居場所を確かなものにしようと奮闘したカーリナ、家族に秘密を持つことに遂に耐えられなかったラハヤの夫オンニ。
どちらかといえば馴染みのないフィンランドの北東部の小さな村に生きた家族の100年の物語もその辛抱強い国民性はなぜか身近に感じられる。
親子、家族の間の小さなすれ違い、秘密。
たとえ家族であっても、何でも口にしてしまえばいいというものでもない。
沈黙が(表面的ではあっても)平和を守ることもある。
年代順にストーリーを語るのではなく、
マリア、ラハヤ、カーリナ、オンニそれぞれが主人公の物語を並べた構成が巧み。
しかもこの順番も絶妙で、ミステリーの風味もあり。
この辺りは著者の脚本家としてのキャリアが活きているのかもしれない。

四人の交差点 (新潮クレスト・ブックス)

四人の交差点 (新潮クレスト・ブックス)


⚫︎熊と踊れ/アンデシュ・ルースルンド、ステファン・トゥンベリ
ヘレンハルメ美穂、羽根由訳/早川書房
BJÖRNDANSEN/Anders Roslund & Stefan Thunberg/2014

スウェーデンは暴力犯罪の少ない国だそうだが、
この物語の中心となるレオ、フェリックス、ヴィンセントの三兄弟は父イヴァンが暴力で家族を支配する家庭で育つ。
大人になったレオをリーダーとして三兄弟は史上例のない銀行強盗計画を決行するが、彼らを追う市警のブロンクス警部もまた凶暴な父親が支配する家庭で育つという生い立ちを持つ。
正に大胆不敵、前代未聞の強盗事件を次々に成功させる“軍人ギャング”一味とストックホルム市警のブロンクス警部の攻防戦、というよりもやはりこれは父と息子の、兄弟の、家族の物語だ。
物語の後半、凶暴な父イヴァンの支配と決別した筈の長男レオがかつての父のように弟たちを支配しようとし始め、兄弟の間に亀裂が生まれる。父イヴァンが何故ここまで家族の結束に執着したかといえば、それは語られない彼の旧ユーゴでの生い立ちにあり、かつては彼も暴力の被害者だったのだろう。世代を越え受け継がれていく暴力の連鎖がやりきれない。
一方、軍人として生きる道を絶たれるというヤスベルの大きな挫折はその後の彼の行動に大きな影響を及ぼしたが、いくら行動を共にしても決して兄弟にも家族にもなれない彼の深い孤独も心に残る。
著者コンビの片割れステファン・トゥンベリの経歴を読んで吃驚!
三兄弟の真ん中、フェリックスの立ち位置が切なくて共感してしまったのは、彼の特別な思いがあったのだと納得。

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)