極私的映画案内

新作、旧作含め極私的オススメ映画をご案内します。時々はおすすめ本も。

今月の読書 〜2019年2月、3月〜

今月の読書2月分3月分をお届けします。
特に2月はあまり読めませんでしたが、中身の充実した読書時間でした。
オススメは、ナオミ・オルダーマン『パワー』
エリザベス・ストラウト『何があってもおかしくない』ジョーダン・ハーパー『拳銃使いの娘』
リチャード・フラナガン『奥のほそ道』
そして、一冊づつ噛みしめながら読んだ
高田郁『みをつくし料理帖シリーズ、
とうとう読み終わってしまいました。


■パワー/ナオミ・オルダーマン
安原和見訳
河出書房新社
THE POWER/Naomi Alderman/2016

十代の少女が特殊能力を得たことにより男女の権力構造が逆転していくディストピア小説
行きつく先の世界は女にとっても決して居心地のいい世界だとは思わないけれど、逆転以前の世界はそのままリアルな現代社会。
昨今のこの国の様々な状況も鑑みるに、女にとって現代社会って軽く地獄。
この小説があぶりだしているのはそこだと思う。
まあ、地獄は言い過ぎだとしても、逆転後の世界が異様に映るならば、それ以前の世界も異様なはずだ。
どちらか一方が力を持つ社会は、本来誰にとっても居心地のいい世界ではないと思う。
「私は間違っていた」と最近しみじみ思うのは、電車や映画館や夜道で嫌な思いをした時に「自分に隙があったんだ」と落ち込んだこと。もちろん防犯意識は必要だけど、自分を責めるのは間違っていたと思う。

パワー

パワー

今作を読んでこの作品を思い出した人も多かったようです。
マーガレット・アトウッド侍女の物語』はこちら👇

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)


ピアノ・レッスンアリス・マンロー
小竹由美子訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
DANCE OF THE HAPPY SHADES/Alice Munro/1968

アリス・マンローの初期作品集。
初期の作品ということで、後年の作品に見られるような1年を描いて前後数十年を想像させるような奥行き、広がりといった点でいうと物足りなさはあるが、市井の人々の人生の一瞬を切り取る鋭さは最初から持っていたことが分かる。
多分彼女は幼い頃から周囲の大人たちを鋭く観察していた子供だったんだろう。
年齢を重ね、経験を積み、より豊かなストーリーを紡ぐことが出来るようになるという、作家としての成長を確認出来る作品集でもある。

〈収録作品〉
⚫︎ウォーカー・ブラザーズ・カウボーイ
Walker Brothers Cowboy
⚫︎輝く家々
The Shining Houses
⚫︎イメージ
Images
⚫︎乗せてくれてるありがとう
Thanks for the Ride
⚫︎仕事場
The Office
⚫︎一服の薬
An Ounce of Cure
⚫︎死んだとき
The Time of Death
⚫︎蝶の日
Day of the Butterfly
⚫︎男の子と女の子
Boys and Girls
⚫︎絵葉書
Postcard
⚫︎赤いワンピース 一九四六年
Red Dress-1946
⚫︎日曜の午後
Sunday Afternoon
⚫︎海岸への旅
A Trip to the Coast
⚫︎ユトレヒト講和条約
The Peace of Utrecht
⚫︎ピアノ・レッスン
Dance of the Happy Shades

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)


■何があってもおかしくない/エリザベス・ストラウト
小川高義
早川書房
ANYTHING IS POSSIBLE/Elizabeth Strout/2017

作家ルーシー・バートンの故郷イリノイ州アムギッシュを舞台にした連作短編集。
前作でルーシーと母リディアの会話に登場したアムギッシュの住民たちの物語だ。
どれも良作揃いだが、ルーシーと疎遠だった兄姉との再会を描く『妹』が泣けた。
作家として成功したルーシー、
一方、田舎でくすぶる兄姉。
今では別世界の住民になってしまった兄妹。
でも、同じ家に生まれ、あの母親に育てられたのはこの世界にたった三人だけなのだ。
その事実は何があっても変わらない。
彼らはこの再会によって、それを再確認したはずだ。
誰にでも語るべき物語がある。
そう思わせる一冊だった。

〈収録作品〉
⚫︎標識
⚫︎風車
⚫︎ひび割れ
⚫︎親指の衝撃論
⚫︎ミシシッピ・メアリ
⚫︎妹
⚫︎ドティーの宿屋
⚫︎雪で見えない
⚫︎贈りもの

何があってもおかしくない

何があってもおかしくない

ルーシー・バートンと母リディアが語らう前作『私の名前はルーシー・バートン』はこちら👇

私の名前はルーシー・バートン

私の名前はルーシー・バートン



■ベルリンは晴れているか/深緑野分
筑摩書房

1945年7月英仏米露の四カ国の統治下にあるベルリンで起きた毒殺事件を巡るミステリー。
ユダヤ人視点で語られることの多いこの時代の物語の中で、共産主義者の娘アウグステ、ユダヤ人のような外見の元役者の泥棒カフカ、家族に見捨てられた同性愛者の青年ハンスといった登場人物のキャラクター設定が巧みだ。
戦中の彼らの苦難と現在進行形の事件の顛末を同時に語る構成も、前作と比べ格段に巧くなっている。
ただ、『奥のほそ道』のような作品を読んだ後だと、
なぜ、日本の戦争を書かないのだろう?と思ってしまうのも事実。

ベルリンは晴れているか (単行本)

ベルリンは晴れているか (単行本)


ミッテランの帽子/アントワーヌ・ローラン
吉田洋之訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
LE CHAPEAU DE MITTERRAND/Antoine LAURAIN/2012

キャリア停滞中の会計士ダニエルは妻子の留守中独りで行ったブラッスリーで偶然ミッテラン大統領と隣席になる。
忘れられた大統領の帽子が、ダニエル、
不倫を断ち切れない作家志望のファニー、
スランプの天才調香師ピエール、退屈したブルジョア男ベルナールの手に次々と渡り、
彼らの人生に変化をもたらす。
とはいうものの、帽子に魔力がある訳でもなく(ダニエル以外はミッテランの帽子だと知らずに手にした)、
帽子が彼らに与えたのはちょっとした自信、
自己肯定感だ。
それぞれの人生を変えたのは彼ら自身である。
映像の世界出身の著者らしく、作品はいかにも映像向きな大人のおとぎ話だ。

ミッテランの帽子 (新潮クレスト・ブックス)

ミッテランの帽子 (新潮クレスト・ブックス)


■美雪晴れ みをつくし料理帖/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

芳は「一柳」の女将となってつる家を去り、世間知らずのお嬢さんだった美緒は母となって逞しくなり、
つる家には“臼”というキャラの濃い新メンバーが加わる。
このお臼さんが、小野寺と澪の縁談が持ち上がった時の後任候補の料理人政吉の妻だったとは!
又次に命を救われた摂津屋さんも今後大きな役割がありそうだし、物語が終わりに向かって大きく動き出した感あり。
何気にりうさんの入れ歯の衝撃!

〈収録作品〉
⚫︎神帰月(かみかえりづき)/味わい焼蒲鉾
⚫︎美雪晴れ/立春大吉もち
⚫︎華燭/宝尽くし
⚫︎ひと筋の道/昔ながら

美雪晴れ―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)

美雪晴れ―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)


■天の梯(そらのかけはし)みをつくし料理帖/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

佐平衛と登龍楼の因縁は一般には製造を禁止されていた「酪」にあり。
「天満一兆庵」江戸店の元料理人富三の今際の際の告白によって登龍楼は取り潰しとなり健坊はつる家に引き取られ姉弟は共に暮らすことが出来るようになる。
小野田のとりなしで釈放された佐兵衛は料理の道に戻り、澪は鼈甲珠の製造法と販売の権利を売るウルトラCであさひ太夫を身請け、現斉先生と気持ちを確かめ合い、共に大坂へ。
最終巻で見事な大団円を迎えたこのシリーズ。。
ラストは最初から決めていたそうだが、このラストに向けて緻密に構成されたシリーズだったなあとあらためて感心。
堪能しました。

〈収録作品〉
⚫︎結び草/葛尽くし
⚫︎張出大関/親父泣かせ
⚫︎明日香風/心許し(こころばかり)
⚫︎天の梯/恋し栗おこし

天の梯 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)

天の梯 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)


■クロストークコニー・ウィリス
大森望
早川書房(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
CROSSTALK/CONNIE WILLS/2016

テレパシー能力なんてなくても、「ここにいる人全員が今何か考えてる」と想像しただけで圧倒されて電車を降りてしまった経験がある身としては、カップルが愛情だけを確認しあえるEED手術なんて、そんなイイトコ取り出来るわけない!と拒否反応。
それでもさすがはコニー・ウィリス
最後はブリディとC.B.がくっつくって最初っから分かっていても(C.B.を信じず、胡散臭いトレントの正体を見破れないブリディに若干苛々するものの)読ませる力はジェーン・オースティン並み、と言ったら褒め過ぎですか?


