極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

ブルックリン

ふたつの故郷

1850年代初頭、
エイリシュ(※1)アイルランドの街エニスコーシー(※2)で母親メアリーと姉ローズと暮らしていた。
一家の大黒柱は、
エイリシュとは少し歳の離れた姉ローズだ。
エイリシュは偏見だらけで意地の悪いミス・ケリーの食料品店で週末だけ働いてはいるが、
この街では他にいい仕事がないのが現実。
エイリシュの将来を考えたローズは、
寂しさをこらえ、彼女を新天地アメリカへ送り出すことにする。

荒れた大西洋の航海を経て、エイリシュの新たな住処となったのはアイルランドからの移民が多く暮らすニューヨーク、ブルックリン。
同郷の女性ばかり暮らす寮の管理人はミセス・キーオ。
勤め先はブルックリンの高級デパートだ。
新たな土地、新しい人々。
新たな環境になかなか馴染めないエイリシュはホームシックにかかり、母親や姉ローズからの手紙を繰り返し読んでは涙にくれていた。
そんなある日、彼女は職場でも突然泣き出してしまう。
心配した上司ミス・フォルティーニは彼女に休憩をとるように言い、身元引受人フラッド神父が呼ばれる。
エイリシュの元を訪れた神父は、
彼女にある提案をする。
夜間の大学で簿記を勉強しないか、と。
試験に合格するという目標が出来た彼女は少しずつブルックリンでの暮らしを楽しむことが出来るようになる。

そんなエイリシュに訪れたのは、
イタリア系の青年トニーとの出会いだった。

(※1原作では、確か“アイリーシュ”と訳されていたのだが、発音を聞くと“エイリシュ”の方が正しいかもしれない。)
(※2アイルランドのエニスコーシーは、原作者コルム・トビーンの出身地)


同じ移民でもアイルランド人は既にコミュニティがしっかりあったということもあるし、
フラッド神父という身元引受人もいたし、
勤め先も確保されていたし、
同郷の女性たちが暮らす寮もあったエイリシュの境遇はとても恵まれたものだった。
飛行機での移動が当たり前で、
電話もメールもスカイプも通信手段もひとつではない現代と比べると、当時のアイルランドとアメリカの距離感はまったく違うものだろう。
しかし、生まれ育った故郷や家族から遠く離れた土地でたったひとりで新たな人生を築こうとする人の心細さや不安な気持ちは、時代は変わっても変わらないもの。
だからこそ、私たちはエイリシュの期待や不安、戸惑いに共感出来る。

トニーとの出会いを経て、ブルックリンという土地に確かに根付きつつあったエイリシュの人生。
しかし、心の支えだった姉ローズの死によって、
彼女の人生にもうひとつの選択肢が現れる。
故郷アイルランド
そして、地元の資産家の息子ジムだ。

アメリカを離れる前に、
エイリシュの選択は既になされた筈だった。
しかし、その時にはまだジムは選択肢ではなかった。
思い込みから敬遠していたジムは実は素晴らしい青年で、地元で職も得られそう。
しかも、母親も暗に彼との結婚を望んでいるとあっては、「この状況がアメリカに行く前だったら」と
エイリシュが悩んだとしても、それは無理もない。
ジムを選べば、母親をひとり残してアメリカに帰らなくてもすむのだ。

一見、エイリシュがトニーの元に戻ることを選ぶのは、ミス・ケリーの意地悪な忠告がきっかけになったように見えるが、彼女は親友ナンシーの結婚式で自分はトニーと結婚したんだということをしっかり思い出したはずだ。
エイリシュの人生は新天地アメリカ、
トニーと共にあることを。
そう、既に選択はなされたのだ。
アメリカに戻る船上で初めてアメリカに渡る少女に見せる彼女の姿は大人の女性のそれだ。
エイリシュはアメリカで
少女から大人の女性へと成長したのだ。

エイリシュはまだ若い。
トニーとの人生の中で時折もうひとつの選択、
故郷アイルランド、そしてビルの面影が胸をよぎることもあるかもしれない。
しかし、どちらを選んだとしても、
彼女はもうひとつの選択を胸に生きていくのだと思う。

