極私的映画案内

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僕のピアノコンチェルト

もっとゆっくり大人になろう


以前、何のCMだったか社会学か何かの大学教授が出てきて、こんなことを言っていた。

「人間は選択肢が多いとかえって無難なものを選んでしまう」

セーターとかポロシャツとか、ランドセルとか、絵の具のパレットみたいなカラフルなカラーバリエーションの品揃えは確かに目には楽しいけれど、だからといって、いつもと違ったものを選ぶかといえば、結局はいつも同じようなものを選んでしまうのではないか?
ということは、実際の選択肢は増えていない?


「天はニ物を与えず」

ひとりの人間が生まれながらに持っている才能は多くない。
もちろん、多方面で才能を発揮する人間だっているが、
多くの人間は、限られた、あるいはなけなしの才能をなんとかやりくりして生きている。
人生における選択肢は多いとは言えない。

しかし、IQ180超というような天才だったらどうだろう?

この映画の主人公ヴィトスもそんな天才少年のひとり。
6歳のヴィトスは高い知能を示し、
ピアノにも並々ならぬ才能を発揮する。
彼にとって幼稚園は飽き足らないけれど、まだ自らのその才能を楽しんでいるように見える。
しかし、6年後12歳になったヴィトスは深い憂鬱の中にいる。
すでに高校に通っているが、周りの生徒からはモンスター扱いされ浮きまくり、
知識も教師を上回り、学校も彼を持て余している。
母親は彼をピアニストにするべく高名なピアニストのレッスンを受けさせようとするが、彼はピアノを弾くことを拒否する。
ヴィトスは迷っていたのだ。
彼の才能を持ってすれば、進む道はいくらでもある。
果たして自分は本当にピアニストになりたいのだろうか?

ヴィトスはそんな悩みを唯一の親友でもある祖父に相談する。
祖父は彼にこう答える。

「大事なものは一度手放してみればいい」

ある夜、母親が夜中の物音に外に飛び出すとヴィトスが倒れている。
どうやらベランダから落ちたようだが、怪我はないようだ。
しかし、意識を取り戻した彼はごく平均的な12歳の少年になっていた。
ピアノの弾き方さえ忘れてしまったヴィトスに対する母親の落胆は大きい。
ヴィトスは同じ年の子どもと同じ学校に通い、ごく当たり前の12歳の男の子としての生活を始める。

彼は大事なもの(高い知能、才能)を一度手放してみたのだ。
本当にやりたいことは何なのか見極めるために。

普通の12歳のフリをしながら、実は大人顔負けの高い知能を持ち続けている
ヴィトスは、インサイダー情報で祖父の老後資金を元手にオプション取引で大儲けして投資会社を設立、祖父の夢を叶えたり、父親の会社を買収して家族の危機を救って、初恋のベビーシッターにプロポーズしたりとまあ忙しく活躍はするけれど、その姿はなんだかちょっとかなしい。

やっぱり彼は12歳。
友達と遊んだりスポーツしたり、
12歳でしか出来ないことを
もっとたくさんするべきなのだ。

そう、
もっとゆっくり大人になればいい。


選択肢はたくさんあっても、
結局無難なものを選んでしまったり、
本当に大事なものを見極めるために、
一度すべてを手放すことになったり、
選択肢はたくさんあればいいってもんじゃない。

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僕のピアノコンチェルト/VITUS(2006年 スイス)
監督:フレディ・M・ムーラー
出演:テオ・ゲオルギュー,ブルーノ・ガンツ,ジュリア・ジェンキンス,ウルス・ユッカー,ファブリツィオ・ボルサニほか

観た後にはじめて知ったのだけど、ヴィトスを演じたテオ・ゲオルギューは、
新進気鋭(といってもかなり若すぎるけど)のピアニストだそうだ。
天才少年を演じる本人も本物の天才少年というわけ。
映画の中のヴィトスの迷いや悩みは、テオ自身のものだったかもしれない。


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