■拳銃使いの娘/ジョーダン・ハーパー
鈴木恵訳
早川書房(HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK)
SHE RIDES SHOTGUN/JORDAN HARPER/2017

刑務所内で〈アーリアン・スティール〉総長の弟を刺殺し殺害指令が下されてしまった元武装強盗ネイト・マクラスキーと娘ポリーの逃亡劇。
TVドラマシリーズの脚本を手がけていたというジョーダン・ハーパー。
すでに映像化が念頭にあるかのようなスピード感溢れるストーリー展開と場面転換である。
読みどころは、父親ネイトとの再会後、ごく普通の小学生だったポリーがいかに覚醒していくかというところだが、彼女の覚醒ぶりは痛快であると同時に、痛々しい。
こんな子どもが命がけで闘わなくてはならないこの“すばらしきクソ世界”よ!
解説では影響を与えた作品として「子連れ狼」「レオン」「ペーパー・ムーン」といった作品が言及されているが、私が思い出したのはX-MENシリーズスピンオフの「ローガン」。
ポリーはダフネ・キーンちゃんで脳内変換。
ジョーダン・ハーパー自身の脚本で映像化されるそうだが、監督、キャストはどうなるのか楽しみ。

拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)

拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)

若山富三郎による『子連れ狼』はこちら👇

リュック・ベッソン監督、ジャン・レノナタリー・ポートマン共演の『レオン』はこちら👇

レオン 完全版 [Blu-ray]

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レオン 完全版 [DVD]

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ライアン・オニールテイタム・オニール親子共演の『ペーパームーン』はこちら👇

ペーパー・ムーン スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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X-MENシリーズ、ウルヴァリンを主人公にしたスピンオフシリーズの最終作『LOGAN ローガン』はこちら👇


■奥のほそ道/リチャード・フラナガン
渡辺佐智江
白水社
THE. NARROW ROAD TO THE DEEP NORTH/Richard Flanagan/2013

例えばこの本が読書会のテーマだったとしたら、
私は何が言えるだろう?
勿論、いろいろ思うことはあるけれど、
簡単に言葉にできない。
どの時代にも戦争があって、多くの人が死に、傷つき、
大きくその運命を変えられてきたわけだけれど、
人が生まれてきて死ぬって、一体どういうことなんでしょうね?
戦争には否応なくその時代を生きるすべての人が巻き込まれるけれど、問われるのは、戦後、それをどう総括し共有していくかってこと。
ここに描かれた日本兵の、戦中よりも戦後の姿に、
今に続くこの国のあり方が問われているんだと思う。


■穴あきエフの初恋祭り/多和田葉子
文藝春秋

いつもの言葉遊びは控えめながら、どれも一筋縄ではいかない短編集。
スリードにまんまと引っかかったり、はぐらかされたり…。
「胡蝶、カリフォルニアに舞う」「文通」
物理的な距離は近くても、まったくかみ合わない人間関係の不穏さ。
「てんてんはんそく」
これって携帯電話の機種変更の話だと思うんだけど、こういうことをこういうストーリーに仕立てるって、作家って凄い。

〈収録作品〉
⚫︎胡蝶、カリフォルニアに舞う
⚫︎文通
⚫︎鼻の虫
⚫︎ミス転換の不思議な赤
⚫︎穴あきエフの初恋祭り
⚫︎てんてんはんそく
⚫︎おと・どけ・もの

穴あきエフの初恋祭り

穴あきエフの初恋祭り


■IQ/ジョー・イデ
熊谷千寿訳
早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
IQ/Joe IDE/2016

犯罪が多発する貧困地域から抜け出すには、
カルのように才能があってチャンスに恵まれれば音楽業界を目指すか、あるいは学業成績が良ければ、奨学金をもらって大学に進学するか。そうでなければギャングの下っ端からその道でのし上がっていくか?
奨学金を得られる“IQ”の持ち主でありながら街に留まり探偵業を営んでいるのが今作の主人公アイゼイア。
とある事情から金が必要になった彼が頼ったのは腐れ縁の元ギャング、ドッドソン。
ドッドソンに紹介された依頼人はスランプに陥っている人気ラッパー、カル。
IQとドッドソンの因縁が明かされる過去パートと脅迫事件の現在パートが交互に語られる構成。
ミステリーとしての面白みより、アフリカ系コミュニティという舞台設定が新鮮。
独特のノリについていけなかったという意見も見かけるけれど、『ストレイト・アウタ・コンプトン』『DOPE/ドープ!!』あたりの映画を観ておくとこの物語世界の理解に役立つかも。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

伝説のヒップホップグループN.W.Aの栄枯盛衰を描いた作品『ストレイト・アウタ・コンプトン』はこちら👇

IQを思わせるヒップホップオタクの少年と仲間たちがヤバい取引に巻き込まれる『DOPE ドープ!!』はこちら👇

DOPE/ドープ!! [DVD]

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今月の読書 〜2019年1月〜

今月の読書2019年1月分をお届けします。
1月のオススメは、アッティカ・ロック『ブルーバード、ブルーバード』ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』


■ブラック・スクリーム/ジェフリー・デーヴァー
池田真紀子訳
文藝春秋
THE BURIAL HOUR/JEFFERY DEAVER/2017

稀代のページターナー、のはずだったのだが、対「私」という意味ではこの新作、その威力も少々弱まったか。
これまでならあっという間読み終わってしまうのだが、今回は思いのほか時間がかかってしまった。
ディーヴァーはいつもタイムリーな社会問題を盛り込むが、今作ではヨーロッパの難民問題を取り上げている。
ということで舞台はイタリア。
執筆がもう少し後なら“キャラバン”が盛り込まれたのかもしれないが、舞台がニューヨークを離れたことも乗り切れなかった理由かも。
森林警備隊エルコレのキャラクターは好きでした。

ブラック・スクリーム

ブラック・スクリーム


みをつくし料理帖 夏天の虹/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

「料理の道を行く」という自ら下した決断の当然の帰結とはいえ、小野寺との縁談が破談となったことの代償は大きかった。
澪の体調不良、料理番付の降格、小野寺の結婚。
仕方のないこととはいえ、想うひとが別のひとと夫婦となる。これは胸が痛い。
更に、料理人にとっては致命的になりかねない嗅覚の喪失。
シリーズ開始以来、こんなに次々と試練が澪を襲う巻もなかった。
そして、更に大きな喪失。
しかし、この出来事をきっかけに澪の嗅覚が戻るという何という皮肉。辛い。

〈収録作品〉
⚫︎冬の雲雀/滋味重湯
⚫︎忘れ貝/牡蠣の宝船
⚫︎一陽来復/鯛の福探し
⚫︎夏天の虹/哀し柚べし

夏天の虹―みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 (時代小説文庫))

夏天の虹―みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 (時代小説文庫))


みをつくし料理帖 残月/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

前巻は喪失に次ぐ喪失の巻だったが、今巻は小野寺の母里津の死や伊佐三おりょう夫婦の引越しなど別れもあれば、澪がふきちゃんに料理を教え始めたり、佐兵衛(捨吉)との再会、柳吾、坂村堂親子の和解、芳が柳吾の後添えに望まれたりと前向きな展開も。
でも、登龍楼の引き抜き話には絶対裏があるはず!

〈収録作品〉
⚫︎残月/かのひとの面影膳
⚫︎彼岸まで/慰め海苔巻
⚫︎みくじは吉/麗し鼈甲珠
⚫︎寒中の麦/心ゆるす葛湯
⚫︎秋麗の客

残月 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)

残月 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)


■トム・ハザードの止まらない時間/マット・ヘイグ
大谷真弓訳
早川書房(新☆ハヤカワ・SFシリーズ)
HOW TO STOP TIME/MATT HAIG/2017

1581年生まれ437歳。
しかし、見た目は40代の壮年男性。
現在ロンドンで歴史教師として暮らしているトム・ハザードは著しくゆっくりと年をとるというアナジェリア(遅老症)を患っている(そもそもこれは病気なのか、それとも特殊能力なのか)。
遅老症であることは隠しているので、普通のスピードで年をとる人たちと人間関係を築くことは難しい。
この設定なら様々な時代を描く事が出来るので、
そこはなかなか面白いが、「今を精一杯生きる」ってそれに気付くのに400年もかかったんかい⁈って突っ込んでいいですか?

トム・ハザードの止まらない時間 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

トム・ハザードの止まらない時間 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)


大統領の陰謀[新版]/ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン
常盤新平
早川書房(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ALL THE PRESIDENT'S MEN/Carl Bernstein and Bob Woodward/1974

ロバート・レッドフォードダスティン・ホフマンが二人の記者を演じた映画はだいぶ前に観ていたけれど、『ペンタゴン・ペーパーズ最高機密文書』のラストがウォーターゲート事件だったので、映画を再見したついでに原作となったノンフィクションを手に取る。
原作を読んであらためて感じるのは、元CIA局員達の仕事の杜撰さもさることながら、外交も内政(経済)も好調だったニクソンが再選のために何故こんな汚い手を使ったのかということ。
一度、権力を手にすると、どんなことをしても手放すまいとする人間の愚かさ、権力が人を狂わせる恐ろしさをまざまざと感じさせる。

大統領の陰謀〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

大統領の陰謀〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

アラン・J・パクラ監督による1974年の映画版はこちら👇

大統領の陰謀 [Blu-ray]

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大統領の陰謀』の前日譚ともいえるスティーブン・スピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ最高機密文書』はこちら👇

ウォーターゲート事件の情報提供者“ディープスロート”ことマーク・フェルト(事件当時FBI副長官)を描いた映画『ザ・シークレット・マン』はこちら👇

ザ・シークレットマン [Blu-ray]

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ザ・シークレットマン [DVD]

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■私はあなたの瞳の林檎/舞城王太郎
講談社

「なんだかあの子が気になって仕方ないけど、この気持ちはなんだろう?」とか「何かを成し遂げたい!何者かになりたい!」とか「生きることに意味はあるのか?」とか、誰でも青春時代の何処かでぶつかった難問。
この難題を乗り越えるキックスターターとは、
すなわち恋。
誰かを好きになったら、グズグズウジウジ考えてたことなんてあっという間に何処かに吹き飛んでしまう、それが恋。
でも、恋が愛に変わるかどうかは、また別の話。

「好きだ好きだ言ってるだけでじゃあどうしたいのかがないなんておかしいよ。付き合いたいがない好きなんて偽物じゃん!」
『私はあなたの瞳の林檎』

「私はこの諦感の中で私の内心の『でも何かを成し遂げたい。何者かになりたいんだー!』っていうのをどうしたらいいんだろう?」
『ほにゃららサラダ』

「生きることも死ぬことも、何もかも、意味をつけてるのは自分よ。もともと全部、意味なんてないんや。」
『僕が乗るべき遠くの列車』

〈収録作品〉
⚫︎私はあなたの瞳の林檎
⚫︎ほにゃららサラダ
⚫︎僕が乗るべき遠くの列車

私はあなたの瞳の林檎

私はあなたの瞳の林檎


■ブルーバード、ブルーバード/アッティカ・ロック
高山真由美訳
早川書房(ハヤカワポケットミステリ)
BLUEBIRD BLUEBIRD/ATTICA ROCKE/2017

