極私的映画案内

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エターナル・サンシャイン

もう一度はじめから


記憶は厄介だ。
忘れたいのに忘れられず、ひとつ残らず覚えていたいのに記憶は薄れていく。

失恋したあとにどんな行動をとるかは人それぞれ十人十色。
誰かに話を聞いてもらう、酔って荒れる、旅に出る。
でも多くの人に共通する行動としてよくあるのが、彼(彼女)の存在した痕跡を消すこと。
一番辛いのは、多分、思い出してしまうことだから。

写真や手紙やプレゼントを処分する、受け取ったメールの削除、アドレスの消去…。
とにかくその人を思い出すものが目につかないようにする。
完璧に徹底的に痕跡を消したとしても、
どうしても、唯一、記憶だけは消すことが出来ない。

でも、もし彼(彼女)の記憶だけを消すことが出来るとしたら…。


売り言葉に買い言葉。
ついひどい言葉をクレメンタインに投げつけてしまったジョエル。
すぐに後悔したジョエルは少し早めのバレンタインの贈り物を持って彼女が働く
書店を訪れる。
しかし、ジョエルが話しかけても彼女はまるで他人のようで、しかもすでに別の男と付き合い始めていた。
ころころ変わる髪の色のように、
クレメンタインは普段から気まぐれで衝動的だったが、あろうことか彼女はジョエルの記憶を消去してしまったのだ。
いくら何でも記憶まで消すなんてとジョエルは自分もクレメンタインの記憶の消去を衝動的に決意。
しかし、ふたりで過ごした楽しかった時間の記憶まで消えてしまうことに…。

ちょっと待った!消去中止!
ジョエルは何とか作業を中止させようとするが…。

ジョエルはクレメンタインの記憶を守ることが出来るのか?
たとえ、お互いの記憶が消去されてしまったとしても、何かほんの小さな痕跡でもいい、彼女の記憶を残したい。


現実には、特定の誰かについての記憶だけを消去することなんて出来ないけれど、記憶は消せるという前提を作ることで、ふたりが出会ったこと、一緒に過ごした時間のかけがえのなさを伝える。
失ったものの大きさは、
実際失うことでしかわからない。
でも、
失ってしまってからでは遅すぎるのだ。

楽しかったことも辛かったことも一緒に過ごした時間は確かで、
その記憶を消してしまうこと失ってしまうことは自分の一部を失うことと同じ。
充分時間が経って、本当に本格的に冷静になって振り返ってみたとき、
それでも、
その人の痕跡も、その人の中の自分の痕跡もすべて消したい、
消してほしいと思うだろうか?
多分、
忘れたくないし忘れてほしくない。
本当は、何十年経っても、おじいさんおばあさんになっても、思い出したいし、思い出してほしいと思う。


マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』『ヒューマン・ネイチャア』など、仕掛けの奇抜さばかりが先行しともすれば哲学的(わかりにくい)とも言われるチャーリー・カウフマンの脚本だったが、今作では、失恋の辛さ、切なさといった誰でもが思い当たるような普遍的な要素を取り込んだことで、
仕掛けばかりでなくエモーショナルな部分とのバランスがとてもいい、多くの人の心に残る作品になっていると思う。


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エターナル・サンシャイン