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●ブルックリン/Brooklyn
(2015 アイルランド/イギリス/カナダ)
監督:ジョン・クローリー
原作:コルム・トビーン
脚本:ニック・ホーンビィ
撮影:イヴ・べランジェ
衣装:オディール・ディックス=ミロー
出演:シアーシャ・ローナンエモリー・コーエン,ドーナル・グリーソン,ジム・ブロードベンド,ジュリー・ウォルターズ,フィオナ・グラスコット,ジェーン・ブレナン,アイリーン・オイヒギンス,ブリッド・ブレナン,エミリー・ベット・リッカーズ,イヴ・マックリン,ノラ=ジェーン・ヌーン,ジェシカ・パレ

原作を先に読んでから映画を観るとどうしても物足りなさを感じてしまうことが多い。
今作でも脚本のニック・ホーンビィはもちろん原作を端折ってはいるが、それがとても的確だったとみえ、
まったく気にならなかった。
多くの賞に絡む高評価も当然のいい仕事ぶりだ。
ちなみに、最後のシーンは原作にはない。
原作の『ブルックリン』は2009年、
コルム・トビーン54歳の時の作品。
中高年のおじさん作家が若い女の子の心情をこんなに細やかに書けるなんて凄いなと思ったのだが、
コルム・トビーンはゲイをカミングアウトしていて、
その辺りはストレートのおじさん作家とは違うのかもしれない。



原作を読んでいる時からエイリシュにはシアーシャ・ローナンがぴったりだと思ってはいたが、
やっぱり彼女にぴったりだった!
当初エイリシュ役には『キャロル』で同じくデパート・ガールを演じていたルーニー・マーラが考えられていたらしいが、シアーシャで正解。
残念ながら、オスカーはブリー・ラーソンにさらわれたが、彼女が獲ってもおかしくなかった。
少女から大人の女性へ、今の彼女でなければ演じられなかった役だし、これは間違いなく彼女の代表作の一本になるはずだ。



エイリシュを悩ますふたりの男。
トニーを演じるのは、エモリー・コーエン
原作の小柄というトニーの特徴も活かしてくれて嬉しい。

そして、もうひとりジム役は、売れっ子!
ドーナル・グリーソン(父ブレンダン・グリーソンにはあんまり似ていない)。
アンナ・カレーニナ』で観た時から気にはなっていたけど、こんなに売れっ子になるとは!
イケメン過ぎないのが、どんな役でも演じられる理由だと思う。


この時すでにローズは自分の病気を知っていたのかもと思うと切ない。


ミセス・キーオと同居人の面々。
意地悪なようでいて、間違いなくエイリシュの異国での慣れない暮らしの支えになったのが彼女たち。
パスタの食べ方もレッスンしてくれた。


そして、もうひとり忘れられないナイス・キャラがトニーの生意気な弟、フランキー。
こういうあまり出番の多くないキャラクターもみんな魅力的だった。


シアーシャが纏う50年代ファッションも見どころのひとつ。
衣装は、オディール・ディックス=ミロー。
エイリシュがキチンと同じ服を着回しているところがポイント高し。

このビュジュー付きのニットは今着てもお洒落だし、
ギンガムチェックのスカートと合わせているのもキュート!


上はブルックリン、下はアイルランドでの着こなし。
キレイなレモンイエローのワンピース。


このブルーのワンピースも素敵。
白のバッグはレモンイエローのワンピースの時にも持ってます。



上はトニーとコニーアイランドに出掛けた時で、下は地元のビーチにジムやナンシーと出掛けた時。
なぬっ、同じコーデ?と思いきや、地元ではインナーは衿つきのブラウスにかえてましたね。


公式サイトはこちら👉映画『ブルックリン』オフィシャルサイト| 20世紀フォックス ホーム エンターテイメント


予告編はこちら👉シアーシャ・ローナン主演/映画『ブルックリン』予告編 - YouTube


コルム・トビーンの原作『ブルックリン』はこちら👇

ブルックリン (エクス・リブリス)

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