テキサス・レンジャーとは、テキサス州公安局に属するアメリカ最古の州法執行機関。
元々は先住民族の襲撃に対抗するするための自警団だったそうだから、この後組織自体がこの地の特殊性だと言える。
主人公は伯父の跡を継ぎテキサス・レンジャーとなったダレン・マシューズ。第1の被害者となったのは、都会から生まれ故郷に戻ってきた男。事件の鍵を握るのは、地元でカフェを営むジェニーヴァ。
町を出て行った者と留まった者。両者の間で事件が起き、この対比がストーリーに奥行きを与えている。

著者のアッティカ・ロックは、ドラマシリーズ『Empire/エンパイア 成功の代償』のプロデューサーとしても名を連ねていた人。
あちらは、ストリートから成り上がって音楽業界のトップに登りつめるライオン家の話だから、この小説の世界とは真逆の世界といってもいいが、どちらも現代を生きるアフリカ系アメリカ人の姿を描くというところでは共通している。

ブルーバード、ブルーバード (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ブルーバード、ブルーバード (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

テレンス・ハワード、タラジ・P・ヘンソン出演のドラマシリーズ『Empire /エンパイア 成功の代償』はこちら


■最初の悪い男/ミランダ・ジュライ
岸本佐和子役
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
THE FIRST BAD MAN/Miranda July/2015

NPO法人〈オープン・パーム〉のベテラン職員43歳独身シェリル・グリックマン。
耳の形が自慢で理事のフィリップにあらぬ妄想を抱き長年“ヒステリー球”に苦しんではいるが、
独自のルールで表面上は平和に暮らす彼女の生活が、
NPO創設者夫婦のひとり娘、足の臭い巨乳女クリーの乱入で風雲急を告げる。
積極的に友だちになりたいかといえば、否だけど、
世界のどこかでシェリルのような人が暴走し躓いて転んで傷だらけになりながら、
それでも立ち上がって生きている。
それを想像すると何だかすごく元気が出ませんか?

「“乳”“貯蔵脂肪”“肉”といった言葉が、たちまち窓を蒸気で曇らせた。脂身の少ない言葉ではこうはいかない。二人でクリーミーな雲に包まれているようだった。」

岸本佐和子さんの訳、最高です。

昔、ものが飲み込みにくくなって、胃薬常用も一向によくならない時期があったけど、あれはきっと“ヒステリー球”だったんだと思う。私の場合、何故良くなったかというと、ハワイ。あちらの空港に降り立った瞬間から(飛行機の中でも胃薬飲んでたのに)スーッと喉元から胃にかけてスッキリ楽になりました。

最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)

最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)

ミランダ・ジュライの過去作はこちら👇
『あなたを選んでくれるもの』は映画『ザ・フューチャー』(ミランダ・ジュライ自身が監督)の原作になっている。
ちなみに、ミランダ・ジュライの夫は映画監督マイク・ミルズ

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

『あなたを選んでくれるもの』について詳しくはこちら👉あなたを選んでくれるもの - 極私的映画案内


ミランダ・ジュライの監督作品『君とボクの虹色の世界』『座・フューチャー』はこちら👇

君とボクの虹色の世界 [DVD]

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ザ・フューチャー [DVD]

ザ・フューチャー [DVD]

『ザ・フューチャー』について詳しくはこちら👉ザ・フューチャー - 極私的映画案内

2018年のオススメ本

韓国映画界が次々と傑作を生み出しているんだから、
韓国文学が面白いのも当然といえば、当然。
この流れは、2019年も続きそうです。
というわけで、2018年のベストには韓国文学の三冊を選びました。
(翻訳は三冊とも斎藤真理子さん!)
また、シリーズものとしてここには挙げませんでしたが、ドン・ウィンズロウ『犬の力』『ザ・カルテルコニー・ウィリス『ブラックアウト』『オール・クリア』高田郁『みをつくし料理帖もオススメです。
特に順位はつけず、読んだ順番に並べています。


■ピンポン/パク・ミンギュ
斎藤真理子訳
白水社(エクス・リブリス)
Ping-pong/Park Mingyu/2006

中学生の釘とモアイがチスをリーダーとするグループから受けるイジメは最早イジメというより暴行傷害だし恐喝のレベルだ。
もちろん、釘もモアイもそんな毎日から抜け出したいと思っているが、そこから抜け出せたとしても、
何のために生きるのか?幸せって何なのか?
彼らにそれを問われても答えられる自信が私にはない。
きっと「ハレー彗星を待ち望む会」の入会希望者には大人も沢山いるに違いないから。
自分の意見を持つことを忘れてしまった大人こそ、自分のラケットを持って原っぱの卓球台でインストールかアンインストールか選ばなくっちゃね。
転がってきたピンポン球からこんな奇想天外なストーリーを紡ぎ出すパク・ミンギュ。
面白い作家だなあ。
アメリカで死んだモアイの従兄がファンだったという作家のジョン・メーソンって、カート・ヴォネガットの小説に登場するキルゴア・トラウトが元ネタなんじゃないかな?

ピンポン (エクス・リブリス)

ピンポン (エクス・リブリス)



■彼女のひたむきな12ヵ月/アンヌ・ヴィアゼムスキー
原正人訳
DU BOOKS
UNE ANNEÉ STUDIEUSE/Anne WIAZEMSKY/2012

ロベール・ブレッソンバルタザールどこへ行く』出演後のアンヌは気鋭の映画監督ジャン=リュック・ゴダールと恋に落ちる。
祖父はノーベル賞作家、父はロシア貴族という上流家庭で育ったアンヌ。
17歳の年上のバツイチ男と娘の関係を家族が歓迎するはずもなく、アンヌは直情的なゴダールと家族の間で板挟みになってしまう。
とにかくアンヌを側に置いておきたいゴダールの行動が大人気ないが、ゴダール人脈に次々と引き合わされて、これはアンヌにとってすごい財産になったんじゃなかろうか?
続編があるそうで、関係崩壊が描かれるのか、そちらの方が興味あるかも。

彼女のひたむきな12カ月

彼女のひたむきな12カ月

アンヌが出演したロベール・ブレッソンバルタザールどこへ行く』はこちら👇


ビリー・ザ・キッド全仕事/マイケル・オンダーチェ
福間健二
白水社(白水Uブックス)
The Collected Works of Billy the Kid:Left-Handed Poems/Micheal Ondaatje/1970

実在したアメリカ西部開拓時代のアウトロービリー・ザ・キッドの架空の人物伝。
太く短く生きたビリー・ザ・キッドをモデルにした多くの映像化作品が存在するが、マイケル・オンダーチェは詩、挿話、インタビューなど様々な形式でその姿を浮かび上がらせる。
その存在自体が詩情をかきたてるのか、詩のパートが特に印象深いが、その人物像と共に、馬の嘶きやひずめの音、吹き付ける土埃、乾いた血のにおいまで漂ってくるような読書体験だった。
是非、オンダーチェの詩集も読んでみたい。
私はこの本を読む前にサム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯』を観ていたが、「リンカーン郡戦争」については知っておいた方が理解しやすいと思います。

サム・ペキンパー監督(クリス・クリストファーソンジェームズ・コバーンボブ・ディラン出演)
ビリー・ザ・キッド21才の生涯』はこちら👇
ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 特別版 [DVD]

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■地下鉄道/コルソン・ホワイトヘッド
谷崎由依
早川書房
THE UNDERGROUND RAILROAD/Colton Whitehead/2016

南北戦争以前に黒人を南部から北部へと逃す組織があったことは何かで読んで知ってはいたが、
その組織は“地下鉄道”と呼ばれていた。
作者は文字通り“地下鉄道”を走らせて15歳の少女コーラの逃亡劇を描く。
当時の南部の奴隷農場の過酷さは頁を捲るのを躊躇わせるほどだが、州境を越えれば全く違った環境があるという状況にも驚かされる。
危機を脱したかと思うとまた危機、ストーリーの起伏を作るのもうまいが、脇役の名前が冠された章が印象深い。
その運命を知った後の“シーザー”の章、その運命を知らされる“メイベル”の章、内面に矛盾を抱えた“リッジウェイ”、“スティーブンス”、“エセル”の章は、当時を生きた人々の姿を重層的も浮かび上がらせる。

「何年も経って、おれはこのごろではアメリカン・スピリットの方がいいと思うようになった。俺たちを旧世界から新世界へと呼び出し、征服し、建設し、文明化せよと呼びかける精神だ。破壊すべきものは破壊せよと。劣等民族の向上に努めよ。向上できなければ従えよ。従えられなければ撲滅せよ。それが神に定められたおれたちの天命ーアメリカの至上命令だ」

リッジウェイはこう語るが、100年以上経った今でもこの“アメリカン・スピリット”を信奉しているアメリカ人は少なくないのかもしれない。

「盗まれた身体が、盗まれた土地で働いている。それは永久機関のような動力だった。空っぽになったボイラーは人間の血で満たす」

一方こちらは、コーラの目から見たアメリカの姿。

地下鉄道

地下鉄道


リンドグレーンの戦争日記1939-1945/アストリッド・リンドグレーン
石井登志子訳
岩波書店
KRIGSDAGBOCKER1939-1945/Astrid Lindgren/2015

子供の頃にピッピやカッレ君、ロッタちゃんといったリンドグレーンのキャラクターに親しんだ本好きは少なくないだろう。
しかし、1939年第二次大戦開戦時、彼女はまだ作家デビュー前、二人の子供の母親で弁護士事務所の事務員だった。
これはドイツがポーランドに侵攻した日から終戦までのリンドグレーンの日記。
幸いスウェーデンは戦場にならず、彼女は手紙検閲局で仕事をすることで戦争当事国の国民より情報にアクセスしやすい立場にあった。
ドイツに占領された北欧諸国についての記述が多いが、ヨーロッパの戦局がどう推移していったのかとてもわかりやすい。
ノルマンディ上陸やダンケルク撤退、スターリングラードの攻防など映画や小説 などで局地的なエピソードに触れる機会は多いが、前後にどんな出来事があったのか時系列で繋げられないことがままあったので、個人的にとても有り難い本だった。
隣国が戦火に覆われ人々が苦しんでいるのに、自分たちはほぼ変わらない生活を続けられている、苦しんでいる人々に何も出来ないという罪悪感、不甲斐なさが日記の執筆動機になっているのだろうが、スウェーデンもいつ戦争に巻き込まれてもおかしくなかった。
この状況の中で、スウェーデンはよく踏み止まり中立を保ったと思うが、他のの北欧諸国は軒並みナチスドイツに占領された。
中でも、フィンランドソ連に無理難題を押し付けられやむなくドイツと手を組むしかなかっのだ。
リンドグレーンナチスドイツの暴虐に対する怒りの一方で、ソ連を同じくらい恐れていたのが印象的だった。


