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極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

やわらかい手

すべてはちいさな穴からはじまった


人生は、何がきっかけで変わるかわからない。
それは、いつもと違う電車に乗ったことからはじまるのかもしれないし、
いつもとは違う美容室に行ったことからかもしれないし、いつもは絶対に選ばない色のセーターを買ったことからはじまるのかもしれない。


ロンドン郊外に住む平凡な主婦マギーのそれは、壁にあけられたちいさな穴からはじまった。

マギーは若くして結婚したが、何年も前に夫を心臓発作で亡くし、今は独り暮らしの未亡人だ。
ひとり息子のトムには、やはりひとり息子のオリーがいるが、マギーの幼い孫は難病に冒されており、余命半年と宣告される。
残された唯一の望みは、メルボルンの病院で行われている最新の治療。
治療は無料で受けられるが、渡航費や付添いの滞在費は自費で賄わなければなら
ない。
マギーは孫の為に金策にはしるが、不動産は既に手放しており担保もなく、金は借りることが出来ない。
若くして結婚し何のスキルも資格もない彼女に出来る仕事もない。

そんなマギーが目をとめたある店に貼られた”接客係募集”のチラシ。
わらにもすがる思いで店をたずねるが、その店はいわゆる性風俗店。
接客係をお茶を運んだりテーブル片付けたりする仕事だと思っていた彼女に店のオーナーであるミキは”接客係”は婉曲表現だと教える。
”接客係”とは売春婦だと。
驚いて店を出ようとするマギーだったが、ミキは彼女の”手”に可能性を見い出す。
なめらかでやわらかいその手の平に。
男性客が壁にあいた穴から差し入れた身体の一部分に提供される接客係の手の平によるサービス。
(このサービスはミキによるとメイド・イン・ジャパン。どんな分野においても我が国は、創意工夫の国らしい。)
もちろんマギーは自分にはとてもそんなことは出来ないと思う。
しかし、オリーの命を救うためには覚悟を決めるしかない。

最初はおっかなびっくりだったマギー。
しかし、やかて意外な才能を発揮し、
彼女のブースには連日客の長蛇の列が出来るようになる。

金は工面できたものの、その出所を絶対に明かさない母親の行動を息子のトムは
怪しむ。ある日母親を尾行したトムは彼女が怪し気な店に入るのを見てしまう。

息子にとって母親ほど神聖な存在はないんだろう。
怒り狂ったトムはマギーに店を辞めるように言い、金も受け取ろうとしない。
妻のサラは言う。金の出所は関係ない。ありがたく受け取るべきだと。

マギーとサラはどう見ても仲良しの嫁姑には見えない。
それはトムがマザコン気味で親離れが出来ていないとサラが感じていたからじゃ
ないかと思う。
しかし、義母が孫の為にしてくれたことでサラは同じ母親としてマギーに共感す
るようになる。母の思いを知る。

いよいよオーストラリアに出発する日。
マギーは同行するのをやめる。
ここから先はあなたたちだけで。


怪し気な店の狭苦しい部屋の壁にあけられたちいさな穴が、
オリーに将来の可能性を与え、嫁姑の関係を新たなものにし、
息子を親離れさせ、ひとりの父親として成長させた。

そしてマギーと店のオーナーミキとの間にはお互いを思う
あたたかい気持ちが生まれていた。

マギーは言う。
「あなたの笑顔が好きよ」
ミキが言う。
「きみの歩き方が好きだ」


人生は、何がきっかけで変わるかわからない。
壁にあけられたちいさな穴にだって可能性は大いにあるのだ。

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●やわらかい手/IRINA PALM
(2007年ベルギー,ルクセンブルク,イギリス,ドイツ,フランス)
監督:サム・ガルバルスキ
出演:マリアンヌ・フェイスフル、ミキ・マノイロヴィッチ、ケヴィン・ビショップ、シヴォーン・ヒューイット

ごくごく普通のおばさんといった風情のマギーを演じたマリアンヌ・フェイスフル。
十代で大ヒットをとばした歌手であり、
ミック・ジャガーの恋人としても有名だったひとである。
ミックと別れてからは、ドラッグ&アルコールというお決まりの転落も経験したが、見事復活。歌手としてもアルバムを発表、女優としても活躍している。
それでもって、こんな普通のおばさんをシレっと演っちゃうんだから、
なんていうか、しぶとい。
相変わらず少年のような体型を維持しているミックにくらべ、
彼女のこの貫禄。いやいや、見事。