エリックを探して
歴史と伝統と絆
郵便局勤務のエリック・ビショップ氏は最近ひどく落ち込んでいた。妻には逃げられ(それも置いていった連れ子から察するに複数の妻かも)、妻(たち?)が置いていったティーンエイジャーの息子たちは反抗期の真只中、エリックさんの小言など、どこ吹く風。まったく聞く耳を持たない。
しかし、何よりも決定的だったのは、最初の妻リリーとの再会だった。
エリックさんは30年前、妻とまだ幼かった娘の元から逃げ出した。
彼には当時まだ家庭を持ったり、父親になったりする準備が出来ていなかった。
まだ、若かったのだ。
くたびれた中年男の自分と較べ、再会したリリーは今尚素敵なままで、
エリックさんは後悔と自らの腑甲斐なさに苛まれていた。
「郵便の仕分けをダンスに変えたほどの男が…。」
と、元気なく落ち込んでいる様子のエリックさんを心配する職場の仲間は
やれエリックには笑いが必要だとか自己啓発本だとか、いろいろと元気づけようとするが、効果は今ひとつ。
そんなエリックさんの前にマンチェスター・ユナイテッドのレジェンドの1人、
「キング・エリック」ことエリック・カントナ(の幻?)が現れる。
エリックさんの最後の幸せな記憶。それはカントナと共にある。
カントナのプレーはエリックさんの人生の喜びそのもの。
目の前に現われた尊敬するカリスマの助言にしたがって、少しづつ人生を建て直そうとするエリックさん。
そう、“新体制”の始まりだ。
しかし、そんなある日、義理の息子ライアンが地元のギャングとのトラブルに
巻き込まれエリックさんはピンチに。
カントナの助言は“仲間を信じろ”。
エリックさんは職場の仲間であり、
ユナイテッドのサポーター仲間でもある友人達に相談する。
そして、彼等がエリックさん一家のピンチを救うべくとった作戦。
その名も“カントナ作戦”。
さてエリックさんはピンチを脱することが出来るのか?
そして、リリーの愛を取り戻すことが出来るのか?
パブに集うユナイテッドのサポーターの一人が言う。
「妻や政党や宗教を変えることは出来ても、 応援するチームを変えることは出来ない。」
そう、これなのだ。
この国におけるフットボールの地位。人々の人生における優先順位。
これは、一種独特だと思う。
クラブの歴史は100年以上、
祖父(祖母)から父(母)へそして息子(娘)と代々応援し続ける。
人と人とを結び付けているのはサッカークラブ。
距離のあったエリックさんと息子たちの親子の絆もユナイッテド抜きには語れないのだ。
日本代表の香川真司が移籍したこともあって(その後ボルシア・ドルトムントに戻ったが)、プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッドの試合の中継を目にすることも多くなった。
そんな時、私は観客席に無意識に探してしまう。
エリックさんや息子たち、そして郵便局の仲間たちの姿を。
そして、極東のサッカー後進国と言われる国からやって来た若者のプレーに
歓声をあげ、喜びを感じてくれていることを願わずにいられなかった。
ここで、エリック・カントナについて。
92年から97年までマンチェスター・ユナイテッドに在籍。
当時低迷していたチームの復活の立役者。
当時の背番号「7」はその後、エース・ナンバーとして、デヴィッド・ベッカム、クリスチャーノ・ロナウドへと受け継がれた。
もちろん、素晴らしいプレーは人々の記憶に残るが、記者会見での“迷言”や、
観客にカンフーキックを見舞って9カ月の出場停止などピッチ外でも話題の多い選手だった。
現在は俳優として活躍する他、製作総指揮としても名を連ね、ビーチサッカーのフランス代表監督を務めるなど、サッカー界でも活躍中。
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●エリックを探して