■野蛮なアリスさん/ファン・ジョンウン
斎藤真理子訳
河出書房新社
SAVAGE/Hwang Jung-eun/2013

都市近郊の架空の街コモリ。
地名の由来は“墓”。
今、多くの人が行き交う四つ角に立つ女装のホームレス、アリシアが生まれ育った街だ。
アリシアが暮らしていた頃、その街は再開発計画に揺れ、人々の欲望と思惑が渦巻いていた。
朝鮮戦争で家族を失い貧困から這い上がった年老いた父親、父親を嫌い家に寄り付かない異母兄姉、満足な教育を受けさせてもらえなかった恨みつらみを子供たちにぶつける母親。
終わりのない穴を落ち続ける少年アリスアリシアとその弟。
「兄ちゃん」とお話をせがむ弟の声が耳から離れない。間違いなく年間ベスト級の一冊。

「 まだ落ちてて、今も落ちてるんだ。すごく暗くて長い穴の中を落ちながら、アリス少年が思うんだ、僕ずいぶん前に兎一匹追いかけて穴に落ちたんだけど……どんなに落ちても底につかないな……ぼく、ただ落ちている……落ちて、落ちて、落ちて……ずっと、ずっと……もう兎も見えないのにずっと……って考えながら落ちていくんだ。いつか底に着くだろう、そろそろ終わるだろうって思うんだけど終わらなくて、終わんないなーって、一生けんめい考えながら落ちていったんだよ。」

野蛮なアリスさん

野蛮なアリスさん


■日本人の恋びと/イザベル・アジェンデ
木村裕美訳
河出書房新社
EL AMANTE JAPONÉS/Isabel Allende/2015

ホロコーストに日系アメリカ人の強制収容所収容にエイズ禍に人身売買に児童ポルノ
登場人物たちには20世紀初頭から現在に至るまでに人類が被ってきたありとあらゆる災厄が襲う。
何とかそれを乗り越えてきた彼らが善意の人との出会いによって癒されていくのは、こうあって欲しいというアジェンデの願いなのかもしれない。
人生で唯一の愛、その愛をもってしても越えられなかった壁。
愛を手に入れた者は同時にそれを失う苦しみや痛みを引き受けなければならず、愛することにも愛されることにも勇気が必要。
それにしても、愛+官能=最強です。
タカオ・フクダがシークリフの館に植えた桜の木を思わせるゴッホの『花咲くアーモンドの木の枝』を使った表紙も素敵。

日本人の恋びと

日本人の恋びと


■マザリング・サンデー/グレアム・スウィフト
真野泰訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Mothering Sunday/Graham Swift/2016

1924年3月30日、メイドに許された年に一度の里帰りの日、マザリング・サンデー。
6月を思わせるお天気のその日、帰る家のないジェーンは秘密の恋人に会うため、自転車を走らせる。
ジェーンにとって生涯忘れられないその日が行きつく戻りつつ描かれるのは、(100歳近くまで生きた)彼女がその後の人生でこの日を何度も何度も反芻したからだろう。

「突然で意外な自由の感覚が体にみなぎった。わたしの人生は始まったところだ」

ジェーンの中の作家としての“種”は、この日、芽を出したのだろう。
同時に喪失をともなって。
ジェーンは知ることのなかったアプリィ邸のメイドやエマ・ホブデイの行動や思いを様々想像しているが、ポール・シェリンガムは、ベッドに横たわるジェーンの姿を見て何を思い、どんな思いで身支度を整え、車を走らせたのだろうか?

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)


■地球にちりばめられて/多和田葉子
講談社

帰る国を失い北欧諸国を難民として転々とし「パンスカ」という独自の言語を獲得したHiruko。
彼女のTV出演に端を発して奇妙な縁で繋がる人々。
それぞれがそれぞれの事情で生まれ育った場所とは別の場所で生きる彼らはデンマークからドイツへ、そしてノルウェー、遂にはフランス、アルルへと辿り着く。
彼らはまさに「地球にちりばめられて」いる。
たとえ、こんな国にはもう住んでいたくないと思ったとしても多くの人にとって海外移住は高いハードルだ。
でも、あなたも私も地球人、地球にちりばめられた一人だと思うと、少しだけ心が軽くなった。

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて


■あなたを愛してから/デニス・ルヘイン
加賀山卓朗訳
早川書房(ハヤカワポケットミステリ)
SINCE WE FEEL/DENNIS LEHANE/2017

父の顔どころか名前さえ知らずに育ったレイチェル。
娘に父親について何も語らないまま突然亡くなった母との確執、その後の父親探し。
これがストーリーの発端だが、この作品は中盤以降、劇的にギアチェンジし、思いもよらない着地点を迎える。
そもそも女性視点のデニス・ルヘイン作品が珍しいが(少なくとも私は初めて)、ここまで予測不能のストーリー展開も珍しい。
レイチェルがようやく辿り着いた真実を受け止め、
前に進んでいく姿はある意味清々しい。
多くのルヘイン作品が映像化されているが、これも間違いなく映像化されそうだ。


■飛ぶ孔雀/山尾悠子
文藝春秋

「シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった」

火が燃え難くなった世界を共有する『飛ぶ孔雀』と『不燃性について』。
前者の主な舞台となるのは川中島Q庭園での大寄せ茶会、後者は山頂ラボの新人歓迎会、そして飛ぶ孔雀と地下に蠢く大蛇。この場面とこの場面、あの人とあの人、繋がりを辿ろうとすれば出来なくもないようでいて、
かえって混乱するような。
ああ、この感覚、なんだろう?と思ったら、
ツイン・ピークス The Return 』ですよ!みなさん!
深追いすればするほど、迷宮に落ちていくのです。

飛ぶ孔雀

飛ぶ孔雀


■贋作/ドミニク・スミス
茂木健訳
東京創元社
THE LAST PAINTING OF SARA DE VOS/Dominic Smith/2016

美術史と絵画修復を学ぶエリーは資産家弁護士マーティが所有する17世紀の女流画家サラ・デ・フォスの現存する唯一の作品「森のはずれにて」の贋作を製作を依頼される。
数十年後、故郷オーストラリアの大学で教えているサラは自分が描いた贋作と再会することになる。
過去に犯した罪の清算を迫られる展開だが、因果応報とはならない意外性がいいし、17世紀を生きたサラの人生も同時に語られ、ストーリーに奥行きを与えている。
愛娘の死と蒸発した夫が残した借金。
苦労の多かったサラの後半生が穏やかなものだったことに救われた。

贋作

贋作


■ガルヴェイアスの犬/ジョゼ・ルイス・ペイショット
木下眞穂訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
GALVEIAS/José Luis Peixoto/2014

ある晩、ポルトガルの小さな村ガルヴェイアスに大きな衝撃を伴い何かが落下する。
村は騒然となるが、続く豪雨がおさまると村人は皆何事もなかったかのように日常に戻る。
村には硫黄の匂いが立ち込め、パンは酸っぱくなっているというのに。
少しづつこの村の人と人との繋がりが明らかになっていく展開にこちらも「落下した何か」の存在を忘れてしまうという罠。
「落下した何か」は、押し寄せる難民かもしれないし、とんでもない悪法かもしれない。
そこにあるのに、それが何かを良く知ろうともせずに日常に逃げ込んでしまう人間の狡さ、愚かさ。

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)


■インヴィジブル/ポール・オースター
柴田元幸
新潮社
INVISIBLE/Paul Auster/2009

入れ子構造」はポール・オースターお馴染みの手法だが、これはどんどん横にずらされていく感じ(自分でも何言ってるのかよくわからない)。
コロンビア大で文学を学ぶアダム・ウォーカーが全体の語り手かと思いきや、これは後年死を前にした彼が書いた自伝的作品『1967年』であり、地の語り手(?)は原稿を託された友人ジム 。
最後は、パリに留学したアダムに恋したセシルの日記で締めくくる構成の妙。
アダムと姉グウィンの間に何があったのか?
ボルンとは何者だったのか?
セシルの父の事故の真相は?
全てはインヴィジブル。

インヴィジブル

インヴィジブル


■鯨/チョン・ミョングァン
斎藤真理子訳
晶文社
THE WHALE/Cheon Myeong-Kwan/2004

生まれて、死ぬ。このまぎれもない真実の間に起きることが「物語」だとしたら、この世界は「物語」に満ちていることになるが、ここで語られる女たち(と彼女たちを巡る男たち)の「物語」のなんと濃密なこと!
あらゆる欲望、愛と憎しみ、憐れみと慈しみ、僥倖と非情な運命に翻弄されつつ、頁をめくる手を止められなかった。
クムボクを圧倒した鯨、市場を練り歩く象のジャンボ、積み上げられた赤煉瓦、群れ飛ぶ蜜蜂、鯨劇場、そして一面に咲き乱れるヒメジョオン
映画業界出身の著者らしい視覚イメージを刺激してくれる描写も強い印象を残す傑作!

「私が書いた小説はすべて、自分が映画にしたかった物語なのです」

こう著者が語るだけあって、
ガープの世界』『東京流れ者』『嫌われ松子の一生』『イングロリアス・バスターズ』等々、様々な映画が頭をよぎった。
桜庭一樹赤朽葉家の伝説』(これ映画にすればいいのに!)、ガブリエル・ガルシア=マルケス百年の孤独』ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』などラテンアメリカ文学の香りも。

鯨 (韓国文学のオクリモノ)

鯨 (韓国文学のオクリモノ)

この小説を読みながら、思い出した映画と小説はこちら👇
ジョージ・ロイ・ヒルガープの世界

ガープの世界 [DVD]

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鈴木清順東京流れ者中島哲也嫌われ松子の一生クエンティン・タランティーノイングロリアス・バスターズ
イングロリアス・バスターズ [DVD]

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ガブリエル・ガルシア=マルケス百年の孤独
百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』
夜のみだらな鳥 (フィクションのエル・ドラード)

夜のみだらな鳥 (フィクションのエル・ドラード)

今月の読書 〜2018年12月〜

今月の読書12月分をお届けします。
オススメは、ジョゼ・ルイス・ペイショット
ポール・オースター『インヴィジブル』
コニー・ウィリス『ブラックアウト』『オール・クリア』チョン・ミョングァン『鯨』
年末に年間ベスト級続々の豊作の12月。


■このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年/J・D・サリンジャー
金原瑞人
新潮社
THE SANDWICH HAS NO MAYONNAISE/HAPWORTH16,1924/J.D.Salinger

初めて『ライ麦〜』を読んだ時にはホールデンよりも少し年上だったので正直あまりピンとこなかった(グラース家サーガの方が好きだった)けれど、親世代になった今の方がホールデンの堂々巡りの行き場のなさに寄り添えそうな気がする不思議。
ライ麦畑で崖から落ちそうになった子供達をキャッチする人になりたかったホールデンは戦場で同じことをしたかったのだろうか?
シーモア7歳にしてこの天才性!30歳になったらもうすっかり空っぽになってしまっても無理もない。
天才の孤独と空虚をひしひしと感じる『ハプワース16、1924年』。

〈収録作品〉
⚫︎マディソン・アベニューのはずれでのささいな抵抗
Slight Rebellion off Madison/1946
⚫︎最後の休暇の最後の日
Last Day of the Furlough/1944
⚫︎フランスにて
A Boy in France/1945
⚫︎このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる
This Sandwich Has No Mayonnaise/1945
⚫︎他人
The Stranger/1945
⚫︎若者たち
The Young Folks/1940
⚫︎ロイス・タゲットのロングデビュー
The Long Debut of Lois Taggett/1942
⚫︎ハプワース16、1924年
Hapworth16,1924/1965


■ガルヴェイアスの犬/ジョゼ・ルイス・ペイショット
木下眞穂訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
GALVEIAS/José Luis Peixoto/2014

ポルトガルの小さな村ガルヴェイアスにある晩、
大きな衝撃を伴い何かが落下する。
村は騒然となるが、続く豪雨がおさまると村人は皆何事もなかったかのように日常に戻る。
村には硫黄の匂いが立ち込め、
パンは酸っぱくなっているのに。
少しづつ人と人との繋がりが明らかになっていく展開にこちらも「落下した何か」の存在を忘れてしまうという罠。
「落下した何か」は、押し寄せる難民かもしれないし、とんでもない悪法かもしれない。
そこにあるのに、それが何かを良く知ろうともせずに日常に逃げ込んでしまう人間の狡さ、愚かさ。

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)


■インヴィジブル/ポール・オースター
柴田元幸
新潮社
INVISIBLE/Paul Auster/2009

入れ子構造」はポール・オースターお馴染みの手法だが、これはどんどん横にずらされていく感じ(自分でも何言ってるのかよくわからない)。
コロンビア大で文学を学ぶアダム・ウォーカーが全体の語り手かと思いきや、これは後年死を前にした彼が書いた自伝的作品『1967年』であり、地の語り手(?)は原稿を託された友人ジム 。
最後は、パリに留学したアダムに恋したセシルの日記で締めくくる構成の妙。アダムと姉グウィンの間に何があったのか?ボルンとは何者だったのか?セシルの父の事故の真相は?全ては“インヴィジブル”。

インヴィジブル

インヴィジブル


みをつくし料理帖 小夜しぐれ/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

「つる家」の名前の由縁、
種市の亡き娘おつるの死の真相。
もう、このシリーズ、
若い娘に対する試練が酷すぎやしませんかっ!
将軍のご落胤だかなんだか失礼な客に家康の歌で切り返すあさひ太夫のカッコよさにシビれたのもつかの間、
源斎先生の想いを知り番頭爽助との縁談を受け入れた美緒の切ない決断に涙が止まリません。
御膳奉行小野寺数馬(小松原の真の姿)のスピンオフが一服の清涼剤。
数馬の妹、料理下手の早帆さん、いいキャラだなあ。

〈収録作品〉
⚫︎迷い蟹/浅蜊の御神酒蒸し
⚫︎夢宵桜/菜の花尽くし
⚫︎小夜しぐれ/寿ぎ膳
⚫︎嘉祥/ひとくち宝珠

小夜しぐれ (みをつくし料理帖)

小夜しぐれ (みをつくし料理帖)


みをつくし料理帖 心星ひとつ/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

坂村堂さんのご実家が料理番付の行司役、日本橋の名店『一柳』の御子息だったとは!
どうりで舌が肥えてるはずだ。
翁屋、登龍楼、双方からの魅力的な出店の誘いに澪だけでなくつる家の面々の心も揺れる。
自分の料理を食べて喜んでくれる客の顔が見えるつる家でやっていくと決めた澪。
そして、小松原(小野寺)の妹早帆の再登場。
全巻のスピンオフはこのための伏線だったのか!
料理人としての人生か、惚れた男に寄り添い生きる人生か、どっちか選べなんて残酷過ぎます。

〈収録作品〉
⚫︎青葉闇/しくじり生麩
⚫︎天つ瑞風/賄い三方よし
⚫︎時ならぬ花/お手軽割籠
⚫︎心星ひとつ/あたり苧環

心星ひとつ みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 時代小説文庫)

心星ひとつ みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 時代小説文庫)


■ブラックアウト(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)/コニー・ウィリス
大森望
早川書房(A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES )
BLACKOUT/CONNIE WILLIS/2010

オックスフォード大学史学部タイムトラベルシリーズの第三弾。
ドゥームズデイ・ブック』から時は流れて12歳だったコリンは17歳のイートン校生になり史学部学生のポリーに恋をしている。
今回は、第二次大戦下のイギリスに旅立ったポリー、
メロピー、マイクルの三人が1940年で囚われの身となってしまう。
二段組768ページ!
まあ、話が進まないが、これだけ細かい描写のおかげで読んでいる方もこの時代にどっぷりタイムトリップしている感覚に浸れる。
最後に1940年に降下したのはコリン?
それともダンワージー先生?

ブラックアウト

ブラックアウト


■オール・クリア1/オール・クリア2(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)/コニー・ウィリス
大森望
早川書房(A HAYAKAWA SCIENCE FICTION SERIES )
ALL CREAR/CONNIE WILLS/2010

第二次大戦下のイギリスに降下し、それぞれ降下点が使えなくなったポリー、メロピー(アイリーン)、
マイクル(マイク)の三人がロンドンに結集。
降下中の他の史学部生に接触して2060年に戻ろうとするが、それぞれに自分たちの存在が歴史を変えてしまったのではないかと不安を抱えている。
『ブラックアウト』に続き、1944年のアーネスト、
メアリの動きが重要な伏線であることは間違いないが、とにかく焦れったい!
クリスティの小説のごとく、状況を逆から見れば、歴史を変えたのではなく、歴史をあるべき姿にするための降下点の消失。
史学部生三人にも、ボドビン姉弟はじめ時代人にも歴史に対する重要な役割があった訳だが、時代人のそれは結果的にその役割を果たしたのに対し、三人は結果を知った上で大きな犠牲を払い役割を受け入れた。
この小説世界においては、時間は一方方向の線ではなく、円環だったのだ。
それにしても、章の配置といい、構成が絶妙、堪能しました。当初もっと長かったらしいが、コリンが三人に辿り着く辺りは大分削られたんじゃないかな?
ダンケルク』『イミテーション・ゲーム』『刑事フォイル』等の映画やドラマシリーズが作品世界の理解に役立ちます。

オール・クリア1

オール・クリア1

オール・クリア2

オール・クリア2

同時代を描いた映像作品として参照したいのはこちら👇

刑事フォイル DVD BOX1

刑事フォイル DVD BOX1


■任務の終わり/スティーヴン・キング
白石朗
文藝春秋
END OF WATCH/STEPHEN KING/2016

前作『ファインダーズ・キーパーズ』で不気味な復活を遂げた“メルセデス・キラー”ことブレイディ・ハーツフィールドは時代遅れのゲーム機“ザビット”を介して他人を操れるようになる。
一作目『ミスター・メルセデス』から退職刑事ホッジズの健康不安(←心臓)は、暗い影を落としていたけれども、まさかシリーズ最終作でこんな病を得るとは!
ホッジズを襲った病がタチの悪いガンだったとは言え、まさか“END OF WATCH”が墓碑銘だったとは。
他人を操るだけでなく、他人の身体まで乗っ取るメルセデス・キラーが得た超能力も、スティーヴン・キングということを考えれば、あり得ない展開ではないのかもしれないが、個人的にはこのシリーズはミステリーだという認識で読んできたので、(身体を乗っ取る云々は)ちょっと禁じ手に感じてしまった。
ホッジズ、ホリー、ジェロームのトリオが魅力的だったので、これで終わってしまうのは残念。

シリーズ一作目『ミスターメルセデス』はこちら👇

シリーズ二作目『ファインダーズ・キーパーズ』はこちら👇


■鯨(韓国文学のオクリモノ)/チョン・ミョングァン
斎藤真理子訳
晶文社
THE WHALE/Cheon Myeong-Kwan/2004

生まれて、死ぬ。このまぎれもない真実の間に起きることが「物語」だとしたら、この世界は「物語」に満ちていることになるが、ここで語られる女たち(と彼女たちを巡る男たち)の「物語」のなんと濃密なこと!
あらゆる欲望、愛と憎しみ、憐れみと慈しみ、僥倖と非情な運命に翻弄されつつ、頁をめくる手を止められなかった。
クムボクを圧倒した鯨、市場を練り歩く象のジャンボ、積み上げられた赤煉瓦、群れ飛ぶ蜜蜂、鯨劇場、そして一面に咲き乱れるヒメジョオン
映画業界出身の著者らしい視覚イメージを刺激してくれる描写も強い印象を残す傑作!
「私が書いた小説はすべて、自分が映画にしたかった物語なのです」
というだけあって、『ガープの世界』『東京流れ者』『嫌われ松子の一生』『イングロリアス・バスターズ』等々、様々な映画が頭をよぎった。『赤朽葉家の伝説』(これ映画にすればいいのに!)『百年の孤独』等、小説も想起。

鯨 (韓国文学のオクリモノ)

鯨 (韓国文学のオクリモノ)


〈私的オススメ関連作品〉

ジョン・アーヴィングガープの世界

ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)

ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)

ガープの世界〈下〉 (新潮文庫)

ガープの世界〈下〉 (新潮文庫)

ジョージ・ロイ・ヒル監督(ロビン・ウィリアムス主演)の映画化作品はこちら👇
ガープの世界 [DVD]

ガープの世界 [DVD]

鈴木清順監督(渡哲也主演)『東京流れ者』はこちら👇

桜庭一樹赤朽葉家の伝説』はこちら👇

赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)

赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)

赤朽葉家の伝説

赤朽葉家の伝説

山田宗樹嫌われ松子の一生』はこちら👇

嫌われ松子の一生 (上) (幻冬舎文庫)

嫌われ松子の一生 (上) (幻冬舎文庫)

嫌われ松子の一生 (下) (幻冬舎文庫)

嫌われ松子の一生 (下) (幻冬舎文庫)

中島哲也監督(中谷美紀主演)による映画化作品はこちら👇
嫌われ松子の一生 通常版 [DVD]

嫌われ松子の一生 通常版 [DVD]

クエンティン・タランティーノによる第二次世界大戦歴史改変映画『イングロリアス・バスターズ』はこちら👇

イングロリアス・バスターズ [DVD]

イングロリアス・バスターズ [DVD]

ガブリエル・ガルシア=マルケスの不朽の名作
百年の孤独』はこちら👇

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

今月の読書 〜10月、11月〜

今月の読書10月分11月分をお届けします。
オススメは、高田郁『みをつくし料理帖シリーズ。
今までなぜ、このシリーズと出会っていなかったのか?


オリエント急行殺人事件アガサ・クリスティー
講談社講談社文庫)
久万嘉寿恵訳
Murder on the Orient Express/Agatha Christie/1934

この原作はもう何度読んだかわからないけれど、ケネス・ブラナー版の映画を観たので再読。
今までアルバート・フィニーポアロを演じる1974年版(監督シドニー・ルメット)、デヴィッド・スーシェのTVドラマ版と観てきて(両方ともオチを知った上で)、これが一番面白くなかった。
なんだろなぁ、ケネス・ブラナーの「俺が、俺が」的な前にガンガン出てくる感じがイヤ。
ポアロはシリーズの主役ではあるけれども、特にこの作品の主役はポアロじゃないと思う。

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ケネス・ブラナー主演・監督の映画化作品はこちら👇

アルバート・フィニーポアロを演じたシドニー・ルメット監督作品はこちら👇

オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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みをつくし料理帖 八朔の雪/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

鬼平犯科帳』の食べ物描写が大好きなワタクシが今までこのシリーズを読んでいなかったとは何たる不覚!
幼くして水害で両親を亡くし、奉公先も火事で失い江戸に出てきた澪は縁あって蕎麦屋つる屋で働き始める。
澪がこしらえる料理の数々はもちろんだが、つる家の主人種市をはじめ、澪を取り巻く人々の温かさが沁みる。
大工の伊佐三さんがつる家の今で言うシンクの高さを調整してくれるけど、これホント大事。高い方が絶対にラク
いやあ、たまにはこんぶとかつお節でちゃんと出汁をとって料理したいなあとしみじみ。

〈収録作品〉
⚫︎狐のご祝儀/ぴりから鰹田麩
⚫︎八朔の雪/ひんやり心太
⚫︎初星/とろとろ茶碗蒸し
⚫︎夜半の梅/ほっこり酒粕

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)


みをつくし料理帖 花散らしの雨/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

人気店になるとメニューを真似されたり、営業妨害されたりいろいろ大変ですよ!
「忍び瓜」作ってみました。
美味しかったけど、やっぱり胡瓜の旬はもう終わりだから今ひとつだったかも。
やっぱり暑い最中に、水分タップリの旬の胡瓜で作るから美味しいんですよね。
今はほとんどの食材は一年中手に入るけれど、このシリーズを読んでいると、「旬」って大事だなあとしみじみ感じるし、和食の豊かさにもあらためて気付かされます。
ふきちゃんが心置き無くつる家で働けるようになって良かった。

〈収録作品〉
⚫︎俎橋から/ほろにが蕗ご飯
⚫︎花散らしの雨/こぼれ梅
⚫︎一粒符/なめらか葛饅頭
⚫︎銀菊/忍び瓜

花散らしの雨 みをつくし料理帖

花散らしの雨 みをつくし料理帖


■新生の街/S・J・ローザン
直良和美訳
東京創元社創元推理文庫
MANDARIN PLAID/S.J.Rozan/1996

シリーズ三作目はリディアがメイン。
舞台はNYの中国系アメリカ人社会。
今回の依頼人はリディアの兄の友人デザイナーということで、リディアの母もかつて働いていた縫製工場の裏事情など、いろいろ興味深い。
リディアは母や三人の兄の干渉を嫌っているけれど、それぞれが社会的に成功している三人の兄が常に気遣ってくれる、こんなに心強いことはないんじゃなくって?
まだ若いリディアにはわからないのか、わかっていても認めたくないのか。

新生の街 (創元推理文庫)

新生の街 (創元推理文庫)


■罪の声/塩田武士
講談社

昭和の未解決事件「グリコ森永事件」をモデルにした犯罪小説。
日々いろんな事件のニュースに接していると昔の事件を思い出すこともないのだが、読みながらいろいろ記憶が蘇った。
そう、確かに脅迫電話は子供の声で録音したものだった。
この事件をモデルにした小説には高村薫の傑作『レディ・ジョーカー』があるが、あの声を録音した子供は今どうしているのか?という着眼は興味深い。これは、事件から30年以上の月日が流れた今だからこそのものだろう。
事件の真相は闇の中、でも、あの子供達はきっと今も何処かで生きているはずだ。

罪の声 (講談社文庫)

罪の声 (講談社文庫)

高村薫の傑作『レディ・ジョーカー』はこちら👇

レディ・ジョーカー 上 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 上 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 下 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 下 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 中 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー 中 (新潮文庫)


■盤上の向日葵/柚月裕子
中央公論新社

飢餓海峡』(監督内田吐夢)を観て『砂の器』『人間の証明』といったこの系譜の作品を思い起こしたばかりだったので、読み始めてすぐにラストが予想出来てしまったのはちょっとタイミングが悪かった。
相変わらず、将棋の世界には不案内で駒の進め方もわからないので、その辺りを十分楽しめなかったのは残念だが、“鬼殺しのジュウケイ”こと歴代最強の「真剣師」東明重慶のキャラクター造形は秀逸だと思う。
映像化されるとしたら、このキャスティングは重要な鍵になるだろう。
ちなみに、大宮北署は実在しません。

盤上の向日葵

盤上の向日葵

内田吐夢監督(主演:三國連太郎)の『飢餓海峡』はこちら👇

飢餓海峡 [DVD]

飢餓海峡 [DVD]

水上勉による原作小説はこちら👇
飢餓海峡(上) (新潮文庫)

飢餓海峡(上) (新潮文庫)

飢餓海峡(下) (新潮文庫)

飢餓海峡(下) (新潮文庫)

松本清張原作、何度も映像化されているが、やはりオススメは野村芳太郎監督のこちら👇

<あの頃映画> 砂の器 デジタルリマスター版 [DVD]

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原作小説はこちら👇
砂の器(上) (新潮文庫)

砂の器(上) (新潮文庫)

砂の器(下) (新潮文庫)

砂の器(下) (新潮文庫)

岡田茉莉子主演の映像化作品はこちら👇

森村誠一の原作小説はこちら👇
人間の証明 (角川文庫)

人間の証明 (角川文庫)


■ギケイキ:千年の流転/町田康
中央公論新社

『ギケイキ2』への復習のための再読。
『湖畔の愛』はちょっと物足りなかったので、やっぱりこのグルーヴ感と飛躍!
これでなくっちゃねと思ったけれど、前回読んだ時に感じた義経の生意気さや弁慶の傲慢さはあまり感じなくて、二人の寄る辺なさや孤独が迫ってきた。


■ギケイキ2:奈落への飛翔/町田康
中央公論新社

本来ならば、大いに語りたいであろう壇ノ浦も何もかも、義経大活躍の下りはあっさりカットで、戦で名を挙げた義経は兄頼朝の目の上のたんこぶ的存在になっている。
義経は兄頼朝と共に源氏の再興を願っているのに!
ああ、義経の捨てられた子犬感が辛い。。。『ギケイキ2』は静御前との別れまで。
義経にとってはいよいよ辛い展開になる続編が待ちきれません。

ギケイキ2: 奈落への飛翔

ギケイキ2: 奈落への飛翔


■贋作/ドミニク・スミス
茂木健訳
東京創元社
THE LAST PAINTING OF SARA DE VOS/Dominic Smith/2016

美術史と絵画修復を学ぶエリーは資産家弁護士マーティが所有する17世紀の女流画家サラ・デ・フォスの現存する唯一の作品「森のはずれにて」の贋作を製作する。
数十年後、故郷オーストラリアの大学で教えているサラは自分が描いた贋作と再会することになる。
過去に犯した罪の清算を迫られる展開だが、
因果応報とはならない意外性がいいし、17世紀を生きたサラの人生も同時に語られ、ストーリーに奥行きを与えている。
愛娘の死と蒸発した夫が残した借金。
苦労の多かった彼女の後半生が穏やかなものだったことに救われた。

贋作

贋作


■ノアの羅針盤アン・タイラー
中野恵津子訳
河出書房新社
NOAH'S COMPASS/Anne Tyler/2009

60歳にしてリストラされた教師リーアムは断捨離し小さなアパートに引っ越す。
しかし、引っ越し当日に強盗に頭を殴られ負傷、事件当日の記憶を失ってしまう。
人生後半に至って岐路に立たされた男の人生再生の物語。
取り立ててドラマティックな展開をみせるわけでもないのに読ませるのは、リーアムの元妻バーバラ、遣り手の弁護士姉ジュリア、個性豊かな三人の娘など主人公の周囲の女性陣のキャラクターが魅力的だからだろう。
引っ越しを手伝ってくれる末娘のBFダミアンのつかみ所のなさもお気に入り。
リーアムの新たな出発を素直に祝福したい!

ノアの羅針盤

ノアの羅針盤


みをつくし料理帖 想い雲/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

今巻より新キャラクター版元坂村堂さん登場、つる家の常連となる。
天満一兆庵」江戸店の元料理人富三により佐兵衛失踪時の事情が明らかになるも、偽つる家がやらかした食中毒騒ぎで風評被害、ふきちゃんの弟健坊の家出騒動と騒々しいつる家の周辺。
伊勢屋の“弁天さま”美緒の一途な想いと澪の秘めた想い。
どちらの想いも先行きが明るいとは言えないのが切ない。
でも、澪さん、源斎先生の想いには気ずかず。柿って焼いて食べたことないけど、来年はやってみましょうかね。
来年はたくさんなるといいなあ。

〈収録作品〉
⚫︎豊年星/「う」尽くし
⚫︎想い雲/ふっくら鱧の葛叩き
⚫︎花一輪/ふわり菊花雪
⚫︎初雁/こんがり焼き柿

想い雲―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)

想い雲―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)


みをつくし料理帖 今朝の春/高田郁
角川春樹事務所(ハルキ文庫)

澪の幼馴染野枝ちゃんがあさひ太夫となった経緯が明らかに。このシリーズは、澪の料理人としての成長、「天満一兆庵」の再建、佐兵衛の行方、といろいろ気になるところだが、中でも気になるのがあさひ太夫の行く末。会うことすら難しい伝説の太夫、どうすれば野枝ちゃんを救い出せるのか?小松原の母の思いがけない来店、あらためて突きつけられる厳しい現実。おりょう伊佐三夫婦は元鞘におさまりひと安心。澪の怪我が気になります。

〈収録作品〉
⚫︎花嫁御寮/ははきぎ飯
⚫︎友待つ雪/里の白雪
⚫︎寒紅/ひょっとこ温寿司
⚫︎今朝の春/寒鰆の昆布締め

今朝の春―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-4 時代小説文庫)

今朝の春―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-4 時代小説文庫)


リンカーンとさまよえる霊魂たち/ジョージ・サンダース
上岡伸雄訳
河出書房新社
Lincoln in the Bardo/George Saunders/2017

南北戦争真っ只中、幼い息子ウィリーを亡くしたリンカーン大統領はしばし納骨堂の息子の柩に寄り添い時を過ごしたという。
ソーンダーズはこの史実に着想を得たそうだが、何とも奇想天外。
納骨堂を訪れる大統領の姿に物見高い“さまよえる霊魂たち”が集まってくる。
ウィリーを何とか天国へ送り出そうと。
様々な文献からの引用、架空の人物が語る自らの人生、おびただしい声、声、声。
大きな歴史の分岐点。
しかし、歴史は英雄だけのものではない。
名もなき人々の物語の集積が歴史を作っていくということをあらためて考えさせる一冊だった。

リンカーンとさまよえる霊魂たち

リンカーンとさまよえる霊魂たち


■大家さんと僕/矢部太郎
新潮社

人付き合いって結局のところ、適度な距離感の探り合いじゃないのかなと常々思っている。このお二人の場合は、(最初は戸惑いもあったようだし)大家さんのペースに矢部さんが巻き込まれた感が強いけれども、最終的にはお互いに得るものの大きい関係が作れたんじゃないかしら。一見チャラい矢部さんの後輩芸人が大家さんと矢部さんの関係に自然に馴染んでいて良かったなあ。

大家さんと僕

大家さんと僕

今月の読書 〜2018年9月〜

今月の読書9月分をお届けします。
オススメは、ドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル山尾悠子『飛ぶ孔雀』R・J・パラシオ『もうひとつのワンダー』


■戦時の音楽/レベッカマカーイ
藤井光訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
MUSIC FOR WARTIME/Rebecca Makkari/2015

現代のNYを舞台にピアノの中からバッハを甦らせたり(「赤を背景とした恋人たち」)、
アーティストが出演するリアリティ番組の裏側をえがいたり(「十一月のストーリー」)、
一枚の写真を起点にその前後の家族のエピソードを語る(「一時停止 一九八四年四月二十日」)など、設定にとてもオリジナリティを感じる。
しかし、バラエティに富んでいるがゆえに、
どういう作家なのかはぼんやりしてしまっかも。
それでもやっぱり著者自らのルーツ(ハンガリー)につながる物語(「惜しまれつつ世を去った人々の博物館」)が印象に残った。
〈収録作品〉
⚫︎歌う女たち
The Singing Woman
⚫︎これ以上ひどい思い
The Worst You Ever Feel
⚫︎十一月のストーリー
The November Story
⚫︎リトルフォーク奇跡の数年間
The Miracle Years of Little Fork
⚫︎別のたぐいの毒(第一の言い伝え)
Other Brands of Poison(First Legend)
⚫︎ブリーフケース
The Brief Case
⚫︎砕け散るピーター・トレリ
Peter Torrelli,Falling Apart
⚫︎赤を背景とした恋人たち
Couple of Lovers on a Red Background
⚫︎侍者(第二の言い伝え)
Acolyte (Second Legey)
⚫︎爆破犯について私たちの知るすべて
Everything We Know About the Bomber
⚫︎絵の海、絵の船
Painted Ocean,Painted Ship
⚫︎家に迷い込んだ鳥(第三の言い伝え)
A Bird in the House(Third Legend)
⚫︎陳述
Exposition
⚫︎十字架
Cross
⚫︎聖アントニウスよお出ましを
Good Saint Anthony Come Around
⚫︎一時停止 一九八四年四月二十日
Suspension:April20,1984
⚫︎惜しまれつつ世を去った人々の博物館
The Museum of this Dearly Departed

戦時の音楽 (新潮クレスト・ブックス)

戦時の音楽 (新潮クレスト・ブックス)


■ザ・カルテルドン・ウィンズロウ
峯村利哉訳
角川書店(角川文庫)

『犬の力』でDEA捜査官アート・ケラーによって刑務所に送られたカルテルのボス、アダン・バレーラの脱獄から幕を開ける続編は、調停、和平、裏切り、と正に麻薬戦争版“戦国時代”といった様相を呈す。
主な登場人物は勿論フィクションだろうが、実名で登場する人物から推察するにかなりリアリティのあるストーリーになっているに違いない。

「なぜ、こんなことに?北米人がハイになるためだ。国境のすぐ向こうには巨大なマーケットが存在している。そして、飽くことを知らぬ隣国の消費マシーンが、巡り巡ってこの国の暴力をエスカレートさせる」

前作『犬の力』に続きケラーとアダン・バレーラの因縁がストーリーの核ではあるが、アダンが服役したこともあって、正にメキシコはカルテルの群雄割拠の戦国時代に突入。疑心暗鬼、和平、裏切りと目まぐるしく情勢が変化していく。
前作で印象的だった脇キャラ、ショーンとノーラは登場しないが、本作で活躍を見せるのは、アダンの愛人から麻薬商にのし上がる元ミスコン女王マグダと育った環境ゆえに幼くして戦争に巻き込まれるチュイだ。
もしも、アメリカと国境を接していなかったら、
メキシコはどんな国だっただろう?


日本文学盛衰史高橋源一郎
講談社

石川啄木が伝言ダイヤルで女子高生と援交してブルセラショップの店長してたり、田山花袋がAV監督を引き受けたり、下ネタが過ぎる!
と思わなくもなかったけれど、読み終わってみれば、新しい時代の新しい文学を求めて七転八倒苦闘した文学者たちの真摯な情熱に胸打たれてしまう。
今じゃ当たり前の「言文一致」の文学を獲得するまでにこれだけ苦労があったとは通り一遍の文学史からじゃ分からない。
もしも現代に彼らがよみがえって書店を訪れたら、
何を思うんだろう?
今、書店に並んでいる“文学”の一体どれが何十年後も残っているだろう?

日本文学盛衰史 (講談社文庫)

日本文学盛衰史 (講談社文庫)


■飛ぶ孔雀/山尾悠子
文藝春秋

「シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった」

火が燃え難くなった世界を共有する『飛ぶ孔雀』と『不燃性について』。
前者の主な舞台となるのは川中島Q庭園での大寄せ茶会、後者は山頂ラボの新人歓迎会、そして飛ぶ孔雀と地下に蠢く大蛇。この場面とこの場面、
あの人とあの人、繋がりを辿ろうとすれば出来なくもないようでいて、かえって混乱するような。ああ、この感覚、なんだろう?と思ったら、『ツイン・ピークス The Return 』ですよ!みなさん!
深追いすればするほど、迷宮に落ちていく。

飛ぶ孔雀

飛ぶ孔雀


■オールドレンズの神のもとで/堀江敏幸
文藝春秋

様々な媒体で発表された(悪く言えば寄せ集め的な)短編集ではありますが、ロクでもないニュースばかりで心がカサカサボロボロになる昨今、堀江さんの静かな文章にそんな心も次第に凪いでいくようでした。
オクラとレタスを連れて散歩に出掛けたくなる『果樹園』、剣豪オタクの先生の思い溢れる『柳生但馬守宗矩』、寒くなったら具沢山の糟汁を作ろうと思った『あの辺り』辺りがお気に入り。黒電話の呼び鈴がどんな音だったかちょっと思い出せない(『黒電話』)。
〈収録作品〉
I
⚫︎窓
⚫︎樫の木の向こう側
⚫︎杏村から
⚫︎果樹園
II
⚫︎リカーショップの夢
⚫︎コルソ・プターチド
⚫︎平たい船のある風景
⚫︎黒百合のある光景
⚫︎柳生但馬守宗矩
⚫︎天女の降りる城
⚫︎めぐらし屋
⚫︎徳さんのこと

⚫︎黒電話
⚫︎月の裏側
⚫︎ハントヘン
⚫︎あの辺り
⚫︎十一月の肖像
⚫︎オールドレンズの神のもとで

オールドレンズの神のもとで

オールドレンズの神のもとで


■ボタニカル・ライフ植物生活/いとうせいこう
新潮社(新潮文庫

『植物男子ベランダー』の原作本ということは前から知っていたのだが、今回読んでみようと思ったのは、春は花粉がひどいから、夏は酷暑だったからと庭仕事(多肉植物のお世話)を見て見ぬ振りをして後回しにしていた自分への叱咤激励のつもり。
水が足りないのか、日光が足りないのか、それとも風通しが悪いのか?どうして欲しいのか言ってくれ!
でも、植物は決して語ってはくれない。植物を相手にしていると自然と謙虚な気持ちになりますね、ホントに。
秋に読んだ本の感想を冬に書いている私、まだ植え替え作業が出来ていない。きっと、春には!

ボタニカル・ライフ?植物生活 (新潮文庫)

ボタニカル・ライフ?植物生活 (新潮文庫)


■ワンダー/R・J・パラシオ
中井はるの訳
ほるぷ出版
WONDER/R.J.Palacio/2012

続編を読む前に復習として再読。オーガストの学校生活のしんどさは他とは比べられないけれど、十代のうちは、自分ではどうにもならない両親の離婚とか、友達付き合いとか、世界が狭いが故のしんどさってあるよね。
過ぎてしまえば、いい時代だったなあと振り返ることも出来るけど、もう一度繰り返したいとは思わない。

ワンダー Wonder

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オスカー女優ジュリア・ロバーツと天才子役ジェイコブ・トレンブレイ君共演映画化された『ワンダー 君は太陽』はこちら👇

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■もうひとつのワンダー/R・J・パラシオ
中井はるの訳
ほるぷ出版
AUGGIE & ME THREE WONDER STORIES/R.J.Palacio/2014

前作では語り手となることのなかった優等生シャーロット、オーガストの幼馴染クリストファー、イジメの首謀者ジュリアンのスピンオフ。
善意の人シャーロットも女の子同士の友達付き合いに悩んでいたり、今はオーガストと離れて暮らすクリストファーも両親の別居に悩んでいる。
中でもジュリアンは結局退学することになって、前作で唯一救われない存在だったので気になっていたが、こんな形で救われるとは!
イジメっ子皆にジュリアンのおばあちゃんのような強烈な体験を持つ肉親がいる訳じゃないけれど、イジメをなくすにはイジメっ子を救わないとね。

もうひとつのワンダー

もうひとつのワンダー

今月の読書 〜2018年8月〜

今月の読書8月分をお届けします。
オススメは、デニス・ルヘイン『あなたを愛してから』ドン・ウィンズロウ『犬の力』のエンタメ小説2冊。


■収容所のプルースト/ジョゼフ・チャプスキ
岩津航訳
株式会社共和国
Proust contre la déchéance,Conférences au camp de Griazowietz/Joseph CZAPSKI/1896-1993

独のポーランド侵攻後、ポーランド将校だった画家ジョゼフ・チャプスキはソ連軍の捕虜となる。
突然行われる移送に怯える中で彼が行なったプルーストに関する講義の内容が本書である。
失われた時を求めて』はタイトルくらい(マドレーヌのくだりくらいは知っている)しか知らない私は勿論心の中で積読本に加えたが、
講義を受けた収容者も勿論そうだったに違いない。
(既読の収容者もいただろうが)しかしその多くは生き延びて読むことが出来なかった。
それでも、この講義がその瞬間生きていた彼らの大きな支えであったことは確かだ。
アンジェイ・ワイダカティンの森』で多くの収容者が辿った運命を見ていただけに(まるで流れ作業のように淡々と収容者が処刑されていく様子に震撼した)講義を受ける彼らの心情を考えるのが辛かった。

収容所のプルースト (境界の文学)

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ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督『カティンの森』はこちら👇

カティンの森 [DVD]

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■憂鬱な10か月/イアン・マキューアン
村松潔訳
新潮社(新潮クレスト・ブックス)
Nutshell/Ian McEwan/2016

これまで各作品で様々な仕掛けで読者を楽しませてくれたイアン・マキューアンだが、本作の語り手は、なんとまだ母親と臍の緒で繋がっている胎児だ。
彼はいまだ母親の姿形も知らないが、様々な音声情報から情報を得、急速に知識を蓄えていく。
母は父とは別居中、そして別の男と父の殺害を企てている。その“別の男”とは父の実弟
そう、これは時代設定こそ現代だが、『ハムレット』を下敷きにしているのだ。
自らの色と欲だけが行動原理の母と叔父に対し、自分の将来だけでなく、この世界の行く末をも憂いている彼の姿はマキューアンの皮肉。

憂鬱な10か月 (新潮クレスト・ブックス)

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■あなたを愛してから/デニス・ルヘイン
加賀山卓朗訳
早川書房(ハヤカワポケットミステリ)
SINCE WE FEEL/DENNIS LEHANE/2017

父の顔どころか名前さえ知らずに育ったレイチェル。
娘に父親について何も語らないまま突然亡くなった母との確執、その後の父親探し。
これがストーリーの発端だが、この作品は中盤以降、劇的にギアチェンジし、思いもよらない着地点を迎える。
そもそも女性視点のデニス・ルヘイン作品が珍しいが(少なくとも私は初めて)、ここまで予測不能のストーリー展開も珍しい。
レイチェルがようやく辿り着いた真実を受け止め、前に進んでいく姿はある意味(?)清々しい。多くのルヘイン作品が映像化されているが、これも間違いなく映像化されそうだ。


■犬の力/ドン・ウィンズロウ
東江一紀
角川書店(角川文庫)
THE POWER OF THE DOG/Don Winslow/2005

ソダーバーグ『トラフィック』+ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』といったところか。
ジェームズ・エルロイの一連のシリーズの読者の私としてはこのヘヴィな展開も許容範囲。
ただドン・ウィンズロウ作品は『ストリート・キッズ』しか読んでないので、この作風には少々驚かされた。
DEA捜査官、メキシコの麻薬カルテル、NYマフィア、そして、美貌の高級娼婦がどう繋がってくるのか?
人物配置の妙が本領を発揮していくのはこれからだろう。
しかし、上巻のラスト、この上ない鬱展開。
フィクションやノンフィクションから知るカルテルの残虐な行為には「これが人間の仕業なのか」と呆然とする。
よく“麻薬戦争”と言われるが、これは比喩なんかじゃなく文字通りの“戦争”なんだと思う。
“戦争”という状況に放り込まれれば、平時はよき父もよき息子も狂気にかられた悪鬼となる。
冷戦下の世界で大国はあらゆる大陸で“戦争”状況を作り出してきた。そこで犠牲になるのはいつも市民だ。
カルテルのトップに上り詰めたアダン、殺し屋となったショーン、彼らだって運命に翻弄された犠牲者かもしれない。


■オリジン/ダン・ブラウン
越前敏弥訳
角川書店
ORIGIN/Dan Brown/2017

ラングドンの教え子であるコンピューター科学者で未来学者エドモンド・カーシュがスペイン、グッゲンハイム美術館で行うプレゼンテーションは「われわれはどこから来たのか?われわれはどこへ行くのか?」という人類最大の謎を解くものになるはずだった。
しかし、登場したカーシュは何者かに暗殺されてしまう。グッゲンハイム美術館館長で次期国王の婚約者アンブラ・ビダルと共にカーシュのメッセージを伝えようと奔走するラングドン
逃走しながらの謎解きはこのシリーズの定番だが、舞台は行きたい国NO1スペインなので、個人的には楽しい。
ラングドンとアンブラをサポートするエドモンドがプログラミングした人工知能ウィンストン。
現実世界でも人工知能は生活の中に普通に存在するものになりつつある今、多くのフィクションに人工知能が登場する。
しかし、フィクションの中の人工知能はしばしば暴走する。彼らは指示に忠実過ぎるくらい忠実だし目的のためなら手段を選ばない。
人工知能、進化論の再定義、パルマール教会、今作も薀蓄満載で好奇心を刺激された。
特に物理学者ジェレミーイングランドの説は興味深く理系音痴の私でもワクワク!
この説が証明されても宗教は残ると私は思う。

「端的に言うと、エネルギーをよりよく分散させるために、物質がみずから秩序を作り出すわけです。自然はー無秩序を促すためにー秩序の小さなポケットを作ります。そうしたポケットはシステムの混沌を高める構造を具え、それによってエントロピーを増大させるのです」

オリジン 上

オリジン 上

オリジン 下

オリジン 下

オリジン 上 (角川文庫)

オリジン 上 (角川文庫)

オリジン 中 (角川文庫)

オリジン 中 (角川文庫)

オリジン 下 (角川文庫)

オリジン 下 (角川文庫)


ムッシュー・パン/ロベルト・ボラーニョ
松本健二訳
白水社(ボラーニョ・コレクション)
MONSIEUR PAIN/Roberto Bolaño/1999

舞台は1938年のパリ。
危篤状態のペルー人ムッシュー・バジェホの治療を知人のマダム・レノーから頼まれたムッシュー・パンはその時から正体不明のスペイン人に尾行されるようになる。
時代はスペイン内戦、ナチスの台頭という不穏な時代。
霧雨が冷たく服を濡らすパリの夜はいつまでも明けることがないかのようで、一体何に巻き込まれているのかわからないムッシュー・パンの不安を読者も共に味わう。
ボラーニョはムッシュー・パンにも読者にも答えを与えてはくれないが、かわりにエピローグを書いた。
これがとても効果的だと思った。
謎めいた登場人物の中でも特に印象的なのは、夜のパリを彷徨うムッシュー・パンが出会った水槽災害ジオラマ作者のルデュック兄弟。

ムッシュー・パン (ボラーニョ・コレクション)

ムッシュー・パン (ボラーニョ・コレクション)